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事実

 綺麗な桜の花びらが風に煽られ地面に舞った。散り行くピンクの景色の中に、淡いガラスが粉々の破片になって更に舞う。

 目の前で砕けた『椿の核』なるものが本物かどうか確かめようはない。目の前の男が事実を言っている保証がないのだ。

 しかし、それを確かめるにも体内から溢れる汚い感情と血で頭は働いていない。


「う……そだ……」


 そう一言呟く頃には体から男の手が引き出されていた。バタバタと、流れ出る血を止めることもままならない――そのまま桜の花びらに倒れ込んでいた。


「まーぁ、所詮人間の餓鬼のする事だ。今回は結界内に入った事は多めにみてやろう。まあ、ここを墓場にしてもいーよ?ふふふっ。聞こえてねぇーかぁ」

 

 気持ちよさそうに空を見上げ声高らかに笑っていた。自分で嫌いな人間を殺すことができ満足した高揚している自分に酔っていた。気分がいいまま陽葵達を探すためか空高く飛んで行くが、見当たらない。

 

「柊が一緒にいたからかなーうまく逃げやがったかなーまぁ……うん、いいか。黒龍行こうかぁ」

 

 男はバリバリと頭を掻きながら黒龍に声をかけた。

 

 ――ブオオオオオ!――

 

 大きな声で叫んだ黒龍が男の元へ近寄って頭を撫でてもらい主を背に乗せ黒龍を従え城の方目掛け飛んでいった。



 ――――。

 

「蕗狛っ大丈夫か?」

 

 翠は半分泣きながら右腹部から心臓目掛けまっすぐ深い傷を負って横たわる蕗狛を大きく揺すり起こすが、ピクリともせず息を辛うじてしている。

 

「魔術を渡せば何とかなるか?」

「魔力量の問題じゃない。今回は「傷」の話だから、こんな傷では……」

 

 楸を庇った時の蕗狛の状況と似てはいるが、その時と違うのはここには魔術を譲渡することができる魔術師も精霊もいないという事。さらに、傷がかなり深い。先の時よりも状況は悪いのだ。

 

「ねぇ!何とかなんないの?」

 

 悲鳴にも似た声で涙をためて話すのは陽葵だった。

 

「治癒魔術を使える精霊も魔術師も存在しない。唯一治癒魔術を使えるのは『四季の神様』だけだ……氷漬けではそんなことはできないことだ」

 

 柊は蕗狛の傷口に消毒をし必死に塞ごうとガーゼをあてているが手が震えていた。もう無理なのは誰が見ても解る……時間の問題といったところである。

 

「どこかにいないの?治癒魔術使える人」

 

 治癒魔術を使うためには魔力量がなければそもそも魔術書すら開くことができないともいう噂もあるほど。しかし誰も見たことすらない。存在が確認できていない。


 

「蕗狛もういいんじゃない?」

 

 

 どこからか聞い事のない声がした。辺りを見回すも顔見知り以外はいない。

 

「なぁ、今の声誰?」

「蕗狛……じゃないよな」

 

 顔を見合わせるが答えはでなかった。


「……ふっ……」

 

 ――ざぁぁぁぁぁぁぁあ――。

 

 大きな音を立てて桜の花びらが蕗狛達を取り囲んで、バサっと一瞬で地面に落ちるとそこに蕗狛達はいなかった。

 どこかから見ていたさきの男も正直笑うしかなかった。

 

「あれー、ボクがまだ近くに居たのがバレてたのかなぁ?ざぁんねぇん」

 

 そう言って今度は間違えなく城へと向かって行った。

 

 

 

 曇りガラスに覆われているため辺りはよく見えないが先ほどの場所より安全なのはわかる。どうして急に移動したのか。

 お互いが顔を見合わせるが答えは出そうにない。


 

「――(タマシヒ)に願いますは、今一度(われ)()ゆ事をお(ゆる)しください。――羽衣草(アキレア)――」


 微かな声で唱えられた術。それは今まで聞いたことのないものだった。

 ――サワサワと風が揺らめいて蕗狛の傷口が赤い小さな光で覆われていた。光が揺らめいてパッと消えた。

 

「……おーきれいだねぇ」

 

 今度は聞き覚えのある声だった。声の主は体を起こし傷口を撫でていた。

 

「蕗狛……?」

「やぁ、みんな元気か?あ、ここはさっきのとこよりも安全な場所だよ」

「え…あぁうん」

「それより…柊、腕大丈夫?」

「え、あぁ血は止まったよ…蕗狛……だよな?」

 

 腕を包帯で固定している柊を気遣ってヘラっと笑って軽く挨拶をする蕗狛。

 何も言えないほどに驚いてしまった。もう助からないと思っていたのだから。ただ蕗狛がこうして起き上がることは想像していなかったのだ、ましてや普通に話をしている……。

 

「みんな幽霊でも見たの?おんなじ顔して笑わせたいの?」

 

 ははっと笑って見せたが全員きょとんとしていた。一人驚きの状況から頭が動いた翠が、はぁ。と、小さく息を吐く。

 

「おい、説明しろ」

 

 翠がキツイ言い方で蕗狛を睨みつけていた。その目に恐怖心は覚えない。

 ただ何かに気づいたのだろう翠が一番に声を掛けたのだ。

 ――いつか話さなくてはならない。まぁもう少し後であってほしかった――が、この状況は言い逃れも嘘をつくこともできそうにない。

 

「簡単でいい?」

「内容に依る。納得のいくように説明しろ」

 

 頬をポリポリと搔きながら何から話そうかなーと呑気にしていたが、少し考えて「うん」と、何かを決めたのか質問した。


「簡単に言うと俺は、制約があるにせよ治癒魔術が使える。さっきは自己治癒によって、今こうして生きているってところかなあ」


 治癒魔術。それは最高度魔術であり、四季の神しか使えないもので、現世界には使える者は居ない。そもそも習得をどうやるのかさえ誰も知り得ないものである。


「なぜそんな最高度魔術をお前みたいな子供が使える」


 翠が聞こうとすると、先に精霊である柊が疑問を投げかけた。それも、少しトゲがある言い方で。

 

「まず、俺は魔術を使う時に『(あるじ)様』から魔力は一切借りる必要がない」

「なぜだ」

 

 間髪入れず翠が質問した。

 

「翠たちは誰から魔力を借りてるんだ?……誰を主としている?」

 

 馬鹿にしているのか何を当然の質問をしているのかと、不思議そうに答えた。

 

「……四季の神様だ」

「だな、俺も四季の神様だな。絶対の主だからな」


 翠も柊もごく当たり前に答えたが、蕗狛は違う答えを出してくる。

 

「俺は翠たちが主としている四季の神様を『主様』とはしていない」

「はぁ?」

「ね。もし魔力を借りるとすれば別の人だ」

「誰から借りるんだよ!魔力を貸すことができるのは四季の神様だけだろう?」

 

 魔術を使うものは魔力を四季の神様から借りる。それは魔術を扱うものからしたらどうしたって覆ることのない決まりでああり、いままで四季の神様以外から魔力を借りると言った人は見たことも聞いたこともない。

 

「俺は四季の神様と契約していない」

「契約していないだと…」

 

 意味が解らない。契約は必ずしなくてはならないものだと教えられていたから。もちろん、精霊だけでなく翠や陽葵もそうである。

 

「四季の神様の魔力が弱まっているから……?」

 

 蕗狛の頭の上から(エノ)が声を掛けた。

 

「魔力が弱まる事なんてねぇーだろ」

「秋で(クニ)と戦った時急に魔術が解けたんだ。それをみんなに伝えようとしてたんだけど途中だったね…」

 

 途中なことはどうでもよかったのか、それよりも『魔術が解ける』方が問題だったのかみんなは黙っていた。

 

「魔術が解けるだと?そんなこと今までなかったろう」

「なかったと思うよ。虫や鳥に頼んでおーばちゃんが魔力を補填してたんだ。亡くなって一週間。前回送った分が底をつき微かしかない。だから魔術が解けたんだ」

「魔力って補填出来んのかよ…」

「ちょっとしたコツがいるんだけど、出来るよ。補填方法はおーばちゃんとは違うけどね。聞く?」

「……いや、いいわ」

 

 やるのは簡単、ただ説明しろと言ったところで無意味なんだろうなと、出来るよと簡単に言った蕗狛をみて思ったのは翠だけではないようで、誰も説明を求めなかったがただ一つの疑問が残った。

 

「なんで紺たちとの戦いのときは解けなかったんだ?」

「あーあれは、俺が魔力の補填をしてたから大丈夫だったんだ」

「魔力が少なくて楸からもらわなきゃならなかった本当の理由って……」

「うーん、攻撃魔術と補填に使ってたから……だね。うまく隠していけると思ったんだけど、結界外かな?そっちにも何回か魔力を引っ張られちゃってさー」

「それは……」

 

 翠がハッとして声を上げた。どんな理由があろうと桜との約束を破ったことは許さないと言ったが、これは破りたくて破った訳ではなかった。翠の何か考え込む顔を蕗狛は見逃さなった。

 それは自分にも改善の余地がある事で、桜の言っていたように無理をしたのが一番の問題で翠が怒ったことは間違いなこと。

 

「ねぇ翠、謝らないで…俺の分散方法に問題があったんだ」

「いやでも……」


 申し訳なさそうにしている翠に「大丈夫」と声をかけた。

 

「蕗狛が魔力の補填をして、その魔力を使ってるのは、紺たちもなのか?」

「いいや。俺が補填しているのはあくまで『四季の神様』と『契約』している魔術師だけだよ。紺たちが契約しているのは『ベンタ』だから関係ないかな。榎が攻撃途中で魔術が解けたのはほかのことに意識を飛ばしてたら、送る量が足りなかったんだ、ごめんね」

「えっあ・・・・・・こっちこそそんなことになってるなんて知らなくて」


 榎と蕗狛が謝り合っているところに、今まで黙って話を聞いていた柊が神妙な顔をして一言放つ。

 

「そしてその紺たちと契約している『ベンタ』はさっき攻撃してきた男だよ」

 

 柊が両手を合わせ顔を落としながら静かにそう言った。

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