椿
桜の木々は風に揺れていたがほとんどの桜は散ってしまっていた。
蒲公英畑も半分は燃えてしまい寂しい限りで春の地域も少しずつ崩れ始めていた。蕗狛がみんなを安全な場所に移したが、その隠れ家が崩壊するのも時間の問題かもしれない。崩壊の理由は椿の核が破壊されたからである。
その核を修復する方法は見当たらない。春の回復は見込めないまた桜を見上げるほど満開になることはないかもしれない。もしあるとすれば『四季の神様』にまた椿を創ってもらうしかないのだろう。ただ四季の神様に会うには『ベンタ』をどうにかしなくてはならない。
「あの黒い龍を連れていた人が…?」
追いかけられた陽葵が驚いていたが、翠と蕗狛は意外にも特段変わった様子も見せずそのままの感情で納得していた。
「やっぱり、あいつがベンタだったんだ」
「やっぱりって、なんでわかった?」
「ん?だって今この世界に黒龍を使える奴なんていないでしょう?それに人間でも精霊でもない臭いしなかった?」
「お前は犬か?」
「や、ベンタに滅茶苦茶嫌われてる人間だね。黒龍をみて、ベンタかもって思ったけど、決め手は翠が叫んでたから『ベンタだ!』って翠こそなんでわかったんだよ」
「……あ?俺はそんなこと叫んでねぇよ?柊の腕を手当してたんだからさぁ」
「は?あれは翠の声だったろ」
「いーや、俺は柊の手当してた!魔術を使う余裕なんてなかったよ!」
「翠は柊の怪我の手当てにあたっていたのよ、離れた貴方のところまで声を飛ばすなんてできないわ」
誰の声だったかと二人は口論になりかけた。声に名前はつける事ができないところを見れば声の主が言っておらず、ほかにも言っていないという声がある以上ほかの人物という事になってしまう。
思い当たる人物がひとり……。
「さっき蕗狛が意識飛びかけてた時に『もういいんじゃないか』って言ったやつも誰かわかんねよな」
「そいつは俺が聞いた声じゃない」
蕗狛は瞬間的に答えた。
「なんで違うってわかるんだよ」
「違うから。――たぶん、俺に『ベンタ』の名前を言ってきたのは本人だ。名前を聞いた時……俺の目の前にはガラス玉が投げられていたんだ。ベンタの名前を聞いて一瞬動じたんだ、体が動かなかった」
「そりゃ、急に出た来た相手がベンタかもしれないって聞いたら動じるだろ」
笑いながら柊が同感、同感。と頷いている。それほど、聞きなれない名前だった。
「だけど、それが狙いだったんだ……俺はそのガラス玉が受け取れなかった……そのガラス玉は…」
一瞬で空気が変わった。そして、話の途中で気づいたのか翠が蕗狛の頬を思いっ切り叩いていた。
――バン!――。
大きな音があたりに響く。翠は温厚な方ではない。それは自分でも直したいところではあるがいつも周りにいる人間が優しすぎて、人を疑いきる事が苦手な所為かどうも代わりに怒ることが多くなってしまう。
人の目が気になる性格も相まって仕草がいちいち気になるのも悪い癖。ただ……今回はそれが正解だったのかもしれない。柊も榎も……桜に楸と大事な仲間がいなくなりすぎている、ここに来てまた大切な仲間がいなくなるのは辛すぎる。
「翠、いいよ。蕗狛もごめんね」
「なぜ謝るんですか?こいつがちゃんと受け取っていたら!」
「受け取ってたらなんだってんだよ!」
翠の怒鳴る声に陽葵が声を出すのに躊躇いそうになったが、このままではどうにもならないと、声をあげた。
「待って、翠君そのガラス玉がどうしたの?わかるように、説明……してよ」
陽葵は叩いた翠の手をぎゅっと握り落ち着くように腫れた手を撫でた。
「ガラス玉は、春の精霊椿の核だったって……ベンタが言ってた」
蕗狛は俯くこともなく、翠の顔を見てまっすぐそう答えた。
驚いた陽葵は、口を手で覆っていた。精霊が核でできているのは、立葵から聞いていて陽葵でも解っていた。
自分よりも確実に魔力量が多く、使える魔術も格段に多い。なのに何もせず深傷を負って帰ってきたなんて、なんで弱いんだと、腹の底で思っていた。
――これはただの嫉妬である――
持ち得なかった感情に本人でさえまだ気づいてはいなかったが、無性に腹が立った。そうしたら、言わずにはいられなかった。
「なぜベンタを殺さなかった?なぜ、ちゃんと受け取らなかった!それでも桜さんのひ孫かよ!俺らより稽古も実戦もっ!多く関わってきていたのに!なんでお前はちゃんとっ……!」
「翠、落ち着いて、ね?」
「だったら翠がやればよかったんじゃねぇ?あんたも魔術使えんだろう?今からでも遅くはねぇよ、行ってくればいいんじゃねぇーの?」
言われても黙っていた蕗狛が、初めて翠に怒鳴っていた。負けたことは事実で、でも勝たなくてはいけない相手なのも十分わかってるところに、何故と言われても腹が立つだけ。
榎が蕗狛の服を引っ張り上げる翠をなだめるが、大粒の涙を流しながら悔しそうに服を引っ張りうなだれていた。柊はその場にただただ座り込んで椿がいない事実を受け入れられないと、呆然としていた。
「ねぇ、その椿さんだっていう確認はしていないのよね?ベンタの嘘ってことはないの?」
ひとつの希望にも似た疑問が陽葵から投げかけられたが、その希望は希望でしかなかった。
「ないよ」
蕗狛の一言によって、一瞬で砕かれる。
「なんだ…と」
「ないよ。あれは間違いなく『椿の核』だ」
「おまえっ!」
「なんだよ、希望はない。間違いもない。あれは椿の核だ。……気づいてないのか?それとも知らないのか?」
ここまできて嘘は吐かない。そんな目をして蕗狛は答えた。
「なに……をだ?」
「黒龍に焼き払われた蒲公英畑、散っていく桜の花びら」
「だから何だよ」
「もし、椿が核になっていなければ、そのすべては修復されているはずだ。精霊が魔力でその景色を維持するように常に魔術をかけているんだから。でもここに来る時の景色は焼き払われたままだっただろ?」
「――っ!」
「一面、きれいに焼き払われてたね」
榎が黙っていた翠に代わり答えた。
「魔力が使える状況にないから修復できなかったんだ。春に入ったときは綺麗になっていたから、そのあとにベンタに襲われたんだ。核を破壊されれば修復なんてできない」
「蕗狛は崩壊する様を翠たちに見せたくなかったんだよね。だから自分の治癒の前にここに飛んできたんだろ?」
榎が蕗狛の服から翠の手を離しながら言った。
「俺が椿に魔力を補填しようと試みたときにはもう反応がなかったんだ。もっと早く春に来ていればよかった」
悔しくないわけはない。椿にも頼みたいこともあった、会ってみたかったのも事実。
「翠君、あんまり蕗狛のこと責めないでくれる?確かに桜のひ孫だし魔力も俺よりも多いと思う。でも蕗狛は蕗狛の考えはあるし、ね?」
「それで榎さんは、大事な人たちが居なくなっていくのを我慢できるんですか?」
「我慢って……俺は精霊の姿がやっとだから、間に合ってても椿を助けられなかったよ。それに、俺は蕗狛を信じてる」
人を信じると裏切られる。それが一番怖いから、簡単に信じちゃいけない。
黙って聞いてた蕗狛が冷たい一言を放つ。
「我慢できなきゃ離れていけばいいさ。別に誰かに仲間になってくれとは言わないよ。俺が守れる範囲は決まってる。遠い所にいる人も助けを求めていない人も助けられない。それに、俺は俺が一番大事だ。無理に助けに行ったりしない」
「蕗狛、誤解があるような言い方はよくないよ」
慌てて榎が蕗狛をとめに入るが、出た言葉はもう仕舞えない。相手の耳に入ってしまえば、相手はもう受け取ってしまうのだから
「桜さんから聞いてた蕗狛はもっと人のことを考えるやつだと思ってたよ。がっかりだ。ここで別れた方がいいんじゃないかとさえ思う」
つい、口を突いてしまうのは本音にまざる別の感情。
「おーばあちゃんから何を聞いてたからはしらねぇけど、勝手に理想論で人を図るな」
「なんだと?表でやろーか?おい!」
「いいぜ、表もだいぶ崩れて戦うには十分だろ、出ろ。一回マジで戦ってみたかったんだ」
「ちょっと、二人ともやめなさいよ!最後に倒す敵は同じなのよ?どうしてそうなるの?」
蕗狛と翠は睨み合いながら一歩も引かないと、微動だにしたない。柊は少し呆れたように二人を見るが、椿のことが悔しくてなにも考えたくないと、壁にもたれて項垂れていた。
「ねぇ、柊!手を貸してよ!このままじゃ二人とも大喧嘩になっちゃうわ!」
「どうしよう」
榎は陽葵とすっかり困り果ててしまっていた。
「だからさぁ、喧嘩腰なのが良くないって言ってるんだよ蕗狛。前から言ってるだろ」
蕗狛の首から下がっていたペンダントが大きく光っていた。




