榎と楸
もともとは、人間が魔術書をたまたま見つけたのが事の始まりだった。
あるよく晴れた日、いつもの様に畑を耕していた一人の農民がいた。
「暑いなぁー。今年も夏は暑いのかなあ」
ジリジリと太陽が肌を焼く。彼は手拭いで汗を拭きながら、一人黙々と仕事をこなしていた。歳は三十代中といったところ。
名前は「ビル」畑仕事にも慣れ一人で歌いながら耕している姿も度々目にしていた。
小さい子供を見かければ遊んでやるほどの子煩悩。実際、ビルには子供はいなかったが、周りの人々から、慕われていた。
そんな彼の両親も歳で畑を手放すことを考えていた。そんな中、畑を親から譲ってもらった。
なかなかいい土だったが、なんせ一人で耕すもんだから、時間がかかった。
いつもの様に桑を一振、また一振と土へと下ろしていった。
―ガン!―
大きな石にでもぶつかったのか、少し鈍い音がした。
石なら避けておかないと、作物に影響が出る。
「なんだよー」
と、文句を垂れながら石へと足を向けた。
桑から手を離し、土を避ける。
そこには石は無い。しかし、音がしたのは事実。
「なんだよ、なんもねぇの?」
もう少し掘り進めると、竹で出来た編みかごが出てきた。竹はこの辺では採れない。
「竹編みカゴだよな?なんで⋯こんなとこにあんだ?」
珍しかった為、ビルは土から掘り出した。
ガンと叩いた時に、どうやら竹編みカゴに張っていた結界を、叩き割ってしまったようだが、まぁ魔力の少ない農民は気づくはずもなく、竹編みカゴをクルクル回し開きそうなところを探していた。
「あ、蓋じゃんか!」
蓋がしてあるが、どうやら簡単に開きそうだ。
と、そのまま開けると、何冊もの本が入っていた。
「なんだ、この本⋯魔じゅ⋯つ⋯⋯⋯しょ?」
表紙に『第一集・水の魔術書』と書かれている本が入っていた。
ところどころ土が着いていたが、ほろえば読める字で書いてあった為、彼はその場で日が落ちて本が読めなくなるまで読み続けた。
それから数日後、彼は「魔術」を使い畑に水を撒いていた。
「――主様⋯力、お借りします―水―」
そう唱えると、掌に水が球体状に現れる。それを空高く放ると、しとしとと雨のように水が撒かれる。
手作業が魔術で助かる。鼻歌交じりに耕した畑に水を撒いていた。
「やぁーすげぇなぁ。水撒きを魔術に頼んで、俺は片っ端から畑を耕すんだもん、捗るなー」
桑を持ち、魔術で撒く水に日が差して、小さな虹が架かるのを、気持ちよさそうに眺めるビルの姿があった。
彼は後の町長代理である。
これが青空と太陽を取り上げられる、約五十年前であった。
それから五十年。
町中に魔術が溢れていた。もちろん、魔力がなく魔術を使えない町民もいたが、そこはお互いが支え合って助け合って生活していた。
そんなある春の日、花見の席に出向いた四季の神様は、人間の中にも魔術を習得した者たちが居ることを知り、偉く関心していた。
ただ、人間の欲に負けた魔術師達のなかには、横暴な態度を取り力を無闇矢鱈と使っている者がちらほら見え隠れしていた。
四季の神様は少し呆れながらも見守ることとした。
そして、ついに些細な出来事から、隣町とのいざこざが、勃発してしまう。
もちろん、隣町に魔術を使えるものなど居なく、勝つのは容易いものだった。
勝ったことが余程嬉しかったのか、その隣町、さらには小さな集落まで自分たちの町の領土として、奪っていった。
結果、三年もしない内に、蕗狛の町周辺が、ほぼ全滅していくこととなる。
それを見ていた四季の神様が、人間の魔術師たちから、関心が薄れるのに時間はかからなかった。
(⋯全滅⋯そんな話は歴史では習わなかった⋯)
そもそも、周りに町や村、小さな集落さえあったことはないと聞く。
蕗狛は少し難しい顔をして話を聞いていた。
楸は蕗狛の顔色が曇っていくのを感じながら話を進めた。
――そして――
その年の秋に収穫祭の席で、魔術師が四季の神様や自然を馬鹿にしたことで、四季の神様の堪忍袋の緒が切れて怒りを買い、青空も太陽も取り上げられてしまう。
「これがことの真相ね。まぁ、桜のこととかはさっき話してるし、少し省いたけど⋯」
「ベンダが取り上げたのではなく、町の魔術師の横暴さが空と太陽を取り上げられた理由⋯季が読み解いた本に書いてあったのは間違いじゃない。ただ、理由がちゃんとあったんだ」
蕗狛は、少し呆れたように深くため息をして、ひとつだけ。と言葉を吐く。
「おーばぁちゃんに、青空と太陽を見せたい。だから、四季に神様に返してもらう」
もう死んでしまいこの景色を見ることが出来ない、曾祖母の為に、神様に『青空と太陽を返してください』なんて言おうと思うだろうか。
しかし、目の前にいるその曾孫は、真剣な目をしてそう言ったのだ。
「返してもらうって⋯」
「だってそうだろ?取られたものを返してもらうんだ。本人に会いにいかなきゃだめだろ?」
「や、そうだけど⋯」
「まずは四季の神様の氷漬けを何とかしよう。んで、会って謝って、青空と太陽返してもらう。
途中でベンダ達とも戦わなきゃだし、おーばぁちゃんの死んだ理由もわかるかもな。一石二鳥だろ?や、この場合三鳥になるのか?」
あっけらかんと蕗狛は言うが、そう簡単なことではない。
「桜が死んだ理由⋯そんな簡単なものじゃないでしょう?」
「なんで?おーばあちゃんは病死ではないんだ。理由が必ずある。それに、四季の神様や、ベンタも関わってくるはずだ」
「そうかもしれないけど⋯⋯」
楸は困りきってしまう。
楸の言いたいことを無視して、蕗狛は冷めた珈琲を一口、二口と飲みすすめる。
「二人はさぁ、何にそんなに怯えてんの?」
「え⋯?」
「何に怯えてんの?だってさ、おーばぁちゃんの知り合いってことは、強いんだろ?
さっき状況の整理って言ってたろ?四季の神様がどこにいるかってのも、もちろん大事だけど、二人が何に怯えてんのかも方も気になるんだよね、俺は」
「私達が怯えてるようにみえるの?」
「俺にはね⋯視線のやり方、話し方、声色とか?
おーばぁちゃんがね、言ってたよ。「人の心は仕草や声に出るって」だから、人の目だけじゃなく、話し方や声色ちゃんと見てたよ。
そうしたらね、ここに来た時から二人が怯えてるようにみえたんだよね」
「確かに、私達の説明って何一つしてないわね」
小さく楸は頷き少し下を向いた。
「説明、めんどくさい感じ?」
「あーまぁ、ほら、ねぇ。長いわよ?」
「聞くよ。それがおーばぁちゃんが死んだ理由に関わるんだろうから」
「そう⋯ね」
と、呟いて楸は机に広がっていた地図をよけ、新しく珈琲を入れ直し茶箪笥から少しのお菓子を出し、机へと並べた。
今までダラダラと話していた楸とは少し違い、表情は硬い。
「これは、大昔からの話になるわね」
「――四季の神様、少々思い出お借りします――記憶の本」
そう唱え机にポンと両手を着いて、そっと離す。
机と手の間に、綺麗な森の映像が浮かび上がる。
「これはまだ、四季の神様が私達と一緒に、四季を楽しみながら過ごしていた頃の森よ」
「⋯すげぇ綺麗だな。あれ、今みたく別れてはいなかったんだな」
息を飲むほどの美しさ。とはこういう時に使う言葉であろう。
森は桜の木に、落葉樹、しだれ柳に松、ひとつの種類に留まることなく、様々な木が伸び伸びと佇んでいた。
「綺麗よね。ほんとに。あの頃の空気は、体に入った瞬間に全身に駆け巡っていくのが分かるくらい、澄んでいて、とても心地のいいものだったわ」
「俺もそんな森に行ってみたいな」
ふふっと笑いあい、楸は話を進めた。
「森の奥に小さな城を建てて、そこに四季の神様と私達四人が住んでいたのよ。春が近づけば春の精霊である椿が森から町の方へ飛んで春の訪れを知らせに。夏が近づけば榎が。
それぞれが季節ごとに知らせを届けていたの」
楸がふっと森に息を吹きかけると、森から小さな光が飛び出し、光が通ったあとには桜の木が芽吹いていた。
「秋は楸か?」
「ええ。私楸が秋で、冬は柊が役目を勤めていたわ」
「椿と柊にもそのうち会えるよ」
楸はずずっと珈琲を流し込んで少し黙った。
「で、何に怯えてるんだよ」
「何って、そうね⋯」
楸が言葉につまる。
カタンと音がした。
梯子を一人の男が降りてきて、二人の会話に割って入ってきた




