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寒露部隊

 蕗狛(ロハ)の見てきた『夏』には入道雲も晴天も、炎天下もなく、曇り空の上の話で自身には関係の無い話。夏だから暑い、秋だから涼しく、冬だから雪が降るなんてものは存在しない。

 もちろん、春に蕾が膨らむ。なんてものは人生で見たことはない。雑草は気がつけば多少伸びているくらいの話で。


――パタン――

 

 結界の扉が閉まり、秋の木漏れ日が消え去った。

 で、夢膨らませ、夏地域に入ってきた訳だけど⋯

 

「真っ暗じゃない?」

 

 見上げた空が真っ暗とかではなく、扉が閉まったその瞬間からの「闇」だった。

 

「星すらないねぇー」

「なんで真っ暗?誰か灯⋯」

「――主様、力お借りします――灯・火(トモ・シビ)


 (ヒサキ)が唱えると拳大の火の玉が十個程現れ三人の周りをほんのり、優しく照らした。辺りを照らす光でも奥はやはり暗い。

 

「道とかないわけ?」

「なさそう⋯だね⋯」

「楸と(ラギ)は夏がどんなのか解ってるんだよねぇ?」

「そうだけど、こんなのは見た事ない⋯」


 蕗狛がふたりに問うも、ふたりも初めて見る光景のようで、あっけらかんとしている。


「普段は⋯空は晴天、入道雲が咲き、陽の光が湖に反射して、キラキラと揺らめくし、照りつけるような暑い日もある。木々にとっての恵みの雨なんて日もあるよ。夜は星が瞬いたいて、月も綺麗に夜空を照らすんだ。でも⋯こんなに星がない日はなかったなぁー」


「少し中まで進もうか」


 そう言って三人は中へと進んで行った。

しばらく歩くと、少し開けた場所に出たが、一向に木々や何かにぶつかるということも特段ない。


「ここまで何も無いってある?」

「いや、ないだろうな⋯」

「⋯(エノ)が居ないから⋯かな?」


 榎の核が破壊されたかどうか、三人は確認が出来ていなかった。橡の『死んだ』を信じきれていない部分もあった訳だが、夏を司るものが居なくなれば、そこは崩壊する。それはなんとなくわかった。


「少し休みましょうか」

 

 楸の提案で、その場に焚き火を広げ、灯火よりも明るくその場が照らされた。各々適当に腰を下ろした。


「榎は核を破壊⋯されてたんだな」

「そうみたい」

「あいつは弱ちんだったんだよ」


 (ラギ)は焚き火の火を真っ直ぐ見ながら、少し悔しそうに呟いた。悔しそうな顔は火に揺らされていたがはっきりと見ることが出来た。

 文句を言いたくなったが、そんな顔を見てしまうと文句もどっかへ消えてしまった。

 

「なーこのまま夏を通りすぎることは出来ないのか?」

「無理ね」

 間髪入れずに楸が答えた。

「無理ってなんで?」

「私たち、ここに来て夏を感じた?」


 そう言われて蕗狛は固まってしまった。夏を感じるとは?そもそも季節を知らない蕗狛にしてみれば、「季節を感じる」なんて事、今までした事の無いことで、何を言ってるんだ?と。

 やっとの思いで吐き出した言葉⋯


「夏を感じる⋯とはなんだよ」


 もちろん、ごく自然の感情だった。

 半分呆れたように柊がため息をついて口を開いた。


「楸、解るよーに説明してやれよ。太陽がなけりゃ夏どころか、他の季節を感じるなんてねぇだろ?

 夏から別の地域へと移動はふたつやることがある。ひとつはここに来る時みたく魔術で次に向かう季節の花を呼び出して、鍵穴をみつけ鍵を回して扉を開ける。んで、それよりももっと大事なのが、その地域、季節を堪能すること。だ」

「堪能?」

「そう。その季節ごとにその季節でしか味わえないことってあるでしょ?例えば、秋なら紅葉とか、まぁ栗拾いとかもそうね、蜻蛉も夏から秋へと季節が変わる頃ね。そうやって、堪能することが必要なのよ」

「あー?」


 堪能と言われても⋯秋で秋を堪能した!と、言えることをした覚えが⋯「いや待って!」とポンと手を叩きおもむろに、がさごそと鞄から栗や落ち葉を出した。

 

「あー、俺拾ったりしたわ、栗とか色々!」

「持ってたのかよ」

「や、だって見た事なかったし、町の奴らにも見せてやりたくて」

「しっかり堪能してるじゃない」

 

 なるほどな、これが堪能か。と、まじまじと栗や落ち葉を見つめた。

 

「なぁ、この栗のトゲ痛くね?」

 

 楸に栗を見せる。柊は「あほくせ」とその場に寝転んで何も無い空を見上げた。

 楸は栗を手に取り笑いながら

 

「わかるわぁー、確かに痛いわよね」

 

 などと笑っていた。その楸の髪でなにかが揺れた。

 

「なあ、楸。そんな髪飾り付けてたか?」

「え?」

 

 蕗狛の指さす髪を触ると、ビー玉の髪飾りがひとつ。ただ、自分でつけた覚えはない。

 

「何かしら?こんな髪飾り知らない⋯」

「見せてくれる?」


蕗狛は楸からビー玉の髪飾りを受け取りまじまじと見る。中には何かの欠片が入っている。

 

「私のでは無いし、あげるわよ」

「⋯あぁ。ありがとう」

 

 蕗狛はビー玉の髪飾りから目も離さず、ジィっと見つめていた。

 

「なぁお前、ビー玉とか好きなの?ウケる」

「あー、おーばあちゃんがビー玉好きでさあ、家にいっぱいあったんだよ。だからかな?わりと好きかも知れないなー」

「そーかい」

 

 柊はふっと笑って焚き火をいじっていた。

 夏を感じられなきゃここから次へは行けない。三人は八方塞がりの中にいた。


 

 

そして、蕗狛たちが動けないでいる頃、こちらは着々と動き始めていた。

 

「団長、少々よろしいでしょうか」


 こそっと団長に近づいたのは、陽葵(ヒナタ)率いる甘露部隊の(リン)だった。

 

「なんだ」

「立葵ですが、なにかコソコソと動いているようでして、先程廊下で捕縛しました」

「それで?」

「はい、いまは気を失っています。如何なさいますか?」

 

 小声で密かに立葵の報告を受け、長は特に驚くことも無く、

 

「そうか、懲罰房にでも片付けておけ」

「わかりました」

「凛、旭と碧李(アオリ)も投獄しておけ。⋯あぁ、特別室に⋯だ。忘れるなよ」

「はい。(レン)(カエデ)連れていくぞ」

「承知しました」

 

 蓮と楓は、凛の号令で、旭と碧李を抑えていた。

 

「痛えんだが?」

 

 碧李が連を睨みつけるも、

 

「はいはい、あんまり騒ぐと魔力、取り上げちゃうよ?」

 

 と相手にしていない。

 

「ちょっと待って!何してるのよ!」

 

 陽葵が自分の部下を止めに入る。

 

「団長、立葵はどうしたんですか?ねぇ、なんで、旭と碧李を連れていくんですか!」

「凛、しっかりとしぼっておけ」

 

 長は陽葵の静止を無視しながら凛への命令を続けた。

 凛は団長へ頭を下げ、含み笑顔を残し、蓮と楓と共に、廊下に転がる立葵を抱え、懲罰房の方へと姿を消した。

 

「あの!団長、私にも説明してください!」

「長さん、何かあったのかい?」

 

 慌ただしく団員達が動くのを見て、(ショウ)が訊ねた。

 

「お前たちには関係ない事だ」

 

 長は「関係ない」と話を遮る。

 

「まぁな。ただ、ことが上手く運んでないんだろう?」

「なに?」

「上手くいかねぇーんだろ?」

「解るよー、長さんのキモチ。部下は上手く動かねぇし、余計な事は増えるしで、イラついてんだろ?」

 

 蘭が笑いながら長の前に立ち、小馬鹿にしながら歩み寄った。

 

「あまり、ワシを怒らせるでないぞ?」

 

 長の顔が怒りで歪み、バチッと静電気が長の手から走った。

 

「わあー!こわーあい!」

 

 蘭は怯むところか、更に煽っていた。「どーぞ怒ってください」と言わんばかりに。

 

「蘭さん!やめてください!これ以上、団長を怒らせないでください!」

 

 陽葵が止めに入るが、蘭の最後の一言が、長の逆鱗に触れていた。

 

「こんなチビっ子に静止されるとか、だっせ」

「――主様。お力お借りします――稲妻(サンダー)!」

 

 ――バチン!――


 長の放った稲光が部屋のあちこちに走り、怒号にも似た音が響き渡り、至る所の壁や天井に穴が空いた。

 それは自然界で起こる事と大差ないほどの、威力を含み、少しでも体に当たれば死ぬだろうことは、容易に想像できた。

 蕗狛一家は身を寄せ合い、互いが互いを庇いあっていた。

 

「あっぶねぇって!ほんと、魔術使えると偉いんかねぇ。そんな風に魔術、振り回しても人の心は動かせんし、相手を従わせることなんざできねぇーよ?」

「翠くん!」

 

 陽葵が、その姿を確認し、来てくれたのね!と、嬉しそうにその名前を呼んでいた。

 天井の一部が剥がれ、パラパラと蕗狛一家の上へと降り注いでいたが、翠の出した(シールド)で守られていた。

 

「よぉ、陽葵、元気かよ。そうでもなさそうだな。

 なあ団長。そーやって、四季の神様のことも怒らせてたのかよ」

「お前、どこから湧いた!」

 

 長は更に力を込め、魔術を放とうとしていたが、翠は応戦体制には入らず、

 

「なぁ、団長、俺らはどーも折り合いが合わねぇようだ。少し停戦といかないか?ここに立葵達がいないって事は、こっちの立葵(アタマ)も手足も、そっちに取られちまったようだな。懲罰房にでも入れたか?まぁ、どの道俺一人じゃ、蕗狛んとこの家族みんなは守れねぇ。

 そっちも、人手、足りねぇだろ?」


 団長に対する態度のそれとはかけ離れ過ぎているが、本来「翠」という人間は乱暴ではあるが、従う相手を間違えたりはしない。まして、自分の意思を曲げたりはしないのだ。

 

「団長!お願いしますです!仲間内で戦うなんて、あたし嫌です!」

 

 ガッチリと団長を掴んで離さない陽葵を押し避けようとするが、陽葵の力には勝てない。

 

「退けろ!ワシを老人扱いするな!翠ごとき、一人でも殺してくれるわ!」

「急に怒んなって。脳ミソまで魔術で侵されたか?まぁ、いぃや、俺らはいったん退散させてもらうわ」

 

 翠はそう言って蕗狛家族に張った(シールド)に魔術を掛けた。

 

「――主様、お借りします――移動(ムーブ)

 

 そう唱えられた盾が、扉に変え扉を開ける。覗く向こうは、翠の用意した隠れ家のようだ。ただ、中が見えるだけで、どこに繋がっているかは翠しか知らない。どうぞ。と、皆を中へと案内すると蕉達が次々と、その扉をくぐっていった。

 

「――なぁ、陽葵。お前はそっちでいいのか?」

 

 すっと陽葵の方に翠が手を伸ばすが、陽葵はその手を取ることが出来なかった。


「そうか。――立葵、後で助けに来るわ」


 そう言い残し、翠の開けた扉は静かに閉められた。

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