紺と漆
青空が眩しい。
空とは裏腹に、心は大荒れである。蕗狛が楓と戦っている頃、知らない夏を散策中の柊と楸の所にもお客が来たようだ。
お客といっても、知った顔であった。
「誰?って聞きたいところだけど、漆じゃねぇか。なんの用?」
突然の顔見知りで、驚いたがそれは内緒にしておきたい。
「なんの用って、柊。結界を余計なもの連れてウロウロすんなよ」
漆と呼ばれた彼は決まった忠告文のように、柊に文句を垂れる。
「余計って⋯あぁ、蕗狛のことか?俺らがお前たちに近づいてるのが怖いんだろ」
「怖いって。それ、柊だろ?笑わせるな、このビビリが」
睨み合う二人の、少し離れたところで爆音が鳴り響いた。
楸のところにも、たまたま、いや、必然的に顔見知りが出向いていた。擦りむいた左手を庇いながら、次の術を考えるが、なかなか妙案は浮かびそうにない。楸は戦闘向きではないが、相手の男はどちらかと言えば戦闘向きだ。
そうこうしているうちに、再び弾丸が撃ち込まれる。
ダン!ダン!ダン!
楸が攻撃を躱しながら、目の前に現れたベンタの部下、紺に問う。
「紺がわざわざこんな処に来る必要あったのかしら?」
「え?なんだって?よく聞こえないよー!
――主様、お力お借りします。爆発!――」
小馬鹿にしながら紺が術を唱えると、楸目掛け小さな爆弾が十数個飛んでくる。
「なんなのよ!――主様、お力お借りします!――盾!――」
サラッと足元の砂を撫で、楸の前に砂で出来た盾が現れ、爆弾から身を護っていた。
パラパラ⋯パラ⋯
「あっぶないわねぇ。ほんと。(あんまり相性は良くないわね。なんせ、アタシよりも紺の方が魔力が上だわ。柊か蕗狛と合流したいけど⋯)」
砂の盾に背を向け、状況を確認するが、小島の方からも大きな音が響いていた。
「⋯まさか、蕗狛のところにも誰か行ったのかしら」
「ひーぃさぁーきぃーちゃあーん!遊ぼうよぉー!」
後ろからなんとも楽観的な声が響く。
「何よ、いつも無口くせに、今日はお喋りね⋯」
「来ないなら行くね。蕗狛にも会いたいし。
――主様、お力お借りします―― 巨濤――」
静かに紺が術を唱え、口元に左手人差し指を置く。その手をピッと海へと向けると、大きな波が不気味に大きな音を立て楸目掛け襲いかかっていた。
「ちょっと、力の差とか、そんな物じゃないわ⋯」
四季の神様は、精霊の四人に平等に力を与えていた訳ではなかった。
出来上がった精霊たちの中にも初めから戦うことに秀でていたものがいれば、そうでない者もいて当然であった。楸はどちらかと言うと後者であり、皆の調整役。
それなりの戦いには勿論応戦できるが、そこまでの力はなかった。
「あーぁ、楸、バイバイっ!追い打ちね。主様、お力お借りします。――渦・巻――」
襲いかかってくる波を避けきれるかどうかは、一瞬の判断にかかっていそうだったが、楸は一瞬躊躇ってしまった。
「こんなの、避けられないわ」
と。
ザブン!
大きな音と共に楸は波に飲まれて、その場から姿を消していた。
嫌な予感がしたんだ。
漆だけで、ここへ来るなんて思えないから。そして、後ろの方では大きな音が二度あった。
蕗狛は小島に渡って行ったのを確認している。それっきりまだ戻っていない。そうなると、楸のところに駆けつけるなんて到底無理な話で、柊が行かなければ、楸が危ない。
「漆、お前誰と来たんだよ!」
「え?」
「っくそ!――主様!お力お借りします!――泥沼!――」
柊は、漆の方めがけて術を唱え、足元を泥沼へと変化させた。
足元を泥に取られ身動きが取れない。今もう一歩攻撃に転じたいが、楸のことも気になる。
「あまり戦いの最中に余計なこと考えない方がいいと思うよ?」
足元を取られた漆が余裕を見せながら柊に声を掛ける。
「!っくそっ!」
漆が泥沼から出てくることなんて差ほど難しいことでは無い。考えろ、考えろ⋯考えなくては⋯⋯⋯また殺られる。
嫌な記憶が脳裏を駆け巡った。護れなかったのは、桜だけじゃない、四季の神様が目の前で氷漬けにされるのをただ、項垂れながら見守るしかなかった。
ベンタとの圧倒的な力の差に戦う意味さえみいだせず、独りで人間の町に行き百年もの間、探し人の果てに犠牲になった桜に、顔向けなんて出来やしない。
勿論、この百年互いに戦いを学び力を上げてきたが、使える魔術では彼らには勝てない。
四季の神様から借りられる力も限りがある。弱まっていく主からいつまでも力は借りられない。
「で?どーする?」
「主様、お力お借りします――蔓――!」
でも、やっぱりまずは手の届く範囲にいる仲間を助ける!柊は腕に蔓を巻き付けその先を、楸へと飛ばし、彼女を探した。
「くそっ!どこいった!主様、お力お借りします!――探・索!――」
必死に楸を探す。絶対死んでない!死なれちゃ困るんだよ!どこにっ!
「もー死んだんじゃねえーの?」
「うるせぇ!(死ぬな死ぬな死ぬな!もうこれ以上、誰も失いたくない!)」
柊の背後に泥沼を抜け出した漆が、手に炎刀を携えて振り下ろせば、柊はそこで終わるところまで歩み寄っていた。
クンっ!
「来た!主様、お力お借りします!――翔!――」
柊は腕に巻き付けていた蔓をグッと引き、楸のところまで引き寄せられるように飛んでいった。
「ありゃ見つかったの?⋯でもその先って⋯」
バシャン!
蔓は海の中まで伸びていた。
「巫山戯んなっ!主様、お力お借りします!――空気・球――」
ボフン。と、顔の周りにだけ空気の入った球体が現れて、柊は海水を飲むことなく楸のところまで向かった。
蔓を頼りに海の中で楸を探すが、中々楸を見つけることが出来ずにいた。
「主様、お力お借りします!――鯨浪!――」
波が大きくうねり、柊が飛び込んだ海水が大きな鯨となり、砂浜へ打ち上がる。
中から柊と楸が救い出されていた。柊は酷く咳き込み、楸は反応がない。
「主様、お力お借りします。――庇護――」
首から下げていたビー玉にふぅっと息を吹きかけると、ビー玉が大きくなりすっぽりと柊と楸を包み込んでいた。
ポカンと見つめる紺の後ろから「ちょっと失礼」と、若い男が横切りそのビー玉の中へと入っていった。
「あ?誰だよ」
「大丈夫?遅くなった!主様、お力お借りします――灯火――」
蕗狛は灯火で、ビー玉内を暖める様合図する。
「蕗狛っ!悪い助かった!楸が、息っ!息してないんだ!」
柊がしきりに楸のことを揺するが、反応がない。体は冷えていて、腕や腹部、背中などあちこち小さいが傷だらけで、至るところから血が出ている。
思いの外、重症の様で力不足は否めない。蕗狛は黙ってここに向かう途中回収した鞄の中から、上着を取りだし楸にかけた。
「鯨浪で、海中を見た時⋯楸の足に渦が巻きついてた。それで身動きが取れなかったんだと思う。
この中は庇護下だから、精霊に必要な魔力たっぷり注がれているから、完璧な治癒とまではいかなくとも、精霊である楸は時間はかかっても回復する。絶対安全だ」
少しほっとしたような顔を見せる。しかし、心中穏やかでは無い。
「すまない⋯ありがとう。だけど⋯まさか紺まで来るなんて思わなかった」
グッと握られた手が物語っていた。
「紺って、あの髪型変わったヤツ?」
「あぁ。右側だけ三つ編みして、左は刈り上げてる変なやつ」
「はは。ほんとに⋯。で、ベンタ側は何人いる?」
「増えてなければ、四人の精霊が居るはずだ。
中でも群を抜いて強いのが紺だ。漆だけで来るわけないって思ってたが、まさか紺がきてたなんて⋯」
「⋯なるほどねぇー。四人いて、一人は確実に俺のぽっけ。炭がどうなったかはわかんないけど、向こうもそー手駒は多くないって事ね」
ポンポンとポケットを叩き、伸びをひとつして手をグルグルと回し、一度ビー玉内から青空を眺める。大きく深呼吸をひとつ。
あまり長い時間、蕗狛といる訳では無いがなんというか、空気が違うのはよく分かる。
「蕗狛?」
「俺はさあ、自分がいくら傷ついたっていーよ。心だろーが身体だろーが。どうにかなるっしょ?
おーばあちゃんたちが隠して育ててくれた意味も、理由も解ってる。それをしに結界内に来た。だけど⋯仲間が傷つくのは嫌なんだよね。これでも――――超キレてる」
キレてる。というわりには、ヘラっと笑っていた。
「は。お前わかりづれぇよ」
「そ?じゃ行ってくるわ。まずは、ちょっと邪魔な漆だっけ?退場してもらう」
そう言って蕗狛はビー玉から出て、靴を慣らし、
「主様、お力お借りします。――翔――」
タンっと砂浜を蹴り、勢い良く漆のところまで飛んでいく。それは一瞬であった。
「なぁ、蕗狛。お前さあ、何か隠し事あるんじゃねぇーの?」
蕗狛の後ろ姿を見送りながら、柊はぽつんと呟いた。




