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人間と精霊

 扉を開け吹き付ける風は心地よく、長い冬を抜けて訪れる春そのものだった。満開の桜が目を奪う。更にあちこちには蒲公英が咲き乱れつくしが顔を覗かせている。蕗狛だけでなく翠、陽葵の二人も初めて見るその景色に息をのんだ。

 

「おい、さっさと行け、後ろがつっかえてんだ扉閉めらんないだろ」

 

 (ラギ)が後ろから三人を軽く蹴りながら押し出して春にでる。

 

「なあ、このピンクの花が本物の桜か?」

 

 蕗狛が桜を見上げながらポツンと呟いていた。

 

「そーだよその花が桜だよ」

 

 蕗狛の頭の上で榎が答えると、

 

「魔術で出す桜とは大違いだな……色が鮮やかだ……」

 

 蕗狛はおーばちゃんがこんなに美しい桜の花の精霊であったことを目の当たりにしていた。ただただ美しいその光景から目が離せなかった。その隣で翠や陽葵も見惚れ動くことができなかった。


「さっきの冬は雪しか見てなっかたけど……この光景はすごいな」

「お前たちは……大袈裟だな。と、言いたいところだが、始めてみる「春の景色」は中々のもんだろ?」

 

 (ラギ)は自慢げに話していた。

 

「ここは椿が守っているから(ラギ)が自慢することじゃないけどねぇー」

 

 (エノ)がちょっかいに似た声をかける。

 

「うるさいわ!」

 

 と、三人を横目に二人は蒲公英畑で追いかけっこを始めていた。

 

(おまえ)だけ飛んでるとかズルくねぇーか!?」

(ラギ)も飛べばぁ?」

 

 それに気づいた陽葵も「私も~!」と二人の輪に入り黄色い絨毯の中へ消えていく。



 

「なぁ蕗狛。陽葵にはまだ言わないでくれないか?立葵のこと、気づいてるんだろ?」

 

 翠が楽しそうに走り回っている陽葵を優しい眼差しでみながら蕗狛に願い出た。その願いに目は空を見上げたままの蕗狛は、翠を見ることなく、

 

「言わねーよ……たださ、陽葵は色んなことを受け入れられないほど子供じゃないんじゃねーの?」

「え?」

「このまま俺らと行くか聞いた時、団長は育ての親だけど許せないって言ってたよ。ちゃんと自分の意志で決められるよ。立葵(タキ)がどうなっているか、もう解ってるかも知んないよ?……まぁどうなってるか俺は知らないけどさぁ」


 翠はそう言う蕗狛の言葉を受け、さらっと吹く暖かな風を受けながら空高く見つめていた。

 

「あいつはさぁ、双子だけど立葵の後ろ追いかけているようなやつでさ、二人がバラバラの部隊任された時なんて泣きながら団長に無理だって断ってたんだぜ?そんな奴が、もしかしたら死んでるかもしれない事実を受け入れられんのか……俺ですら怖くて確認できてないんだ」

「確認してないのかよ。……まぁ、魔術扱ってる人間ならいつも覚悟してんだろ暴発も珍しくないし。俺なんて呼び出した火の精霊(サラマンダー)に追いかけられて、腕は噛まれるしで大変だったよ。命が何個あっても足りねーわ」

 

 ケタケタと笑いながら話す蕗狛をあり得ないと、目で訴えるほどに驚いていた。一人笑い終わるもなんとも翠からの視線が痛く、ゆっくり目をやると何から突っ込んでいこうかと頭を抱える翠がいた。

 

「折角いい話をしてくれていたところだったのに、話が大いに逸れたぞ蕗狛。どういう事かな?」

「えーっと、何が?」


 蕗狛は大きくとぼけて地面に咲く蒲公英に、

 

「お兄ちゃん怖いねぇー」

 

 なんて、話しかけている。

 

「なんで火の精霊(サラマンダー)なんて出せる?その時噛まれた腕はなんでなんともない?」

「おーばあちゃ……」

「桜さんは、治癒魔術は使えない」


 話始めようとした蕗狛の話が誤魔化しであることは翠でも十分わかった為最後まで聞くことなく事実を述べていた。それを見ていた蕗狛は思いついたかのように声を上げる。

 

「甘噛み!あいつ優しいから、やさぁーしく噛んだの!だからきれいに治った!」

「そんなわけ――」

 

 翠が蕗狛に近づこうと一歩踏み出したその時、蒲公英畑の方から陽葵の悲鳴と柊の怒鳴り声が響いた。

 

「――逃げろ!」

 

 その声に振り向くと桜の木々がなぎ倒され、陽葵を黒い龍が追いかけ回し柊が片腕をなくしながら必死にこちらへ向かってくるのが見えた。

 

「な……なんだよあれ……」


 二人は目を疑う光景に息を呑んだ。

 その空には黒い雲と稲光を従え大きな黒い羽根を背に三箇所持ち合わせた真っ黒い龍の姿があった。

 

「……黒龍(コクリュウ)だ……」

「は?」


 聞いたこともない名前に翠は目を丸くしていたが、その黒龍の大きさに目を離せずにいた。

 蕗狛も一歩後退りして翠に話はじめた。

 

「裏魔術書、第四章『黒龍』。魔術で人を千人殺した時、地下から突如現れ契約を交わすか聞きに来る魔の黒龍。初めて見た…」

「んなもん、見て無くて当たり前だろ!見てたら千人殺してるってことだろ!」

「ははは。確かにねぇー」

 

 真っ黒な黒龍は先ほどまで陽葵たちが走り回っていた蒲公英を焼き払い確実に蕗狛達に近づいていた。

 

「――風の精霊!(シルフ)――」

 

 ――バフン!――

 

 蕗狛に呼び出された髪の長い女性は何枚もの羽根を自在に操りフワフワと浮いていた。

 その姿を確認した蕗狛は風の精霊(シルフ)に軽く挨拶をした。

 

 「風の精霊(シルフ)、陽葵と柊の回収お願い」

 

 と、二人を託すと風の精霊(シルフ)はコクンと頷き陽葵と柊の回収へと向かった。

 

「翠!風の精霊(シルフ)が二人を回収して来るから合流して逃げて!」

 

 翠に声をかけそのまま蕗狛は燃える桜の中へ走って行った。

 

「――探・索(タン・サク)!――」

風の精霊(シルフ)なんて初めてみた……」


 みたこともない風の精霊(シルフ)に驚いたが、それより蕗狛を追いかけようにも、黒龍の吐いた黒い炎の熱気に負け、動けずにいた。

 

「あいつ、どうやってこの中進んで行ったんだよ」



 黒龍がいるということは、近くに黒龍を出した魔術師がいると言うこと。早く見つけ出して、倒さなければこの春も焼き払われてしまう。少しの焦りを感じながら蕗狛は探・索(タン・サク)で出た糸を触りながら糸の伸びる先へと足を進める。焦る足を黒龍の吐く炎の熱気が行く手を阻んでいた。

 

「くそっ!あっちぃな!――冷気(レーキ)(シールド)――」

 

 蕗狛が唱えると蕗狛の体をひとまわりヒヤっとした冷気が取り囲む、更に盾で全身を取り囲った。

 

「ここまで熱いと盾だけだと熱くてやってらんなかったわ。ちょっと涼しいくらいがちょうどいいかもな・・・あれ・・・」

 

 蕗狛の横を風の精霊(シルフ)が飛んで行くのが見えた。

 

風の精霊(シルフ)も危ないかもなぁ。――庇護(ヒゴ)――」

 

 蕗狛は指で円を創りフゥッと息を吹きかけると、ガラス玉がプクっと姿を現していた。

 ポンと指で突くと風の精霊(シルフ)の方へと飛んで行きそのまま風の精霊(シルフ)を飲み込むようにガラス玉が大きく現れた。蕗狛が庇護を確認してすぐ走りながら魔術を発動させる。

 

「――(フレイム)――」

 

 蕗狛の出した小さい炎が糸を勢いよく伝っていくとその先でクンと糸が引っ張られるのが解った。

 

「あ!あたったかな?」

 

 その糸を勢いよく引くとブチンと切れた。

 

「焦るなよ、餓鬼め。ボクがちゃんと出向いてやるって」

 

 低く聞き心地のいい声があたりに響く。

 

「――っ!風の精霊(シルフ)急げぇ!まずい!」

 

 そう叫ぶと同時に風の精霊(シルフ)が柊と陽葵を風で包み庇護の中に取り入れ空高く舞い上がった。

 空に舞った庇護を確認し安心した蕗狛は魔術を発動しようと印を組んでいたが、静かに耳の横を風が掠めた。


 ――ひゅん!――

 

 音がしたと耳を触るとトロンと、右耳から頬にかけ長い傷ができ血が流れていた。痛いとか恐怖とかの感情は一切湧かなかった。一瞬で……なお姿を見せることなく傷をつけに来る奴が相手とは、心躍るという方が今は適していそうだ。

 

「いけねぇ口元が緩む(ただ、まだ魔力はフルじゃない……)」

 

 緩んだ口元を手で隠し後ろへ移動したであろう相手の方を向くと、何も考えない方が得かもな。と、攻撃態勢に入り右耳のピアスを引き千切り指に嵌めてひと撫でした。

 

「主様、お力お借りします――火山(ボルケーノ)――」

 

 蕗狛の撫でたピアスからドロっとマグマが吹き溢れ無数の雫に形を変えそのまま勢いよく低く聞き心地のいい声の主の元へと飛び掛かっていた。

 しかし飛んできたマグマの雫はその男の目の前で動きを止めていた。

 

「まぁまぁ、あんまり奴の魔力を使うなよ。残りはそんなにないんだろう?」


 そう言ってマグマの雫を握り潰していた。マグマで焼けた皮膚をひと舐めしぐっと手のひらを握りふぅっと吹くと傷はなくなっていた。カクカクと手首を動かし怖いほどの笑顔で蕗狛のほうを確認する。

 

「マグマって握り潰していいものだったんだな」

「君、人間だろう?誰の許可を得て魔術を使ってんのぉ?マジむかなんですけどぉ」

「間違いなくあんたの許可はいらねぇだろうな」

「ボクをあんたとかぁマジうけなんだけどぉ」

 

 そう言って一人高笑いし、一呼吸してから

 

「やぁ……うっぜぇわぁ……弱いくせに」

 

 憎しみの籠った声で馬鹿にしながら蕗狛を見下した。それは何か汚物を見るような、背中にゾクゾクと寒気が走る感覚。

 生きて行く上でそうそう見ることのない表情だった。

 

「で?あんた誰?ベンタの部下とか?」

「本当に口の悪い餓鬼だ。気分が悪くなる奴だね。なぁこの結界から出け行けよ目障りなんだよ」

「こっちにも用事があるからね、それはできない」

「そうか……一度は頼んだぞ人間」

「人間人間ってうるせなぁ!だめかよ」

「ボクはねぇ人間が大嫌いなんだ。弱いくせに。文句ばっかり!」

 

 ――ブンっ!――

 

 手を払うと竜巻が起こりあたりが砂埃に見舞われた。

 

「そいつがベンタだ!無理だ、逃げろ!」

 

 どこかから翠の叫ぶ声がした。魔術のそれを唱えることなく竜巻が起きたことに焦っていたところに「ベンタ」の名を耳にしたら動じてしまった。一瞬目を離してしまった。その一瞬がよくなかったのは解っていたが、動じてしまった。


「ほうら、人間受け取れよ」

 

 そう言ってその人は何かを蕗狛に放った。綺麗な淡い色した小さなガラス玉が目の前に現れた。

 

「なっ!」

 

 蕗狛が手を伸ばしたその瞬間、そのガラス玉が球体から無数の棘が伸びた。刺されば痛いのは容易に想像がつき思わず手を引いてしまう。引かれれば受け取り手がいなくなり放られた物は地面に身を任せるしかなかった。

 地面に身を任せれば起こりうることはひとつ。


 ――バリン!――


 そう、割れてしまう他ないのである。


「あーぁ割れちゃった。君の所為だよ人間」


 顔を上げるとそこにいたのはガラス玉を放った本人。そしてひとつの事実を耳元で囁く。


 「あれは椿ちゃんの核だよ。ばーぁかお前が()()()んだ」


 うひっと、笑って、驚いた蕗狛の腹にその男の指が五本刺さっていた。そしてその指はゆっくりと蕗狛の心臓の方までまっすぐ深く伸びていた。蕗狛は多量の血を吐いていた。


「死ねよ、人間」

 

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