夜の道で
後ろからなにかがついてくるような気がしてさっと振り返ったけれど、夕暮れの町の通りには誰もいなくて、少女は小首をかしげる。降り出した雨が傘をたたく音を聞き違えたかと思い、前を向いて歩き出そうとした。
でも、もしかしたら……という気がして心臓が高鳴った。
最近、学校でもウワサになっている怪現象のことがすぐに頭に浮かんだのだ。けれども、まさか、と思った。
謎の人影が追いかけてくるということだったが、不審者ではなくて怪現象というのが、そのウワサのよくわからないところだった。人なのか影なのか、はっきりしない。だから誰もが半信半疑で、ただこの世ならざるなにかに対する恐怖心だけが先走っている感じで……。
「ひっ!」
ところが、一歩をふみ出したときだった。いつの間にそこにいたのか、道の先に真っ黒い大きな影が立っていた。闇よりも深い黒い色の、人ともつかぬその影に、少女は悲鳴をあげようとしたが、のどの奥で声がかたまってしまったかのように小さな声しか出てこない。
(逃げなきゃ!)
少女は後ずさると、影に背中を向けて全速力で駆け出した。傘をさしていても雨にぬれるが気にしていられない。肩にかけたカバンが激しく揺れる。
家に帰る方角とは違うけれど、まわり道をしてでも帰れればいいから、正体のわからない怪現象から逃れようと、必死に走った。後ろを振り返って影に追いかけられているのかどうかさえ確かめる勇気がない。
十月も半ばとなれば日の沈む時間も早くなる。周囲はもう薄暗くて、間もなく夜になる。少女は夜の闇にひそむ「なにか」がはい出してきた……そんな想像にとらわれる。
息を切らしながら走った。そういうときにかぎって、なぜか道を通る人が一人もいない。誰かいれば怪現象も消えてなくなるだろうに――そう勝手に思って、とにかく走った。
息が続かなくなってきた。これ以上は全力で走れない。心臓がめいいっぱい激しく鼓動し、肺が酸素を求めて苦しんでいる。
交差点まで来たところでようやっと振り返ると、影はいなかった。街灯のLEDがまぶしく光を放ちはじめ、降る雨筋に細く反射している。
肩で息をしながら、逃げ切れたことに少女はほっと胸をなでおろした。