お守り
新しい朝が今日もこの灰色の空の元にやってくる。
明けない日はないとよく言うが、明けたことのない灰色の空にいつ太陽は昇ってくれるのか。
布団から出たくないが、今日はそんなことを言ってはいられない。
ガバッと布団をめくりボサボサの頭のまま身支度を整える。
しかし⋯行くぞと言ったはいいが、何を持っていくべきか、かなり悩むところである。
風呂に入りながらあれやこれやと考える。
ただ、すぐには帰れないだろうと言うことは大方検討はつく。
「ナイフに食料⋯着替えは二枚で何とかなるかなぁー?後は、おーばぁちゃんのお守り」
そう言って少し大きめのお守り袋を首に引っ掛けた。
何が入ってるかは分からないが、おーばぁちゃんが亡くなる少し前に「何かあったら、持ち歩きなさい」と貰ったものだ。
部屋の曾祖母の遺影に手を合わせる。
「行ってきます」
と、小さく呟き部屋を後にした。
階段を降りて直ぐある戸を少し開け、台所に続く居間に顔を覗かせる。
「母さん、ちょっと出かけてくるね」
台所で朝食の片付けをしていた母へ声を掛け、玄関まで向かう。
母は食器を洗っていたのだろう、手を手ぬぐいで拭きながら蕗狛の後につづいた。
「ちょっと、蕗狛⋯大荷物背負ってどこまで行くの?」
「あー季と四季の神様に会いに行ってくる。
父さんにも言っておいて!じゃ、行ってきまーす!」
バタバタと靴を履きほとんど話もせず、出掛けていた。
「いってらって⋯⋯え?ちょっと、蕗狛?四季の神様がなに?ちょっとー!」
母の声も虚しく、ドアはゆっくりと閉まっていった。
「とーきーくーん!まーだーかーい!」
蕗狛の家から歩いて三十秒の所にある季の家。部屋は二階隅。窓めがけてデカい声でいつも呼ぶ。
「蕗狛、声でかいし、煩い」
季が小さめの荷物を持って出てくる。
「お前荷物そんだけ?」
「蕗狛こそ、荷物多くないか?」
「あー言っても半分以上は食料だからなぁー食べたら無くなるさ!」
そうですか。と言いたいが、多分蕗狛はなにより早く出発したくてうずうずしているのがよくわかる。
「どーでもいい、行こ」
「だな!」
二人は町の南西にある森へと向かった。森には何がいるか分からないから、近寄るなと小さな頃は随分脅された。
しかし、実際は森に入るところか、近づくことも出来ない。なぜなら、森全体が大きな結界で覆われているからである。
「なぁ、森って入れるのかな?本になんか書いてなかったか?」
「森に入った後のことなら書いてあったんだけどね、森の入り方はなかったんだよなぁ」
「森に入った後?森に入ればすぐ四季の神様が居るんじゃないのか?」
「四季の神様は、森の一番奥にいるんだ。
本によると、まず森一番手前には、〝秋の精霊〟が護る秋の地、次が〝夏の精霊〟が護る夏の地、〝冬の精霊〟が護る冬の地、と続き、最後に〝春の精霊〟が護る春の地が存在し、それぞれの季節毎に別れている」
「へーぇ。じゃぁ、その精霊達の護る中を突っ切って行かないとならないって事?」
「まぁ、そうなるね。すんなり通してくれるかは、わからないけどねぇー」
「なるほどねぇー。なぁ、それにしてもさあ、昨日の本の話だけどね、俺らが学校で習った〝町の歴史〟には灰色の空や太陽のこと、魔術の話なんてひとつも出てこなかったよなぁー?」
「そーなんだよな。自然の変異。って事で片付けられてるから、この本読んだ時はビックリしたもんなぁ」
「なんかさあ、俺ら騙されてるのかな?」
「まっさかぁー。誰がなんのために騙すんだよ」
「たしかになぁ」と笑いながら足元に転がっていた石をコツンと蹴りあげ歩いてはまた蹴るを繰り返しながら〝違和感〟を覚えていた。
「四季の神様に会えば全部はっきりするかもね」
「長くなりそーだなぁー」
ブツブツ文句や期待を口にしながらその南西の森へと足を進めた。彼らは南西の森を知っていても行ったことはない。近づくことが禁止されているため、見たことすらない。
「さてと、ここがその森の結界前ってとこかな?」
家を出て五時間。二人の目の前に森が広がる。辺りには家もなく、少し気味が悪い。森の前の道にはちらほらと木が生えてはいるが林とまでは行かない。
二人の前に薄い硝子の膜が張ってあり、そのなかに目指す森が佇んでいる。
「意外と大っきい森なんだなー」
呆然と森を見上げる。森も大きいがそれを覆う結界もまた大きい。
「これ、どーやって入るんだよ」
「石投げてみる?」
そう言って蕗狛が手のひらサイズの石を結界へと投げてみるが、バチン!と跳ね返され、二人のはるか後ろまで飛んでいく。
「うげぇーあっぶな!!ケチ臭いなぁー入れてくれたっていいじゃん!?」
「物投げ付けておいてケチ臭いって⋯」
季はその場に座り込み、無理なんだよーもう帰ろう?なんてブツブツと文句を垂れる。
「文句ばっかりだな、季はさあー」
結界に触れるとひんやりしている。冷たいなぁーと心地良さを感じながら、結界に手を当てたまま結界に沿って歩いていく。
「あんまり遠くまでいくなよー!」
季の声が遠くに聞こえる。
「あーまーねぇ!⋯ん?」
返事を返した時、何かが手に当たる。よくよく見ると小さな鍵穴が見える。見逃さないように、じぃっと見つめながら季を呼んだ。
「季!季!とーきぃー!ちょっと見て!これ!見てってばあ!」
大声で呼ばれるが、もうめんどくさい季はのらりくらりとゆったり歩いて声の元へとやってくる。
「季、みてくれ!鍵穴!鍵ないか!」
「お前ね、俺がここの鍵なんて持ってると思う?俺は本二冊と適当なものしか持ってないのね」
「⋯な。⋯そうだよな。でもさ、この鍵開けたら中に入れると思わないか?」
「や、まぁな、鍵穴があるんだ鍵あるんだろうよ。本に載ってればいいけど、まだ読み終わってないんだ、もう少し読んでみるか。何か分かるかもしんないしなぁ」
「読むのにどの位かかる?」
「知らん」
はぁ。っとため息を着き蕗狛はその場に座り込む。少し薄暗くなった辺りを見渡し、ポツポツと木の枝を集めて焚き火を始める。
本の文字は蕗狛達が使う文字とは異なり、少々厄介な形をしている。それを読めるのは蕗狛の曾祖母と季だけ。
曾祖母を好いていた季が、蕗狛は読まないだろうからと曾祖母から文字を習い、貰った本を読んでいた。
たった二冊だが、半分読み解くのに約十年かかった。一文字づつ形と読みを書き出して読まなくてはいけなかったから。
曾祖母は最初こそ読み方を教えてくれたが、途中からは自力で読みなさいと、全て読むには季の努力次第となった。
「なぁ、その本って結局は四季の神様と、精霊のことしか載ってないの?」
「あーまぁなぁ。蕗狛のばあちゃんが言うにはこれは、ばあちゃんが他に山ほどある、四季の神様にまつわる本の大切なところだけを集約したものらしいよ」
「ふーん。おーばあちゃんは何でまとめたのかなー」
「さぁな。四季の神様が好きだったんじゃないか?青空と太陽を取り上げる前は四季折々過ごしやすく心が洗われたって言ってたもんな」
「俺もやってみたいなー四季それぞれでしか出来ない事ってやつをさあ」
ぽつんと返事を返し、焚き火が微かに暖かくなり手をかざし暖をとる。
「あ、そーいやあ、おーばあちゃんのお守り、中身見てないんだよなぁー」
地面の砂を払いカバンから出したハンカチを広げお守り袋の中身を出す。普通お守りの中身は開けないのだが、曾祖母からの袋はお寺のものとはまた違うため躊躇いは無い。
「蕗狛、普通は開けないんだぞ?」
見かねた季が蕗狛をなだめる。
「わぁーてるよー!これは、おーばあちゃんから貰ったから開けたの!神様から貰ったものなら⋯⋯」
「どした?」
「なぁ、この中身不思議じゃね?」
広げられたハンカチの上には、硝子玉や飾りの付いた簪、小瓶、お猪口に手のひらに収まる徳利、各一つづつ。さらに種が一袋に十粒程だろうか。
「お守り袋の割に、色んなものが入ってたなぁ」
「でもさぁ、瓶の中は空だよ?徳利って言ったって、お酒ないし、小さいんだよなぁ。簪なんてばあちゃん使ってたかなぁー」
出したものをひとしきり確認してみる。特に変わった様子はなく、普通に曾祖母が使っていたもののようだ。
「なんの種だろな?」
「さぁ。なんだろうなぁー」
簪の綺麗な硝子玉を火にかざし、綺麗だなー。なんて呑気なことを呟いてる。
呑気な蕗狛を見ながら本を読み出す季。
何時間経ったか、あたりは真っ暗になっていた。
「ねぇ、季、この硝子玉の中にね、鍵みたいなのある」
簪以外のものをお守り袋に片し、蕗狛は寝転がりながら焚き火の明かり越しに簪の硝子玉を眺めながら呟いた。
「は?」