信頼と真実
自分が何者か、目の前にいるその人は本当に「いい人」なのか、ほんとに昔からの知り合いなのか。この町は本当に自分の知っている歴史を辿っているのだろうか。なんて思ったことはないだろうか。
今蕗狛は「楓は式神」と言った、そのことが妙に府に落ちた。幾度となくおかしいと思うことはあった。
こんなところで違和感の答え合わせをすることになるなんて。
最初から蕗狛にビビっていた。空気が違う纏わりついている空気が。だから…団長の指示に従うことができなかった。
連行だなんて、無理。命が惜しいなら、敵には回してはいけない。そう魂が言っている気がした。
さて・・・・・・
「私は楓が式神だなんて知らなっかたの」
「あれ?そうなの?まあ、高度魔術だしねえ」
蕗狛は面倒くさそうに前髪をクルクル指に絡めながら話した。
「ねえ、誰が式神を創っているのかわかる?」
「さあ、俺は陽葵の仲間には会ったことがないからわからないね」
そう蕗狛は町の魔術団という団体にあった事はない。
「そうか・・・ごめん・・・」
申し訳なく陽葵が俯いた。
ギィ・・・・・・
と、椅子をひいて深く座り蕗狛は何かを思い出したように、話し始めた。
「あ、でも、たぶんねえ「サクラの香」をいつも焚いているか、身に着けているかしている人だと思うよ」
「え・・・?」
「サクラの香が香ってた。誰かに気づいてもらうためにワザとね。決して恋しい人に気づいてほしい訳ではないよ。ここにいる、早く気づけと。攻撃的にね」
「攻撃的にってどういう・・・・・・」
「そんなの、決まってるじゃん。向こうはこっちを嫌ってんだよ」
「嫌いってあった事もねーのにか?」
柊が割って入る。なんせ会った事もないのに嫌われる意味が分からない。
その質問に答える必要あるかなー?と思うが、考え込んでいる陽葵が一人になりやすいように配慮することにした。
「さーあ、向こうさんには嫌う理由があるんでない?」
「怖いやつだな・・・」
「たしかにな」
でもさあ・・・と妙に会話が弾んでしまい三人は会ったこともない人への疑問を話し合っていた。
「サクラの香をよく身に着けている人を知っているわ・・・」
陽葵が恐る恐る話し始めた。
「誰?(来た!待っていたよ陽葵)」
「え・・・と・・・」
陽葵が口ごもるのも無理ない。
話してもここまではその人の魔術が届くことはないはず。ただ、本人はもしその人が式神を今まで隠していたとしたら、高度魔術をどこまで習得しているかも未知数なことで、身の危険を感じるのも無理はなかった。
「身の心配をするなら、結界でも張ろうか?」
焦る気持ちを抑えつつ陽葵が話やすいように声をかける。
蕗狛の提案を受け入れようかと考えがよぎる。
「(でも・・・)大丈夫・・・ここまでは魔術も届かない・・・はず・・・」
「うーん」
蕗狛は心配そうな陽葵をみて、もう一つ提案をする。
「じゃあ、その人の名前と顔を頭に浮かべてくれる?」
「え・・・・・・?」
困る陽葵の顔を見て蕗狛は、ニコっと笑いどうぞと手を差し出す。
「・・・わかったわ・・・」
そう言って陽葵はその人の名前と顔を思い浮かべた。
「ありがと」
蕗狛はそう言って、
「ー共有―」
と、魔術を唱えた。
陽葵の頭から小さな水球が飛び出て三人の額に吸い込まれて行った。
「冷たっ!」
柊が額を触る。その瞬間陽葵が思い浮かべたその人の名前と顔が脳に直接流れ込んできた。
「こいつが、その人か・・・」
ああ、そうか顔を見たことがあるわけだ。おーばあちゃんの葬儀に来ていた、挨拶をするとか何とか言って。丁度母親からお使いを頼まれ、席を外すその時にすれ違った、あの顔。いつからか伸ばしたらそんなに長くなるかわからない髭と歳の割に長い髪、杖を突く音が耳の奥に残る。
そして、季がこと切れる一瞬見えた顔。忘れないこの顔、こいつが『長』であり式神を創りうるだけの魔力を持ち合わせる人物。
「この人が、長か・・・サクラの香をつけていたのか?」
「ええ。ていうか蕗狛は名前を普通に口に出せるのね」
陽葵は不思議そうに聞いた。
「怖いとかの感情は一切ないよ。だってこの先倒さないといけない相手の一人だ」
びくつく陽葵を横目に恐怖が全くない蕗狛が答える。
「なあ、蕗狛淡々と話を進めているが、もう少し説明してくれない?」
榎が二人の会話を止めた。
「あーごめんごめん。二人の脳に直接届けたその人が、陽葵の言うサクラの香を身に着けていて、式神を創る事ができる・・・・・・季を殺した人物、『町長』であり『町の魔術団・団長』通称『長』だよ」
「こいつが季を殺した・・・」
「なぜ殺したというの?私は季が喉を掻っ切っていたと言ったのよ?団長からもそう聞いているのよ?」
蕗狛は少し考え、そーねえ・・・と前置きをし、
「季は自分で喉を掻っ切ることは絶対しない。これが今話せる全て・・・かな?」
蕗狛は深くを話さない、必要な分だけ。必要以上に話してしまい何処で誰を巻き込むかわからないから。自分の守れる範囲を理解しているから、過信ほど怖いものはない。
ただ、自分によくしてくれている人達が一瞬でも傷付くのが嫌なんだ。そうーただの我儘だー誰も信じられないという我儘。
蕗狛のため息からほどなくして榎が口を割る。
「なあ、話が逸れたが陽葵のいう兄貴?の話を聞かせてくれない?」
「今話に出たその人・・・あ、私はいまその名前をあまり呼びたくないので『その人』でいいかしら」
信頼。が崩れ去るのは一瞬で何年もの時間をかけて信頼を得たとしても、隠し事・裏切りで崩れ去る。
「構わないよ」
「その人の動きが怪しいと私の双子の兄妹、立葵がその人の周りを調査していたんですが、兄とその部隊が捕まってしまったんです」
「捕まってるだけなら、今すぐどうにかなることはないんじゃないのか?」
「ただ捕まっているなら。そうですねその人は「特別室」への連行を命じたの。あの部屋はその人しか魔術が使えないようにしてある特別室。魔術が使えない立葵が勝てると思う?」
「立葵の力量がどんなもんかはわからないけど、魔術で殴り倒され終わりだねー。もう間に合わないかもね。俺なら諦める」
「蕗狛!言い方があるだろう!」
苛ついた柊の声が狭いかまくらに響く。
冷たいかも知れないが「長」なる人物が良心の欠片でも持ち合わせていればまだ希望もあるが、そんなものは存在しないだろう。
「ここで優しく言ったところでどうにもならない。言えるとしたら・・・・・・もっと早く陽葵と会っていたら立葵を助けられたかもな」
蕗狛はできないことを口にしないし、微かしかない希望を語らない。もし間に合うと言ってしまって間に合わなかった時の絶望は計り知れないから。
「・・・大丈夫よ。特別室に連れていかれるのを黙って見ていることしかできなかったのは、私の力不足だもの。自分の部下でさえ止められない隊長なんてただのお飾りだわ。何より会ってすぐ信用もない私の話を聞いてくれただけでも嬉しいわ」
「陽葵・・・力になれなくてごめんね」
榎が優しく手を差し出し、そっと手に触れる。
「ううん。ここから戻るだけで時間がかかるわ。立葵なら何もしてない。なんてことはないと思うし」
榎との会話を聞きながら蕗狛は席を立ち暖炉の薪を火ばさみでいじり出す。
パチ・・・っと火の粉が飛んで消える。
「もし、仇を取りたいのであればこのまま俺らと来るか?」
「え・・・」
誰にも相談なしに声をかける蕗狛が何を考えているのかはわからない。ただの優しさだけではないのはよくわかる。
「町に戻って一人で勝てる見込みはあるのか?ないんだろう?さっき『自分の部下でさえ』って言っていたな。つーことは、立葵を連れて行ったのは陽葵の部下だろ?」
黙って蕗狛の話を聞くしかなかった。図星だったから。
「そんな部下、部下じゃないだろ。そいつらは団長の下僕・・・や、正しくは式神だ。主の命が絶対だろ。そこに戻ったって味方はいないだろうな。まぁ、このまま仇も取らずに生きていく。なら別だけどねえ」
「蕗狛、ちょっと待ってやれよ。陽葵が困ってる」
そう言われて蕗狛は、火バサミを元の位置に戻し陽葵のほうをじっと見つめた。
その目は「お前はどうしたい?」と問いかけているような、どこか冷たい目だった。
「わ、私は立葵がどうなったか…わからない。死んでるかも…しれないし、逃げたかも…。でも、多分望みは薄い……今まであの人のやり方を見てきているから。蕗狛と行けば、あの人に辿り着くのが早いのであれば、一緒に行かせてほしい。騙していたことも、立葵達へのことも……許すことは出来ない……それが、例え「育ての親」だとしても…」
陽葵は小さく拳を握りしめ、溢れる涙を堪えながらそう願い出ていた。
「育ての親…ねぇ。血は繋がってねーの?」
「え、えぇ。私たちの両親は早くに亡くなったと聞いているわ」
「そっか。じゃあ、準備終わり次第出発と行こうか」
榎に荷物の場所を確認し蕗狛は身支度を始めた。
「そっかって。おい!(そんな簡単な話かよ)」
柊も「育ての親」と言う言葉に疑問を抱き、陽葵の元へ駆け寄り心配そうに話しかけている。
「蕗狛?大丈夫なの?」
榎が心配そうに声をかける。
「ん?あぁ、傷だろ?だいぶ塞がったと思うよー?」
榎は蕗狛の耳元に近寄り陽葵と柊に配慮しながら更に声をかけた。
「や、それもだけど……」
「あ?陽葵か?あいつは裏切ったりしねぇよ」
「え?だけど・・・」
蕗狛は笑いながら榎の疑問をかき消した。
「この話はおしまいね」
そういって蕗狛は榎の顔に人差し指を突き出し、
「しー」っと、口を塞いだ。




