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災厄だよ、ピクトさん。  作者: 枝久
最終章 決戦。

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約束。

 なんで俺は生まれてきたんだろう?

窒息してしまいそうなほど生きづらいこの世界に……。


 親に疎まれ、人と同じことが上手く出来ずに(もが)き、他者から逃げるように距離を置いて生きながら、答えのないこの問い掛けを今世で幾度繰り返したか……とてもじゃないが数えきれない。



『おかえり』


 だけど、目の前にいる美風の口から放たれたその言葉で、ようやく……この現実が俺を迎え入れてくれたような気がした。



 ぽたぽたぽたっ……


「えっ、轢斗⁉︎ どうしたの? どこか痛いの?」

「違うんだ、美風……」

 

 勝手に両目から涙が次々と溢れてくる。

涙腺は壊れた蛇口のよう、流れは止まらずに押さえた両手を濡らしていく。


 これは俺の感情からじゃない……記憶を取り戻した魂が流させているのか?

自分の身体なのに、よくわからないや。


 ただ……わかるのは……。



「美風……生きててくれてありがとう……お、俺とまた出会ってくれて……ありがとう」


 俺の前でしゃがみ、心配そうに下から覗き込んできた彼女に、心からそう告げる。

すると、俺の涙が伝染したのか、美風もポロポロと急に泣き出した。


「轢斗……」

「美風っ⁉︎」


 咄嗟に手を伸ばす……が、その手を彼女の頬寸前でピタッと止める。

……まだ、触れられない……こんなにも触れたいのに……その涙を止めたいのに……。


「こんなに触れたいのに……」

「え?」


 ゆっくり彼女から差し出された手も、俺の頬ギリギリの位置ですっと止まった。


 美風も……俺と同じことを思ってくれているのか?


 半径30cm以内な至近距離で、互いにじっと見つめ合う。

美風の顔が……こんなにも近くに……。



 ぽんっ!


「おいおいおい。俺を差し置いて、勝手にエンディング感を出すなよ」

「きゃあっ!」

「うおっ! モブ天使⁉︎」


 ぎゅうっ!


 俺ら二人の世界に割り入るように、美風の額と俺の鼻を足場に突っ張りながら、突如、ペラペラ状態から復活したモブ天使が目の前に舞い降りた……というか、ん? 邪魔された⁉︎

ラブコメ的なフラグを積極的に叩き折りにくるタイプ?


 とりあえず、鼻先のコイツをひょいっと摘んで俺の左肩に乗せる。

よく見ると、足元にさっき一斉に消えたピクトさん達がまたひょっこり出現していた。


「それより轢斗! お前の中の悪魔はどうした?」

「あっ! 忘れてた!」


 モブ天使の言葉で大事な『約束』を思い出し、車椅子のハンドルに引っ掛けていたカバンを乱暴に掴み取って、中身をガサゴソと漁る。

そして中から、イベント会場を通り抜ける時にもらったポケットティッシュを取り出す。

それをくるっと返すと、小さなオマケ……非売品の缶バッジが裏面にくっついていた。

もちろん印刷されているイラストは、青色で描かれたピクトさん。

原画は屋嘉先輩だろう、素晴らしい!


「おい、急にどうした?」

「……」


 モブ天使の質問に返事を返さず、ビニール袋を開封。

中身を取り出し、その缶バッジの針を親指にぶすっと突き刺した!


「いてっ」

「轢斗! 血がっ!」

「お、お前! 一体なにを⁉︎」

「……ナナシとさぁ……約束したんだよ」

「ナナシ?」


 言いながら、俺は缶バッジピクトさんに血の滲んだ親指をぐいっと押し付けた。

まるで、血判を押すかのように……。


 ピカーーッ!


 眩い光が缶バッジから放たれる。

それと同時に、胸に下げていたネックレスが前触れなしに割れた。


 パキッ!


 え? ガラス玉だったのかな?

いや、あの叔父貴のことだ、お高い宝石でも埋め込んだ品物だと思う。

……金額を考えるのは、恐ろしいから止めておこう、うん。


 閃光が徐々に収束してきたところで、俺は指を鳴らした。


 ぱちんっ!


 俺の合図に呼応するかのように、青い躯体のミニミニピクトさんが缶バッジから抜け出る。

くるんと一回転して、俺の座るベンチに着地……そして、そのまま流れるように土下座した。


「きゃぁぁぁぁぁっ! 小さい! 可愛い!」

「元・天使のコイツは美風をつけ狙い、悪いことをしていた……でも、良いこともしていた。だから償いとして、ナナシにはピクトさんとして奉仕活動をしてもらう。で、俺が死ぬ時は一緒に空へと上がる……そういう約束をしたんだ」


 俺らの会話を聞いていた梶が、不安そうに口を挟んできた。


「なぁ、それって『悪魔との取引』じゃん。轢の魂は?」

「俺のが優位なこの状況で、魂は奪えないんだってさ」

「えぇ〜〜? それにしても、なんか罰がぬるくない?」


 不満そうに花音は言いながら口を(すぼ)めた。


「その代わり、俺も一つ頼み事をしたんだ。win-winだよ」

「はぁ……全くもう。悪魔を取り込んだ時はどうなることかと思ったわ。自己犠牲もほどほどにしなさいよ、はかりん」

「心配させんなよ」

「本当ごめんな……ありがとう」


 小言を溢す花音と梶に謝罪と感謝を告げる。

そして、左肩に乗っているモブ天使に向けて声を掛けた。


「と、いうわけだ」

「ふんっ……ピクトとして人間に封じられてしまったら、我ら天使には手が出せないな。上にはそう報告しておく」

「一番いい着地点だと思うんだけど? お前にとっても、ナナシにとっても……なぁ?」

「轢斗、お前……そうか」


 モブ天使の意図に俺が気づいたことを悟ったようだ。

だからといって、コイツは余計なことを言わない。


 肩の上からぴょんとベンチに飛び降りると、ミニミニピクトさんの側へとトコトコと近寄っていく。

ナナシは一瞬ビクッと身体を震わせたが、緑の身体のモブ天使が、ヤツをぎゅっと抱きしめた。


「しっかり……働くんだぞ」

「!」


 先輩であるモブ天使の言葉に、コクコクとナナシが頷いた。


 本当は、堕天してしまった元同僚のことをなんとかして救いたかったんだろう。

天使には戻れず、滅びるしかない悪魔という存在に堕ちたナナシを助ける手段……その鍵が俺だった。

理屈はわからないが、ピクトさんとしての(みそぎ)を終えれば、輪廻転生の輪に入れるらしいからな。


「なんかよくわかんないけど……仲直り?」

「いや、美風。そういうんじゃないっぽいんだけど……まぁいいか」


 カチッ!


 ピクトさん不在の缶バッジを俺のカバンに付けながら、彼女に答える。

『美風のカバンに付けて欲しい』とナナシに言われたが、プライベートを覗き見されそうな気がしたから即却下しておいた。


 天使達の邂逅(かいこう)を横目に、俺はまた立ち上がって、今度は梶に声を掛ける。


「そうそう、ちょっと試したいことがあって……梶、ちょいちょい」

「?」


 手招きで近づいてきてくれた友人に、俺は思いきり抱きつく。


 ガバッ!


「なっ⁉︎」

「ちょっとぉーー! アミちゃん、許さないっ!」

「え? 俺が悪いの? ってか……え? あれ?」


 救いを求めるように青ざめた顔でキョロキョロと周囲を見回していた梶が、不思議そうに声を漏らした。

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