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取りもどした時間

 駅前広場は時間が停止したままだった。人も、道路を通るクルマも、動きを止めていて、なんの音もしない静寂な世界。

 華凛は、ついいましがたまで六年前にいたことが、なんだか本当にあったことなのかと疑ってしまう。

「さ、時間を動かすから、テントのなかにもどって」

 ケイゴが華凛をうながした。

「ケイゴさんは……どうするの?」

「ぼくの仕事はもう終わったよ。あとは時間を再スタートするだけさ。それと同時に、ぼくはここから消える」

「えっ? 消えるって……」

「立ち去るってことさ。そして、もうきみの前にはあらわれないだろう」

「そんな……」

「言ったろう、ぼくはタイムトリッパーなのさ。この時代からはもう離れてしまうし、それに――」

 次にケイゴが言ったことは衝撃的だった。

「ぼくのことを、きみはもう忘れてしまう」

「どうして!」

 華凛の目が見開く。知り合って、過去にもどって父親を救けてもらったのに、そのことを忘れてしまうのは、とんでもなく残酷なことだと感じた。

「きみのお父さんが行方不明にならなかったわけだから、その後の家族の思い出が存在するはずだ。べつの時間軸にあるそれを転移させるとなると、当然、ぼくとのことは『なかったこと』になるんだよ。気にしないで。それがぼくの仕事だから」

「仕事……?」

「きみが姿見の前にもどったら、時間が動き始める。さ、行って。いつまでも時間を止めてはいられないんだ。早く。きみを待っている人がいる」

 今生の別れだというのに、ケイゴは当たり前のように静かに笑いかける。

「う、うん……」

 華凛にはどうすることもできないのがわかっていた。ここはケイゴにしたがうほかにない。でもそう簡単に割り切れない。仕事だといっても、華凛のために尽力してくれたのだから。ただ一方で、同時に、ほんとうにすべてが解決したのか早く知りたい気持ちもあった。過去を変えたことで、父親が行方不明にならなかったという世界を。家族四人で暮らしていた世界を。

「ありがとうございました……」

 もっと言いたいことはあるようでも、それだけしか言えずに下くちびるをかみしめ、笑顔で見送るケイゴを残して、華凛は振り切るようにテントへと駆けこんでいった。こぼれる涙をそででぬぐって。



 十分後、どうして姿見の前で泣いていたのかわからずにとまどっているうちに、ダンスのステージがはじまった。

 軽快な音楽に合わせて、二十人の子供たちが踊る。日頃の成果を見てもらおうと、ダンスにも熱が入る。見物人も多く、保護者が向けるスマホのカメラが目につく。一眼レフや、三脚で固定されたビデオカメラもあって。

 華凛は、ダンス中、見物人のなかに家族がいるのがわかった。

 約五分のダンスが、最後の決めポーズで終わり、全員が深々と一礼して、送られる拍手と声援に手を振り返しながらステージの裏へと引き上げる。

「はい、おつかれさまー。いいダンスだったよ」

 手をたたきながら、ひたすらほめる先生。

 それで生徒たちは気分がよくなる。みんな笑顔で解散した。

 なぜか異様なほどの疲れを感じつつも、ステージ前で見ていた六花のところにもどった華凛は、「かっこよかったよー」との感想に、はにかんだ。

「そ、そうかな……」

 なんだか照れくさいけれど、うれしい。

 そこへ現れたのは華凛の家族だった。両親と、姉の柚葉。華凛の出番に合わせて、ハロウィーン祭りに来ていた。

「すごくよかったよ」

 と、最初に手放しでよろんだのは母親だった。

「わたしに言わせたら、まだまだだけどね」

 けれども柚葉は手厳しい。とはいえ、高校で全国大会をめざす姉と比べるのは酷というものだ。華凛はそこまでガチじゃない。

 そこへ父親がわって入った。いつもの優しい微笑みで。

「そんなことないさ。あのメンバーのなかでは、華凛が一番じょうずだったよ」

「えへえ?」

(いくらなんでも、それはほめすぎよぉ)

 センターの中学生のほうがじょうずだと華凛もわかっていて、どうせあとでスマホカメラで写した動画を見て、自分のいまいちな姿を思い知ることになるのだから。

 父親はなにかと動画を撮っているから、今日もどうせ撮影しているにちがいない。姉妹が幼いときから取り続けられている写真や動画は大量にあって、ときどき家族で見たりする。ダンスの発表だけじゃない。遊園地や動物園、水族館に遊びに行ったときや、家族旅行に出かけたときなんかも。

「ママたちは先に帰っているから、華凛もあまり遅くならない時間に帰ってきなさいよ」

 母親が言うと、家族三人は帰っていった。華凛のステージだけが目的で祭りに来たようだった。

 六花と華凛が残された。

「じゃあ、もう少し遊ぼうか」

「うん」

 そのとき、華凛はふと、なにか大事なことを忘れているような気がした。すごく大事なこと……。でもそれがなにか考えようとすると、

「じゃあ、次、金魚すくいしよ」

 六花に手を引かれ、華凛は、「うん、行こう」と返した。なにか忘れているように思ったのは、ただの気のせいだということにした。



  ☆ ☆ ☆



「任務、無事に完了しました」

 ケイゴがそう告げると、正面に立つ者は大きくうなずいた。四十歳ぐらいのスーツを着た肌の白い男で、作業用のイスに深く腰かけると、

「ご苦労だった、K5」

 と、ケイゴをねぎらった。

 任務を終えた直後にケイゴが出頭したその部屋には、広いにもかかわらず二人だけしかいなかった。窓はなく、その代わり大きなテレビのような画面がいくつも壁を覆い、さまざまな数字やグラフが色鮮やかに表示されていた。

 時空管理センターの情報室。この世のすべての時空間のゆがみを監視し、見つけ次第それに対応するのが、このセンターの役割だった。

「今回のK5による時空修正により、異常現象が消滅したのを確認した」

 大画面に映し出された数値を見上げる。

「きみのタイムトリップ能力は、われわれのなかでも一番だ。これからも期待しているよ」

「でもくたくたですよ。主任にはわからないと思いますが」

 タイムトリップは体力を激しく消耗した。新町華凛しんまちかりんにはもう少し説明したかったが、そんな余裕はなかった。もっとも、あの事件そのものを華凛はおぼえていないから、気にやむこともないだろうが。

「もちろん休暇はじゅうぶんにとってくれたまえ。未成年のきみを酷使するわけにはいかんからな。しかし――」

 ケイゴに「主任」と呼ばれた男は、大型画面から視線をもどした。

「きみは貴重なタイムトリップ能力者だからな。つとまる人間が少ないという、われわれの事情も理解してほしい」

「いいですとも。身寄りのないぼくを拾ってくれたんだから感謝はしています」

 その代わり、ここでは名前を呼ばれない。K5、というコードナンバーで呼ばれる。

「われわれとしても、できるだけタイムトリッパーたちの負担の少ないよう、事前の情報収集と最善の対応策は考える」

「今回の案件での、詳細な報告はあとでいいですよね?」

「ああ、かまわないよ。疲れているわけだから、じっくり時間をかけて書いてくれていい。その報告書をふまえて、改善すべきことは前向きに検討する」

「期待しています。では失礼します」

 一礼するときびすを返して、ケイゴは情報室を出ていく。

 ドアが閉じるまで見送ってから、主任はイスをくるりと回して大型画面を見る。さまざまな数値が上がったり下がったりと、落ち着かない。

 それを難しい顔でにらみつけ、つぶやいた。

「さて、次はどれが異常現象になりそうかな……」

 どの人員を投入すべきか、主任の頭のなかではもう思惑がめぐっていた。



  ☆ ☆ ☆



 年が明けて元旦。

 新町家は祖父母の家に帰省する。父親の運転するクルマに乗って、たくみに渋滞をさけて。

 華凛は後部座席と姉の柚葉と並んでおとなしく音楽をきいている。それぞれヘッドホンで好きな曲を楽しんでいた。家を出発してから一時間半が過ぎていた。

「そろそろ着くぞ」

 父親が言うが、何度も来ているから、周囲の景色を見ていれば、そんなことは言われなくてもわかっていた。山のなかの道路はカーブが続き、初めてのときは気持ちが悪くなってしまったが、それももう慣れた。道路から見える植林された杉の森は雪をかぶり、白と深緑のコントラストが寒々しかった。

 ダム湖を見下ろすその村の家々はどれもみんな新しい。数年前にダムの建設が始まり、それとともに造成された高台の土地に建設された村だった。いまではダム湖の底に沈んでしまった里の人たちはそこへ移り住んでいたが、華凛は、県職員である父親がべつの出張所に転勤になるのを機に、姉とともに町へと引っ越した。だからせっかく新しく建てられた家には祖父母しか住んでいない。

 村内の道路は除雪されていたが、たどり着いた白い外壁の平屋建ての家の小さな庭にはうっすらと雪が積もっていた。

「よく来たねぇ」

 玄関で、祖父母は相好をくずして迎えてくれた。

「明けましておめでとうございます!」

 華凛は姉といっしょにあいさつをする。

「さぁさ、外は寒いからなかに入って」

 ドタバタと足音をたてて入った暖房のきいたリビングルームは、日当たりがよくて心地いい。華凛が柚葉と仏壇に手を合わせていると、旅行かばんを持って両親も入って来た。

「はい、お年玉」

 祖母が姉妹にポチ袋を差し出すと、

「やった!」

 華凛と柚葉はなかを確認した。折りたたまれた一万円札が入っていた。毎年、ここへ来る最大の楽しみであった。でも今年はそれだけが目的ではなかった。

「神社に行って、初詣しよう!」

 と、華凛は言った。

「神社? ……ああ、いいとも。おじいちゃんといっしょに行こうか」

「いいんですか?」

 申し訳なさそうに母親が気遣う。

「おまえたちは疲れてるだろ。リビングで正月番組でも見ながらくつろいでいるといいよ」

「お姉ちゃんはどうする?」

「神社って……いままで行ったことなんかなかったじゃん。どうしたの、急に」

 里の神社なら、引っ越す前なら祭りでよく行っていた馴染みのある場所であったが、ダム工事によって高台に村もろとも移設されたあとは、正月に帰省しても一度も参拝したことがなかった。新しくなった神社に思い入れがあるわけもなく、初詣は町にある、やや大きな神社に行く習慣になっていた。

「ちょっと思いついたの」

「ふうん……。わたしは行かない。寒いし。華凛だけで行ってきたら」

 神社に行きたがる妹の気持ちがわからない姉だった。

「うん。そうする。おじいちゃん、行こう」

 華凛は脱いだばかりのダウンコートをもう一度着こんだ。

 祖父と二人で外へ出て、静かな村のなかを歩いて神社へと向かう。気温は町よりも二、三度低いようで、吐く息が白くなった。側溝に溜まっていた水が氷になっている。

 神社はそれほど遠くなかった。歩いても五分程度で、以前のような山の斜面に造られてはいなかった。小さな鳥居と小さな社殿があるだけで、移設する前よりもこぢんまりとしていた。正月だというのに他に人はおらず、大勢の参拝客でにぎわう町の神社とはずいぶんと違っていた。

 真新しい短い石畳の参道から社殿に至り、賽銭箱に小銭を投げ入れて、鈴を鳴らす。礼をして柏手を打った。

「この神社は以前、ダムの底の村にあったのを移設したんだよね?」

「そうだよ、昔はもっと正月も人が多かったんだがなぁ……。おぼえてる?」

「うん、祭りのときとかに行ったから――」

 まだ五歳だったが、かすかに記憶に残っていた。大きな木が何本か境内に立っていた。

「で、おじいちゃん、この神社って、なにを祀っているの?」

「うん……。そうだな……」

 祖父は天を仰ぐように視線をさまよわせた。

「昔、この里にはヤミチという妖怪が住んでいる、と言われてな。それが里を守ってくれるよう作られたと聞いた。それがどんな妖怪なのか、おじいちゃんもよく知らないんだ……。里がダムに沈んでしまって、まだヤミチがいてくれているのかどうか……」

「里を守ってくれる妖怪? へえ、どんなの?」

 華凛は周囲を見回してしまう。どこかにその妖怪が潜んでいそうで。

「ん? まぁ、帰りながら話そう。寒いだろ」

 祖父はそう言って、Uターンしようとしたが、

「ちょっと待って。あちこち写真を撮ってくるから」

 華凛はポケットからスマホを取り出した。ふと、どこかからなにかの気配を感じたような気がした。


  ☆ ☆ ☆


「すごい! こんなのかけたんだ」

 財田六花ざいたりっかは、驚きと感激と喜びでたたえてくれた。スケッチブックをめくり、何度も最初から読み直す。

「うん……」

 華凛は少しムズムズする。そこまでほめてもらえるとは思っていなかった。

「どうやって思いついたの、こんな話?」

 目を輝かせて、六花がたずねる。

「うん、それがね……」

 華凛は思い出しながら語った。

「へんてこな夢を見たの。夢って、だいたいつじつまがあわないもんだけど、その夢って、なんかすごく現実っぽくて、それからイメージができてきたんだ。で、それをアレンジしていったら、なんとなく話ができちゃった。ほら、まえに六花ちゃんが取材をしてたじゃん。だからわたしもおじいちゃんに話を聞いたりして参考にしたんだ」

 タイムトリップをして、妖怪が起こす怪事件を解決する主人公の物語。過去に行くことで事件の原因をつみとるヒーローが活躍するのだ。

 あれだけなかなかかけずにいたマンガだけれど、インスピレーションをふくらませていって、きちんとストーリーを積み上げていくと、えんぴつが進みだしたのだった。もともと絵をかくのは好きだったし、あとできなかったのは話をつくるところだけだった。そこさえできれば、あとはすいすいとかけて面白くてしかたなかった。あっという間に完成して、華凛は自室で小躍りした。

 だから、つい学校にまでスケッチブックを持ってきてしまった。教室の誰かに見られたら恥ずかしい、と内気な六花はこれまでかいたマンガを一度も持ってこないけれど、華凛はぜんぜんかまわなかった。

「六花ちゃんのかいたマンガを見て、『いいな』って思ったから、わたしもかきはじめたんだけど、なかなかかけなくて、六花ちゃんの言ったとおり、普段、なにげなく読んでいるマンガって、かくのはすごく手間のかかるもんだってわかって、ちょっと続けられないかな、と実は思ってたんだ……。でも、かけるとわかって、やっぱり本気でやってみようかな、って気になったよ」

 華凛は息を吸いこんで、いっきに六花につたえた。どうしようかとずっと迷っていたことに、やっと決着がついた。だから――。

「だからわたし、六花ちゃんと同じ中学校に行く。そして六花ちゃんといっしょにマンガをかいていくよ。家族にもそう話した……」

 いきなり六花が抱きついてきた。

「えっ……、あの、六花ちゃん?」

 華凛は、親友の反応に驚く。

「うれしい……。離れ離れになっちゃうのかな、って思ってたから」

 耳元で言う六花に、華凛は静かにうなずき返した。

 そこへ、担任の先生が教室に入ってきた。後ろ手で戸をしめて、

「さぁさ、朝の会の時間よ。みんな席について」

 あわてて閉じたスケッチブックの最後のページには、ケイゴに似た主人公が微笑んでいた。


〈完〉

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