体育座り。
ザバーーッ!
首に腕を引っ掛けられたまま、俺は水面へと勢いよく顔を出した。
体感何十秒も引っ張られたみたいだが……どうやら中々に深いところまで身体は沈んでいっていたようだ。
「ぷはっ!」
けして呼吸が苦しいわけじゃないのに、条件反射のように酸素を吸い込もうと身体が反応する。
そして、すぐさま背後の存在を突き飛ばし、声を荒げる。
どんっ!
「何しやがる、この悪魔!」
「おいおいおい、ひでえな。せっかく助けてやったのに……」
「はぁ? 助け?」
「お前と心中するのは御免だ……って話だ」
ザザザザザザザザーーーーンッ!
「⁉︎」
悪魔がそう言うのと同時に、この空間を満たしていた大量の水が見る見る間に引け、あっという間に何処かへと消え去っていく。
だが、渦潮ができてやいないし、水門があるわけでもない……なのに、引けていく。
本当に不思議な感覚だ。
スゥゥゥゥッ……ストンッ……
水の減少に伴い浮力は無くなり、ようやく足下に見失っていた地面が現れた。
俺と俺の顔をした悪魔は地に足をつけると、引き潮のような水に合わせて、流れるようにコロンとその場に腰を下ろした。
途端に、なんだか全身の力が抜けた様な感覚……俺の緊張の糸がプツッと切れてしまったのか?
それはそれでマズイ! まだ何も解決しちゃいないのに!
まだ波打ち際のように揺れる少量の水を尻の下に感じながら……横を見ると、俺ら二人が並ぶ形で座っていた。
………………
なぜっ⁉︎
え? え? え? 俺ら敵だよね?
なんで仲良くプラネタリウム見てる風に天井辺りを見上げちゃってるの⁉︎
だが、ヤツは足を崩しているのに、俺は無意識での体育座り……何でこのポーズ?
まぁ、不安感あると無意識で体育座りしちゃうって聞いたことあるけどさぁ……。
………………
ここで姿勢を解くのも、なんか今更感があると思い、迷った俺はそのまま座り続ける。
でも、何から切り出せばいいか分からず、互いに口を噤んだまま。
だけど、いつまでも沈黙してるわけには……。
………………
ぐっと手に力を込め、意を決し、閉じていた固い口をそっと開いた。
「た……助けてくれて……ありがとう」
「⁉︎」
がばっ!
俺の言葉に驚いた悪魔が、1メートルほど飛び下がるように遠ざかった。
「べ、べ、べ、別にお前に礼を言われるようなことじゃない!」
「いや、だって……俺の身体を引っ張って、水面まで引き上げてくれた……そしたら、なんか知らないけど水位がどんどん下がっていったから……だから、ありがとう」
「……っ!」
叔父貴から『挨拶は大事』だと叩き込まれている。
それが、たとえ美風を狙った敵だとしても……今、俺が助けられたことは紛れもない事実だ。
それに……今、不思議とコイツから先程のような敵意を感じない。
ちらりと見遣ると、感謝された経験のない悪魔はなにやら照れているのか、顔を赤くして、ソワソワと落ち着かない様子で指先をクルクル動かしていた。
「ふ……浮上したことで、お前が闇に堕ちず、『再起動』したと身体が認識したからだろう」
「再起動?」
「人間には本来、自分の精神を護るよう機能が備わっているんだよ。ぶっ壊れていなければ……」
「……」
さっきの水に沈んでいたら、俺はどこまで堕ちていたんだろう。
思い出して恐ろしくなり、思わず両手で顔を覆った。
「それにしても……よくもハメてくれたなぁっ!」
「⁉︎」
バッ!
大きな声を上げ、悪魔が突如、襲いかかってきた!
一瞬、反応の遅れた俺の首にその両手がかかり、ぎゅっと力がこもった……と思った瞬間、俺の全身から火花が飛び散る!
バチバチバチバチバチーーッ! ドンッ!
「⁇⁇」
「だぁーーっ! 痛ぇ! くそっ! ほら見たか?」
弾かれて、吹っ飛ばされた悪魔が俺に文句を言ってきた。
「え? 今の何?」
「何って、お前の『加護』だろ? 危害を加えようとする者を問答無用で攻撃するよう設定されているヤツ! お陰で俺はお前に従わないと、この空間から一生出られない! 檻だ! 牢獄だ! おい、これは誰の策略だ?」
「えっと、それはモブ天使……」
「アイツか?」
俺の台詞を遮り、悪魔は憤慨しながら映像の中の叔父貴を指した。
「え? 何で叔父貴?」
予想外の人物の名前が上がり、俺は悪魔の顔をまじまじと見つめた。
「アイツは何なんだ? 叔父貴? 本当にそうなのか? お前が病院で出逢う以前の記憶には一切登場していないぞ?」
「え……?」
………………
言われてみれば…… あれ?
叔父貴が俺に自己紹介をしてくれた時の記憶映像を慌てて探す。
『初めまして。俺は伊波霧人……君の叔父だ』
病室にお見舞いに来てくれた彼は、確かにそう言った……『初めまして』?
だが……そういえば……母さんと叔父貴が一緒にいるところ……見たことがない⁉︎
「あれ? どういうことだ?」
そういや以前、叔父貴に聞かれたっけ……『姉さんと連絡取ってるのか?』って……あれは……何かの探りだったのか?
それとも悪魔の言葉に、俺は惑わされているのか?
「……」
自分の記憶を整理するように、目を閉じ……ゆっくり一呼吸してからそっと目を開け、俺はヤツに言葉を返した。
「お前になんて言われようと……あれは俺の叔父貴……恩人だ。それがどうした?」
「……はいはい、そうですか」
「で、お前は何が言いたいんだよ?」
不服そうな声を発するので、悪魔に先を促す。
「もしも……天使を公務員とするなら、悪魔達はフリーランスだ、自由に動ける……だから、まんまとやられた。都合良く俺を利用しやがって……」
「は? 何の話か知らねぇけど、この作戦はモブ天使からの提案だ。俺の中にお前を入れるって……どこまで計算してるのかは俺には分かんねえけど……」
「いや、俺はもっと上位クラスのヤツの意図を感じる……もしかしたら……神の悪戯かもしれないな」
「神⁉︎ は? そこで何で神様の話まで出てくるんだ? ちょっと飛躍し過ぎじゃない? そんな知り合い、いないけど?」
ふと、以前モブ天使が言った言葉が頭を掠めた。
『アレは救わねばならない』……てっきり、美風のことだと思ってたけど……本当は一体、誰のことを差していたんだろう?




