約束の始まり
大好きだった曾祖母が死んだ、ひとつの約束を残して。
約束を守るため、親友の季と旅に出る蕗狛。
直ぐに守れない約束の向こうへと足を踏み入れることとなる。
良く晴れた日、百二十歳の曾祖母が大切な約束を守れないまま亡くなった。
口癖は「青空と太陽をまた見たかった」だった。
町中に知り合いが居た曾祖母の葬儀にはたくさんの人が来た。どれだけの人に挨拶したかわからない。
五百人ばかりの小さな町だが、人は暖かい。
煙になって空に昇る。ただ、空は青空ではない。
灰色の空。故人が昇る空が灰色とは神様もなんともケチ臭いこと。
俺の知る限りこの空は青空を見せたことは無い。なんなら、太陽すら見たこともない。
晴れたと言ってもいつもより明るい。その程度。
「おーばぁちゃん、ゆっくりしてね」
灰色の空を見上げ大好きだった曾祖母を偲んだ。
「おーい、蕗狛、蕗狛くん?」
肩をポンポンと叩いてくるのは、隣の家に住む根暗で親友であり、かなりの変わり者、小心者である。悪口しかないが、三歳の時からの付き合いだ、嫌な所もいい所も十分お互い知っているつもりだ。
「だあ!もう煩いなぁ!季!」
「お、元気だ。おーばぁちゃん残念だったな」
眼鏡をクイッと上げながら少々うつむき加減の季が蕗狛を気遣う。
「お前は相変わらず暗いな⋯まぁ、残念とはいえ百二十歳、大往生だろうなー」
「うぅん、百二十歳って普通ないだろ?不思議がれよ」
「うん?」
「や⋯いいや」
二人でよくおーばぁちゃんの〝青空と太陽〟の話を聞いていた。季にとっても十分、曾祖母の役割を果たしていたのだ。
「空の上は晴れてんのかなぁー?青空とか広がってるのかなぁー?」
「それは、どうだろうな。蕗狛でもそんなこと思うんだな」
「季は俺を何も感じない奴だと思ってんの?」
「あ、悪ぃ。あ、そうだ⋯例の本な、一冊は読み解いたぞ?」
「あの本か、聞かせてくれ!」
ここは小さな町。
石畳の道が四方に伸び、町の真ん中に大きな噴水が佇んでいる。その周りに商店や家々が円を描く様に建ち並び奥には大きな森が広がっている。
そして空は灰色で、太陽は顔すら出さない。そうしてもう、百年。
作物も育たない、そのため近隣から仕入れる。近隣に寄りかかりっきり。肩身の狭い思いをしている。住人もだいぶ減って全盛期の十分のいち。
何故かこの町の上だけ灰色の空に太陽もない。
百年前に遡る。自然豊かなこの世界、自然の力での災害もあったが、四季折々、感性を擽られる一年を毎年送っていた。
だがある年の晴れた秋の日、町の集会所で開かれていた収穫祭の最中、一人の魔術師が叫び散らかした。
「自然なんてものはよぉ、魔術でどうにでもなるんだよ。なぁーにが自然は大事にぃ?だあ!馬鹿らしい」
収穫祭で大口を叩いたことに始まった。もちろん、周りの町民で必死に止めた。
しかし、酒を飲みすぎていたのだろう、一度口から出た言葉たちは仕舞うことは出来ない。災いの元。その通りであった。
会場の空気が凍りついたのを感じたのか、引っ込みがつかなくなった魔術師はさらに暴言を吐き散らかした。
「んだよぉ!オレはなぁ、ずーっっと思ってたぜ?大体よ、収穫祭って必要か?なぁ?作物を育てたのは人間様だぜ?今年の豊作はオレらが働いたからだろお?ん?あーまぁ、オレはなんにもしてねぇけどよ?あひゃひゃひゃ」
ひっくり返り笑い転げている魔術師を周りの町民も白い目で見ていた。
「そんなに、自然に感謝するのが嫌ですか?」
そう一人の長髪の女性が呟いた。
「あぁ?そうだよ、だいたいよ?収穫祭ったって自然様ありがとーとかってよお?神様なんていねぇーんだって。なぁーにが四季の神だ、馬鹿らしい。」
「なるほど。余程人間は偉くなったようですね。
いや⋯それよりも「魔術」なんてものを身につけてしまったあなた達魔術師が、思い上がった結果かしら?」
「魔術師だとなんだってんだ?」
「辞めてください、これ以上は⋯」
「あぁ?てめぇはなんだよ、俺はこの女と話してんだ黙ってろ」
止めに入った女性の静止を振り切り、先の女性の胸ぐらに手をかけた。
「魔術師だと、何か問題あんの?」
人を見た目で判断してはいけない。まして揉め事の最中相手がどんなことをしてくるかは、分からない。初めてあった相手では余計分かるはずもない。
胸ぐらに掛かった手をグッと掴み返す。血が止まったのか男の手首が赤くうっ血していた。
「手ぇ離せよ⋯」
「そうですね、問題はありませんよ?ただ、侮辱されたままと言うのはどうも気に入りません」
彼女の周りの空気がピリピリし始めたと思えば外では雷が鳴り響き豪雨が。
さらには風がゴゴゴ!っと音を立て吹き荒れ何本もの竜巻が地面を悠々と這い歩いていた。
「さっきまであんなに晴れていたのに」
町民たちも外の異変に気づき窓から外を眺めていた。
中には怖さで悲鳴をあげしゃがみこんでしまう町民も居る程で、ガタガタと風が会場を揺らし、大粒の雨が窓を叩く、会場はかなりしっかりした建物であるものの揺れさえ感じる。
「お前も魔術師じゃねぇか!」
「魔術師だなんて。ふふ。そうだ。魔術師さんさっき自然は魔術でどうとでもなるって仰ってましたよね?外の雨風どうにかして下さらない?」
先程の長髪の女性が魔術師へと、依頼した。
「あぁ?んだよ、自然様。だろ?待ってろ」
魔術師を名乗るその人は千鳥足で窓の外をみて、ふらふらと外へを向かった。
―暫くして魔術師の悲鳴が灰色の空に響いた。
「んで、四季の神様はそのまま青空と太陽を奪いました。ってのが、この本の内容だったよ」
季がパラッと捲った古びた本を蕗狛に手渡した。
「結局、魔術師は死んで、そこに出てくる長い髪の女性はなんだったの?魔術師?」
「長い髪の女性は人に姿を変えて収穫祭に来ていた「四季の神様」じゃないかと思うんだよね」
「四季の神様がねぇ。何しにだろ?」
「さぁ、そこまでは書いてないね」
「暇だったのかなぁ〜?」
「さぁね。四季の神様は、この町の南西にある大きな森に四季の精霊を閉じ込めたって書いてあったよ」
「四季の精霊を閉じ込めて「四季」を取り上げ、太陽と空も取り上げちゃったってことか⋯」
本をパラパラと捲りながら「うーん」と唸りながら何かを考え始める。
そもそも考えたところで分からないものはわからないし、本に載って無いのであれば、行って確認する他ないだろう。
「四季の神様もその森にいるのか?」
「森には居るみたいだね」
「誰も寄り付かない森か⋯そこに行って四季の神様に会えば青空と太陽返して貰えるかも知んねぇなあ!」
「⋯あ、うん⋯」
(やだなぁー俺は行きたくないなぁー、だってさぁ、転んだら痛いし、精霊とかって言葉通じるの?ってか、昼間って外出るのやなんだよなぁーねぇ、蕗狛くんやめなぁーい?)
なんて、心の中で呟いた季だったが、その隣では目をきらっきらにして、持ち物を指折り確認する蕗狛が居た。
(あ、終わった⋯これ絶対行くじゃん。だから本読み解くのやだったんだよなぁーおーばぁちゃんもどんな遺言だよ、ほんと勘弁してくれ⋯)
季は深いため息と共に、その気持ちは蕗狛の耳に入らない様に灰色の空へ吐き出した。
「なぁ、お前も行くだろ?季」
「(来たよほら)やぁ、ほら俺はさぁ昼間は寝てなきゃならないだろ?」
一応行きたくないとダメ元の悪足掻きはしておく。
「夜に活動してるからなお前。昼夜逆転生活者の見本だな、まぁいいや、明日の昼に葬儀の片付けは終わるからその後には出かけるぞ、荷物まとめておけよー!」
最後の方はもうほとんど聞こえないくらい。喋りながら蕗狛は葬儀会場へと駆け出していた。
「おーい。まぁいいやって俺はいいとは言ってない」
蕗狛の後ろ姿に声をかけたがもう小さい。いつも蕗狛のわがままで厄介事に巻き込まれる季には慣れた話。
この前だって、と言いたいところだが、言う本人が居ないのであれば、悪口になってしまう。
まだ話したいこともあったのに。
と、思ったが⋯
「もう一冊の本の話⋯は、明日でいいかぁー」
面倒くさいことは明日の自分に任せよう。そうに渋々自宅へ戻る。