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習得

 蕗狛が椅子に深く腰掛け、胡坐をかいてじっと魔術書を読み始めて二時間。

 シンとした部屋の中で誰も口を開こうとしない。蕗狛を気にかけているようだが、読み始める前に「うるさくても構わない。好きなことをしてて」と、言われていたがこうも真剣に魔術書を読んでいる蕗狛に悪いと思ってしまう。


「あの、触ってもいいですか?」


 我慢出来なくなった(トキ)(エノ)の前に手を出しモフモフっと手を動かしている。

 どこかで見たことのある光景だった。


「君たちはモフモフしなきゃ駄目なのかな?」


 他にもモフモフしたいと言ったやつが居たのかな?と少し不思議がっている季が、悪い奴ではないのが解っている榎は怒ることもしない。二人でワイワイ楽しく話始めた。

 そのやり取りを陽葵は微笑ましく見つめていた。暖かな部屋に響く笑い声、隣では柊が猫のように丸まってうたた寝をし、季は蕗狛の為にお茶を入れてまた榎との会話を楽しむ。

 そんなゆったりとした時間は何時ぶりだろう。


「ふふ。楽しそうね。羨ましいわ」


 その声は誰にも届かない。そのままゆっくりと眠りについた。

 

「ね、その羽根は仕舞えるの?」

「勿論さ!」


 榎は機嫌よく羽根を仕舞って見せた。「すごいっすごい」と、大はしゃぎしている季を蕗狛は黙って見ていた。そのまま静かに笑って魔術書に目を落とした。

 

「季は精霊や魔術師を怖くないのか?」


 ポツンと翠が季に話しかけていた。


「怖くないよ?小さい時から蕗狛と一緒にいたしね。まぁここに来る間わざと『喧嘩』して向こうに何を聞かれてもいいようにしてたけど、基本的に怖いと思ったことはないよ。おーばちゃんもいたしねぇ」

「そうか、町の魔術団なんて恰好いいこと言ってるが、昔やってきたことを知っている年寄りなんかは、俺らを毛嫌いしていてなぁ」


 季は少し考えて癖なのか汚れていない眼鏡を拭きだした。言ってもいいかなぁ。と、蕗狛を見ると「どーぞ」と声にならない声で合図していた。それなら心置きなくと、榎の淹れたお茶を啜った。

 

「昔のことね。それって団長が関わっていたからじゃない?」

「団長?」

「そう。団長が町長であること、百年前この町に起こった事件、つまりあの『収穫祭』を荒らした魔術師だって事は翠君の写真で解ってるんだよね」

「あぁ。お前知ってたのか?」

「俺は蕗狛のガラス玉の中で大体のことは聞いてたよ。だから翠が俺を捕まえないこともね」

 

 聞こえてたのか!と思わず納得してしまう。

 

「あーでね、そこまでは俺たちも調べてたんだ」

「調べてたのか……」

「蕗狛のおーばあちゃん、桜さんから古い本をたくさん読ませてもらっていたんだ。中には団長も知らない町民の日記があってね。その中にあったのが……」


 季は机の上に両手を広げる。するとそこになんの合図もない中、蕗狛が魔術をかける。

 

「――思い出・本(メモリー・ブック)――」


 ザワッと風が吹いて季の両手に本が出てくる。その本を捲り、「あぁ、ここだ」と、あるページで手を止めて翠たちの方へ本を向ける。

 

「これは、日記に魔術をかけまとめたものなんだけど、この人の日記みて」

 

『10月、町長選が行なわれた、最悪だ(チョウ)が当選した。』

『12月、魔術を使える人間が三人拷問のあと死亡』

『最近の子供は何故か魔力を持って生まれてこない。不思議だ。』

『1月、また拷問。次は私かも知れない』


「この人の日記はここで終わってたんだ。たぶん、拷問を受けたんだろう」

「なんて……ことを……」

 

 拷問には種類があったようで、この老人はどうもこの続きを書くことが困難になったようだった。

 

「他にも日記を書いている人もいたよ、中でも何故魔力を持たない子供が生まれるのか、って心配する声が多かったよ。昔から長の噂はあったみたいで、その長がまとめる魔術団が毛嫌いされたんだろうね」


 大きな伸びをした蕗狛が一言だけ口を挟む。


「魔力を持たない。ではなく、持って生まれたのに取られてる。かもねぇー知らねぇけど」


 そう言ってまた魔術書を読み始めた蕗狛をみて、何を面白い事を言うんだよ。そんなことあり得ないだろ?と言わんばかりの顔をその場にいたみんなでした後、黙ってしまう。

 もし仮にそんなことができていたとしたら、誰がどうやって魔力を取っていったのだろう。簡単に出そうな答えが、出ないのがまた頭を悩ませる。


「考えてもわからねぇな!なぁ季、新月王を倒すのに必要なものってなんだよ」

 

 翠は思考を放棄して、季に別の話を振った。考えたってわからないものに時間を使うより、ひとつでも多く動いていた方が気持ちが楽かもしれないと、思ったのだ。


「そんなにはないんだ。蕗狛が頑張るしかね。今まで我儘言ってたんだ、限界ギリッギリまで頑張ってもらわなきゃねぇ」

「お前実は鬼だろ?」

「ふふ。そうかもね」

 

 季は笑いながら冗談だよと、手で空を払うが、聞いていた蕗狛は「冗談で言う量じゃないんだけど?」と、内心思っているのは黙っておこうとページを捲りながら考えていた。榎は特に会話にも入らず、蕗狛を頭の上から笑ってみていた。

 

「やぁ、蕗狛の魔術よりも困ってるのが裏魔術書に出てくる『魔剣(マケン)』ってやつなんだ。どこにあるのか記されてなくて、これから探そうにも時間がかかるし、困ってんだよねぇー」

「魔剣……?そんなものが存在すんのか?」

 

 翠も聞いたことがなかったようで、柊と二人顔を見合わせ不思議がっている。もちろん疑問が浮かぶとすれば、何ができるのか、と言うこと。

 

「それで何ができるんだよ」

「……神様を殺せるの」

 

 黙っていた榎が口を開くと、他の目が一斉に榎を見る。注目を集めて少しビビるが、そのまま話を進めた。

 

「その魔剣って、魔力がたくさん入ってる剣だよね?それで、神様の心臓を貫けば殺せるよ……いや、正確には封印してしまう。かな」

「そんなもの存在するのか?」

 

 柊すら知らなかったようで驚いた顔を見せる。


「だって、神様がずーっと生きてて間違った事をした時、俺らが何もできないのはおかしいでしょ?」

「や、そうだけどそんなものあることなんて聞いた事ない」

「聞いた事ないだろうね。だって神様を殺すだなんてそんな恐ろしい事考える人いないだろう?調べもしないよ普通」


 神様の封印(ころす)方法を初めて耳にするが、そんなことしてバチは当たらないのか、考えてしまう。


「でも、その魔剣がないと、封印(ころす)ことすらできないんだろ?」

「あぁ。ないものではできない。でも他の方法はなかったんだ」

「そもそも、新月王って神様なの?」

 

 ――え?――。

 

 意外な質問だった。確かに『新月王』であり、『神様』ではない?しかし、昔から四季の神様と知り合いで面識があり、祭りや行事の際にはよく顔を合わせていた。となるとやはり『神様』なのか、大きな疑問が残ってしまった。


「新月王は、神だよ。月の神様」


 また蕗狛が魔術書を読みながら答えた。目は本から離さず、そのままにして。


「月の神だと?」


 蕗狛は魔術書を置いて、声の方に体を向けた。

 

「みんな疑問符多くない?や、実際聞いたことなんてないよね。……新月王、別名月の神。その昔月の全てを任されていた神様だよ。ただ彼は多くを望みすぎたため周りの神に怒られた。輝かしい神の世界を追放。その後暗闇に堕ち飲み込まれてしまいました。そうして今の『新月王ベンタ』の完成だ。神の世界から追い出されただけで、神の力や生まれは変わらない。だから神なことには変わりない」


 話終わったのと同時にパタンと魔術書を閉じた。

 

「多くを望みすぎたって……」

「この世の全てさ。天気も四季も、人の生きる地すら欲していたんだ。この町の周りに神様はほとんどいない。その理由は相容れない新月王がこの森深くに棲んでいるから」


 蕗狛の話を翠は聞いたことはなかった。榎や柊さえ聞いたことのない話。二人が精霊として創られたのはベンタが神の世界から追い出された随分後のこと。余計なことは話さないとしていた四季の神様は話さなかった。そうして古くからいる桜しか知らない話となった。


「さて、疑問符は解決した?少し出てくるね」

「出るって、外は崩壊してて危険だぞ?」


 翠が止めに入るが、蕗狛は「大丈夫」と断りを入れて、榎を頭から下ろし「待ってて」と声を掛ける。

 蕗狛はそのまま魔術書を持って崩壊している春へと出かけて行った。

 

 ――パタン――。


「なぁ蕗狛はは何しに行ったんだよ」


 気になった翠が季に聞いてくる。季はお茶を啜りながら笑って答えた。


「あぁ、魔術の習得さ」

「は?」

「え、みんなあーやって習得するんじゃないの?」

「……や、しないかなぁ」

「おや?」

 

 季の持っていた湯呑みにたっぷり入ったお茶が驚きと共に揺らいだ。

 どうやら、蕗狛の習得方法は少しおかしいらしい。通常、魔術書一つひとつの術に何が書いてあるか読み解いて、その術を発動させてみる。相性がよければそのまま習得になるが、相性が悪ければ発動しないか、弾かれてしまう。魔力を持っていなくても、魔術書を読むことはできるが、それが魔術書だと言うことすらわからないと言う。

 そんな事を言われてるなんて考えもしない蕗狛は崩壊しつつある春の地に平らな場所を見つけ、このへんかなぁーと、呑気に魔術書の糸を外し、まとめて持つ。


「――(ワレ)貴書(キショ)全ての魔術を習得したく願いでる者なり――開封(カイフウ)――」


 魔術書の背表紙を、ひとなでしバサっとまとめて持っていた魔術書だっだ紙たちを空に放り散らかした。

 

「――主、皐玖楽(サクラ)との約束の護りし者なり――習得(ナラヒー・ウ)!――」


 そう唱えると、紙が瑠璃色の糸へ姿を変え一斉に蕗狛の体めがけ飛んでいく。真っ直ぐ刺さり蕗狛の体へと吸収されていく糸もあれば、蕗狛の体にあたり弾かれてしまうものも何本かあった。弾かれたものは習得には向かないものか、すでに習得しているもの。体に吸収されたものは習得することができたもの。


「な、なんだよアレ、はたから見れば攻撃されてるじゃねぇか」

 

 窓から見ていた翠があまりにも自分とは違う習得方法に驚きを隠せずにいた。

 そう言われてもなぁ。と季はあっけらかんと答える他なかった。

 

「蕗狛はいつもあーやって魔術を習得してるよ?詳しくは本人に聞けばいーと思うけど?裏はどーやるか知らないけど」

「裏の習得は季も知らないのか?」

「そーだね。俺は蕗狛から魔力を借りてあの魔術書が本物か、偽物かを判断するために読んだだけだし、習得した物は一つもないからね。まして裏なんて蕗狛も初めてなんじゃないかなぁ?」


 もし偽の魔術書ならば習得しようとした場合、術が跳ね返り読み解いた魔術師を喰い殺す、とも言われる。偽物かの判断を季に頼むなんてよほど信頼が厚いのかそれが、『相棒』なる所以なのかもしれない。

 

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