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災厄だよ、ピクトさん。  作者: 枝久
第一章 秘密。
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現場。

「人間、一人では生きていけないってこと。ま、そのうち分かるさ、轢斗」

「……」


 俺の頭をポンポンと相変わらずの子供扱い。


 正論をこれだけストレートに言える男は、今までどんな人間の裏側を見て来たのだろう?

……その経験値レベルはまだ俺には無い。


 二人並んでしばし無言で歩き、ふと叔父貴が立ち止まる。


「ここ」


 顔を上げると、左の壁は高校のフェンス。

良かった、ここまで思ったより看板ピクトは少ないようだ。


「金曜日……昨日の朝7時。澤奈井さんが散歩中、首輪からするりと抜けてマシュマロちゃんが逃げ出した。それから一晩、帰って来てない」


 スマホの地図アプリを拡大して見せてくれた。

俺の通学路とマシュマロちゃんの散歩コースがほぼ重なっている。


「散歩コースはそれほど遠い距離は回っていない。まだまだ好奇心旺盛だから、スポッと抜けたんだろうな。見知らぬ道に入り込んでたら震えているかもしれない……」


 春の朝晩はまだまだ冷える、室内犬にとっては恐怖だろう。


「澤奈井さんも確か70代、走れなくて見失ったと。警察には届けたらしいが、心配で居ても立ってもいられず、困って俺を頼ってきてくれたってわけ」


 いつもの依頼パターンだ。

珈琲淹れながら安請け合いする叔父貴の姿が目に浮かぶ。


 犬は猫より帰巣本能が強い。

それでも帰ってこないなら思いつくケースは二つ……かな?


 ①迷子になって帰れないかも?

 ②可愛いくて連れ去られちゃったかも? だな。


「で、お前の出番だよ、轢斗」

「はいはい」


 叔父貴のポケットから非常口くんも既に出て、準備運動中。それはラジオ体操かい?


「非常口くん、ちょっと聞き込み頼んます」


 ぴっと敬礼ポーズを取った後、歩行者信号機ピクトくんの所へぴょーーんと軽やかに飛び上がって行く。


「パンケーキ分、働いてください。よろしく。あ、目撃されちゃダメだからね! 気をつけて‼︎」

 

 街中、よく目を凝らせばあちらこちらに看板ピクト達が働いている。

場所によったら、防犯カメラよりはるかに多い目撃者達。


「なぁ、歩行者信号機くんにも聞き込み手伝ってもらえば?」


 叔父貴が提案してきた。


「ダメ。前に青信号くんにお願いして、不在を赤信号くんに頼んだことあるけど、赤と青行ったり来たりで大変だったみたいだから」


 青信号くんが戻ったときには、へとへとに疲れ果てた赤信号くんが座り込んでた。

二倍の仕事量は流石に気の毒すぎる。


 見上げると、非常口くんが軽やかにくるくるっと飛び降り、俺の肩に華麗に着地! 


 すたっ!


 情報を得たのか、くいくいっと、俺の襟を引っ張り、道案内してくれる。


「おっ! 目撃情報! いい仕事しますねーー!」


 口が無くて喋れないけど、だいたいは意思疎通可能だ。

人間と違って裏切らない、信用できる存在。


「轢斗、ちゃんとコミュニケーション取れてると思うんだけどなぁ……」

「ピクトさん達とはそこそこ出来る。人間とは無理!」


 非常口くんに引っ張られて、俺らは歩道をぐんぐん突き進む。

だが、襟引っ張りナビで歩道の真ん中まで来たところで、ナビはピタリと止まる。


「ここで目撃情報が途絶えたか……」


 分かりやすく肩の上で非常口くんがしゅんと落ち込んでいる。


「どんまいどんまい」


 ……仕方ない。次の手段。

周囲の通行人にバレないうちに、さっさと終わらせてやる!


「えぇと、周りに味方は……」


 キョロキョロと周囲を見渡す。

あるのはスーパーとマンションと……俺の視線がある標識にロックオン!


 ぴきーーん。。。。


 非常口くんと手を繋いで、歩行者専用道路の親子ピクトさんと繋がる。


「ねぇ、昨日この子見てない?」


 叔父貴のスマホを借り、マシュマロちゃんの面通し。


 標識ピクト(父)さんがちょっと考えていると、隣の標識ピクト(娘)ちゃんは心当たりがあったのか、右下をつんつんと指差す。右下?

そちらに目を遣ると、大型マンションの敷地のフェンス。


「この中入っていったの?」


 こくこくと頷く娘ちゃん。

情報ありがとう! ご協力に感謝!


「ここの管理人は知り合いだから、ちょっと待ってろ」


 そう言って、マンションエントランスへ向かう叔父貴。

近隣の人々まで知り合いって……どんだけ顔が広いんだ?





「オッケーだってさ」


 特別に許可をもらい、敷地内に侵入。

さてさてマシュマロちゃんはどこに?


「‼︎」

「ん? どうした?」


 非常口くんが何かを見つけたのか、俺の肩からピョーーンと飛び降り、駆け出す。

あぁ! 大胆な行動止めてくださぁぁい‼︎


 焦り追いかけると、道の奥で立ち止まっている非常口くん。


「どうした?」


 向こう側を見遣ると……ん?

何か……いる。何だ?


 よくよく見ると、狭い隙間に挟まり動けなくなっている茶色い毛玉、発見!


 そうだ、昨日は昼から夜にかけて雨。

白い毛並みは泥まみれで、名前はチョコマシュマロちゃんに改名するレベルの汚さ。


「見つけた」


 俺はそっと、ふるふると震える小さな身体を拾い上げたのだった。





「澤奈井さん、すぐ来るって!」


 叔父貴はそう言って、スマホをしまう。


 俺達はマシュマロちゃんを連れて、先に動物病院へ来ていた。

一晩、寒い所で震えていたようだが、先生からは体調に問題ない、との診断。

ほっと一安心。


 カラン!


 ドアが開き、慌てた様子の上品なお婆さんが入ってきた。


「マシュマロちゃん!」

「きゃんきゃん!」


 連絡からすぐ……早っ! 

よっぽど急いできたんだな。

きちんとした服装なのに、つっかけサンダル。


 俺の手の中では、嬉しそうに尻尾を振る毛玉ちゃん。


「た、た、体調は、問題ないそうです」


 そう告げて引き渡すと、飼い主は涙目でマシュマロちゃんをぎゅうっと抱きしめた。


 我が子を大切に抱えた依頼主は、俺達の方に向き直り、深々と頭を下げた。


「本当にありがとう。もし良かったら、今から私のうちへいらっしゃい。是非、お礼がしたいわ!」

「きゃんきゃん!」


「あ、お、お、俺は別に……」

「わぁ〜〜ありがとうございます! じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔しま〜〜す!」

「⁉︎⁉︎」


 俺を遮り、叔父貴がニコニコと招待を受けてしまう。


 ………………


 マジか⁉︎ 非常口くんいるぞ⁉︎

バレたらどうすんだよぉぉっ‼︎


 心の中で叫び声を上げながら、真っ青な顔で俺は作り笑顔を浮かべたのだった。


 あぁ……早く帰りたい……。





 かぽーーん……


「あ、こらこら、逃げない!」

「きゅぅぅぅぅん……」


 汚れた泥毛玉ちゃんを優しく風呂場で洗い、泡を流し切ると純白の痩せ(ねずみ)かって感じの生き物が出現した。


 ……ふわふわした毛並みの犬って、実はこんなに本体は細っこいんだな。

ギャップが大きい……一つ勉強になったな。


 経験値アップ。


 三年間引きこもっていた俺は、他の同級生に比べて、圧倒的に人生における経験値が低い。

……それは当然。

色んなことにおいてのレベルは底辺だ。

自覚はある。


 非常識。世間知らず。温室育ち。

後ろ向きな言葉で表現され、淘汰(とうた)される。


 たぶん、そこら辺を心配して、叔父貴は外へ連れ出そうとしている……んだと思う。

もしくは単に面白そうだからか……?

どちらなのかは分からない。両方かもしれない。

お節介……だけど、恩人。



 洗体が終わり、俺達……一人と一匹と(いち)ピクトは皆、仲良く湯船にちゃぽんと浸かる。


「しっかし、広いなぁ…」


 風呂の中を見回し、呟く。


 お金持ちの家は風呂まで豪華なんだな。

温泉旅館みたいな……なんだっけ、(ひのき)風呂っていうのかな?

木の香りがして、癒される。


 そういや温泉旅行なんて、した事ないな……。

林間学校も修学旅行も……俺は行っていない。


 あの後、流れで澤奈井さんのお宅にお邪魔することになり、さらに流れ流され、俺らはお風呂を頂くことになった。

他人の家の浴室に入るなんて、そうそう無い。

……まぁ、流れを作ったのは100%叔父貴、わざとだな。


 あの人は言葉巧みに人を誘導したり、行動を起こさせるよう仕向けることに()けている。

実際、目の当たりにすると本当に……凄いを通り越して恐ろしくなる。

悪気なく、誰かを傷つけるような嘘もつかず、それでも人をいとも簡単に操っていくのだ。

……敵にしてはいけない種類の人間だが、味方なら心強い。


 横を見ると、非常口くんはアヒルのおもちゃでぷかぷか遊んでいる。

そのアヒルをちょいちょいとつっつくマシュマロちゃん。

あっ……なんか微笑ましい。ほのぼのする。


「楽しい?」

「きゃうん!」


 人間は苦手だけど、動物とピクトは苦手じゃない。

何となく、何が言いたいかもわかるし、何より……嘘をつかない。



「きゃぅぅ……」

「あぁ、そろそろ出ようか」


 マシュマロちゃんが上気(のぼ)せてしまう前に湯船から上がろう。


 ざばぁぁっ!


 僕らは浴槽から出て、がらりと引き戸を開けた。


 ……と同時に、女の子が脱衣場へ入ってきたのだった。

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