榎
辺り一体が白い光に包まれ眩しさに負け、目を閉じてしまう。
次に目を開けると、さわさわと木々が揺れ葉が静かな音色を奏でる。暑くなりすぎず、過ごすに丁度いい気温。近くの川で水が流れる音が心地いい。ポチャンと魚の跳ねる音すら聞こえてくる。
柊が蕗狛と楸を匿った小島はこのままに、辺りの海や砂浜は姿を変え小川の流れる、森になっていた。
「なにが、起こったんだ⋯」
柊が目をまん丸にして辺りを見渡す。陽射しは森の葉で遮られ、少しの涼しささえ覚える。
「俺だよ、柊」
ぽつんと小さな声がした。
辺りには眠ったままの蕗狛と、楸のビー玉しかないが、確かに声がした。
「おーい。ここだよー!」
声のする方を見ると、蕗狛の血まみれのズボンのポケットから手が出ているが、その後動くに動けずにいるように見える。
出てくるのをただ待つだけだと何時になるやら⋯柊は恐る恐る引っ張り出してみる。
「おまえ⋯どうして⋯」
「やー蕗狛がさ、創ってくれたみたい。で、俺の身体が戻ったから元の夏になったみたいだねえ」
ヘラっと笑う榎が居た。
「は?」
「取りあえず、落ち着きたいから冬に行かない?俺が鍵を開けるからさ」
「いや、まて、俺らまだ夏を⋯」
「あー、それね、蕗狛は意識ないし、楸も今はちょっと居ないから⋯あ、柊さ、ちょっと寝てて?
主様、お力お借りします――パーンチ!――」
ビュン!っと不意を突かれ魔術とは関係ない、ただただ、榎の小さい手が、柊の額を小突く。
魔術とは関係ないのに、威力は半端なく小突かれた柊はそのまま後ろにひっくり返り意識を飛ばしていた。
「ひゃー!久しぶりに柊のおデコ、小突いたら気持ちのいいこと!」
そう言ってキャッキャ喜んでいる榎。ひとしきり笑ったあと呼吸を整え、榎が術を唱える。
「――主様、お力お借りします――《スノードロップ》――」
ふわっとスノードロップの花が輪を描きながら宙を舞った。その中心に鍵をさすと、パキっと薄ら空気が波打って、扉のシルエットが現れた。
「――冬を護りし精霊、柊との契約の元、扉開けさせてもらう―解―」
鍵を回すと、扉がはっきりと現れる。
ドアノブを回し、冬へと入る。
「あ、忘れてた!皆おいでー!――主様、お力お借りします――|移動!――」
小さい体で背中からは蜻蛉の羽を生やし、精霊の姿のままの榎が蕗狛達を宙に浮かべながら、扉をくぐる。
その先に広がるのは、一面の銀世界。
あらゆる植物、動物が冬眠し、春を待つ季節――「休息」には一番いい季節かもしれない。
榎は蕗狛達を連れて、この辺かな?と、術を発動する。
「主様、お力お借りします――創造・かまくら――」
辺りにあった雪が風に乗り舞い上がり、大きな雪山を作り上げ、中には人が入れる空間も用意された、そうして出来たかまくらに身を隠した。
「火と布団も欲しいなぁー」
ブツブツ言いながら身の回りを整える。
「いってぇ・・・」
先ほど榎に小突かれた額を撫でながら柊が身体を起こす。
「なんだここ」
見慣れない雪の中。ベッドや暖房設備まであり、外観の雪以外は普通の家のと遜色ない。
「あ、起きた?」
当たり前に珈琲を飲みながら榎が声をかける。
「ここは・・・榎!そうだ、どうなってる?」
柊は、小さい精霊姿の榎に問い詰める。
「まーまぁ!落ち着いて!まず何から話そうかな・・・そうだな、まず俺のことにしよう。
俺は蕗狛に創り直してもらったんだ」
「どーやって?だって、榎の核は破壊されたんだぞ?それに、俺ら精霊を創れるのは、「四季の神」だけだぞ?蕗狛に創れる訳ないだろ」
精霊を創る。言葉では簡単だが、これもまた、魔力が十分にないと創れない代物である。
自分の生命力の一部である魔力を注いで創るため、四季の神以外が創ろうとした事もない。
「んー、その辺は俺もよくわからないんだ。
ただ、橡との戦いの後、伝えたいことがあってね、俺の意識を飛ばしてたんだ。その後、楸の髪留めになってくっついてたんだけど、魔力足りなくて寝ちゃっててさあー。
まぁ、そこから俺を創り直したんだと思う。後で蕗狛に聞いてみよう?」
「何言ってんだ。伝えたいことって・・・蕗狛は今死にかけ・・・てる・・・それに、楸だって・・・」
ポケットの楸のビー玉をトンと、叩いた。
「蕗狛は多分、もう少しだと思うよ」
「あ?」
「ね、少し待とう?ここは冬なんでしょう?そんなに急がなくったっていいだろ?」
「や、そりゃあ、そーだけどよ」
「四季の神様もさ、急ぎすぎるから、柊を冬の守護にしたんだろーなぁーゆっくりしなさいって」
ニヤニヤしながら榎が「四季の神様」のことを話にあげる。柊は四季の神様には勝てない。どうしたってその名前が出たら収まるしかないのだ。
「・・・・・・わーたよ。待つよ」
少しムスッとしながら、榎が用意した椅子に腰掛ける。
「はい。では、珈琲でも飲みながら待ちましょーねぇ」
バフン!っと小さい珈琲カップがテーブルに置かれる。そのまま柊が飲むに丁度いい大きさになり、提供された。
柊は出された珈琲をゆっくり飲みながら、ポケットに入れていた楸だったビー玉を手の中で転がし考え込んでいた。
冬での戦闘は禁じられている。それは四季の神様が決めたことであり、破られたことは未だかつてない。綺麗な雪が血で汚れるのを嫌い、冬だけは穏やかであってくれというのが願いである。
珈琲を飲み終え、しばらくの時間が過ぎた。黙っていた柊が、思い出したかのように、榎に話しかけた。
「なぁ、なんで榎が冬の扉開けたんだよ。俺でも良かったんじゃねーの?冬の守護が開ける方が問題なくね?」
「あー、多分だけど今、柊の魔力弱まってると思うから、開けない方がいいかなぁって思ってね」
「弱まってる?だって、四季の神様から魔力借りるんだから大したことないんじゃねぇーの?」
四季の神様から力を借りればなんの問題もない。さらに言えば、四季の神様の力はいまだ弱まったこともなければ、尽きそうだ。とも聞いたことがない。それならば借りるのは至極当然。いや、借りるのはルール。と言った方が正しい。
榎の言っている意味が理解できない柊が頭首を捻った。
「・・・・・・やぁ・・・おはよう・・・・・・」
か細い声が聞こえた。
ベッドの方からだった。目をやると蕗狛がうっすら目を開けてこちらをみて笑っている。
「・・・ろ・・・は・・・?」
グチャグチャに泣きそうな顔をしながら柊が、蕗狛へと歩み寄る。
「・・・あはは・・・・・・」
「心配した」
「・・・わかっ・・・て・・・る・・・ごめん・・・」
息が切れ切れで喋るのも辛そうな蕗狛が、ヘラっと笑って返す。
「あまり、無茶するな」
「・・・ごめん・・・」
蕗狛はなんとも言えない顔で笑った。そしてそのまままた、目を閉じた。
「蕗狛、生きてた」
「ね。大丈夫だよ」
「あぁ」
蕗狛がまた眠りについて、柊は我慢していた大粒の涙を声を殺し流した。
柊との付き合いは、もうどのくらいか分からないくらい。ただ、泣きじゃくる柊はいまだかつて見たことがない。
ベンタに負け、四季の神様が氷漬けにされる瞬間を見届けた時も、桜の死を聞いた時も、榎や楸、椿が泣きじゃくる中柊だけは、泣くことはなかった。
暫く、そっとしておくのが、優しさかもしれない。柊は蕗狛の傍を離れず、その寝顔をただ真っ直ぐに見つめていた。
「なんで・・・蕗狛が・・・大丈夫ってわかったんだよ」
目を真っ赤に腫らした柊が榎に訪ねたのは蕗狛が眠りにつき、泣き疲た頃。暖かな夕陽が差し込むそんな時だった。
「あー、そうねぇ、俺を創ってくれたから?」
「蕗狛だけの魔力でってこと?」
「そーだね、蕗狛だけの魔力だね。魔力が混ざってる感じはないからねー」
魔力を主から借りれば、混ざり合う。
精霊たちは、その魔力を人間で言う血液と同じように体内に流すわけで、その魔力が混ざっているかどうかはよくわかる。
榎は自分の体を摩りながら、話を続けた。
「主様から、借りることがないのであれば、もともと蕗狛自身の魔力が高いことになる。なら、どうにかして生きてるって思ったの。まあ、五分五分だったけどねー」
「主様から魔力を借りてないなんて、気づかなかった」
「そーだね、俺らの前で魔術を使ってる時は、主様から力借りるよーって文言付けてたもんねぇ。バレないように言ってたのかなぁー?
まぁ、借りてない方が良かったかもしれないね」
「なんでだよ」
少しキツめに返答が来る。
「あ、知らないか!さっきの話の答えになるかな?
柊が魔術を使わない方がいい理由、四季の神様の魔力自体が弱まってるから、あんまり使えないよって話なんだ」
「はあ?四季の神様の魔力が弱まってるなんてことあるかよ!」
「あるんだよ、橡との戦いの中、突然術が解除されたんだ」
「解除って・・・」
「それを教えたくて、球体に込めて柊達に飛ばしてたんだけど、途中で楸の髪飾りに変化してそのままだったの・・・」
「お前、本当しまらねぇーな」
呆れたわ、榎は榎だなと、改めて思う。
「や、眠くてね・・・ごめん・・・」
「でも、お前の核が残ってて良かったよ」
「ほんとだよ。残留思念で蕗狛が俺を創ってくれるとは思わなかったけど」
「楸も、残留思念とかねえーかなぁー?そしたら戻してもらえるだろ?」
柊は楸のビー玉を火の灯りに照らした。




