スキルが無いと言われた人間
1章 片鱗
「おっせぇんだよ! スラッグが!」
うすら寒い洞窟の中、刺々しい声が前方から届く。声の発生源は暗がりで見えないほど遠い。
「止めないかクレイグ。彼は少ない賃金で荷運びを受けてくれた恩人だぞ。それに彼はスラッグではない。スレイだ」
刺々しい声の主を、強く非難する声が聞こえる。
「でもよぉエルディさん。それにしたって遅すぎでしょうよ。こっちは戦闘終わってんですぜ?」
「いいじゃないか。彼の本業は荷運び。戦うのは私たちの役目だ。このペースでも十分ノルマは達成できる」
「ハァ気が長いこと。これだから長命種は」
衝突する二人に、冷たく棘のある女性の声が刺さる。
「もぉ~……止めてよぉ~。ただでさえリーダーとクレイグで煩いのに。レイちゃんまで突っかからないでよ。暑苦しい……」
けだるげな声が被せる様に発せられる。特段大きな声を発しているわけではないが、離れたここまで鮮明に聞こえた。
「ハァ……ハァ……」
そんな中、俺は大きな荷物を背負い、彼らを追いかけていた。荷物には残り3日分の食糧、料理道具、寝具、替えの武器、そして倒したモンスターの素材が詰まっている。
これだけでも1人で持つには過剰な物量なのに、モンスターの素材は進むたびに増え続けるため、かなりの重量になっている。
「ハァ……ハァ……」
それでも文句言わずに歩を進める。忌人の俺にとっては、これでもいい扱いな方だ。忌人は、それほどまでに地位が低い。
歩くたび、肩にズシリと重さがかかる。それでも一歩、また一歩と進めると、小さな部屋にたどり着いた。ようやく声の主達が見えてきた。
「チッ……やっと追いついたのかよスラッグ。さっさとこの素材拾っとけ」
苛々を隠すことなく赤毛の男が吐き捨てる。クレイグと呼ばれたその男は、獣じみた軽装の鎧を身にまとい、その髪と同じ色をした片刃の大剣を背に差している。
「私も手伝いますから、さっさと終わらせましょう!」
ニコリと微笑みながら金髪の男が地面に落ちた素材を拾う。
サラサラな金の長髪に、誰もが振り向くような美貌。白銀に輝く鎧と、豪華な装飾がされた盾。伝説に出てくるような剣を携えた姿は、まるで物語に出てくる英雄のようだ。
それでいて忌人にも忌避せずに手を差し伸べる。あまりによくできた人間のように見える。だが―――
「白々しいエルフ……」
先ほども、この英雄然としたエルディに棘のある言葉を吐いた女性がつぶやく。
――そう。言ってることは優しいし、協力してくれるのもありがたい。だがそのすべてが演技臭い。
「はぁ~……またレイちゃんは……めんどくさいなぁ……」
杖に顎を乗せ、気だるげに少女がつぶやく。銀色の髪に紅い目。それは彼女が魔族であることを表している。
魔族と人間、エルフはかつて種族間による戦争をしていたらしい。今では和平が結ばれ、種族間の街での行き来や、交友があるが、場所によっては迫害の対象になると聞いたことがある。
「……もうどうでもいいわ。さっさと帰って――」
レイと呼ばれた女性の言葉が不自然に止まる。その目線の先に、青白い体毛に獰猛な牙を持つ狼がいた。
「なんだよ。アイスウルフじゃねぇか。雑魚だろこんなの」
クレイグが大剣を抜き放つと、刃に炎が立ち上る。
「ち、違う……アレは……!」
レイの震える眼は眼前のアイスウルフではなく、その奥に向いている。
「んだよ、何がいるって―――」
「下がりたまえッ!!」
エルディがクレイグの前に滑り込む。盾を構え、鋭い眼光で前方を睨む。と同時に魔族の少女が杖を敵へと向ける。
「あ~……これはちょっとマズイねぇ……」
俺にもはっきりと見えた。狼と同程度のアイスウルフの体躯の5倍はあるのではないかという巨躯に、立派な銀色のタテガミ。顔面には雷のような傷跡が目立つ。
「おい……嘘だろ……なんでこんな所にグレートウルフが……しかもあの傷跡……【ネームド】じゃねぇか!?」
『ウォォォォォォン!!』
グレートウルフが吠える。その遠吠えは地面を揺らし、容赦なく恐怖を叩きつけてくる。
『グルルルル……!』
背後から、そして左右から唸り声が聞こえる。数は目視でアイスウルフが各5体。正面はグレートウルフ1体にアイスウルフが4体。
対してこちらはナイトのエルディ、ウォーリアのクレイグ、アーチャーのレイ、ウィザードの魔族の少女、そして荷運びの俺。
数もさることながら、能力的に言っても絶望的な状況。というのに俺は「あぁここで死ぬのか」程度しか感じられない。
昔から感情の起伏が乏しく、この状況においても変わることはなかった。
「チッ……どうすりゃ―――」
「みんな! 本当の英雄になるチャンスだぞ! ここであの【ネームド】を狩れば――」
クレイグの言葉を遮ったミスティ。その言葉を遮るようにグレートウルフが前足を振るう。
「グアァァ!!」
なんとか盾で受け止めたエルディだったが、勢いで吹き飛び―――そして気絶した。
「え……? マ、マジかよ……!」
ジリジリと倒れ伏すエルディを中心に後退する。そして包囲するようにウルフ達が進む。
着々と死が近づく中、目を閉じると、ふと今の状況が遥か頭上から見えた。
何が何だかよく分からないが、どうせ死ぬなら、あがいてみてもいいか。
その時、パーティの死角からアイスウルフがクレイグに近づくのが見えた。
「クレイグ! 右!」
「あぁ!? んだよ――って、おっと!!」
反応したクレイグが右を向く。ちょうど襲い掛かる直前だったアイスウルフと視線がかち合い、反射で振るった大剣がアイスウルフを切り裂いた。
「そのまま直進して2体!」
「……! うっせぇ!指図すんじゃねぇよ!」
文句を言いながらも大剣を振るう。
「全員でクレイグが空けた穴に移動! レイは後方に2射!」
「え!? 何よ もう!」
訳が分からにままにレイが、2射する。狙いをつけずに放った2射は吸い込まれるようにアイスウルフ2頭に突き刺さる。
「クレイグ! 壁沿いに切り払いながら後退! レイはクレイグの横に出たウルフを射撃!」
荷物を放り出し、エルディを背負う。戦術など知らないので、その場その場で対応し、ひたすらこの場を離れられるように指示を出し続ける。
来た通路にうまく逃げ込めた後も、追撃してくるアイスウルフに指示を出しながら対応し、ウルフ達の追撃の手がなくなる頃には、出発した街までたどり着いていた。
「ハァハァ……!」
全員が息を切らし、街の門をくぐったところで座り込む。
「テ、テメェ……なんなんだよ……なんであの場で指示なんかしやがった……」
「そうよ……荷物持ちの癖に……」
クレイグとレイが睨むように問う。
「なんで……か。状況が見えたから……ですかね。なんでか分からないんですが、俯瞰するように状況が見えたんですよ。それで、あのままじゃ死ぬと思ったので――」
「見えたって……何? アンタ、スキルがない【忌人】でしょ!? そんなこと出来るわけないじゃない!? そもそもこんなことになったのもアンタみたいな忌人がいたせいなんじゃないの!?」
俺の言葉に逆上したレイが叫ぶ。
「ちょっと黙ってよレイちゃん。助かったのはこの人のお陰でしょ。あのままじゃ間違いなく私たちは死んでた。自分の処理できる許容量を超えているからって恩人に当たるのは違うでしょ?」
「ぐっ……だけど……!」
「得体がしれないのは確か。そんなスキルも聞いたことないし、忌人がスキルを使えるなんて話も聞いたことない。けど今はもっとやることあるんじゃないの?」
いまだに気絶したままのエルディに視線を送る。
「そ、そうだ! おいレイ!エルディさんを宿屋に運ぶぞ! おらどけスラッグ!」
俺を押しのけるようにクレイグがエルディを背負う。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
クレイグを追うようにレイが続く。
「はぁ~……お礼も言えないなんて。まぁ所詮そんなところでしょうね。お試しでパーティ入ったけど、今日でおしまいね」
呆れるように魔族の少女がため息をつく。少女はクレイグ達を追うことなく、俺の傍に佇んでいた。
「俺は別に礼が欲しくてやったんじゃないし、別にいいよ。それよりあの調子じゃしばらく探検には行かないだろうし……困ったな……」
「何か探索に行きたい理由でもあるの?」
「いや、俺日給だからさ、探索行かないとお金もらえないんだよね。単純に……生きるためだよ」
少女は少し思案すると、俺の目をまっすぐに見つめる。
「だったら、少しは協力できると思う。今回のお礼も兼ねて、紹介させてほしい人がいる」
紹介――?