橡
蕗狛には少し話が重いかもしれないと、途中で休みを取り、榎は地上の様子を見るため、先程、蕗狛達が飛び込んだ穴から顔を出していた。
「あー外の空気は美味いなあー」
ただ地上に出たかったと言うよりは、蕗狛の事をほか二人にも伝える。という役目もあった。魔術を使って伝えるのも簡単だが、「会う」ことも大事にしたい性分の榎は何かにつけ会いたがる。
「まずは、すぐ隣の柊の所に行かなきゃなあ」
榎はブンっと蜻蛉の羽根を出し空高く舞い上がった。
ベンタが支配しているとはいえ季節ごとに別れ、花や木々も綺麗に生い茂っていた。
「ほんとに、ベンタは四季を独り占めしたかっただけなんだろうなー」
つくづく思う。四季の神様と仲違いしなければ、彼も花見や祭りなどに顔を出していたのかもしれない。
「わかったことを⋯」
少し低い声が聞こえた。と、同時に、前方からなにかが飛んでくるのが見えた。
「⋯なっ!」
頬を少し掠ったようだが、特に大事にはならない程度。
「なんで逃げるんだよ。俺と遊ぼうよ、榎くんっ」
声の主は、ベンタ直属の部下である「橡」だった。
「橡、なんの用だ。お前と遊んでる暇はない」
「断るとか出来る立場なの?」
「立場とかって関係ないだろ?――主様、力お借りします!―借・格好―」
右手で印をつくり唱えている。
それを受け榎の周りに風が吹き荒れ、ぐるんと包み込んだ。風がはけると精霊ではなく、人間の大きさになった榎がいた。
「羽根は必要だから、付けとくか」
ぼふんっと蜻蛉の羽根が姿を現した。
「あははっ!俺も人型になるー!主、力借りますっ!―借・格好―」
ぼふんっと人間の姿になり、ニタァっとひと笑いすると、グルンと両腕を回し、
「じゃ、準備万端っ!始めようか!
――主、力借りますねっ!――陽炎・火の精霊――」
ゴォっと大きな音を立てて、大きなトカゲが姿を現し、そのまま榎へと襲いかかってきていた。
「っ!火の精霊なんて使えるの、おかしいだろ!」
パンと印を作りながら
「主様、お力借ります――水・龍――」
向かってくる火の精霊目掛けて水・龍が応戦する。
しかし、やや火の精霊の方が⋯少しだけ、魔力量が多かったようで、火の精霊に飲み込まれてしまう。
「っち!」
榎はデカい舌打ちをした。
「あははははっ!火の精霊に勝てるわけないだろ?」
「っんだよ、馬鹿にしてんの?」
「怒るなってえ!仲良くやろーよお」
「――主様、お力お借りします石・龍――」
術を発動しながら急下降し、地面に両手を着いて、出したのは大きな石でできた龍だった。
「わぁ!おっきいねっ!おっきい石の龍じゃないか!あっ!待ってね、俺にも出したいヤツがいるんだよねっ!」
橡はニコニコしながら向かってくる石・龍に術を発動させようと印を組み、
「――主様、力お借りします!解・散」
組んだ右手口元に持っていく。
橡の目の前まで来ていた石・龍に手を当てると、石・龍の動きが止まって、当てた手にフゥっと息を吹いた。
すると、バキバキっと大きな音を立てて、石・龍がただの石となり地面へと落ちていった。
「なんで、お前なんかが、解・散を使える?」
魔術を無かったことに出来る解・散は四季の神様程の魔力が無い限り使えない。
橡が主としている「ベンタ」にはその魔力は無いはず。橡の魔力と調和を取ったとしても、そんな高度魔術が使えるなんて。
「⋯⋯ありえない⋯」
榎がきょとんとしている間に、橡はグッと握り拳を作り、深呼吸をひとつ。
「混乱な榎くんも⋯かわいっねぇ。でもさぁ⋯まだ⋯だよ?――主、力お借りします――有毒」
橡は、自身の長い髪をサラッと撫でて、何かをつまみ指を榎の方へ鳴らした。
パチンと音が鳴ったあとドロンとした液体が球体を成して、橡の周りを囲った。
(何かが⋯⋯変なのは間違いない⋯けど)
「――主様、お力お借りします――樹霜」
榎は手首にはめていた、リングをサラリと撫でて木に触れた。瞬間、木々は霜をまとい凍った葉がヒラヒラと落ちては榎の周りを囲った。
「へぇ。樹霜かぁ。俺の有毒に勝てるの?」
「やってみなきゃわからないだろ?」
二人は互いに感情のない笑顔を浮かべていた。
シンと空気が張り詰め、少しの時間が流れたが、一瞬、ほんの一瞬、二人の間を蜻蛉が横切った。
それを合図に一斉に同じ術が打ち込まれた。
『弾丸!』
榎の術、樹霜で固まった葉が、鋭利な刃物の様な尖端を剥き出しに、橡目掛け真っ直ぐ向かっていった。
しかし、橡の放った有毒のすぐ後ろで更に、
「主、お借りします――炎――」
橡は先の自身の術、「有毒」を追いかけるように炎を放っていた。
「ははは、ふざけるなよ」
と、笑い呟くしかない榎は
「――主様、お力お借りします――盾!――」
盾を出そうと再びリングを撫でるも、プスンと音を立てているだけで、盾はこぶし程度にしか発現しない。
「なっ!」
榎は咄嗟に身を捩らせ避けるも、橡が放った有毒はガスを含むもので、あとから放たれた炎で、さらに勢いを増していて、榎の背中を大きく焼いて、そのまま地面へと叩きつけられてしまう。
「ッガハッ」
バタバタ⋯大きく血を吐き出していた。
「あーらら、まともには喰らわなかったかなぁ?」
橡は落ち葉の海に横たわる榎を見下していた。ただ、榎からの返答は無い。
「あれ、気を失ってる?まぁ、いいか。さて、榎はどこから来たのっかなぁー!
――主様、お力お借りします――経路――」
横たわる榎の体から一本の黒い糸が出てきて、榎の通った道なりにズンズンと進んでいく。
橡は「上手い上手い!」と、ケタケタ笑いながら何かを求めて森の中へと飛んでいった。
(⋯うるさいな⋯言いたいことは山のようにあるけど、ちょっと待って⋯⋯頭の中を整理したい)
術が完全体で発動しないことは今まで一度もない。
自分の魔力と主、榎や楸で言えば四季の神様から借りる魔力を足して調和を取り、術を発動する。
自分の魔力だけでは足りなくて借りるという理由も勿論だが、調和が取れてこそ発動できるものも多い。
盾はそこまで魔力のいる魔術ではないが、有毒ガスを含み炎でより力が強く一瞬「勝てない」と思ってしまった。
魔力が揺らいだためなのか、ハッキリしないが、四季の神様から借りるのがそろそろ難しくなってきている事は間違いなさそうで、このままではベンタたちとは戦うのは難しい。
「――主様、今一度⋯お借りします――水――」
榎は痛い背中を庇いながら小さく呟き、ポツポツと雨を降らせ、焼けた背中の冷却を始めた。
(術の完全体が出ないのは、四季の神様自身の魔力が弱まっているから。これは明白。ただ、今までそこまで使っていない魔力が、ここまで弱まるかは疑問だけど⋯このことをどうにか楸達にも伝えたい⋯四季の神様から力は借りられないから、小さいものだけだな⋯何分耐えられるかはわかんないけど⋯)
「――記憶・球――」
榎は先程出した術を解いて、グッと力を振り絞り、小さな球体を出し、こめかみに人差し指を押し当てた。
痛みを堪えながら、大きく息を吐き出す。
「――記憶・破片――」
カランと小さな四角い破片がこめかみから出てきた。それをグッと小さな球体に押し当て中に入れる。
「楸、あとは頼むね⋯」
榎はその球体をツンと空へ押し上げる。空へ登った球体は透明になりながら楸たちの方へと飛んで行った。
そして、榎がすーっと目を閉じると、パリンと小さな音がして、そのまま動かなくなった。
「ありゃ?やっと死んだ?」
どこかから戻った橡は榎の顔を覗き込む。
息はしていないし、温もりもない。
「精霊は死なない。は、どうやら覆されたみたいだね。まぁ羽根は燃えてなくなっちゃったし、魔力も使い果たしたみたいだから、精霊の形を保つのは無理だよねー」
榎の体がバサッと音を立てて崩れ、落ち葉に姿を変えた。
精霊の死は、遺体が残らない。元々、精霊は神聖なもの。死することなどない。ただ、生を受けたのもまた、有り得ない。
四季の神様が魔力を込めて創った精霊は魔力がなくなれば意識と体を繋ぎ止めておくことは出来ない。
「君の存在価値とは、なんだったんだろうね。
百年もの間、主である四季の神に仕えることも出来ず、俺らと戦うことすらも、叶わないなんて⋯
まぁ、終わったことだ。次は楸達だね。出入口は見つけたんだ。乗り込むとしようかな」
「――主、力お借りします――変化――」
グルンと一回りすると、見た目は「榎」になっている橡がいた。
「あーまぁまぁ上手じゃね?では、参りましょうか。蕗狛くん、初対面楽しみ」
榎の姿をした橡は、宙をスキップをしながら、蕗狛達の居る隠れ家へと向かった。
他の木よりも数段小さい木の根元に穴が空いている。その中へと榎から出た糸が繋がっている。
「ふふっここが入口だったんだねぇー!いつも上手く隠れてた訳だ。おじゃましまーす。」
しかし、中から話し声がする。
「あー?この声は、楸と⋯柊かな?
⋯⋯⋯ま、いっか、このままいって脅かしてやろ」




