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災厄だよ、ピクトさん。  作者: 枝久
第二章 誘拐。
8/71

お散歩デート。

 身支度を整えてから、三人揃ってエレベーターに乗り込み、一階の喫茶店内へと入る。

鉛のように重い俺の足取りと対照的に、軽やかなベルが頭上で鳴り響いた。


 カランコロン……


「……」


 ちらっと澤奈井さんの顔を見ると、キラキラとした瞳で扉上にある緑色の誘導灯を見上げている。

ワクワクしている彼女の感情が、察しの鈍い俺にもだだ漏れだ。


『化け物っ!』


 どきんっ!


 ふいに脳内で、さっき聞こえた言葉がリフレインし、跳ねるように心臓が強く拍動した。


 どきどきどきどきどきどき……


 鼓動が異常に速い。


 怖い、怖い、怖い、怖い……!

もし、あの時みたいになったら……。


 ぽんっ!


 不安で青ざめる俺の両肩を大きな手が包む。


「轢斗……大丈夫だよ」

「お、叔父貴……」


 ………………


 俺は小さく頷き、そっと右指を構えて鳴らした。


 ぱちん!


 指先の音を合図に、緑の空間から彼が飛び出る!


 くるん、すたっ!


 非常口くんは俺達の目の前の地面に華麗な着地を決めた。


 ………………


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ! 素敵すぎるぅぅぅぅぅぅ‼︎」


 両頬に手を当て、美少女が歓喜の雄叫びを上げる!


 ………………


「へ?」


 彼女の反応に拍子抜けした俺の口から間抜けな声が漏れた。


 え? 純粋に喜んでるのか?

はしゃいでる姿……マジで可愛いな。

非常口くんも照れてるのかな? もじもじした動き。


 俺と叔父貴……ある意味の身内以外で『受け入れてくれる存在』がいるというのは……やっぱ嬉しいよね、非常口くん。


 カウンターのテーブル上では、澤奈井さんが小柄な彼をそっとツンツンして(たわむ)れている。


 出会ったあの日の妖怪らしさはどこにも無く、まるで舞い降りた妖精の無邪気な可憐さ。

思わず目が離せずに、じっと二人のやり取りを見つめ続けてしまった。


「轢斗」

「うわっ!」


 急に叔父貴から声を掛けられ、思わず大きな声が出た。


「な、何?」

「彼女に、お前の一番の味方でいてもらうには……?」


 ふいに俺に問いかけてきた。

……さっきの話の復習かな?


「えっと確か……信じること……と、嘘をつかないこと……?」


 部屋で言われた言葉をそっくりそのまま繰り返す。


「そう、友達は大事にしろよ」

「と、友達……」


 小学生の時は、仲の良い奴が一人だけいた。

でも、あの一件以来、俺には友達と呼べるのはピクトさんだけになったんだったな。


「あ、……あの……澤奈井さん……」


 意を決して、彼女に声を掛ける。


「ん? どうしたの、轢斗くん」


 振り向いたお顔が、あまりに眩しくて俺は二歩下がる……が、踏み止まる。


「お、俺と……と、友達に、なってくれませんか?」


 い、言ったぞ! 俺!


 しーーん……


 あ、あれ? 反応が……? 

急に不安になり、ぶわぁっと嫌な汗が出る‼︎


「何言ってるの? もう、とっくにお友達でしょ?」


 ころころと彼女は軽やかに笑った。


「え⁉︎」

「あらためてよろしくね、轢斗くん」


 そんな俺らの様子を眺めて、叔父貴もいつも以上に嬉しそうだった。





 彼女に手を引かれ、俺達二人と(いち)ピクトで約束通り、出掛けることになった。


 ピクトさんと動物以外で、誰かと手を繋ぐなんて……一体いつぶりだろう? 

しかも……。


 繋いだ手から視線をずらすと、少しだけ前を歩く彼女の長い髪が視界で揺れる。

ただそこに居るだけで光が差す……オーラってこういうことだろうか?


 急になんだか澤奈井さんのことを『あぁ、女の子なんだ』と意識してしまい、体温が急上昇。


 手に汗かいてないかな? 

気持ち悪いって思われていないかな?


 ……ドキドキする。


 非常口くんは俺の上着のポケットから、何やら楽しそうに俺を眺めている……ねぇ、なんかそういうところ、叔父貴に似てきてない? 


「あ、あ、あの……どこ、向かってるの?」


 まだまだ、人との会話には慣れない……緊張して、つい辿(たど)々しくなる。


「ふふっ、どこでもいいんだよ。轢斗くんと一緒なら……ただのお散歩デートだって最高に楽しいよ!」


 心から楽しそうにそう言って笑う彼女。


 本当に不思議だ。

「俺なんかといて……楽しい……?」


 すると俺の眉間に皺が寄るのを見逃さず、非常口くんが顔面に飛び掛かり、眉間の皺をみゅーーっと伸ばそうとしてきた!


「うおっ! び、びっくりした‼︎」


 ……あ、こういうのも『疑う』って……『相手を信じてない』ってことになるのかな?


 うーん……相手を信じる為には、まず自分を信じられないといけないのか……これは修行が必要だ。

彼女と手を繋いだ、それだけで、また一つ新しいことを知れたんだな。


 その時、ふっと視界に明るい黄色が飛び込み、思わず視線をそのブロック塀に移す……はっ、しまった!


「あ……!」


 ぴきーーん。。。。


「轢斗くん⁉︎」


 迂闊(うかつ)! 

塀に貼られた『こども110番の家』のステッカーでアプデ‼︎


 黄色い背景に、大人ピクトさんと子供ピクトちゃんが向かい合い、両手を繋ぐポージング!

俺は澤奈井さんと両手を取り合い、見つめ合ってしまった……30秒って長っ‼︎


 ………………


「さ、澤奈井さん、ほ、ほ、本当、ごめんなさいっ‼︎」


 フリーズ解除直後、彼女に向けて腰を直角に曲げ、がばっと頭を下げた。


「……轢斗くん」


 そっと俺の顔を下から覗き込みながら彼女は言った。


「美風……って呼んでくれたら、許します」


 そう悪戯(いたずら)っぽい声で可愛く笑った。





「ありがとうございましたーー!」


 店員さんの明るい声を背に、店を出た。


 カフェでサンドイッチとコーヒーをテイクアウトして、俺らはまた歩き出す。


 美風から、そっと俺の手を繋いでくる。

……友達って、こんなに距離が近かったっけ?

三年も社会から離れていたから、全然知らなかったよ。


「ここで食べよっか?」


 歩き進んで行くと、急に前方の視界が開けた。


 そこには広い湖……と自治体が呼ばせようとしている巨大な調整池。

周りに沿って、遊歩道やベンチ、テラスが設置されている。

のんびり犬の散歩をする人や駅に向かって急ぐ人、旅行から帰ったのか大きい荷物を引く人等……春休みの平日、思ったよりも人が行き過ぎる。


 自然は好きだ。

風が抜けて、気持ちいい。

目の前の水面には鴨が数羽、こちらも気持ちよさそうにスイスイと泳いでいる。


 石段を下りた先のベンチに座り、紙袋を開け、サンドイッチを取り出す。


「非常口くん、はい、どうぞ」


 カフェ店内では食べさせてあげられないからな。

大騒ぎになっちゃう。


「‼︎」


 緑の彼はぴょーーんとポケットから飛び出し、ペコリとお辞儀。

物凄い勢いでガツガツ食べ始める……いつ見ても不思議だ。

食べ物、何処に消えるの? 四次元?


「ふふっ。いい食べっぷりですね。私の分もどうぞ」


 愛おしそうに非常口くんの食事を眺める美風。


 マシュマロちゃんを助けたあの日、非常口くんのこと、必死に誤魔化して……嘘つこうとしたから、美風はかえってムキになって暴きにきたのかもしれない……と、良い方向に考えよう。


 ……あの時はマジ怖かったからな……妖怪。


 色々な意味で……まだ人のことが怖い。

だけど……彼女を……非常口くんという俺の友達を受け入れてくれた彼女を信じたい……仲良くなりたい……って、今、ほんの、ほんのちょっとだけそう思う。


 非常口くんと美風に視線を戻す。


 のんびりとした日常……何だか……心が柔らかいや。




「だ、誰かーー‼︎」


 その時、女性の悲痛な声が響いた!

 

 咄嗟(とっさ)に、俺は非常口くんをポケットに仕舞う!


 ばっと振り返ると、20代後半から30代くらい、痩せ型の女性がオロオロと何かを必死で探す様子。


「だ、誰かーー! うちの子見てませんかーー‼︎」


 切羽詰まった雰囲気、緊急事態か⁉︎


「あの、どうされました?」


 隣にいた美風が瞬時に女性に声を掛ける。


「子供が‼︎ お、お金払ってる間に、いなくなっちゃって……ど、どうしよう……あ、あの子がいないと、わ、私……」


 一気に泣き出す女性。

この辺りはキッチンカーの店舗もちらほら、一瞬、目を離した隙にお子さんが居なくなったのか?


 まずいな、水辺は危険だ。

柵はあっても、もし小さな子だったら隙間から、あっという間に転落しちまう……。


「名前、特徴とか……あ、写真あります?」


 美風が冷静に対応する……あぁ、なんで、こんなにかっこいいんだ? 


 俺は……見ず知らずの人を前に、声が……出ない。


「名前はシュン。五歳の男の子。緑の上着、下はジーンズ。写真は……これです」


 スマホ画面には可愛い男の子……無事でいて欲しい。


「私達のいた方向には来ていないですね」


 美風が首を横に振ると、こちらとは反対、遊歩道より東側のショッピングモールと交通量の多い道路の方を女性は見遣る。


 ……ん?


「し、し、し、身長は?」


 やっと、絞り出したように声が口から出てきた。


「えっと、今サイズ110の服を着せてるから……」

「……だ、誰かに狙われていますか?」


 ぎょっとする女性、心当たりがあるのだろう。


「ど、どうして?」

「……お、お子さんが自分の意思でいなくなったのではなく、誰かに連れ去られたと考えてる、ように見えたから……」


 キッチンカーの向こうはモールの店舗。

探すならあっちの方が目撃者が多い。

でも、彼女はこちらに来た。


「み、み、美風。……大きなカバンを背負うか、スーツケースを引いた人……通ったよね?」

「あっ! と、通った‼︎ 男の人、スーツケース‼︎」


 ぱっと思い出した美風が振り返るが、男の姿は何処にも見当たらない。


「い、今、離婚協議中で……たぶん……夫です」


 女性がカタカタと口を震わせる。


「警察とインフォメーションに連絡しましょう!」


 緊張した面持ちで美風が顔面蒼白な女性を誘導し、連れ出す。


 あまり時間が無いな。


 俺と非常口くんは顔を見合わせ、頷く。


 周囲を見回し、看板を探す。

遊歩道の途中には、顔見知りの白い看板『立ち入り禁止』ピクトさん。

彼には協力を要請したい。


 ぱちん!


 右指を鳴らすと、白い背景から黒のピクトさんがぴょんと飛び出してきた。

肩に赤い『禁止リング』を担いでいる。


 お久しぶりの挨拶もそこそこに、手伝いをお願いする。


 この辺一体は叔父貴に連れられて散々歩き回っているので、ピクトさん達はほぼアプデ済み。

ここは俺の庭みたいなもんだ……あ、言い過ぎました、ごめんなさい。


 目撃者の立ち入り禁止くんが北を指差す。

駅とは真反対。

こっちにスーツケース男が向かったのか?

ショッピングモールの広大な駐車場のある方角。


 何処へ向かう? 

車で逃げられたらアウトだ。


 誘拐……目的は?

子どもと暮らしたい? いや絶対違うな。

身代金も違う……脅迫? それでどうなる?

奥さんを苦しめたいのか?

……だとしたら、もっとやばい。


 俺はバカでかいモールの建物を見遣る。


「ピクトさん達、どうかご協力願います!」

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