落下。
俺の投げた上着は男の顔を被い、一瞬の目隠しの役目となる!
そして……。
ぴきーーん‼︎
次の瞬間、男の体の自由は奪われた‼︎
「よしっ!」
「⁉︎⁉︎」
一体何が起こったか、分からなかっただろう。
男は恐らく、目視も出来なかったはず……。
俺が放り投げた上着の裏面には、『彼』がいた。
忍者のように息を潜めて張り付いた、立ち入り禁止くん‼︎
人間が死に、死後の転生前の必要な奉仕期間にピクトグラムとしてこの世に現れる。
ピクトさんは霊体だか魂だかが入った、ただの器にすぎない。
そう、彼らには出来るのだ……一時的な憑依が‼︎
だから俺は、男を立ち入り禁止くんの直立不動ポーズでフリーズさせたのだ‼︎
「いゃぁぁぁ‼︎ シューン‼︎‼︎」
当然、腕に抱えられていた子供は、男に手を離され、そのまま空中に落とされた……。
「非常口くん‼︎ お願い‼︎」
今度はズボンのポケットから非常口くんが飛び出し、眠っている子供に憑依‼︎
ぴきーーん‼︎
非常口くんポーズのまま、一瞬だけ、男の子は空中で静止!
その後は重力に従い、落下していく……その前に‼︎
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼︎」
がしっ‼︎‼︎
俺は全力で手を伸ばし、小さな彼の腕を掴んだ‼︎
「うぉぉぉぉっ!」
ぶんっ!
そこから、身体を思いっ切り捻り、今立っていた場所へと力の限りぶん投げた‼︎
かしゃんっ!
フェンスに何かが当たった音!
……よし! 大丈夫そうだな!
ちょっと乱暴な方法になっちゃって、ごめんね。
安全地帯にあの子が届いた音を聞いた俺の身体は、宙をくるりと反転。
「「轢斗ぉぉぉぉぉーーっ‼︎」」
今度は叔父貴と美風の叫び声を聞きながら、そのまま重力に従い、俺は地面へと落下していった……。
◇
あの日、俺が空を飛んだのも……三月だったな。
春なのに、まだ寒さが厳しくって、白いダウンを羽織っていたっけ。
小学校の卒業式には大怪我して出られなかったからな……今度こそ、高校は三年間、ちゃんと通えるかな?
そうだと、いいな……。
◇
「……と……轢斗っ‼︎」
叔父貴の呼び声で、俺は意識を取り戻した。
はっ!
……俺、気を失ってたのか?
「びっくりさせないでよぉっ!」
美風の顔も目の前にある。
大きな瞳が潤んだように赤い……泣いた?
「痛てててっ……あ、その、ごめん……LINE打ち間違えてたっぽい……」
「謝んのそこじゃねぇだろ!」
叔父貴が呆れ顔で溜息を吐いた。
ざわざわざわざわっ……
「ん?」
頭上からは、何やら大人数の話し声が聞こえてきた。
そっと後ろの壁を見上げる。
落差5mくらいか?
もう少し低いと思ってたのに、読みが甘かったか……。
壁面にはタラップ梯子。
これを使い、二人はここへ降りてきたんだな。
さっきまで立っていた屋上、今まさに『犯人逮捕!』とか『現場検証!』とかで、バタバタしているところかな?
「男は警察に引き渡したよ。あの子も無事保護した。まだ眠っている」
「ぶん投げちゃったけど怪我してないんだな……はぁーー良かったぁ……」
「ピクトさん達のおかげだな」
叔父貴の言葉で、協力者達を思い出す!
「はっ! 非常口くんと立ち入り禁止くんは⁉︎」
「ふふっ、こちらにいますよ」
美風がにこりと笑い、そっと差し出す手の上に非常口くん、立ち入り禁止くんは彼女の背中から、ひょこっと顔を出した。
「お二方ともお疲れ様でした! ありがとう。お礼はまた今度」
深々とお辞儀をし合い、俺は左指を鳴らした。
ぱちん!
目の前から、二ピクトさんがすうっと姿を消す。
本来、いるべき場所へと戻ってもらった。
「よっこい……うっ‼︎」
立ち上がろうと力を入れた瞬間、左の踵に激痛が走る!
ずっきーーん!
「あぁっ……これ折れてるっぽいな……」
「うーーっ! お、俺もそう思う」
落下した時、身体を捻って足から着地したものの、高さが想定より高かった。
着地失敗、踵が大ダメージ!
からの後方へ転倒して頭を強打したんだな……それで気を失ったのか。
トリプルコンボで撃沈……あぁ、情けない。
「ほら轢斗! 病院行くぞーー!」
「えっ? でも、事情聴取とか、大丈夫?」
「あぁそれなら、平気。顔見知りの警官だったから、適当に話つけといた。また後日で大丈夫だろう」
………………
叔父貴……顔広すぎねぇ?
警察方面にまで知り合いいるの?
「では轢斗くん、失礼します」
「?」
そう言って、美風がひょいっと俺を持ち上げた。
しかも軽々と……。
⁉︎⁉︎
ちょ、ちょっと待てーーーーっ‼︎
こんな華奢な細腕のどこに、俺を持ち上げる力があるんだ⁉︎
最近測ってないから、正確には分かんないけど……これでもたぶん体重50kgは超えてるぞ?
てっきり叔父貴におぶさって行くもんだと思ってたのに……。
「おっ、美風ちゃん。よろしくね」
叔父貴は美風と代わろうともせず、彼女に俺を託したまま、スマホで何やら誰かと連絡を取っている。
美風にお姫様抱っこされながら、俺は屋上を後にした……は、恥ずかしい!
思わず俺は両手で顔を隠した。
薄暗い階段を降りながら、彼女はぽそりと呟く。
「轢斗くんが、やっぱり私の天使なのですね」
「?」
彼女がどんな表情だったのか、俺からは見えなかった……。
◇
「はいココ、わかる? しっかり折れてるね」
レントゲン写真を指しながら、医師が説明してくれる。
ショッピングモールの屋上から、近くの整形外科へとお姫様抱っこされたまま向かい、診断結果は左踵骨骨折。
やっぱり踵の骨が折れてたか……あっという間に俺の左足はギプスで固定された。
「おい伊波……甥っ子、今度入学式だろ? 松葉杖と車椅子貸し出すから、受付で手続きしてくれよ」
「おう、ありがとな」
叔父貴、やっぱりここでも先生と顔見知りかい?
……まぁ、本当いろいろ助かるが……この地域を牛耳っているのか、あんたは?
叔父貴が手続きをしている間、待合室の長椅子で美風と二人きりになった。
「せ、せっかくの外出、だ、台無しにしてごめんね」
「ううん、あの子が無事で良かったね。それよりLINE……びっくりしちゃったよ」
スマホの画面を俺に向ける。
叔父貴と美風に送信した文章。
『今、屋上に向かっている。これから飛び降りる』
………………
あぁ……途中まで打ったところで、送信しちゃったんだな。
自分のLINE画面を開く。
『つもりの男を止めに行く! また後で電話する!』
と、送信前のメッセージ入力欄に残っていた。
これは……4月1日のエイプリルフールでもない限り、焦るだろう……申し訳なかったな。
「お、驚かせてごめんね」
「うん……本当、心配したんだからね?」
困った様な微笑みを浮かべた彼女が見つめてくるが……近すぎて……ぱっと顔を逸らしてしまった、ごめん。
「お〜〜い、二人とも帰るぞ〜〜」
叔父貴が借りた車椅子に乗り移り、俺らは病院を後にした。
ちなみに、この病院内にはピクトさん達が恐ろしい程たくさんいた……。
なるべく下を向いていたが、乗り移りのタイミングに、またしても顔を上げてしまった!
……が、相手が車椅子ピクトさんだったので、フリーズしたが……俺、そのまんま。
ぴきーーん。。。。
叔父貴が無表情な俺の顔を見て、ゲラゲラと笑って喜んでいた。
病院の敷地を出たところで美風と別れ、叔父貴が俺の車椅子を後ろから押しながら家路へと向かう。
「意外だったな……轢斗が他人に、あんな必死になるなんて……」
俺の背中に向かって話しかけてくる。
「……俺の見える所で、人が傷つくのを見たくない……ただ、それだけだよ」
「そうか……だがな轢斗。お前自身の身体もちゃんと大切にしろよな?」
「うん。本当ごめんな、叔父貴」
前世、男子トイレの標識ピクトだった記憶は断片的……だが、嫌な記憶だけは脳内にべっとりとこびりついている。
犯罪が目の前で行われていたとしても、俺は動くことも、伝えることも、助けることもできずに……あの日そこで、ただ壁に張り付いてるだけだった。
もう……俺の目の前で人が殺されるのを見たくないんだ……。




