陽葵と団長
「団長、あの⋯」
陽葵が恐る恐る、小さな声で団長に話しかけるが、他の誰も居なくなった会議室はしんと静まり返っていた。
曇り空の上では陽が高くなり、昼過ぎを回っていた。
「陽葵、なぜ翠の手を取らんかった」
長は小さく問いかけた。
「それは⋯翠の言っていた「団長が四季の神様を怒らせたって」⋯正直、疑問は過りました。
でも、団長は四季の神様を怒らせた時、まだ生まれてないじゃないですか。百年も前の話ですよ?
それに⋯私の父はどうしたって団長なので、その父を裏切るなんて⋯出来ませんでした」
「そうか⋯」
長は、椅子を引き深く腰をおろした。
寒露部隊。隊長、陽葵、二十歳。
天真爛漫ではあるが、少し自分に自信が無い。立葵とは双子の兄妹である。
二人が二歳の時、両親が不慮の事故で死去。その後団長で、村長であった長が親代わりになり、育てていた。
「ちょーさあん!あっち!あっちに行ったの!ウサギさんだよ!」
「陽葵ー!どこいったのじゃ?」
「長さんは寝てるの?おめめにまゆげがこんにちは、してるよ?」
「長さんが、ご飯焦がしたー!」
長は子供を育てことも、家族を持ったこともなく、最初は三人で居ることが大変だったが、いつも長と一緒にいた二人は、町の人々からも慕われ皆が家族のように暖かく、二人の成長を見守っていた。
立葵と陽葵が十歳の頃、長に言われ「町の魔術団」に入団した。
「二人とも、紹介しよう。今リーダーを務めている凛。髪が長くひとつで結んでいるのが楓、眼鏡を掛けているのが蓮だ。歳はお前たちと同じだ。仲良くやってくれ」
「お願いします」
幼い頃から魔術の素質は十分に備わっていた二人は、長からの指導もあり、十歳でも十分に戦力になっていた。
ただ、この頃から立葵が長と陽葵から離れ、何処かで訓練を積み始めていた。
「ねぇー、長さん、お兄ちゃんはどこ行ったのかなあー?」
「さーなぁ。友達も増えてきてるし分からんのう」
「夜ご飯には帰るかなー?」
「どーじゃろーなぁー」
それから三年半の月日が過ぎ、立葵があまり見慣れない二人を連れて魔術団にやってくる。
「長さん、お願いがあります。翠と旭、それから碧李です。この三人も魔術が使えるので、団員にしてくれませんか?」
「そうか。一度どの程度の魔術が使えるか、訓練で見てみよう。良ければ入団としようか」
程なくして三人の入団が決まる。
こうして今の「町の魔術団」が完成した。
「陽葵はワシの娘じゃよ」
そう言い長は陽葵の肩をポンと叩き、優しく笑った。
「ちょーさん、さっきは引き止めてしまって、ごめんなさい。でもやっぱり仲間内で揉めるのは嫌なの」
「解っておるよ。陽葵の優しさじゃろう。ありがとう」
肩に置かれた長の手に、暖かな陽葵の手が置かれた。その手をギュッと握り、長が再び笑った。
「しかしあれじゃな。そろそろ⋯頃合⋯じゃろな⋯――意識・盗――」
そう術が唱えられると、陽葵は目を瞑り、その場に倒れ込んでいた。
長は、陽葵が触れた手の甲を、スっと撫でると、皮膚が新しい皮膚へと生まれ変わっていた。それは触られたところが嫌だったから、拭いた。と同じ行動心理である。
「お前は本当に馬鹿で、扱いやすく何も知らずに、育てがいのあるやつだよ」
横たわる陽葵を靴でツンと蹴り、意識がないことを確認した。
「さて。翠の方も気にはなるが、まずは人員配置のし直しと、計画の練り直しだな。陽葵、少し寝ていろ――眠り人形――」
長が術を唱えると、陽葵の体が十五センチほどの持ち運べるサイズになる。そのまま雑にポケットへ入れる。
長が向かったのは、凛達のいる懲罰房だった。
「なぁ、立葵、お前どこまでの情報を手に入れたんだよ!」
立葵は壁から下がる鎖に繋がれ、至る所に青アザができ、頭からは血が流れていた。
「⋯さぁーな⋯知らねぇ⋯よ」
ゴリっと髪を掴み、下がる頭を無理やり持ち上げ、凛はさらに質問を続けた。
「知らねぇーって、そんな訳ねぇだろ?次は碧李が死ぬぞ?」
立葵の前には、手錠をはめられ動かなくなった旭が転がっていた。旭の体も至る所にアザや血の流れたあとがあった。
「旭も、碧李も死なねぇーよ⋯ばーか⋯」
「またそんな戯言を!」
ゴッ!
鈍い音を立てて、凛の拳が立葵の腹部に入る。
ゲホゲホ!と、咳き込みながら、立葵がニヤける。
「やー効くわぁー。普段殴られたりしないもんで⋯ね⋯」
「強がってないで、どこまで調べたか。を言ってくれりゃいいんすよ?」
楓が旭に腰かけながら立葵に話しかける。
「や⋯むり⋯かなぁー?」
「あ?」
「だってねぇ、言ったら言ったで⋯情報の出処⋯聞くっしょ?俺⋯町の人達⋯危ない目に⋯合わせたくない⋯しねぇー」
「⋯はは。かっこいーわ、俺らの大将は」
気を失っていた碧李が、目を醒まし手錠がされたままの右手をヒラヒラとさせながら、壁にもたれて答えた。
「お前、まだ生きていたのか!」
「あぁ、俺は不死身だからねぇ」
碧李がふざけながら答え、立ち上がろうとした時、
ぎぃぃぃ
重たい懲罰房の扉が開いた。
「まだやっていたのか」
「団長、すみません。なかなか口を割らずで⋯」
「どうせ、たいした情報を仕入れてはないじゃろ」
「団長か。いよいよ殺しに来たか?」
碧李がふざけたように団長へ声をかけると、伸びた眉毛の隙間から獲物を捕らえた、蛇のような睨みで碧李をみつめ、
「――主様、お力お借りします。雹・弾――」
長は立ち上がっていた碧李に向かって、三発の雹弾を浴びせていた。
ダン!ダン!ダン!
どれも碧李の腹部、脚、頭にきっちり収まっていた。
ヒュウっと、息が上がりそのまま、碧李は腰が折れ倒れ込んでいた。
「⋯碧李?おい!碧李!」
立葵の碧李を呼ぶ声が懲罰房に響いていた。
「頭は、流石に助からないんじゃねぇーの?」
楓が碧李に近づき確認する。
鼻や口から血を流し、息をせず、ただただ横たわっている。
「さて。旭も碧李も、もう居ないぞ?どーする?立葵よ。知ったことを話す気になったか?」
長は立葵の前まで足を運んだ。立葵の頬に着いた血を拭き上げた。
「⋯ならねぇーよ。話してどうするんだよ。そもそも、知ったからって俺らが⋯殺されるような話じゃねぇだろ?⋯それでも口封じしたいならさっさと殺せばいいだけの事。何を躊躇う?」
仲間を二人も殺され身動きの取れない立葵からすれば、絶望だろう。もう死を覚悟していた。
何より、この懲罰房に入れられた時から諦めていたのかもしれない。
この懲罰房の中で魔術は団長しか使えない。それはここが「特別室」だからで、この部屋は団長の結界内になる。自分以外は魔術を使えないようにしておくことで、自分が絶対的優勢に持っていく。魔術が使えれば長に勝てた人でさえ、この部屋で犠牲になったとも聞く。
そして、大半が立葵と同じように「団長の過去を調べた」罪によって。
「団長⋯いつ殺る?今か?そろそろ、傷が痛くてしょーがねぇんだけど?」
「こそこそと嗅ぎ回っているような奴に、「親父」なんて呼ばれたかねぇーなあ」
「そーかい」
立葵はヘラっと、笑ってはいたが何処か苛立ちを隠しているような、目付き長を睨みつけていた。
「――主様、お力お借りします。雹・弾――」
至近距離から三発の雹の銃弾が、立葵の心臓めがけ飛んでいった。
ドン!ドン!ドン!
全て避けることなどできない。立葵自身避ける気もなかった為、全て受け取って大量の血を吐き、そのまま伏せった。
「凛、手間をかけるな。聞きたいことを喋らないやつは消していい」
「はい⋯すいません」
「長さん、なんでこの部屋だったんですか?俺らだって魔術が使えれば⋯」
「お前たちじゃ、この三人と魔術戦では勝てないだろうからな」
「な⋯んだ⋯と⋯」
「楓、やめろ。長さんが言うのは間違いない。俺らじゃ魔術を使っても立葵たちには勝てない。これは紛れもない事実だ」
苛立ちを隠さない蓮に対し、凛が静かに諭すように話をする。いや、蓮を諭すより凛自身を落ち着かせるためであろうことは、楓にはわかっていた。
「まぁ、そんな事よりも、作戦を変更する。楓はこれから夏へ行け。行って蕗狛を確保してこい。立葵には勝てなくても、蕗狛はまだ魔術を使い始めたばかりだろう?お前でも勝てるだろ」
「⋯それは、わかりませんが⋯任務はわかりました⋯」
「それから、こいつを連れて行け。役に立つはずだ」
そういって小さくなった陽葵に腕輪を着け渡した。
「これは⋯陽葵ですか?」
「ああ。夏に着けば勝手に元のサイズに戻るようにしてある。好きに使え⋯⋯あぁ、殺しても構わんぞ。間違いは誰にでもあるからなぁ」
つまりは殺してこい。との命令だ。




