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サクラ

 時計の音がカチコチと部屋を支配し、淹れたての珈琲の香りがあたりを包む。

 (エノ)は深いため息の後、椅子にきちんと座り直して、緩やかに話し始めた。


 

 (サクラ)は蕗狛の曾祖母に当たる。

 元々四季の神様の側近であり、桜の木から精霊になり、魔術持ちの人間に昇格したちょっとした有名人である。

 それに桜は魔術のセンスが頭ひとつ抜きん出ていて、魔力量も四季の神様に次いで多かった。

 このあたり一帯、新月の王に仕えていた精霊たちが攻めてくるなんてことも多く、戦闘時はそれなりの戦闘になることも多かった。

 魔力を借りるなんてしなくても、一人で敵陣に先発として行ったことも度々あるほど。

 新月の王がこの辺りから去ったあと、平和になりそれほど戦闘なんてものに身を置かなくても良くなった頃、桜を魔術持ちの人間にしたのは四季の神様であった。

 

 四季の神様は性別がなく神聖な存在である。

 時々、色々な人間の姿になって町に出歩いていた。その時付き人をしていたのが桜である。

 彼女は人の行動や心理を読むのが上手く、人の中に溶け込むのも上手かった。そこを気に入られて側近になっていた。


 

「おーばぁちゃんは元々精霊だったんだね⋯」

 

 蕗狛ですら、知らないおーばぁちゃんの過去は以外にも人外であり、少々驚きを覚えたが、最期は百二十歳と言うのも精霊特有のものだったのだろう、急に「なるほどな」と、納得してしまう。

 

「そう。俺たちもそうだね。人間になったり、精霊になったりできるのはそうゆうことね」

「力を借りて人間の姿になったりも出来るが、精霊の姿の方が魔力が安定してるし、この森の中ではこっちの姿の方が過ごしやすい」

「へー便利だなー。さっきみたいに空も飛べるんだろ?」

「まぁね、でもきっと人間に見られたら珍しがられてしまうだろうなーあ」

「あ!モフモフしたくなる!」

 

 蕗狛は手をズッと(エノ)の前に出してもふもふ!っと言いながら指を滑らかに動かし、空をもふもふしだす。

 

「なるほどね。でもやめてね」

 

 榎はその手をポイッと跳ね返す。

 

「なんだよ、ケチだなぁー。あ、そーいえばさ、力を借りるって、誰から借りてるんだ?」

「僕らは四季の神様から借りてるんだ」

「四季の神様かぁー、凄い魔力だし、借りてもなんともなさそうだなぁー」

「蕗狛も借りてるんじゃないの?さっき、戦いの中で術唱えてたじゃない?その時⋯」


『―我、三度!―雹弾(ヒョウダン)!―』

 そう、蕗狛は唱えていた。

 

「⋯あぁ、そうだね⋯俺も借りてるんだよね。さっきは一日経たずに何度もかりることになっちゃった」

 

 魔術を習得した後「(あるじ)」から力を借りる事でより強力な魔術を使える。

 魔力が足りなくても、主との契約が済めば自分の力量よりも強い魔術を使うことができる。

 魔力が足りないから、借りる。魔力があり溢れていれば、桜のように借りなくても使うことが当たり前になる。

 

「まぁ、借りるのは通例だ、借りないって方が珍しいよ」

「そうかなぁー?」

「そうだよ!借りないのなんて、桜以外見た事ないわよ」

 

 楸は蕗狛の頭をポンポンと優しく勇気づけた。

 ふっと笑った蕗狛は、出してもらった煎餅をバリンと頬張り、少し間を置いて、

 

「なぁ、新月の王?だっけ?この辺りに攻めてきてたっていってたの。誰なの?それ」

 

 一番気になっていたことを口にする。

 

「あぁ、新月の王。彼は新月の暗闇の中に生きる神様だ」

「新月の中に?」


 

 四季の神様は、その名の通り「四季」を司る神であり、春夏秋冬の精霊と共に、その季節の訪れを知らせている。

 天候も操ることが出来るが、そこまで大きくは関わらないようにしていた。もちろん、天候の神などもいる訳だから、無闇に手を出すわけにはいかない。

 それに引き換え新月の王は、暗闇に存在する。

 もともとは四季の神様とも仲が良く、神様同士の交流もあったが、いつからか新月の暗闇の中に留まって顔を見せなくなっていた。

 そうして人知れず暗闇の中に堕ちていっていた。

 気づいた時には見た目だけでなく心も真っ黒に染まっていた。

 

「真っ黒に染まってしまった新月の王は、他の神様が持っている力や精霊が羨ましくなっていたんだね」

「そうこうしている間に、私達のところにも攻めて来ていたって訳ね」

「他の神様たちの精霊や力はどうなったの?」

「天候の神様はここから離れたし、太陽、雨の神々も顔を出さなくなったね。精霊は取られちゃったみたいだったよ」

「もしかして、この森の結界って、エノ達を閉じ込めておくため?」

「そうだね。四季の神様から俺らを取り上げこの森の中に閉じ込めたんだ」

「四季の神様は?助けに来てないの?」

「四季の神様は⋯この森の奥に建っている城の中⋯」

「⋯氷漬けにされているわ」

「⋯っ!」

「もう、百年も前の事よ」

「なんで助け出さない?この森の奥なんだろ?」

「何度も挑んだんだ⋯でも⋯」

「力が足りないのよ。何故か新月の王は力が衰えない。それどころか力が増してるのよ」

「ほんと、俺らは役立たずだよ」

 

 榎の両手は固く握られ、膝の上でカタカタと震えていた。蕗狛は何も言えなかった。おーばぁちゃんと一緒に戦ってきたこの二人が「力が足りない」と何度も足踏みをしてきているなんて思いもよらず、自分が放った言葉が二人をどんなに苦しめたかを考えると、申し訳なくなってしまってこれ以上なにも言えるわけがなかった。

 

「⋯少し休憩にしましょう?」

 

 そう言って楸は席を立ち、榎の背中を摩った。

 二人のやり取りをみて少し頭を冷やすかのように、ベッドへと寝転んだ。

 

 (無知は罪だ⋯おーばぁちゃんの事何も知らなかった⋯)

 

 深くため息を吐き、少し目を瞑った。



 綺麗な花畑で、その人はいつも笑っていた。

「青空と太陽が見たい、とても綺麗でね」

 と、口癖のようにいつも言っては、青空と太陽が綺麗だった頃の昔話をしてくれた。それが本当なのか、嘘なのかは、自分の目でその青空と太陽を見ないと判断がつかない。

 ただ、その昔話はいつも心を明るくしてくれる、優しい話だった。

 優しい話をしてくれる、その人がある日、蕗狛に

 

「お前には力がある、他の人より少し強い力だよ。だから正しく使いなさいね。決して人を傷つけちゃいけないよ」

 

 と、小さく蕗狛に言った。その時、

 

「そんな力は要らない」

 

 と、そう駄々をこねて困らせたのを覚えている。

 ぼんやりとそんな、おーばぁちゃんの言葉を思い出した。


 

「友達すら守れないなら要らねぇよ⋯」

 

 魔術団は今頃こっちに向かってきているんだろうか、もし出くわしたなら戦わなくちゃならないんだろうか、また傷付けてしまう。

 ⋯季の事もこの目で確認したい。

 頭を冷やすどころか、嫌な考えばかり浮かぶ。

 

「蕗狛?大丈夫?」

 

 冷えたタオルを額に置いてくれたのは、楸だった。

 先程まで見せていた顔よりも優しく見えた。

 

「大丈夫⋯。あのさ、さっきは⋯ごめん。

 助けに行かないのか⋯なんて、ろくに知りもしないで」

 

「いいのよ。あたしも季君のことで、怒っちゃってごめんなさい。助けに行かない、行けないのには理由があるのよね」

「⋯そうだね⋯」

 二人はふふっと、笑っていた。

 

 誤解が簡単に解けることもあるんだな、と少し安心した。

 

「あれ、そう言えば、榎は?」

「榎は地上(うえ)よ。いつまでもここにいる訳にもいかないし、ベンタがみてるにしても(ベンタ)の精霊がウロウロしていないか見に行ったのよ」

「ベンタ?」

「あぁ、そうね。言ってなかったわね。新月の王、ベンタ。スミの主であり、四季の神様を氷漬けにした張本人ね」

「ベンタ⋯そうか。なら、そいつは敵だな⋯」

 

 四季の神様を百年も氷漬けにし、ほかの神々の精霊たちも取り上げてしまったその人に、会いにいかなくてはならない事実が足を重くする。

 しかし、四季の神様に会わなければ、青空と太陽⋯

 

 (何か、引っかかってたんだ⋯)

 

「なぁ、青空と太陽を取り上げたのも、そのベンタなのか?」

「いいえ、青空と太陽を取り上げたのは、四季の神様よ」

「んー理由は?」

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