結界と鍵
「簪の硝子玉に小さい鍵が入ってる」
なんて突拍子もないことを言った蕗狛はカチャカチャと簪の飾りを弄る。
確かに、硝子玉の先にうっすらと鍵の先端がみえている。
「取れたりするのか?」
「うーん、回す?引っ張る?」
どうやら答えは出ないようだ。
それから二人で簪を弄るも答えは出ない。蕗狛は簪を握ったまま地面へと横になってしまった。
「おーばぁーちゃん、ヒントとかないわけぇ〜?」
簪には大きな硝子玉が二つ並んで付いていて、先には更に小さい鎖にまた硝子玉、羽がついている。まぁまぁ高いものだと思われる。握られた簪から僅かにチチ⋯っと音がなったような気がした。
時間にして五分程だろうか、蕗狛はひとりブツブツと考え込み、ひとつの答えを出したようで、思い立ったからにはやるしかない!と意気込んでいる。
「よし!割ってみよう!」
そう呟いて鍵の入っている硝子玉の一つに手を当てきちんと座り直す。
「や、待てって!割るとか!」
季が叫んだ時には、蕗狛は魔術のそれを唱えていた。
「汝は美しい、ねぇ、その先もみたいんだ―亀裂―」
パリンと鍵の入った硝子玉は二つに割れ、中から銀色に輝く小さな鍵が姿を現した。
「あった!ほら!鍵あったよ!」
「や、蕗狛くん、いつから魔術つかえるよーになったわけ?」
唖然とした季がまともな質問をする。今までそんなものが使えるなんて聞いた事も見たこともないのだから当たり前の反応で季が悪い訳では無い。
季の大袈裟な反応を見て蕗狛も思わず、
「⋯あ⋯」
声をもらす。
何故なら、季の前で使ってはいけなかったから。暫く目が泳いでいる。
町にいる人間で魔術が使えるのは十人程度。ましてや使えるのは大体が町長や位の高い人、団員だけ。
蕗狛や季にそのようなものは備わっていないわけで、笑って誤魔化したいのがホントのところ。
「あーほら、なんてゆーか、たまたま?」
「蕗狛?」
じとっとした目が眼鏡の向こう側から覗く。
更には目の下のクマがより怖さを引き立ててくれている。どうやら説明からは逃れることは出来ない様で、諦めようと腹を括る。
「⋯小さい頃から使えてたんだけどさあ、おーばぁちゃんが使うな!って言ってたから父さんたちも知らない⋯ねぇ」
バラしてしまったことを今更、無かったことにしてくれとも言えないし、季は見なかったことにはしてくれないようだし、それなら、もう開き直るしか残っていない。
「にしししっ」
と、笑いながらまぁまぁ大きな秘密を吐露しつつ割れた硝子玉の中から銀色に輝く鍵を取り出した。
「汝―元の姿に戻れ―真実―」
小指ほどしか無かった小さな鍵が鍵穴にちょうど良い大きさになっていた。
ニヤニヤと、元の大きさになった鍵を眺めつつ、鍵穴に挿し真っ直ぐゆっくり回していた。
―カチャン―
鍵の開く音がし薄らと扉の形が現れた。もちろんちゃんとドアノブ付きである。
「いやったあ!なぁ、季開いたよ!」
「うん、開いたねー。でもちょっと俺頭ついていってねぇわ⋯」
唖然とした季だけが置いていかれている。そんな感じだろうか。小さい頃から一緒にいた相手が魔術を十数年隠していたとか、若干いや、かなりビビる話なわけで。
「季には言ってもいいかなっておーばぁちゃんと言ってたんだけどね、変なことに巻き込んだら悪いしって言ってさあ」
いや、もう既に変なことに巻き込まれているが。と思ったけど口にするのも面倒である。
「他に隠し事とかない?もうビビる事とかない?」
夫婦でもないがこれからの事を考えると確認せずにはいられなかった。
「ないない!あ、でも攻撃魔術とか、守備魔術とかも使えるよ!ってくらいかなぁー?あと⋯」
「⋯攻撃と守備があるの?それは言え⋯よ」
「⋯あーね⋯あー力のデカさとかもいる?」
魔術に力のデカさとかあるの?ってか階級とかない?俺は最低限しか使えないよーとか、あるのか⋯などと一瞬頭の中を色々と駆け回ったが蕗狛に言っても多分無駄だなと答えが出た。
「うん。もういいや。その時々で説明とかいるならして」
「はい。ごめんなさい」
魔術を使えるようになるには生まれ持った「魔力」と「魔術書」が必要である。
魔術書を読み解き、理解しその魔術に認められなければ使えない。読み解いたとしてもその魔術に嫌われたり、魔力が足りなければ使いこなすことは出来ない。
つまり相性が合わなければ自分のものには出来ない。
魔術書は町立の図書館、禁忌の間に保管されていると聞く。但し、それを目の当たりにした者は周りにはいなかった。そもそも魔力なんて何で推し測るのか。自分には備わっていないものに関しては無知である。
「なあ季、鍵も開いたし中入らないか?」
蕗狛へのツッコミ満載で鍵の事を忘れていた⋯
「そうだな。・・・と言いたいところだけど真夜中だよ?少し仮眠しないか?」
ポケットから少し古びた懐中時計を見せながら季は眠たさを問う。たしかに普段は昼夜逆転生活者の代表格の季ではあるが、朝っぱらから歩き回って慣れない運動に疲れは溜まる。「休みたい」と主張して然り。
「確かに⋯一時か⋯少し休んで中に入ろうか」
蕗狛は鍵をまたかけ直し鍵をにやにやと眺め、ぎゅっと握りしめた。なんだかおーばぁちゃんと繋がっていられる様な気がした。
一通り満足したようで、簪や少し散らかった自分のものをパパッと片づけ硝子の結界に寄りかかり腰を落とし腕を組んでそのまま眠りについた。
季も同じように身の回りを少し片付け蕗狛と向き合うように木に寄りかかり腰を落としては目を瞑った。
蕗狛への怖さがない訳では無い。でも信じているから大丈夫。ただ急に魔術とか自分の知らないものを身にまとい目の前にいるのは本当に小さな頃から知っている〝蕗狛〟なのか。
――本当に?彼は信じても大丈夫?蕗狛か?――
もしかしたら蕗狛であって蕗狛では無い別の何かではないか…信じるとは。十数年も隠し事をしていた一番の友人を本当に信じていいのか⋯⋯自問自答は朝まで続いた。
木々の小枝にとまる小鳥の囀りが、気持ちの良い朝を演出した。相方よりも早くに目が覚めていた。
いや正確には「一晩起きていた」季は小さく声をかける。
「蕗狛?」
「⋯ん⋯あぁ。大丈夫起きてるよ。用意したら行こ」
蕗狛は目を擦り大きく伸びをし、ガサゴソとカバンの中を漁っていた。奥の方から水筒を引っ張り出す。
そのまま水筒の水で簡単に顔を洗う。水筒なんて持たなくても魔術で水くらい出せるが、昨晩の件もある。
季の前での魔術は極力控えよう、と思っての行動だ。そのまま水筒は手渡される。
「眠い⋯」
何を思ったか、水筒の中身を頭から勢いよく、かぶっていた。
「冷たい」
頭はまだ冴えそうにない。
髪から水が滴る姿を見て、蕗狛は腹を抱えて
「冷たいに決まってる!中に氷入ってたろ?」
と、大笑いしている。
あたりは、まだ陽が昇ったばかりなのか、辺りはうっすらと明るい。蕗狛の笑い声が響いていた。
そう言えば少し肌寒い。「陽が雲のこちら側で昇らない」という事は暖かいと感じることもまぁない訳だ。
ひとしきり笑い終え、身支度を整た。カバンの中から軽食のパンを取り出し季に渡す。
季は手渡されたパンを頬につめ一晩考えたことはパンと喉の奥へと流し込んだ。
「そんじゃあ、行こっか」
「おう」
―カチャン―
再び開けられた鍵。薄ら扉の形が現れる。
ドアノブを押し開けた。
開かれたそこには眩い程の光。地に散る紅や黄の落ち葉。空に雲はかかっておらず高い秋晴れ。その中を自由に飛びまわる蜻蛉の姿。
全てが彼らは初めて見る光景で、なんとも言えない美しさがそこにはあった。
目をまん丸にした季は思わず息を飲んだ。
「なんだよ⋯これ⋯」
「この世のものとは思えないほど綺麗だな」
そう呟き扉の向こうへと足を踏み入れた。