回復
傷はやや深め、かなりバッサリそれも長く切られた。背中側は油断した。あれは躱せた、絶対に。漆に気を向けすぎた事、これは反省しなくてはならない。
二度同じことで傷は作りたくない。そうしているうちに負けて誰も守れないから。
傷の縫い合わせと、治癒はほぼ終わっている。血液も足りなかったが、魔力で補った。
さて、ここからどうしようか。
ベッドで小さく丸くなる蕗狛の頭の中は大混乱といったところだ。
なぜなら、魔術を使うのに主様から魔力を借りていないことが、どうも・・・二人にバレているらしいことが、耳からの情報で十分仕入れることができているからである。
別に魔力が沢山あること自体バレるのは想定内。
少し早かったなとも思うがそれよりも、それを隠していたと言う事実が柊たちの怒りに触れないか、少々・・・いや、だいぶ心配である。
それに、どうやって榎を精霊に戻したか、などとやたら聞かれるんだろうな・・・少し億劫である。
・・・覚悟を決めるしかないか、楸のことや、楓の持っていた人形も気になる。いつまでも狸寝入りしているわけにもいかない・・・。
蕗狛は、心の中で静かに溜息をついた。
「お・・・おは・・・よう・・・」
恐る恐る二人に声をかける。正直今までのどの出来事よりも緊張している。
「蕗狛!目が覚めたか!」
声を弾ませながら柊が駆け寄ってくる。
「よかった!だいぶ寝てたからどうしたかと思ったよ!」
頭をグシャグシャと撫でる、その手はどの手よりも暖っかった。
「あ・・・うん、大丈夫。もうだいぶいいよ」
「なんか飲む?」
「あー、うん」
蕗狛からすればこの優しさの塊が怖い。
「なぁ、落ち着いてからでいーんだけど、説明。してくれるよなあ?」
柊が、静かに蕗狛に問いかけた。
「あ・・・」
「しねぇって事は、ねぇーわなあ?」
納得いかない事が多すぎる。
魔力が多いことも然り、何故あの傷で生きているのか、榎をどうやって創ったのか、聞きたい事は沢山ある。少しの圧力はかけざるを得ない。
「・・・あ、はい。します。させていただきます」
肝が冷えるとはこう言う事かもしれない。柊が怖くて見られない。目覚めが悪すぎて何も言えない。
榎がいれてくれた、スープを流し込む。これを飲み終えたら話さなくてはならない事が多すぎて、カップを持つ手が若干震えた。
ゆっくり飲んだスープも底をつき、本当に覚悟を決めるしかなくなってしまった。
「何から話せば・・・いーかな・・・」
蕗狛はスープのカップを机に置き、深呼吸をして、柊に問いかけた。
「お前は何で生きてる?」
背後から心臓目掛けて硝子の刀が刺さり、そのまま右足付け根近くまで切られていて、「何故生きている」のか。
それは当たり前の疑問だった。
思わず息を呑む質問。ただ、今この質問に答えるのは難しかった。
「それは・・・」
「魔力でどうにかなったんじゃないの?」
榎が、キョトンとした顔で会話に入ってくる。
「は?どうにかなるって、術を発動させなきゃ駄目だろ?」
「や、そうかもだけどだよ、主様から力借りなくてもいい蕗狛だったら、魔力でどうにかなるんじゃないの?」
なんとも言えない榎の自然な答えに、蕗狛は戸惑いながら合わせることにした。
「あ・・・魔術書にあったんだよ。どの書だったかはちょっと思い出せないけど、書いてたんだ「治癒魔術」ってのが、さあ?」
蕗狛は戸惑いながら柊に説明した。
魔術書は町の魔術団の書庫にある。まぁ、めっきり読まれる事がなくなったが、今も書庫には十冊の魔術書が保管されている。
「魔術書?んなもんあるのかよ」
「あ、柊たちは、精霊だから魔術書を読む必要がないから知らないんだよね。
魔術書って物があって、それを読み解いて習得しないと、魔術を使えないんだ。もちろん、読み解いたからって全部が使えるわけではないよ。魔術に弾かれることもあるし」
「弾かれると、もう使えないのか?」
魔術書自体初めて聞く柊たちには新鮮な話だった。
「そうだね、習得に失敗した事になるからね。
弾かれる人は弾かれるって聞いたよ。
俺は魔力量が多かったから、おーばあちゃんが、色んな魔術を習得しておいたらいいって言ってたんだ・・・。おーばあちゃんは、たまに夜中こっそり家を抜け出して町の魔術団の書庫から本を持ってきてくれてね。読ませてくれてたんだ」
「だから、たくさんの魔術を習得してるし、主様から魔力を借りなくてもいいってわけか」
「ちょっと語弊があるね、魔術の習得についてはそうだけど、魔力については生まれつきって話になっちゃうしね」
「はーん。で、何で黙ってんだよ」
柊がギロリと睨む。
「や、おーばあちゃんに口止めされてたのもそうだけど実際さ気持ち、悪いじゃん?魔力が多いってさ。
――それに、信じてもらえないと思ったから」
魔力量は個人差。町の住民は使えない魔力を持った人間を周りが快く出迎える方が特殊なのだと、そう幼い頃から蕗狛は考えていた。
「桜はずいぶんお前のことマヌケに育てたんだな」
「え?」
「魔力が多かろうと、持ってなかろうと、桜のひ孫だぞ?気持ち悪いなんて思うか!」
アホくせぇー。と、柊は席を立って、スープを入れすすっていた。
「魔力が多いのはいいことじゃーん?多分、桜のひ孫とか抜きにしても、魔力が多いからって気持ち悪いとは思わないねぇ」
榎もだからどうしたの?と言わんばかりの顔で蕗狛の肩に乗って
「いーんだよ。魔力は多い方がいい。まして戦いに身を置くなら余計ね?戦いがないのが一番だけど。ね」
そう囁いた。
「ふふ、確かに・・・そうか、いいのか」
安心で顔が緩んだ。
「まぁ、その話はわかったよ。ムカつくけどな。
で、まだある。あの小島で何があった?」
小島とは、先の夏地域で暗闇だった空間に突如現れたあの小島のことである。
「あの小島で、楓と名乗る男と会って、攻撃を受けたから、応戦した。――楓は人間でも精霊でもなかったよ」
「精霊じゃない?じゃあなんだったんだよ」
「たぶん・・・式神かな?創りに少し雑さが目立ったかな?」
式神を創るのにも魔力がかなり必要で、雑さが目立つという事は何体も式神を創り魔力が同量で分散しきれていない。
そのための、雑さが出てしまっていたのだ。
「式神?誰が、そんな高度魔術使ったんだよ」
「わからない。でも、楓が死んだか確認しに行ったら、体が崩れて、消えたんだ。
高度魔術だと思うんだけど、それを使いこなす人間なんて居るのかな」
困ったね。と榎はお茶をすする。
「それに、本来の力の半分ってところだったように思うよ」
「半分?」
「そう。あんなに弱い式神には会ったことはないよ」
いままで式神に会いさらには、戦ったことがあるのは心外だったが、桜と居たのであれば意外なこともないか。と、妙に納得した。
それより楓の後ろに誰がいるのかが一向に見えない。
「楓ってやつは、誰とつるんでたんだろーな」
「んー、わかんないなぁ・・・・・・俺はあった事がないんだ。もしかしたら、町の魔術団の一員かもしれないね」
蕗狛は、町の魔術団にあった事がないのだ。
「あぁ、そうだ。その楓って奴が持ってたんだけどね」
ポケットの中から、女の人形を出す。
「なに・・・これ」
「その楓が持ってたんだよね」
「大切な人形だったのかな?」
「違うだろ」
「この人形、微かにサクラのお香かな?香りがしたんだ」
桜のお香の香り。それは蕗狛がよく香っていた、おーばあちゃんの香りに似ていた。懐かしい香りであるがもうその香りを嗜むその人は存在しない。
「サクラの?」
「ああ、そうおーばあちゃんがよく焚いていたんだ」
「これはただの人形なのか?」
「どーかな?調べてみる?それより・・・この変な腕輪なんだ?似合わねぇーな」
蕗狛は小さな人形な腕から似つかない腕輪を外し、その辺に放った。
「おま、いいのかよ」
「たぶんねぇまぁ、いいさ――真実――」
蕗狛の術に導かれるようにその人形は、本来の姿へと形を変えた。
眠っていたように、彼女はゆっくり目を開け辺りを見渡した。
「・・・ここは・・・?」
「やっぱり、人形にされてたんだね。君は誰?」




