怖戦
カンカン⋯カンと梯子を降りてくる音がした。目をやると一人の見たことの無い男が立っていた。
彼はゆっくりと話し始めた。
「皆で仲良く暮らしていた時は良かったんだよ。
でも、ベンダによって四季の神様が氷漬けにされ、桜までこの森に居なくなっちまった。そのあと、ベンタによってこの森は一度、破壊されてるんだ。
もしまたベンタ達に手を出したら今度こそ、ここは再建できないほどに、崩壊させられてしまうんじゃないかってことだ。
それが怖くて怯えてんだよ。なんとも間抜けな話だがな」
しんと静まり返った部屋で、明確な答えが返ってくる。蕗狛の後ろから聞いた事のない男の声がした。
振り返ると見慣れない男が一人。
「誰だよ。怯えてるのが、間抜けってなんだよ」
少し警戒した蕗狛がキツめに聞く。
「あぁ?質問に答えてやったのに、なんだその言い方は、ガキが」
「あぁ?なんだと?」
「あのねぇ、どうしたって敵じゃないのよ?睨み合わなくても⋯彼は⋯」
牽制し合う二人の間に立ち楸が止めに入る。
そこへ更に梯子を降りてくる音とともに、少し明るめな声が聞こえる。
「まぁまぁ、そんなに警戒しないで蕗狛、ヒイラギも喧嘩腰にならないよ」
楸の肩をポンと叩きながら榎が声をかける。
「榎、戻ってきたのね」
「あぁ。あーっと、上は何ともなかったよ?」
「そう。で、だからこの人誰?」
蕗狛は話を聞く予定がないのか、榎の話を終わらせピッと先程口悪く返答した男を指さした。
「あ、そうね、ごめんなさいね。彼は冬を司る柊よ」
「⋯え?」
「ん?」
楸が少し顔をゆがめた。釣られて蕗狛もなにか違和感を感じていた。
「え?なに?」
榎の顔を見る楸と蕗狛に疑問をなげかける。
ヒイラギと呼ばれたその人も、三人のやり取りに少し疑問を感じたが、榎は話を続ける。
「なあ、お前ら三人してなんだよ?変な顔!」
ケタケタっと榎は笑ってみせるが、三人の顔は不思議そうに榎をみていた。
「榎?貴方、ホントに榎?」
「何言ってる。俺だろ?」
柊はキョトンとした顔をして、榎を見つめる。
「や、だってさっき⋯」
「――追い出す――」
ボソッと蕗狛は呟き、親指と人差し指で輪を作り、その輪の中にふぅっと、息を吐く。
すると辺りにビリっと雷が走って、そのまま榎にぶつかる。
「⋯⋯いってぇ!何んだよ!」
榎の姿をしていたその人は、ボロっと崩れた。
そして、その中から知らない男が出てくる。
「え、榎?(⋯何かがおかしい。今の魔術は誰だ?私はあんな高度魔術つかえない。蕗狛が使ったの?)」
楸は慌てて蕗狛の前に壁を作って庇った。
「あれ?あーぁ折角、榎で隠れたのにさあーあ」
その男は片笑いしながら服を整え、髪を直してこちらを見ていた。
「っなっ!⋯お前⋯橡?」
「あ、楸ちゃん、ひっさしぶりぃ!ヒイラギくんも!」
手を振りながら楸と柊の機嫌を損ねる。
「⋯だから!誰だよ⋯」
しかめっ面の蕗狛が嫌々ながら尋ねる。
「やーやぁ!君が、蕗狛くん?俺はね、橡っての、ほら、さっき話しに出てたベンタっていたでしょ?その人の仲間!あーだから、ベンタ一味って言ったらカッコイイかなぁ?これからよろしくねぇ」
両手を後ろに組み、ニタニタと笑いながら、挨拶してくる。
「何であんたが、榎に姿を変えてここにいるのよ」
楸は蕗狛を庇いながら橡に尋ねる。
居てはいけない人。だけではなく、何故「榎」の姿だったか。そっちの方が疑問になる。
「あー、なんでって、そんなの榎がここに来る事は絶対にないからじゃん?」
「なんですって?」
「だーかーらあー!ここに榎が居ないのを知ってたんだよ。だから潜り込むのに楽な、榎の姿で来たんだよねっ!」
「榎がここに来ないのは⋯なんで分かってたんだよ」
「そんなの、死んだからじゃね?あは♡」
人の怒りがここまで顕著にわかる事なんてあるのだろうか。空気が張りつめるとか、怒りで顔が歪むとか、そんなものでは無い、もっと簡単なことで。
若いから、歳を重ねたから。そんなことでも無い。
「――俺はガキかもなあ」
蕗狛から今までで聞いたことの無いほど、低く静かな声が聞こえたと、そう感じた時には蕗狛は橡に飛びかかっていた。
「――点火――」
術を発動しながら橡の正面に身構え、右頬に触れた。触れたと言うほど優しいものでは無い。どちらかと言うと殴った。が、正しいか。
橡の頬に蕗狛の拳がぶつかったその瞬間、
「――爆発――」
再び術を唱えた。
その瞬間、今までいた地下の隠れ家が、音を立てて、崩れていた。
――ガラガラガラ!――
「もう!もう少しマシな術とかないわけ!」
楸は土の中から顔を出し、柊を引っ張り上げていた。
「やぁ、すまねぇ楸。助かった」
ヘラヘラと柊は笑って見せたが、先程までいた地下部は陥没し、跡形もなく綺麗な穴になっていた。
「蕗狛が崩れる瞬間、盾を出してなかったらあたし達潰れてたわね。」
「全くだ。しかも盾の範囲もかなり広かった⋯あの糞餓鬼どこまでもヤな奴だな」
「あら、いい子でしょ?桜の孫ですもの」
「⋯んだよ⋯」
柊は、頭を掻きながら少しいじけたように
「蕗狛は?」
「あ⋯あそこかな?」
柊が当たりを見渡すと、少し離れたところで、爆風が木々を揺らしていた。
先の爆発の後、先に地上にでた橡が木をなぎ倒したのだろう、乱雑ではあるが戦うには丁度いい広間が出来ていた。そこで二人が既に戦っていた。
「ねーぇ♡なんで俺が榎じゃないってわかったの?気持ち悪っ」
橡はふわふわと浮きながら蕗狛よりも高い位置から見下ろし、身振り手振りで気持ち悪さを表していた。
「⋯榎は、ヒイラギの事、「ラギ」って呼んでんだよ。ヒイラギじゃ長いのか、なんなのかは知らねーけど」
「あー!そこかぁ!え、じゃあ俺の術は完璧だったって事?」
「⋯⋯⋯。や、お前には榎の真似事なんて無理だよ」
「うん?なんでぇ?」
「お前、人のこと信用してねーじゃん?榎は、皆を信用してたから、目、揺らがなかったんだよ」
「あ?」
「橡って言ったけ?芯がねぇーんだよ。
だから榎にも柊にも楸にだって勝てないし、これ以上あの人達に近づくことも許さない」
「なるほどねぇ」
橡は地面に降りて軽く準備運動を始めた。
「なんで俺に芯がないとか、あいつらに勝てないとかって言われんのかは⋯わかんねぇーけど、まぁ、ここで蕗狛君には退場してもらえたら、俺嬉しっ♡」
橡が喜んでいると、何処からか姿は無いまま声がした。
『橡、熱くなりすぎるなよ。楽しませろ――神聖――』
「ベンタ様♡これで楽しんでください!蕗狛くん持って帰りますね」
そうニヤけた橡は軽く息を吸い、足を後ろに引いて軽く目を閉じる。
「――主、力借ります――火炎・龍」
パンっと手を叩き術を発動させて蕗狛へと向かわせた。
「――集葉――」
蕗狛は術を唱え、落ち葉に触れる。至る所から落ち葉が集まり始める。
「――盾――」
ギュウギュウに落ち葉が集まり、火炎・龍の前に立ちはだかる。
「あははっ♡それじゃあ、燃え尽きて終わりだな!」
「そうだね、でもさ――球・冷風――」
蕗狛がふぅっと息を吹きかけると、氷の球が姿を現す。
ボボボっと大きな音を立てて落ち葉で作られた、盾が燃えていた。
燃え尽きたその先に氷の球がみえた、その時、
「――吸収――」
囁く様に聞こえた時には、橡の出した火炎・龍はすっぽり、火が消え氷の球に吸い込まれていた。
「うそぉ!俺の火炎・龍が消えてる!」
ちっ!っと大きな舌打ちが辺りに響く。
「――主、力借ります――錦蛇――」
大きな錦蛇が蕗狛の元へと迫っていた。
「めんどくさいな――火の精霊――」
蕗狛は印を結び、先ほど橡が出した火の精霊と同じものを出した。
「俺と同じ術なんて芸がないなぁ!でも・・・まぁ!火の精霊を扱いこなしているだけでも褒めてやろう。高度魔術の一つ四大精霊だしな!蕗狛君みたいな生まれてまもない人間が扱えているだけでも奇跡だろ?」
蕗狛は耳にしていたピアスを一つ引きちぎり、ぐにゃんと捻りあげた。ピアスは無限大の形になる。
そこにふぅっと息を吹きかけ、
「まだ、終わりじゃないよ――拡張――」
術を唱えた。
大きな音が地面から突き上げ、蕗狛の出した火の精霊がうねりながら先程よりも、大きくなり、そこに姿を現した。
火の精霊が出口のない結界の中に広がる、空に向かってひと鳴きすると、森全体の木々を揺らした。
橡も体全体がぶるるっと震え、立っているのもやっとだった。
「拡張だと・・・立っているのもキツイ!(なんで!なんで!なんでっ!蕗狛みたいな奴が拡張を使えるんだよ!あんなの、主様くらいじゃねぇの?)」
「ははは。焦ってる?まぁ、いいか、火の精霊いい子だね。橡は俺を助けてくれた、大切な人を殺したんだ。・・・わかるよね?」
『ブオオオオオオオオ!』
火の精霊は、大きく息を吸い込み、橡目掛け火を吹いた。
パン!
綺麗なガラスが割れる音がした。
その音を合図に火の精霊が大きく火の粉をまとった尾っぽで橡がいた場所を叩き上げた。
「火の精霊もういいよ。さっきのガラスが割れる音、多分橡の核が破壊された音だと思うんだよね」
火の精霊の足元をスっと撫でると役目を終えたと理解し、そのまま消えた。
橡のいた辺りが火の海と化している。
「――水・泡――」
ザッっと水がシャボン玉のように球体になり、火の海に降り注いだ。その中を蕗狛が橡の残骸を探し始めた。
辺りの落ち葉も燃えた為、残骸なんて何も残って無さそうだなと思ったが、「核が破壊」されたと言うことをきちんとこの目で確認したい。
少し離れたところでガンガンと何かを叩く音がした。
「・・・あ、ごめん忘れてた」




