秋の空
好奇心は旺盛な方だと思う。
小さい頃、立ち入り禁止の建物に入って一人で探検して回ってたら、おーばぁちゃんにこっぴどく怒られたし、川を泳いで渡ろうと、半分まで渡った所で怖くなって、ダメだって言われてた魔術を使って川を凍らせて渡り切ったら、おーばぁちゃんにこっぴどく怒られたりした。
(あれ⋯怒られてしかいない·····)
好奇心でやった事でいい思い出は無い。
だから今、好奇心に蓋をしてこうして逃げるに徹しているわけだ。
「待って!待ってよ、お兄さん!」
十五センチ程の小さな体の持ち主が蕗狛を物凄いスピードで追いかけてくる。
聞こえないふりをしながら蕗狛も負けじと走っては逃げていく。
だって⋯
(怖いんだけど!何あのちっさいフワフワした奴!
しかもさ、さっきからずぅっとついてくる!俺が右に行けば右に来るし!それも飛んでるんだよ?蝶の様にパタパタ羽根まで付けてさあ!可愛いなぁおい!もふもふしてぇー)
なんて思いながら、秋の地をひたすらグルグルと走り回っていた。
(あれ⋯さっきもあの木見た気がする⋯)
ってか、木なんてどれも同じじゃない?目印つける余裕なんて無かった。いや、忘れていた⋯
季と離れて、森の中心を目指して歩いていたら、突然目の前に精霊が現れて、今まで追いかけてくる。
蕗狛が少しでも足を止めて、ため息を着いていると、後ろの方から聞いたこともないような、どデカい声で
「こんにちは!」
なんて掛けてくるもんだから、ビックリして逃げてきて、今ここ。
「はぁー。もう無理、出れないじゃんここ」
ずっと着いてくる小さい奴を撒くことは出来ないし、出口は分からない。
あれから一体、何時間走り回ったのかわからない。いや、知る術もない。が正しいか。息を切らした蕗狛は落ち葉の上に大の字になり転がった。
「もーむり!疲れたあ!」
「ねぇ、だから待ってって言ったのよ」
蕗狛の耳元で声がする。
「だあ!もう!もふもふしてい?」
両手を精霊へと伸ばす。
精霊は向けられた手を思いっきり跳ね除け、力いっぱい蕗狛の指を掴んでいた。
「あのねぇー失礼じゃない?精霊に向かってもふもふってのはないんじゃないの?」
掴んでいた蕗狛の指を離して、小さなソレは細っこい腕を胸の前でグッと組み、得意げな顔を見せて蕗狛の顔の前に飛び出す。
蕗狛は目を真ん丸くして、
「だってちっさいんだよ?しかもさぁ、羽根が紅葉だっけ?葉っぱじゃん!超絶可愛いじゃん⋯」
などと呑気に、可愛がりたさを説明した。
「可愛いなんて⋯⋯あのねぇ!聞いてた?私は秋の精霊なの!小さいのは当たり前でしょう?」
「秋の精霊だから、羽根が落葉なんだ!すげー!」
秋の精霊とやらが、くぃっと人差し指を木の上へと向ける。
精霊の指さす先には、先程の茶色い髪の女性が枝にちょこんと座っているのが見えた。
「ずっとつけられてる。話したいことが山のようにあるのよ。まずはあの精霊を倒して、ゆっくりお話しましょ?」
「あー、俺は君を信じた方が良さそう⋯だね。アイツにはさっき嫌な思いさせられたんだ」
「あら、話が早くて良かったわ」
「お話する時は珈琲でも飲めると嬉しいな」
「ふふ。考えておくわね」
こちらをじぃっと見ている、スミをいつまでも放っておくわけにもいかない。蕗狛が渋々声をかける。
「いつまでも高みの見物なんてしてないで下りてきたらどうだ?」
「あら、気づいてくれたかしら」
「なぁ、精霊さん、さっきアイツに攻撃を受けたんだ。スミとか言ってた⋯」
ぐっと腕まくりをして応戦体勢にはいる。
「まぁ。スミですか。これは少し面倒ですよ」
「面倒?」
蕗狛が精霊の方へ目をやると、精霊は
「―我、応戦⋯主の力、借ります―借・格好」
と右手で印をつくり唱えている。
それを受け精霊の体の周りに風が吹き荒れ、ぐるんと包み込んだ。風がはけるとそこには小さな精霊はなく、蕗狛と同じ様に一人の人間がいた。
「まぁ、こんなもんでしょう」
目をまん丸にして蕗狛が見つめる
「何よ?文句でもあるの?」
と言いたげな顔を覗かせた。
「あ、そうだ、あなた名前聞いてなかったわね」
「え?あ、俺は蕗狛です⋯」
「私は楸と呼んでください。では蕗狛いきますよ」
「⋯あぁ⋯」
準備万端なスミは既に応戦体勢に入っていた。
「主に力借りるまでも私たちと同じ造りなのね。
でも、力はこちらの方が上のようね。
―主様、力お借りします―粘土龍―」
スミが木の上から飛び降りつつ術を唱え、そのまま地面を撫でると、地面の土が粘土になり龍の形を作っていく。スミの頭の中での龍は、とてつもなく恐ろしい顔をしているらしく恐ろしい龍が現れた。
「うげぇ、綺麗な顔してなかなか怖いもの出すのな」
思わず漏れた。
「⋯粘土ねぇ」
楸は見上げた粘土龍をまじまじと見つめ、ふっと笑いだした。
「―我、力借ります水山君―」
術を唱えパチンと手を叩くと掌から水が
―ザザザッ!
と音を立てながら溢れかえった。
楸の膝が水で浸かるほどに溢れ出た水で、形作られるは山君。
そのまま山君が宙を走り回り粘土龍へと向かって駆けていく。
「粘土に水は相性が悪い!」
粘土龍に水山君がぶつかり、粘土がゆるゆると溶け始めていた。
そのままスミを叩きたい。
と、ヒサキは蕗狛の方を見ると、既に姿はなく蕗狛はスミの方へを駆け出していた。
右手の指輪に口付けをしながら術を唱える。
「―我、再び借りますは―樹霜―」
パキッと音を立てながらスミの近くの樹が凍り付く。
「―我、三度!―雹弾!―」
ぐっと凍りついた樹の間から雹の塊が、スミへと放たれる。
「さっきもみたわよ!こんなもの!―炎盾―」
放たれた雹の塊は、水蒸気をあげながら現れた炎の盾に溶かされてしまう。
「そうだね、見せたものしか使ってない、とっておきは取っておかなきゃ⋯さぁ!」
蕗狛は耳から指輪型のピアスを引きちぎり右手にはめ、ニヤっと笑いながら、囁くように術を唱える。
「――――球体―」
蕗狛の周りの空気が勢いよく
―ザザザッ―
と、音を立てながら、蕗狛の手のひらに集まり大きな球体がスミを飲み込んだ。
「なっ!なにこれ!」
「動かないでね」
「蕗狛、それ以上は待って!」
楸が蕗狛の術の発動を制止に駆け寄るが、一足遅く静止は間に合わない。
「――凍の息―」
蕗狛は先程よりも小さく、悪魔の囁きかのように術を唱え、スミを覆った球体に印をつくり、球体内にふぅっと息を吹き入れていた。
ひんやりとした空気が球体内に注ぎ込まれ、球体内の気温がぐんと下がっていった。
中にいるスミは息をする度に肺が凍りそうになっているのを感じていた。体は暖まることなく、球体内の温度も上がることなく下がり続けていた。
「さ⋯さむ⋯い・・・肺が⋯はいが凍って⋯し⋯ま・・・」
身を縮めその場に座り込んでしまう。
一息一息でぐっと体温が下がる。
「蕗狛、術を解いて!このままだとスミが、死んでしまう!」
「⋯楸もう無理だよ」
ぴっと指さした先には、球体内に凍ったスミがころんと転がっていた。
蕗狛は球体の術を解いて、地面へと転がったスミへと近づいた。
―パン!―
大きな音を立てて、スミであったその体は雪のように空へと舞いあがっていた。その中に小さなガラス玉が身を隠すように空を漂ってどこかへ飛んで行く。
蕗狛はそれを追いかけようとしたが、駆け寄った楸が大きく手を挙げ、蕗狛の頬を叩いていた。
「なんて事するのよ!いくら何だって殺していいわけないでしょう!」
「なんだよっ!逃げちまう!」
「⋯っ!スミの体が崩れたわ!もう戻らないじゃない!」
叩かれた頬が赤く腫れる。
魔術は使う人の心によっていいものにも、悪いものにもなりうる。もちろん、無闇に人を殺める使い方はよくない⋯
「・・・っ!精霊だろ?死にはしないだろ!」
「精霊であっても殺してはならないと、桜に習わなかった?」
「だから、死んで⋯⋯楸⋯桜って⋯おーばあちゃんのこと知ってんのか?」
「あたし達のこと聞いてなかったの?」
お互いが少し距離を置いて、頭を冷やす。
「・・・蕗狛。あなた今まで戦うこととかって、ないわよね?」
「ない。おーばぁちゃんと訓練はした」
「⋯そう」
戦闘を詰めば経験値も上がる。
しかし、蕗狛の周りに魔術が使える人間は桜を除いては居なかったはず。
なのに戦い慣れている、周りをみて何が必要な情報かを逃さず捕まえている。
「天性の才⋯かしら」
楸が声にならないほど小さく呟くが、蕗狛の耳には届いていない。
「蕗狛、場所を替えたいの。いいかしら?」
「あ、うん」
蕗狛は楸の指さす木の根に目をやる。
「ねぇ、こっちだよ」
と、小さな声がした。木の根元からみたいだった。
楸を見ると、
「うん」
と頷いていた。
「主様、お力お借りします―我、風なりて―」
蕗狛が術を唱えると辺り一帯風が吹き荒れる。
ザザザザザザァァァ!
風が収まり落ち葉がバラバラと地に落ちる頃、そこに蕗狛と楸の姿は無くなっていた。
「隠れられちゃった。まぁ、また後でね。蕗狛君、楸ちゃん」
ギシっと革張りの椅子に深く腰をかける。
彼の周りをフワフワと飛ぶシャボン玉を「おいで」と掌に呼び、そのまま口の中に放り込みゴクンと飲み込む。
「ふーん。おかえりスミ。もう少しちゃんと戦って欲しかったけど、まぁいいさ。
さて。百年ぶりかなぁ?ちゃんとした魔術を使える人間と会えるのは。楽しみだなぁ」
薄暗い部屋の中、森を映した球体から青白い光に照らされ口元がゆるりと緩む。




