契約
橡との戦いの場所から、少し離れたところに見えない壁を力いっぱいに、叩く二人の姿があった。
こちらからみると、その懸命な叩き方はすこし・・・や、言わない方がいいか。
でも、言わせてもらう。
「マヌケだなあ」
ヘラヘラと笑いながら、蕗狛は二人へと歩み寄った。
「傷は無い?大丈夫?」
「負けたりなんてしてねぇだろうな!」
「ちょっと!蕗狛聞いてるの?なんで結界なんて張ってるのよ!ここに入れなさいよ!」
「おめぇ、一人でなにやってやがる!いい加減にしねぇと怒るぞ!」
結界の向こうから二人は蕗狛を見付けると、口々に心配やら怒るやら、もう、めちゃくちゃである。
「わー怖っ」
ははは。と笑いながら蕗狛は言われた通り、結界を解いて二人と合流した。
「ちょっと!結界なんてどうゆう事よ!」
楸の勢いには慣れた。顔を真っ赤にしながらも心配したのよ!と言わんばかりの目をしている。大事にされているのは、よく伝わる。
「やぁ、俺じゃねぇよ」
「え?」
「俺じゃねぇよ。結界張ったのは橡でも、俺でもない。第三者だよ」
少し奇妙な空気が流れた。
「だって、結界なんて超高度魔術、俺が使えるわけないじゃん?」
あっけらかんと蕗狛が答えると、楸も柊も「あぁそうか」と少し納得してしまった。
魔術には、超高度・高度・中度・低度と四種類ある。
結界は空気を硝子のように固め、更に力が加わっても割れないように内からも外からも絶妙な力が一定、流れて保たれている。
そのような超高度に分類される魔術は他にもあるが、使いこなせるのは四季の神様のように、人々から「神様」と言われるような存在だけである。
「そう・・・じゃあ、一体誰が張ったのかしら?」
「ベンタだろーな」
「心当たりでもあるのか?」
「あー、俺と橡が戦いやすいように、この辺りの木をなぎ倒してた時だったかな?知らない男の声がしたんだよ」
「なぎ倒すなよ・・・」
「で、その男が、橡に楽しませろよなって、『――神聖――』ってな。
橡が『ベンタ様、これで楽しんでください』とか言いながら突っ込んできたから。その時かなあ?」
「かなあ?じゃないわよ!この辺り随分見晴らし良くなっちゃって・・・それならベンタがあたし達の邪魔を阻止するように結界を張ったのね・・・・・・ねぇ、それで橡はどこ?」
「あー、それがさあ、みつからないんだよね」
蕗狛はしゃがんでガサガサと地面の燃えた葉を払いながら困った顔をする。
「・・・ねぇ、橡は生きているのよね?」
「うーん。多分ねー死んでるよ」
しゃがんだまま、少し上目遣いで蕗狛は楸を見る。
そこには悪びれるとか、悪意とか、そう言ったものは無い。寧ろ『殺す』という事の何がいけないのか。と言いたげな目でまっすぐと楸を見ていた。
「なんで・・・多分なんだ?」
柊が不思議そうに訊ねた。
「そうだな・・・核が割れたはずなんだけどね、その核が見当たらないから『多分』なんだよね」
「核を割った・・・のか?」
「あぁ。割ったと思うよ。パンって音してたから」
「核の話を知ってたのか?」
「あーまぁねぇ。核を割ったら精霊は死ぬだろ?人には魂があるのと同じで、精霊には核がある。壊れない限り主様に何度でも創り直してもらうこともできるってやつだろ?」
二人は蕗狛が「核」の話を知っているとは思ってもいなかった。桜から聞いていたにしても核の話をしていれば、自ずと自分たちの話もしていると思っていたから。でも、蕗狛は自分たちのことは知らなかった⋯
桜は初めから核を壊す事を目的としていたのだろうか⋯
「待って、じゃあスミは核を壊していなかったの?」
「壊してないよ。「炭」は核までは割ってないから、ベンタのところに戻ってると思うけど、橡はダメだよ」
「なん・・・」
なんだと?と柊は言いかけたが、こちらも榎をやられている。
蕗狛だって「殺す」ことが良くないことなんてわかっている。ただ、榎を殺している橡を許すことは出来ない。それが幼稚なのかと聞かれれば、答えようがない。
今まで、「核を割る」ということまではしてこなかった、自分たちの甘さの尻拭いをこの小さな子にやらせてしまったのは、間違いない。
「核を割る以外の方法はないのかしらね」
楸は俯いたまま呟く。
地面にあるはずの核をガサガサと探しながら、蕗狛もそれを考えていた。ただ・・・
「今の時点では無い。かな。割られる覚悟でベンタ達もこっちに仕掛けてきてると思うしね」
「そう・・・ね・・・」
頼りにならない自分たちへの苛立ちもない訳では無い。ただ、その怒りの矛先すらないのも事実。
柊も蕗狛を習って地面のをガサガサと探すが、森の中で米粒ひとつ探すようなもの。なかなか至難の業である。
「――主様、お力お借りします――探・索」
割とうるさく、口の悪い柊が魔術を使う時は、どこまでも静かである。そこに集中したいからか、ぺちゃくちゃおしゃべりしていれば魔術が使えないからか。そこまで確信のある答えは無い。
ただ、四人の中で一番、四季の神様の事を崇拝しているのは間違いないだろう。
術に応えるように、一部の葉が円を描きながら舞っていた。
「あそこだ」
柊が声をかけた。
そこでは葉が舞い、中央で二つに割れた、手のひらくらいの丸い球体が転がっていた。
「これだね。思ったより大きかったなあー」
蕗狛はその球体だったものを拾い上げ、ポケットへしまった。
「ねぇ、その核どうするの?」
「核の中にもう橡の残留思念とかは一切残ってないから、持ってても仕方ねぇだろ?」
二人が不思議そうに蕗狛に聞く。
「あー、確かに何も無いただの割れた球体だからね。まぁ、何となく持っておくよ・・・・・・一応橡の生きた証だろうし」
「意外なことを言うのね。自分で壊しておいて」
「優しさとかじゃないよ。だだ・・・なかったことには、居なかったことには出来ないから、ちゃんとベンタのところへ返したいんだ」
蕗狛はポケットをポンっと軽く叩いた。
それを黙って見るしかない柊、少し呆れながら、
(そーやって思って行動できることが、優しさなんだけどなあ。わかんねぇんだろーなあ)
なんて、思ったがそれを言うのはやめた。
誰かを想うことはそう簡単なことでは無い。まして自分と一緒にいた榎を殺したやつを・・・
「これからどうするか。なんだけど・・・」
「ああ、これから秋をぬけて夏に行こう。榎の守っていた地域だ」
「それなんだけど、どーやって地域移動するんだ?」
「あー、そんなのは簡単だ。鍵で扉を開ければいい。最初ここに入った時に使った鍵があっただろ?」
おーばあちゃんのくれたお守りに入っていた簪に入ってた鍵のことだ。
「や、あるけどさ、鍵穴がどこにあるかも分かんないし、結界見えないじゃん?」
「あー。めんどくさい奴だな」
「ちょっと、柊?」
「柊はちょいちょい口悪くなるよね」
「あ?とろいのが嫌いなんだよ」
面倒くさそうに、首元から鍵を取りだす。
「――主様、お力お借りします――紫陽花」
ふわっと紫陽花の花が輪を描きながら宙を舞った。その中心に鍵をさすと、パキっと薄ら空気が波打って、扉のシルエットが現れた。
「――夏を護りし精霊、榎との契約の元、扉開けさせてもらう―解―」
鍵を回すと、扉がはっきりと現れて
―ガチャン―
と、音を立て扉が開いた。
「ここは境がないから、季節毎に決まった花が舞った所の中心が鍵穴になるんだよ。鍵を挿せばそこが境になる秋に戻りたければ、秋の花と楸の許しを貰うんだな」
取り出した鍵をまた首元に戻しながら説明をする。面倒くさいと言う割にはきちんと説明してくれるんだよなぁー。なんて思ったけど、ひとつ不思議に思った。
「なぁ、俺さここの秋に入る時、そんな呪文みたいなの言ってない・・・よ?」
「あ?」
「え?」
楸も柊も有り得ないと驚くしか無かった。
「おーばあちゃんから貰ったお守りの中・・・に・・・」
お守り袋を見せながら中身も確認してもらう。
「・・・お前、この中身何かわかんないで、持って歩いてたのか?」
「え、あぁ。だっておーばあちゃん、これくれたっきりで説明とかなかったし・・・」
「鍵は簪からでてきたでしょう?」
「あ、うん」
「桜お気に入りだったもんなー、簪」
「ふふ、そうね」
「わかるなら、説明してくんない?」
「そー言われてもなぁ、簪がお気に入りってくらいしか解らん」
「えーまじかよー、徳利とか何使うんだよ」
「そーいえば、夏は初めてか?」
「だねぇー。夏ってどんなかんじ?」
「入道雲とか?夜空の星とか?」
三人はブツブツ文句を言いながら、開けられた扉をくぐり、護り精霊のいなくなった夏の地域へと足を踏み入れた。




