忍び寄る怪現象
華凛は町内のダンス教室に通っていた。
柚葉の影響で二年生のころから習っていたが、姉ほどうまくはなかった。なんとなくはじめていまに至っているが、正直、それほど好きというわけでもない。
その柚葉はもうこのダンス教室はやめていて、その代わりに高校のダンス部に活動の場を移して、驚くべきことに全国大会をめざして日々練習にはげんでいる。実際ダンス部は、過去の大会でも全国大会への出場を果たし、そこそこの成績を残すほどで、柚葉の力の入れようはまぶしいほどだった。
一方華凛はほかになにも習い事をしていないことだし、とりあえず小学校卒業までは続けてもいいかなという、きわめて低飛行な気持ちだった。もう十月で、来年三月まであと半年を残すところである。
いまは、今月のハロウィーン祭りと十一月の地域の文化祭に向けてのレッスンをしている最中だった。
地域クラブであるダンス教室の発表の場はそういうのが多い。全国大会に出るというレベルではなかった。柚葉はそこが物足りなくて、県立の中高一貫校への進学を機会にダンス教室をやめ、同時に学校のダンス部に入部したのだ。中学入学から四年、高校一年にして主要メンバーの一人に選ばれて充実した活動を続けていた。
そんな姉のようになりたいとは、華凛は思わなかった。というより、なれそうな気もしなかった。
だから姉と同じ学校――県立の中高一貫校に進むよう期待されていても、実はあまり前向きではない。当然ながら、地域のダンス教室なんかよりはるかに高い実力者が汗を流すダンス部に入る気なんかさらさらない。
同級生の多くが地元の中学校に通う予定で、友だちの財田六花もそうだった。できればいっしょの中学に通学したい華凛だったが、でもその考えを母親にはまだ話していない。積極的に拒否する理由がなかった。
「はい、今日はこれまで」
ダンスの先生がパンパンと手をたたき、生徒の前でレッスンの終了を告げる。ありがとうございました、と生徒たちが声をそろえる。そんななか華凛は、今日はあまりレッスンに身が入らなかった。気分がのらなかったのは、たぶん、六花が出会ったというあの影のせい。ダンスの練習にもどこか上の空で、どうにも動きが悪くて。
六時をすぎ、教室のある建物を出ると、日はとうに沈んで西の空だけがかろうじて赤く染まってもう暗い。年少の生徒たちには母親や年長の兄弟やらが迎えにきていた。
横手の駐輪場から引き出した自転車にまたがった。ダンス教室に通うようになった四年前に買ってもらった自転車は背丈が伸びた華凜にはもう小さくて、サドルの高さをめいいっぱい上げてやっと乗っていた。
ハンドルに取り付けたLEDライトの純白の光が遠くまで一直線に伸びている。
(早く帰ろう)
六花が体験した怪現象の話は、これまで聞いてきたものと違って、本人が経験したリアルなものだ。人型の影が行く手に立ちふさがっていたというのは、たんなる見間違えだと笑えたらいいけれども、もしいま自分の目の前に現れたらと思うと恐怖に足がすくみそうだった。
ダンス教室は家から自転車で五分ほどの距離だ。それほど遠くない。
たったの五分。通りなれた道。人通りも、なくはない。
なにも起きるはずがない。――ペダルをふみつつそう思っていた。
ところが……。
今日に限ってなぜか通行人がいない。通りすぎていくクルマもいない。
いつもならそんなことに気づきもしないのだが、いまの華凛はそれが気になってしまう。
(六花の話では、影が現れたとき、周囲には誰もいなかったって……)
夕暮れの誰もいない道。そんな条件がそろったときに影が現れるのだとしたら、いまの華凛の状況がちょうどそうだ。
クラスの男子が「怪現象の正体をあばこう」などと陽気に言っていたことも思い出した。いまごろ影との遭遇を期待して、どこかに集まっているかもしれない。
(出るなら、あっちに出てよ!)
そう願いつつ華凛はペダルをこぐ。勢いよく走りたいところだけれども、暗い道でスピードを出すのも怖いしで全速力は出せない。
いつもならこの時間は仕事帰りや犬の散歩に出ている人なんかがいるのに、どういうわけか誰もいない。なぜか人通りが途絶えていた。
(とにかく、もうすぐ家だし……)
注意深くまっすぐ家へと向かっていたそのとき、突然、こちらに向かってくる明かりがあった。自転車のLEDライトが三つ。すごいスピードで近づいてくる顔に見覚えがあった。同じクラスの男子たちだった。だけどどの顔も血相をかえて、しかもこんな夜でもわかるぐらいに顔色が青かった。
全力疾走が止まったのは、三人のうち一人が華凛を認めたからだった。
「新町!」
「関中、なにかあったの?」
そのクラスメート、いつも男子たちの先頭に立っている関中に訊くと、
「出たんだ、お化けが」
即答した。昼間宣言したとおり、クラスメートの二人をひきつれて怪現象をさぐりに出ていたらしい。いつどこに現れるのかわからないのに、よく実行する気になれたものだと、男子たちの頭の中で考えていることや行動に華凛はあきれる。
「お化け?」
「例の、影だよ!」
華凛の心臓がドキッとはねあがった。たったいま、その怪現象について考えていたところだったから平気ではいられない。
「見たの?」
「見た。追いかけてきたから逃げてきたんだ」
三人は走ってきた後方を振り返る。が、なんらかの影らしきものは、目を凝らしても見えない。
「どのへんで?」
「その先だよ。突然現れたかと思ったら、足も動かさず動き出したんだ」
関中は道路の先を指さす。意外としっかり見ていた様子だ。でもほかの二人は冷静ではなくて、目が泳いでいた。足も震えている。
もう一度少年たちの見る先を華凛はうかがう。どんな小さな変化でも見えたらすぐさま逃げよう、と思いながら。でもなにも近づいてこない。
「早く帰ろうぜ」
他の男子がせかした。
学校での威勢のいい態度はどこへやら、明らかに動揺して、すっかり怖気づいてしまっていた。
実際にはなにも見ていない華凛だったが、関中たちの恐怖が伝染してしまったかのように緊張し、ごくりとつばを飲みこんだ。この先に自宅があるのに、いまこの道を進むのがためらわれた。
「おれたちはもう帰るからな。新町も気をつけろよ」
関中はそう言い残して、無責任にも三人は嵐のように去って行った。あとはよろしく、といった感じで。
おきざりにされた華凛は、一歩がふみ出せない。ペダルに足をかけたまま、止まっていた。心臓がドキドキしている。
そこへ後ろから強烈な光を浴びせられて、クルマが近づいてきているのがわかった。ヘッドライトを光らせたそのクルマが、たたずむ華凛の横を通り過ぎていく。一台、そしてまた一台。
少し勇気がでた。
(クルマが通っていくのなら、だいじょうぶだろう)
前方を照らすLEDライトの光にすがる気持ちで、華凛は自転車を進める。
家まであと少し。ものの三分もかからない。先導するように前を行くクルマの赤いテールランプを追いかけるように自転車を走らせた。
するとなにごともなく無事に家に帰りついた。
華凜の家は四戸が入居しているハイツの一階だ。暗くなると自動的に点灯する外灯の明かりが、安全地帯はここだといっているようで、心強く感じてほっとさせる。
家のダイニングキッチンに入ると、もう姉の柚葉は晩ごはんの準備をはじめていた。夕飯をいっしょにつくろうとしていたのに、先にぜんぶやってしまっていた。なんだかんだ言っても、やることはやる姉だった。
「おかえり。今日はクリームシチューを作ってるから、呼んだら来るのよ」
「ねぇ、お姉ちゃん……」
「なぁに?」
華凛はさっきのことを話そうと口を開きかけたが、ガスレンジの前に立ってシチューなべをかきまぜるのに一生懸命で振り向きもしない姉にたいして口ごもる。
「いい、なんでもない」
高校生となった柚葉は、華凛にとってはもう子供の気持ちのわかる人ではなくなっていた。話をしても信じてくれなさそうだった。それでも自室で一人になりたくなくて、ずっとダイニングキッチンにいた。
姉と二人きりの晩ごはんに会話はなかった。でも温かいクリームシチューはおいしかった。朝は啖呵を切ったが、自分でこれが作れるかどうかと問われたら、華凛は自信がなかった。
その夜は、部屋の電気をつけたままベッドに入った。柚葉の部屋でいっしょに寝ようと言ったら試験勉強するからと拒絶され、今夜は夜勤で母親が帰ってこないのが恨めしかった。
きのう怪現象があったせいかどうかわからないが、翌日学校で六時間目が終わってから担任の先生から全員にプリントが配られた。
そこには『不審者に注意』と印刷されていた。しかし子供たちの中だけでウワサになっている怪現象については書かれておらず、影ではなく不審者となっているところに大人の考え方が見えていて、華凛ならずとも「そういうことじゃないんだよな」という空気がクラスに満ちた。
「できるだけ、日が暮れてからの外出はしないように」
と、先生は言いそえるけれども、クラスの生徒たちからは、「はーい」というおざなりの返事があるだけだった。
とはいっても、単なる子供のウワサであって、しかも影は確かにいたとはいえ、なにかの害があったわけではないのに、それを学校の先生たちが取り上げたのは意外だった。でもそれは、なにかあってからでは遅い、という危機感のあらわれだともいえる。実際に誘拐されたり危害を加えられたりしたらたいへんだということで注意をうながしたのだろう。
大人たちが真剣に怪現象を信じているわけではない、と華凛は思っていて、たぶん、それはこのクラスだけじゃなく、学校じゅうの子供たちがそう思っている。あるいは本気で不審者が出ていると信じているかもしれない。
ゆうべ影に遭遇した関中たち三人は、きのう学校であれだけ話題にしていたのに、今日は示し合わせたように怪現象のことについては口をつぐんでいる。もしかしたら、それを口にしたとたん、また現れるんじゃないかと恐れているのかもしれない。
(いったい、あの影はなんなんだろう?)
見たのは影であって実体はない、とは言い切れず、その正体は不明のままだ。関中に、そのときのことを詳しく訊いてみようかと思ったが、みんなの目があると話しにくいかもしれないと、華凛は気をつかった。
関中たちが見たのだから、ほかにも影を見た生徒がこのクラスにもいるのではないか。六花のように黙っているだけで。
(となると、わたしが影に出会うのも時間の問題……?)
華凛はぶるっと身をふるわせた。
そのプリントにあるとおり、夕暮れになったら外出しないようにしよう、と思った。
(ハロウィーン祭りも近いことだし、こんな怪現象が早くなくなってくれたらいいのに……)
そう願うしかなかった。
もしこの騒動がずっと続くようなら、精神的にわずらう子供も出てきそうだった。
なんらかの証拠をつきつけて、たとえばスマートフォンで写真をとるかして見せれば、大人たちも動くかもしれない。いまのところユーチューブとかの動画サイトにはなにもアップされていないので、ただの「たわごと」にされてしまっている。
でもそうはいっても証拠写真をとれるかといえば、華凛にそこまでの勇気はない。いつ遭遇するかわからないし、あの関中たちでさえ色を失っていたのだから、シャッターチャンスをうかがって待ちかまえるなんてことができるとは、とうてい思えなかった。恐怖心のほうが強い。
(やっぱりお姉ちゃんに相談したほうがいいかな?)
ちらりとそう思った。とはいっても、中間試験の勉強でそれどころではないはずで、そもそも相手にされない気もした。
「華凛ちゃん……」
六花が話しかけてきた。今日は教室を掃除するため、華凛と六花は、当番の生徒と放課後に残っていた。掃除はおおかた終わって、あとは道具を片づけて教室にカギをかければ帰ってよし。
「不審者って、怪現象のことをいってるんだよね……」
配られたプリントの話だ。
「うん、たぶん。でも六花ちゃんは見たんだから、不審者なんかじゃないってわかるよね」
「それが……。あれって、見間違いだったんじゃないかって気がする」
「えっ?」
あんなに怖がっていたのに、いまさらそれを見間違いだと言うのに驚いた。
「だって、一瞬だったし。夜だったし、暗かったから……」
「でも、実は、きのう関中たちも見たって言ってたんだ」
「そうなの? そんな話、してなかったのに」
「わたしがダンス教室から帰るときに関中ら三人と鉢合わせしたの。たったいま、近くで見たって」
「華凛ちゃんは見なかったの?」
「うん。見なかった。でも三人が三人ともが見間違えるってこと、ある?」
「うーん」
六花は、そのときのことを思い出すように、考えをめぐらせる。
「関中くんが見たって言ったから、ほかの二人もそうだと思いこんだんじゃないのかな?」
それはあり得た。関中はリーダー格で、いっしょにいるのは友だちというより子分みたいに見えた。だから関中が言ったからそう信じた、というのはありそうだった。
その関中が、影が出ると信じていたから、見間違えてしまったというのはあるかもしれない。
「それより、今日、わたしの家に来ない? 新作ができたの」
六花は話題を転じた。影のことを話したかったわけではなかったようだ。
「えっ、もう?」
今日は、ダンス教室は休みだから、ほかに習い事もない華凛は夕方まで予定はない。
「すごいね。行く行く。直接行ってもいい?」
「いいよ。じゃあ、いっしょに帰ろう」
六花は微笑む。
「財田さん、新町さん、もう教室のカギをしめるよー」
いっしょに掃除をしていた当番のクラスメートから声がかかった。職員室から持ってきていたカギを片手にもっていた。
「うん、すぐ出るよ」
返事をし、華凛は六花といっしょに教室を出た。
ランドセルを背負って下校。でも華凛は自宅へは帰らず、帰宅する友だちといっしょに。華凛のハイツは小学校の南側にあり、六花の家は北側にあった。いったん帰ってから六花の家に行ったのでは、日が沈む前に帰宅しようとすると、あまり時間がとれなくなる。小学校から下校途中に六花の家によった方が時間の節約になるのだ。
学校から歩いて十二分のところに六花の家はあった。小学校の北側は、住宅ばかりの南側と違い家と家の間にまだ耕作地が残されていて、稲刈りを終えた田んぼや、野菜を育てている畑の畝が、歩いているうちにも見かけられた。
それは、引っ越す前に華凛が住んでいた里山の風景を思い出させた。幼いころに住んでいた村はもうダム湖の底に沈んでしまっていて、いまでは見ることはできなかったが。
六花の家に着いた。クルマが四台ぐらいとめられそうなカーポート横の門扉を通って、
「ただいまぁ」
六花が玄関ドアのカギを開けて入ると、
「おじゃまします」
華凛がその後に続いた。
「家の人いるの?」
「いないよ。共働きだから」
いないけれど、ただいま、と声を出すのは防犯のためだった。学校からそうにするよう指導されていた。家に誰かがいると思わせるためだ。
「とにかくあがって」
「うん」
天井の高い広い玄関でくつをそろえ、あがった。
六花の家は、華凛のハイツと違い一戸建てで、築年数は古そうだがけっこう広い。四人家族なのに使っていない部屋があったりするのは、昔は家族が多かったのではと想像できた。
階段をあがって二階にある六花の部屋へ入った。
八帖ほどの部屋で、フローリングの床にベッドが置かれ、勉強机が壁に向けられていた。ふすまで廊下と仕切られているところから、以前は畳敷きの和室だったのだろう。
六花はランドセルを机の横にひっかけると、本がぎっしりつまっている本棚からスケッチブックを引っぱり出した。
「見てみて」
華凛は、差し出されたスケッチブックを開く。
えんぴつ書きであったが、そこにはマンガがかかれていた。しかしその絵は本格的で、小学六年生とは思えないほどよくかけていた。二十ページほどの短編マンガだが、最後まで話もできていた。
悪い魔法使いのおばあさんの飼っていたネコが逃げ出して、ある女の子の家に迷いこみ、そこで飼われていたネコと仲良くなってしまうのだが、魔法使いのおばあさんは自分のネコを取り返そうとやってくる。しかし、そのネコはもうおばあさんのところにもどりたくなくて、女の子にも助けをもとめる。実は、その女の子も魔法使いで、ネコたちといっしょに戦って、おばあさんを追い払う、というストーリーだ。
「いつもすごくじょうずだね」
華凛が正直に感想をのべた。
これだけじょうずにかけるのだから、学校に持ってきてみんなに見せればいいのにと思うのだが、六花は目立つことが嫌いで一度も学校にスケッチブックを持ってきたことはなかった。とくに男子に冷やかされたくなくて、マンガをかいているのも華凛だけに打ち明けていた。
小学校に入学したときからの友だちで、信用できるつきあいだからこそ、こっそり教えてくれたのだ。もちろんそこまで自分を信じてくれているから華凜も誰にもないしょにしている。
去年の夏休みのことだった。ためこんだ宿題をいっしょにしようと、二人は互いの家にいりびたった。
そんなとき、華凛は六花の部屋の本棚に、マンガ創作の手引書が何冊かはさまっているのを見たのだった。そのときはじめて六花がマンガの勉強をしているのを知った。実際にかいているのも見せられたが、まだマンガにはなっておらず、いろんな絵を練習しているところだった。
「へぇ、すごいなぁ」
華凛は感心していたが、それだけじゃなく、わたしもやりたい、と言い出した。絵をかくのは幼いときから好きで、図工は得意だったから、できるような気がしたのだ。
それからときどき、こうやって成果物を見せ合うようになったのだけど、六花の実力はどんどんあがっていって、華凛との差は明らかだった。
「これなら、もうちゃんと原稿にして、新人賞に送れるんじゃない?」
「まだ、だめよ。いまはWeb投稿の時代で、マンガもデジタル仕上げになってる。パソコンやタブレットで完成させないといけない」
そんな機械を買うのもかなりお金がかかり、お年玉だけでは足りない。
「中学のマンガ部ならパソコンもアプリもあるっていうことだし、勝負は中学にあがってからよ」
六花は家から近い、マンガ部のある市立中学校に通う予定なのだ。華凛たちの小学校を卒業する生徒の八割はそこへ進学する。残りは別の中学校だ。偏差値の高い有名な私立の難関中高一貫校を受験する生徒もいたが、それは数人しかいない。
華凛は、姉の柚葉と同じ県立の中高一貫校への進学をすすめられていた。といっても、私立と異なり難しい入学試験を課せられてはおらず、面接と作文だけで合否が決定されるから、進学塾に通ったり家庭教師をつけてもらったりして必死に受験勉強をしているわけではない。そのせいもあって、いまひとつその学校へ通いたいという願望が強くなかった。
柚葉はその学校のダンス部に魅力を感じていたからという明確な理由があった。ダンスが好きで、自分の実力を上げたい。高いレベルで上を目指したい。そういった強い動機がその学校を選ばせた。
中高一貫校は独自の教育方針で、高校までの進学を保証する反面、中学時代にべつの高校に進路変更したくてもできない、というデメリットがあった。小学生のときから進学の選択の幅をしぼりたくないという考えで、歴史の浅い中高一貫校よりも昔からの地元の普通中学校へ通う流れが一般的だった。
では華凛はどうなのか。姉のようにダンスにはそれほど情熱がない。
それでも母親は中高一貫校をすすめてくる。カリキュラムにしても行事にしてもそこで教えている先生にしても、柚葉のときにわかっているからなにかと対応しやすいというのもあった。高校受験対策として進学塾へ通う必要もないというのも大きい。
でもそこへ進学してしまうと六花とは離れ離れになってしまう。
「華凛ちゃんはどこまでかけたの?」
「まだ半分ほどかな……。六花ちゃんががんばってるんだから、わたしももっとかかなきゃ」
「そう。できたら見せてね。わたしももっとかく」
学校にいるときと違って生き生きと話す六花。
「うん。楽しみにしてる」
(同じ中学校へ進学しない親友に、早くかいて見せないと――)
楽しそうな六花をがっかりさせたくなくて、焦りを感じてしまう華凛だった。