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幸夢

 微かに吹き込む春の風、しかし揺れる木々はなく桜の香りはなく寂しい春の姿にも見慣れたころ、皐玖楽(サクラ)の魔力は心地のいいものだった。その魔力に心地よさを感じながら陽葵の異変に気づく。

 それは、遅すぎたのかも知れない。いつから彼女がみんなの輪に入ってきていなかったのか、声を発していなかったのか、考えても解らない。しかし、何か良くないのは十分に解った。


「陽葵……?」


 翠は声を掛けるが返答がない。おかしいと思い体を揺するが返答がない。

 その様子を見ていた蕗狛達も陽葵に駆け寄るがやはり反応はなかった。

 蕗狛はふと嫌な予感がした。確認しなくてはならないが、もしそうならばヤバイと、そう感じた。焦る気持ちをどうにか隠して嫌な予感が外れであることを翠に確認した。

 

「なぁ、陽葵は双子……だったよな」

「そうだけど……なにかあったか?」

「確か、兄がいたよな」

「そうだよ。なんだ!はっきり言え!」

 

 回りくどい聞き方、状況がよくないことにいら立ちを隠せない翠の声が大きくなる。翠の気持ちもわかるがここで焦って間違ったことは言いたくない。

 

「その兄貴は『裏魔術書』は読んでいたか?何か習得していたか解るか?」

「いや……解らない……」


 なにを突然聞くのかと思えば、そんな答えの解らないことを。自分より多くの魔術に触れている蕗狛にしか解らないこともあるのかと、冷静さが過った。


「それがどうしたんだよ」

「いや、そんなことはないと思うんだけど、裏魔術書の中に『双子にしかできない禁忌の魔術』ってものがあって、双子は気持ちが通じるなんて話もあるくらいだろ。それを悪用した魔術で、場所の入れ替えができるんだ」

「場所の入れ替え……?それなら別に焦る必要ないんじゃないの?」

 

 榎が蕗狛の焦る様子をみて疑問に思った。

 

「それがね、その入れ替えの時に代償を払わなくちゃだめなんだ」

「代償?魔術で代償なんてきいたことない!」

 

 取り乱す翠が蕗狛に手を伸ばすが柊が慌てて、


「落ち着け!言い争っている場合じゃないだろ」


 と、止めに入る。

 

「続けろ」

「代償は入れ替わる人間の一方の『死』だ」


 何を言っているのか。入れ替わるだけで『死』が代償なんてふざけてるのか。大体魔術で代償なんてどうしたっておかしな話で、そんなのが成り立つなんて。しかし、成立してしまうのだ。それは『裏魔術書』であるからに限る。

 蕗狛は陽葵の右腕手首の内側の何かを確認した。

 

「それが今の陽葵だっていうのか!」

「たぶん、入れ替えの最中だと思う。手首に禁忌を犯した時に出る痣がある」

 

 陽葵の体が黒紅(クロベニ)色をした液体に変わりドロドロと溶けて少しづづ透明になり消えていった。

 

「――っくそっ!」

 

 翠は思いっ切り机を叩き割っていた。

 限界だった。いつも隣で笑っていた二人が禁忌にまで手を出していたなんて気づかなかった自分への苛立ちを……その気持ちを抑えることはできなかった。やり場のない気持ちだけが残る。


「翠、怒るならこれからここに来る双子の兄貴に怒れよ。どんな理由があってもこんなのはなしだ」


 蕗狛はどちらかと言えば怒られる方が多いし、無理をして自己犠牲の好きな人間だ。ただ相手が傷付くのは一瞬でも許せない。だからこんなやり方を選んだ二人が許せないし、死んでしまえば神様だって生き返らせることはできない。

 

「来るって入れ替わるまで何もできないの?」

「できないね。それに……これは朗報にはならないかも知れないけど、入れ替われるってことは陽葵の心配していた兄貴が生きているという証明になってしまったね」

「一方の死を受けるのが陽葵で、その死をもって立葵(タキ)がここに来るってことか!そんなの……そんなのなんになるんだよっ!双子だけが使えるってなんだよ。そんなもん二人が揃ってなきゃいみないだろ……」


 翠は立っていることもできずその場に座り込んでしまう。大粒の涙を流して。季は背中を擦りぐちゃぐちゃになりなる翠を見守る事しかできなかった。


 

 どれだけの時間が経ったのか、外はもう崩壊の所為で時間も解らないほどに暗くなっていた。

 翠の背中を擦っていた季は深い眠りについていた。

 翠は泣きはらし、眠ってしまった。いや、今は寝ていた方がいいのかもしれない。いつ来るか解らない立葵に攻撃魔術でも浴びせたら、それこそ陽葵が消えたことが意味のないものになってしまう。


「柊も寝たらいいんでない?榎は俺の頭で寝ちゃったしさ」


 ウトウトしている柊に蕗狛が心配そうに声を掛ける。

 顔を上げた柊が悲しそうな顔をしていた。精霊である柊には理解できないのかも知れない。時に自分の欲しいものの為に自分を投げ出してしまう人がいること、ましてそれが愛しい人の為であれば尚更簡単にできてしまうことが。

 

「蕗狛は陽葵たちのしたことに意味があると思うか?」

「人それぞれ取り方はあると思うよ。でも俺には意味は解らない」

「そうか。俺は精霊だから人間の考える『誰かを愛する』とか『大事にする』とかの感情に疎いのかも知れない」


 一応解りたいという気持ちはあるように見えたが納得はいっていないようだった。解ろうとして解るわけないのが『人の感情』だろう。もちろん蕗狛でさえ解るわけはない。


「意味は解らないけど……意味を持たせることはできるかも知れないね。まぁ理由によると思うけど」

「意味をもたせる……ね」

「まぁ本人が来ないことには何にも進まないけどね」

「こんなに時間のかかる事なのか?」


 柊の質問に「確か……」と先ほど習得に使った魔術書を開いてこの辺だったかなぁと、ページを捲った。

 

「その魔術書……って」

「あぁ、これは俺が習得の為にバラバラにした魔術書だよ。一回使ったからと言って使い物にならなかったら意味がないからね。俺に習得された後、紙になって戻ってくるように魔術をかけておいたんだ」

 

 蕗狛の習得方法は他の魔術師とは違う。本来ならバラバラにはならないし、空高く放ったりしない。

 元に元せるなら戻す。そうしなくては他の魔術師が習得できない。魔術書の完全なる破損それこそ禁忌である。バラバラにする前に背表紙を撫でることにより習得後元の形に戻るという魔術をかけているのである。

 

「んー。半日とは書いてあるけど、立葵は拷問されて傷だらけだったかも知れない。そう考えると時間はかかるかも知れないね。だから、少し休んでおくといいと思うよ」

「それなら、蕗狛もだろ。少し休めよ?寝てないだろう?」

 

 柊は蕗狛の額をコツンと小突いた。

 

「あーはは。ね……眠れないんだよねぇ。おーばちゃんが亡くなってから、夢見が悪くてさ」

「夢見……?」

「そ。この結界内すべてが崩壊する夢。まぁこんな事してるんだ、いい夢なんてみないよなぁ。俺は数週間くらいなら寝なくても平気だから心配しないで。見回りってことで見逃して」


 柊は「わかった」と言って蕗狛をもう一度小突いた。


「――主様、お力お借りします――強制・眠れ(シャット・ダウン)――」


 カクンと蕗狛は深い眠りに落ちた。見逃してくれと言われ「わかった」と、そうそう引き下がるわけにはいかない。

 立葵がここに来るまで時間は十分にある。

 蕗狛はこの結界に入ってすでに一週間近く経っている。

 まして、魔術書を二冊、いっぺんに読み解き習得し自身の傷を治すのにも魔力を使っていた蕗狛をこのままにしておくわけにはいかなかった。


「悪夢はもう見ないでほしいが毎回は無理だからな。――主様、お力お借りします――幸・夢(サチ・ドリーム)――」


 サラッと蕗狛の額を光る指で撫でる。幸・夢(サチ・ドリーム)はその術の通り、幸せな夢を見せることができる。

 悪夢ばかりでは体が休まらないと、柊の優しさだった。

 すうっと寝息を立てる蕗狛を安心した顔で眺め柊も少しの眠りについた。

 


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