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天晴  作者: くまばち
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宮高院 1年 秋

宮高院に意外なことに奇術の実技がない。奇術は多種多様なので基本的に師に教わるのがルールらしい。みんなが真剣を振るう剣術の実技の中で、俺は一人木刀を振るう。いろんな剣術の流儀や型を学ぶが、どれも実用的には感じなかった。相手に合わせて好きに刀を振るえばいい、その師匠の教えで育ってきた俺にはこの授業は合わないみたいだ。ただ、流石に寝るわけにもいかないので教わって、実践できることを先生に見せて、あとは昼飯や晩飯のこと考えてぼーっとするのがお決まりだった。剣術に関しては割となんでもこなせた、イズチたちからは天才ともてはやされたが多分覚えがいいだけだ。


「ふー、今日もいい汗かいたな。今日の剣術の先生はハードすぎだよな。イズチ、大浴場で風呂入ろうぜ!サファも行くか?


「俺はいいや。どうせ師匠との修行で大汗かくし。


「りょーかい。


その日の夕食はチーズフォンデュだった。ただチーズが伸びるだけで笑える、バカで幸せな毎日だ。




季節が冬に近づく、秋も終わりという頃俺はうなされていた。


-宮ヲ恐レヨ- *死*


またあの言葉が頭に浮かぶようになった。夜もまともに寝れず、授業も居眠りすることが増えた。いや前から居眠りしてるから増えようがないのだが。


変化は俺だけでなく青の国にも起こっていた。超大規模な百魔夜行がここ中心街から10日ほどの地で起こったのだ。被害は甚大で宮本院だけでなく国の兵士も多く駆り出された。それでも足りぬからか学生であるイズチにも招集がきた。


「お、俺も一緒に行きます。


俺の声は明らかに震えていた。百魔夜行は俺にとってはトラウマだ。それでも百魔夜行でまた友達を失うのだけは耐えられなかった。


「サファ、友を思う気持ちはわかるが宮の方からサファに招集は来ていない。


「なんでですか!Bランクの俺がいけば百魔夜行の被害も少しは抑えられるはずです。


「…アマツ様のご判断だ。サファに百魔夜行関連の依頼は受けさせないと。


師匠の判断。きっと正しい判断だ。俺は百魔夜行に向かったとしてまともに動けるかわからない。


「サファ、正直今回の一件は俺もかなり不安だ。宮や国のものだけでは収まりきらず今回駆り出されてるわけだしな。俺は俺にできることをやって必ず帰ってくる。サファに二度と友を失わせはしないさ。


イズチは、きっと俺の生い立ちを知っているのだ。おそらくサソリの魔族の時に師匠から聞いたのだろう。俺はただ震えて頷くことしかできなかった。


あれから2週間経った。小さな集落の者を被害のない街へ誘導する任務だ、そんなに時間がかかるものではないはず。ガルーでいけば片道3日もかからない、俺だけでなくオロもミドロも不安を隠せない表情だった。


「サファ、イズチたちの安否を確認する任務が発行された。メンバーはサファと2年の索敵に優れた2名が推薦されている。アマツ様にも話は通してある。行くか?


「行きます。


安否を確認する任務。おそらく死んでいるからそれを確認しろということだ。でも俺もオロもミドロも先生もきっと諦めていない。


「サファ、生存が確認できないか自分たちが危険だと判断したらすぐに帰還しろ。これは絶対だ。もし生存の可能性があれば死ぬ気で、死なないように探してこい!


「うす!


ガルーは狼種の一種とされているが魔族には分類されていない。人に有害でなければ魔族にはならない、そんな感じらしい。ガルーが狼種と違うところはその持久力にある。荷車を引くことはもちろん体に人を乗せて移動や戦闘もできる。ただガルーを育成することは難しく、現状宮以外で扱ってるのは一部の冒険者くらいだ。


そんなガルーに直接乗って俺と先輩2名は移動した。ガルーに直接乗るのは初めてだったが、扱いは非常に簡単で、かなり快適だった。食事や睡眠以外の時間を移動に充てることで俺たちは2日間で目的地についた。小さな集落は跡形もなく荒地と化していた。


「人の気配はないですね。


「魔族の気配もないね。先陣が移動しようとしていた被害のないとされる街へ移動する?


「そうですね、移動してみましょう。


ここらの地形は頭に入れている。森を抜けて川を越えれば街へつく。


ガルーで移動していて森が大きく燃えていたことがわかった。それは街へ行くルートを遮るように広がっていた。北か南か、どちらかに迂回してから街を目指した可能性が高い。


「先輩、北か南、どっちに魔族が多いかわかりますか?


「索敵できる範囲にはいないな。木を登って確認しよう。


北側に蟻の行列のような、いやもっと悍ましい魔族の大群がいるのが見えた。一方で南は地形が大きく崩壊していた。地面が隆起しているというか、何か強い力で抉られたような感じ。強力な魔族が戦闘した可能性が高い。


「北へ行きましょう。もしかしたらいるかもしれない。


「あの魔族の大群に突っ込むなんて正気か?


「サファ君が強いのは噂で知ってるけどあの暴力的な数相手には無理ですよ。


-宮ヲ恐レヨ- *死*


-宮ヲ恐レヨ- *死*


-宮ヲ恐レヨ- *死*


「サファ君?大丈夫かい、顔が真っ青だよ。


震えが止まらない。あの呪いの言葉が頭に流れる。それと同時にあの音が、エメラルドが喰われた時の音が永遠と鳴り止まない。


「すみません、俺今冷静さを欠いてるみたいで、正しい判断ができる気がしません。撤退するにしても、救助に、いや安否を確認するにしても急いだほうがいいのはわかっているんですが1晩だけ休む時間をください。お願いします。


「わかった、友を助けたい気持ちは私たちも一緒だ。1度冷静になろう。


俺は寝てるのか起きてるのかもわからない状態であの瞬間を繰り返していた。


バキャ


日常 笑顔 大切な存在 終わるのなんて一瞬だ


バキャ


日常 笑顔 大切な存在 終わるのなんて一瞬だ


いつ何時も油断するな。魔族の前でも、人の前でも死ぬ時は一瞬だぞ。


欲深くていい!サファに似合うのはしみったれた表情じゃなくて満面の笑みだからよ!だから笑っとけ、苦しくても笑っとけ、そしたらきっと幸せがついてくるからよ。


師匠、おっちゃん、俺ここで死ぬかもしれない。でも幸せだ。みんなに出会えて幸せだ。日常 笑顔 大切な存在、失ったものをこの7年間でまた築き上げた。でも今は非力なこどもじゃない、大切なものを守れるように強くなったんだ。行こう、大切なものを守るためなら鬼にでも魔族にでもなろう。俺の命を込めて。


意外にも2人は北へ向かう判断を否定しなかった。


先輩の魔族の位置がわかる奇術で戦闘をさけて歩いて進んだ。夕暮れ時に近づいた頃、もう一人の先輩が小さく声を上げた。


「先の洞窟に大人数の反応あり!先陣と救難を出していた集落の人の可能性あり。


洞窟の前には有象無象、大小の魔族がいた。先輩たちは索敵要員だ、戦闘はできない。


行こう、覚悟は決まってる。


俺は1つ呼吸をした。両の手の指先を合わせた。全ての命を指先に込めて、満面の不細工な笑みで発するは


[活晴]


目の前にいた中小15体ほどの魔族を一瞬で屠った。森を抜けて岩が剥き出しの山の前にきた。そこには確かに直立する壁で洞窟を守っているイズチの姿があった。


森から出てきた俺は魔族の目についたらしい。大勢の魔族が一斉に襲ってきた。


思うがままに、不細工で結構、愛想笑いで結構、全部、全部ぶっ飛ばす!


100はいただろうか、その全てを的確に頭を潰した。心臓を探るより早くて楽だ。それでも魔族はまだ湧いてくる。俺は腹の底から叫んだ。


[失せろ]


その瞬間中小の魔族はまるで波が引くように逃げていった。残ったのは大型の魔族3匹だ。その時だった、紫の炎が視界によぎった気がした。そうか、お前もやるんだな。


[百魔喰]


それは刹那の一撃、大型の魔族が反応するより前に俺の木刀が脳天を貫いた。それと同時に鬼火の魔族の牙が一体の魔族の心臓を貫いた。鬼火の魔族は仕留めた獲物を加えて闇へと消えた。


残った大型の魔族はかなり大きく、大きな捻れた角を頭に2つ持っていた。その双角の魔族は勢いよくこちらに突進してきた。俺は正面から受けたがあまりの勢いにぶっ飛ばされてしまった。


もう一度突進がくる。


[百魔喰]


双角の魔族の左側の角が折れた。その直後残った右側の角が俺の心臓目掛けて突き刺さった。


体の全部の奇力を心臓を集め、硬度を高めた。結果、胸の筋肉は抉れたが、心臓は無事だ。一か八かやってみるもんだな。重力奇術の冒険者と戦っといてよかった。


角が折れた双角の魔族は項垂れている。


バキャ


今俺の頭の中にあるイメージは鬼火の魔族の一撃ではない。


バキャ


俺の親友を襲った名もなき魔族の一撃。


俺はジリジリと双角の魔族に近づいた。エメラルドの死がなければ俺はここには辿り着けなかったよ。友を守る機会をくれてありがとう。友を守れる強さをくれてありがとう。一緒に楽しく過ごしてくれてありがとう。


[百魔暴食]


バキャ


まるで世界が切れたかのように、双角の魔族の体が斜めに2つに切れた。


駆け寄ってきたイズチのことを俺は満面の不細工な笑顔で迎えた。




俺が目を覚ました時には被害のない街にいた。俺が百魔夜行に突っ込んだことで魔族たちの移動の流れが変わり、イズチたち一行は被害のない街に移動できるようになったらしい。俺はというと意識を失ってる間はガルーの荷車で移動したらしい。避難していた集落のものに創作奇術を持ってるものがいて荷車を一瞬で作ってくれたらしい。


「サファ、目を覚ましてくれて本当によかった。あの戦闘のあと体が冷たくて脈も弱かったから。


「あん時は活晴で、しかもいつもの2倍の速さで血液循環してたからな、反動でそうなっちゃうんだ。死にはしないから大丈夫なんだけど、実行するの初めてだったから実は少し不安だった。


「で、イズチ、集落の人と宮高院のみんなは無事にここに辿り着けたの?


「負傷者や重症者もいたがサファがきてくれたおかげで死人は出ずに済んだよ。本当にありがとう。


「そんなにかしこまんよ。俺はイズチが死んでほしくなかっただけだから。実を言うと百魔夜行めちゃくちゃ怖かったし、それ以外も不安も大きかったけどね。


「サファの子供の頃の百魔夜行の話は聞いていたからここにくるのは難しいとわかってた。でもなぜだかサファが助けに来てくれる気がしたんだ。だからほんの少しの可能性に賭けて洞窟に引きこもってたんだ。2週間奇術を展開し続けるなんて今考えても馬鹿げてるけど、なぜかできる自信があったなだ。


友達が、イズチがここにいる。幸せになりたければ笑うんだ。でも、今は、今は泣いてもいいよな。これは幸せを実感している涙だ。


俺たちは泣いた。周りの目なんて気にせず泣いた。ただ、泣いて泣きつかれたら寝て、朝起きたら腫れた目を見て二人で笑った。生きている、俺たちは今間違いなくこの世界で生きているんだ。




俺たちが宮高院に帰ってから2週間ほどで百魔夜行の収束が伝えられた。いまだに原因はわからないが百魔夜行は必ず収束する。ただ被害にあった人や街は元には戻らない。そのことを思うと胸が痛くなる。


イズチはしばらく入院することになった。奇術を発動し続けた負担は想像以上に重いらしい。後遺症が残らないといいんだけど。


俺はと言うと、双角の魔族に抉られた胸の傷はとうに治っていた。


「師匠、俺傷治るの人より早い気がするんですけど。


「そうか?骨折や傷の1つや2つすぐに治るぞ。ただ、強いて言うなら愛弟子は奇力が他人と比べものにならないほど多いからな。それが傷が早く治る原因かもしれんな。


「はぇー、俺って奇力多い方なんですね。奇術使えないから宝の持ち腐れ感もありますけど、傷が早く治ったり活晴が強力になるんならいいっすね。


「愛弟子よ、今回の一件で奇術が発現したりはしなかったか?


「うーん、興奮しすぎてあんまよく覚えてないんですけど奇術は使ってないと思います。


「そうか、とはいえ今回の一件で完全に青宮の本院に目を付けられたな。今回まだ経験不足ということでAランクに落ち着いたがSランクにしようという議論もあったらしい。Sランクは宮本院と同等の戦力とみなされるからな、宮はなんとしても欲しがるだろう。


「俺そんなに強いですかね?Sランクってほどに強くはなくないですか?


「愛弟子が今回倒した双角の魔族は確実にSランクだ。その前に100を超える魔族を一瞬で屠ったことも考えればSランクは妥当だろうな。活晴があるとはいえ奇術なしでSランクは前例がないな。


「そういえば、宮高院で俺のことを鬼神って呼ぶ人が増えて困ってるんですよ。めちゃくちゃ恥ずかしいんでどうにかならないですかね?


「恥ずかしいか、愛弟子らしいな。確かに俺も鬼神と呼ばれ始めた時はこそばゆかったな。


「そういえばなんで師匠は鬼神って呼ばれてるんですか?


「俺も昔似たようなことをしてな。百魔夜行に襲われている街を奇術を使わずに刀のみで屠ったのものよ。その姿を見て誰かが鬼神と呼びだして、今でも青の国の中央都市では英雄のような扱いを受けているな。その何恥じぬように鍛錬は怠らぬようにしている。


「はぇー、それで街のみんな師匠のこと知ってたんですね。みんな口を揃えてアマツ様っていうもんだから高貴な出身の方なんだと勝手に思ってました。


「高貴とは程遠いな。俺は普通の街生まれで幼い頃俺の師匠に目をつけられてな、それからというもの半強制的に修行が行われたものよ。今考えるとこんなにありがたいことはないんだが、当時は修行がきつすぎて毎日泣いたものよ。


「師匠が泣くなんて、師匠にも人の心があったんですね…!


胸を殴られた、完全に怪我したとこを狙ってる。これは怒ってる、やっぱり師匠にも感情があるんだ。


「師匠の師匠ってどんな人だったんですか?活晴を生み出すってとんでもなくすごい人ですよね?


「その話はおいおいするとしよう。傷も完治しることだし修行を再開するか!


「うす!

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