仲間
「おけつ痛ぇ⋯」
うっすら目を開けると、蝋燭の暖かな灯し火が揺れていた。その灯し火のむこうには、壁に嵌め込まれた本棚が一先ず目を奪う。
楸を信じて飛び込んだ先は、どうやら土の中らしい。あちこちから木の根が伸びている。
人がつつましく生活するくらいのスペースだろうか。
土の中とは言え息苦しさもないし、適温と言ったところだろう。身体も小さくなっているのか、この空間に順応している。あたりは壁は土がそのままで、蝋燭が何本も立っている。
当たりを見渡すと、台所やテーブルに椅子なんかも揃っている。蕗狛も少し柔らかすぎるほどのベッドに、横になっている事に気づいた。更に上を見上げる。
「天井⋯土?」
「あぁ、お目覚めかな?蕗狛君」
台所の方から聞き覚えの声がする。
「あ⋯はい。さっきの声の人⋯ですか?」
「あぁ、さっきは急に呼んだのに気づいてくれてよかったよ。僕は夏を司り護る精霊・榎だよ、よろしく」
榎はエプロンで手を拭きながら蕗狛の元へと歩み寄り握手を求めた。それに応じる形で蕗狛も手を伸ばす。
「あ、はい、蕗狛です。よろしくお願いします」
布団から降りようと足を出すと、
「そのままでいいよ」
と、榎が心配そうにあちこちの傷を指さす。
「あ⋯怪我の手当⋯すいません⋯」
「いや、勝手にやらせてもらったよ。大丈夫だといいけど。あ、お湯が湧いた頃かな、珈琲でも飲む?俺淹れてくるよ、ちょっと待ってて」
榎は奥のちょっとした台所で鼻歌まじりに珈琲をいれてくれている。なんとも落ち着くいい香りが漂う。
「楸は、もう起きたのか⋯いない⋯」
当たりを見渡すがヒサキの姿はなかった。
「楸なら、食料調達に行ったよ」
「あ、そうなんですか?」
「まぁ、いつもの事さ。今は君たちが隠れてしまったから、むこうのやつらそこまで警戒してないだろうし。
あぁ、そうそう、上では大変だったね、楸を通して見てたけど、スミだけだったのは幸いだったよ」
榎が淹れたての珈琲をテーブルの上に置いて「どうぞ」と蕗狛へとすすめた。
蕗狛はペコっとお辞儀をし、数秒目を閉じ少しの悔しさと事実を吐露した。
「⋯でも追いかけられなかったし、楸には怒られた⋯」
「まぁね、でもまずは状況を確認したほうがいい「見られている」ってのもちゃんと把握しておいて欲しいし、ね?まだ完全に逃がした訳では無いだろ?」
ずずっと熱い珈琲を一口、喉の奥へと流し込み、エノは今置かれている状況を確実に伝える。
「⋯はい⋯たぶん主のところに戻ってます⋯」
「だよね。ちゃんと解ってるじゃないか。
楸が怒ったの、ごめんな。アイツ口より手が先に出ちゃうところがあってさ。精霊でも殺しては欲しくなかったんだ。命は平等だから。ね?」
「⋯はい、すいません⋯」
「あら、蕗狛起きた?急にごめんなさいね、榎と危なくなったら地中って約束してたのよ」
タンタンと、梯子を降りてくるヒサキはピンピンしている。
「楸⋯怪我は大丈夫?」
「ええ。大丈夫よ。一休みしたら状況整理と今後を考えましょ?」
テーブルに自分のお茶を用意し、席に着く。
「あの、今後って⋯戦ってくれるんですか?」
「そのつもりだったわ。それが桜とも約束だし、蕗狛が来るのを待ってた。と言っても良いくらいなのよ」
「約束⋯?」
「まぁ、まずは休んで傷治さないと⋯」
「そーねぇ、治癒魔術が使えれば、なんてことはなかったんだけどね、あれは高度魔術だし⋯」
「いえ⋯お構いなく。そのうち治る程度の傷だから⋯」
少し温くなった珈琲を喉の奥に流し込む。
「あの、休まなくても大丈夫なんで、約束って何?俺を待ってたって⋯それに二人はスミを知ってるのは何故ですか?」
「せっかちさんだね」
榎は笑いながら楸に話をどうぞと、合図する。
「⋯まったく、誰に似たのかしらね」
「え⋯?⋯ん⋯ゲホッ!」
「蕗狛?」
蕗狛の顔が痛さなのか、恐怖なのか歪む。
「だ⋯だい⋯大丈⋯夫⋯」
冷や汗を流し、血の混じる咳き込みながら腹部を抑えて、うずくまる。
「蕗狛?どうした?」
「触るな!」
触られると何が起きているか把握が難しくなる。それに、慌てちゃいられない、冷静に状況を把握したい。
「ちょっと⋯?」
「あ⋯⋯ごめん⋯⋯大丈夫⋯もう落ち着くから⋯」
さわっと蕗狛の周りに風が吹き、顔色が戻ると、そのままポスっとベッドへ倒れ込む。
「蕗狛?」
目を閉じ全身の確認をする。新たな傷がないか、呼吸の速さ、息の深さ⋯
(大丈夫。もう問題ない)
ただ、身体にここまで反発が来るとは思ってなかった。
「大丈夫?」
心配そうに楸と榎がベットに倒れ込んだ、蕗狛を覗き込む。
「大丈夫。ただ、季に着けていた俺の魔術が消滅した」
「季?」
「消滅⋯?」
「あー。うん、季は俺と一緒に森に来てたんだ。おーばぁちゃんの本を読みといてくれたり、よく二人でおーばぁちゃんの所に遊びに行っててね、まぁ、隣に住む男の子だよ」
ギシっとベッドが音を立てる。
楸と榎に向き合う形で蕗狛は座り直し、俯いて事実を話すことにした。
「消滅したってことは、季くんが死んだってこと⋯?」
「多分ね⋯」
「え?どういう事?」
「俺と季は楸に会う前に⋯喧嘩したんだ⋯
俺は季を置いてきた。この先には連れて行けないって思ったから。別れ際、内緒で俺の魔力のこもったブレスレットを付けてたんだ」
「それが消滅したのか?」
「はい。季の体と繋いでいたので、季の身に何かあれば消滅します。さっき俺の脳内には季が見ていたものが、そのまま流れ込んできていたんです」
「ちょっと待って。そもそも季くんは町に戻っていたんじゃないの?」
「町には戻ったんですが⋯結界から出た所で「町の魔術団」に捕まってたんです」
「魔術団か⋯厄介な奴らに捕まってたな⋯」
「助けに行った方が良かったんじゃないの?そしたら!」
楸は蕗狛の胸ぐらを力いっぱいに掴み怒鳴っていた。仲間を見捨ててきていたなんて。
「だってそんなの、殺されるなんて思わないよ。
おーばあちゃんから聞いてた魔術団は、もう百年もの間、処刑や拷問はしてない⋯
それに俺には断片的にしかみえてはいんだ。全てを把握するなんて⋯」
楸が怒るのも無理なく、自分でもらしくない事をしているなんてわかってる。十分にわかってる。
だけど、あの時はどうすることも出来なかった。あの拒絶を受け入れるには時間が掛かると、このまま危険な目に合わせるなんてどうしても、できなかった。
⋯いや、それは言い訳だ。
最初からちゃんと話していればこんなことにはならなかったんだから。
「落ち着けよ、二人とも⋯。蕗狛は季くんを殺したやつの顔は見えなかったのか?」
榎が楸の手を蕗狛から離す。
榎にだって楸の気持ちがわからない訳では無い。
ただ、今回のことについては蕗狛が出した答えであり、そうするしか無かったのであれば、責めることは出来ない。蕗狛に消えることの無い傷ができたとしても。
「はい⋯見えませんでした。ただ、聞いたことのある声をしていました」
「聞いた事のある声?」
「はい。なにか、イベントや祭り、そんな時に聞いてた声です。⋯おふたりは魔術団の事は知ってたんですか?」
「深い内情は知らないわ。立ち上げた話はもちろん、桜から聞いてはいたけど、あの子どうしてか魔術団から一家を離していたのよ。近づくなとね。だから、魔術団というものが。何をしていたのかは、よくわならないのよ」
「桜とは話や、やり取りができても、こっちもすべてを把握はできてなくてな。すまない」
「おーばぁちゃんと連絡、取っていたんですね」
「あぁ、桜の話もちゃんとしよう。きっと蕗狛は桜の昔の話や、どうして町にいたのかを知らないだろ?」
二人の言う「サクラ」さんは、蕗狛にとってはおーばぁちゃんと呼んで、大好きな人。
お互いの知ってる「サクラ」という人物は、お互いが知らない部分も多くある。
それは関わっていた時間や、立場が違えば当たり前。ただ、双方「サクラ」を大切に思っているのには変わりはなかった。
「はい、お願いします。
⋯おーばぁちゃん⋯魔術団のこと、どう思ってたんだろ⋯」
「悩んでも仕方ないさ、桜の考えは桜にしかわからない。まずは状況の整理、しないか?まだ途中だ」
「はい、すいません」
「じゃあ、まずはその桜についてだね」
榎は珈琲を一口飲み、少し深いため息をついた。




