激動の接客業前編! って感じかな?
今日はシフトが朝からか。
まだ半寝の瞼をこすりながら歩く。
「あ、しまった。こっち入り口ルートじゃん。ちゃんと裏口から——え?」
な、なんか店先に張り出されてる! えーと、
店長の都合につき臨時休業?
…………サボりたいだけだろ!
急いで紙を剥がして中に入る。
「あ、ちょっと多村。ちゃんと裏口から入れって言って——」
「そんな事より店長これなんですか!」
今さっき剥がした紙を店長に見せる。
「書いた通りだよ。たまには店員を休ませて——」
「店長が休みたいだけでしょうが! というか店長基本的に仕事してないでしょ!」
「多村はガミガミうるさいなあ。仕事に戻ってよ」
「店長がサボってるんでしょ! 今日は通常営業ですからね!」
はあ、あの人はどうやって店長になったんだよ。
「我が盟友、今日は早かったな」
あ、葵さんか。
「あなたも早いですね」
「まあ今日は本当は聖騎士達との戦争の予定だったがあの腰抜け共は——」
さて、着替えるか。
「ありがとうございました」
ふう、ソフトクリームバーの設置のおかげかお客さんも増えてきたな。
「おーい! 新人君! ちょっとバックルームに来て」
「いや! 今俺しか受付にいなくて」
流石に動けないって。
「別にいいから!」
よくないでしょ!
「こっちはかなり緊急なのよ!」
え? そんな緊急なの? いやでもここを離れるわけには行かないけど、まあ少しだけなら大丈夫かな?
「何ですか、緊急の用事って」
「お! 新人君来たね!」
何でバックルームに全員揃ってるんだ?
っというか、
「何で全員揃ってるんですか! 接客どうするんですか!」
こいつらやっぱりバカなのか!
「ふっ、安心しろ我が盟友」
驚くほど説得力が無いなその言葉! 全く安心できないから!
「まあ無策じゃねえって事だ」
う、立花さんが言うと安心感が凄いな。
「まあ多村君安心してね。今ここに居るのは従業員全員じゃ無いから」
は? 何言って、全員……あれ? 一人少ない? まさか、
「そろそろ気づいた? そう、今接客は店長にやって貰ってるから」
今すぐ戻らなくては!
「わぁ! ちょっと待ってよ新人君! 多分大丈夫だから多分!」
多分が多いんだよ山城さん!
「それよりも大事なことがあるの」
接客業のバイトをしてる人に接客よりも大事な事ってなんだよ!
「なあ盟友、お前はこの夏何かしたか?」
この夏ね、もう八月の中旬になったのか、
「いや、特には。まあバイトで忙しかったですし、それこそ葵さんは忙しくなかったんですか?」
「なわけないだろ、我はいつも忙しい」
まあだよね個々のバイトの人結構な確率で揃ってるから。
「で、私もそんな所なの。山岸君達もでしょ」
「まあそうですね」
一応説明しておくと柳葉さんは居ますからね!
「で、各々悲しい夏だなっつー話をさっきしてたんだよ」
あんたらバイト中に何をしてるんだよ。
あとその会話に俺は呼ばれてないのに悲しいって勝手に決めつけんなよ!
俺だって、女の子とも(まあ妹とか妹とか主に妹とかだけど)遊びに行ったし……。
まあ悲しい夏ではあったな。
「で、まだ八月は一週間ほどあるのよね」
まあそうだけどそんな当たり前のことをドヤ顔で言わないでほしい。
あと最近山城さんのコスプレに慣れてしまってる自分が怖いね!
「ここには僕も含めて夏は悲しい思い出しかない人しかいないんだよ!」
「だからバイト仲間だけでどっか行こうかってことなんだが、多村、どうだ?」
なるほどね……意外と魅力的な提案だ。
「うーん、俺は賛成でいいっすよ」
「ふっ、やはり我が盟友ならその選択をすると確信してたぞ! な、リヴァイアサン」
「……」
なんで葵さんは時々急に柳葉さんに話を振るんだよ!
「えーと、どこに行くんですか?」
「そうだね、私は海とかかな」
なるほど、定番だね。
「海ですか。海水浴とかはやっぱりエロゲでも夏の定番ですから賛成ですね」
爽やかボイスでエロゲとか言うなよ! 一瞬気づかなかっただろうが!
「なるほどな、それが普通ならあたしはそれで良いけど」
エロゲは普通じゃないですからね立花さん!
「あたし水着とか持ってねぇんだよ」
「買いに行くのも定番のイベントですよ」
お前の脳内にはエロゲしかないだろ!
「は? 君達何言ってるの?」
ん? 確かにエロゲはアウトだが山城さんもどちらかといえばオタク寄りだよね?
「夏で海ならヌーディストビーチだろ」
「ちょっと待ったぁぁぁ!」
「出たー! ちょっと待ってコール! 多村君ナイス! 僕もやろうとしてた!」
「え? 何を待つ必要が?」
「な、なるほどな。我が炎の魔力が言っている。あえて全裸になることでサンシャインの力を取り込み世界を統べるという事だな!」
お前はもう黙ってろよ!
「なあ多村、ヌーディストビーチってのはなんだ? 普通なのか?」
おいこら元ヤン! そんぐらい知っとけよ!
というか山城さん普段から露出度高いコスプレしてるしやはりそっち系の人だったか!
「えーと、立花さん、ヌーディストビーチって言うのは…………これ見て」
あ、説明放棄してスマホ渡した。
「だって、言ったら絶対僕殺されるで————ぶべらぁっ!」
お、おう。山岸さんの顔に飛び蹴りがクリティカルヒットしたね。
「な、なんで、僕なの……」
「お、お前! あたしになんてもん見せてんだよ!」
「それ、提案した山城さんに言って下さいよ」
そこばかしは同意見だな。
「ふっ、やはり常人には理解出来ないようだな。選ばれし我が魔力を持っても————」
「黙れ伊達」
「は、はい」
相変わらず弱いな!
「えー、その反応を見るに私の案は否決かな?」
「「当たり前です!」」
こればかりは絶対に行かないからな!
「はあ、諦めるか。みんなに私の行きつけ教えてあげたかったのに」
ふぅ、なんとか回避できたな……あれ? 今この人行きつけって言ったよね!
「じゃあ次の人ー」
「おい。静まれ。リブァイアサンが何か言うぞ」
「……す……」
だからなんて言ってんの⁈
「な、なるほどさすが柳葉君」
だからなんでみんな聞こえてるのかな⁈
テレパシーなの? アルファー波なの? 一体なんなんだよ!
「でも私から言わせてもらうとそれはあまり現実的じゃないね」
ヌーディストビーチのどこが現実的だって? 言ってみろよ!
「…………」
「む! 我か」
分からないけど多分今諦めたよね。
「我は闇の遊戯たる悪魔を召喚するために集団埋葬地に赴き世界の裏を観察したい!」
よく分からないけど多分肝試しなんだよね!
というかなんでそこで集団埋葬地限定なんだよ!
「ふ、もちろん墓石なしだぞ」
だったらなんなんだよ!
「肝試しか、いいねそれ」
俺は今年女の子と行ったけどな(まあいつもの流れだ)。
「いや、僕は反対だね」
え? 山岸さん⁈ どうして?
「いいじゃないか肝試し! エロゲにも良くあるぞ」
その説得はおかしい!
「なあ、多村、肝試しってなんだ? 肝を殴るのか?」
お前も葵さんと一緒に黙ってろよ!
「えーと、肝試しってのは——」
「お化けが怖いからですよ! 他意はありませんから!」
まじかよ山岸さん! その歳になってお化けとか言うなよ! 幽霊だろ!
「な、なるほど、そういう催しか」
分かってくれたなら何よりですよ。
「じゃあ次は、山岸言ってみろよ」
「えっとですね、じゃあプールとかどうでしょう?」
「なるほど! ヌーディストビーチに行きたいんだな!」
「だからなんで——そう、なる」
うわ、今明らかに山城さんが悪いのに山岸さん立花さんに蹴られちゃったよ。
「お前そんな事ここで堂々と言うな! TPOをわきまえろクズが!」
ヤンキーがTPOとか言うなよ!
「いや、僕は、言って——ガク」
うわ、可哀想。完全にとばっちりだな。
「じゃあ次新人君」
山城さんはいつになったら俺の事を名前で呼んでくれるのかな?
「えーと、山でバーベキューとかどうでしょう?」
まあ結構無難だけどここに居る人達みんな夏を満喫してないから大丈夫だろ。
「なあ多村、バーベキューってなんだ?」
「なるほど闇の力を宿した魔力の塊を焼く事でその力を解放して世界を統べるのだな!」
お前らはもう黙っててくれ! 頼むから!
「バーベキューか、新人君にしてはいい提案だね」
「僕も、良いと思いま——ガク」
山岸さんまだ生きてたんだ。
「じゃあ反対派はゼロで良いかな?」
「多村! バーベキューとは——」
「さらに魔力の水源を確保する事で天使どもにリベリオンを——」
「ゼロみたいですね!」
こいつらの相手をしてたら本格的に日が暮れるよ。
「よし、早速いつ行くか決めるか」
「だから多村、バーベキューとはなんだ?」
うるさいなぁ! スマホで調べろよ! てゆーかそんぐらい知ってるだろ!
「これ! 山岸さんのスマホで調べておきましたから!」
はあ、これで少しは黙るな。
「新人君! シフト表持ってきたよ!」
お! 早速お出ましか。
まあなんだかんだで夏は女の子(妹だよ! 何回言えば良いんだよ!)としか遊んでないからな、まあまあ楽しみだったりするわけだ。
「全員行くんですよね?」
「そうなってるな」
その全員に店長って含まれてるのか?
「えーと、じゃあ新人君会場取っといて」
えーと、近場のキャンプ地で大丈夫かな?
「我がサンクチュアリを留守にするのは危険だが闇の遊戯なら大丈夫だろ」
葵さん連れてって大丈夫かな? バーベキューが崩壊する気がするんだけど。
というか闇の遊戯なら大丈夫って理由はどっから出てくるんだよ⁈
「あれ? これって……」
ん? 山城さんどうしたんだろ。突然神妙な顔になって。
「ねえみんな、ちょっときて」
山城さんが手を招くとバックルームに散らばっていた店員がテーブルの周りに集まる。
「あ? 山城どうしたんだよ」
「山城さんどうしたんですか?」
「ねえ、このお店って従業員私達しかいないよね?」
何をわかりきった事を。
「たりめーだろ」
「今さ、シフト表見てたけど綺麗に全員空いてる日付なかったんだよね」
「そりゃ従業員はあたしたちだけだからな……って」
「あれ? それじゃあ僕たちの計画は……」
「うん、これ無理だね。みんなで行ったら誰が店番するの?」
言われてみれば確かにそうだな。
従業員俺らしかいないのに全員で行ったら店が崩壊するよ!
……あれ? じゃあ行けないじゃんか!
せっかく少し行ってみたいなって思ったのにこの仕打ちかよ!
「お前ら、なんの話ししてるんだ?」
店長もバックルームに来ちゃったよ。この人仕事してたのかな?
「えーと、夏に従業員みんなで遊びに行こうと思ったんですよ」
「で、よく考えたら店の従業員って僕達しかいないので行けないなって」
「そんな結論が出て諦めてる所だな」
見事に三人でリレー形式で繋いで頂いたけどその必要はあったか?
「なるほどな、じゃあ明後日行くか?」
ん? この人話聞いてたか?
「おいおい店長、今の話聞いてたのかよ。行けないんだって」
「いや、明後日を休みにする」
おいこら店長! それ朝もやってただろ!
「なるほど、それは良い提案ですね店長!」
おいこら山岸! 給料減るのは良いのかよ!
「というかこのお店一応ピンチなんですからそれはダメですよ!」
「えー、新人君頭を柔らかくしようよ」
はあ、この店が全会一致じゃないとダメでよかったよ。
本当にこの店の店員は狂ってるよ!
受付から呼び出しベルが鳴る。
うわ、お客さん居るの? 誰か対応って……。
なんでバックルームに全員揃っちゃってるんだよ!
これじゃ店として成り立ってないだろ! 接客舐めてんのか⁈
はあ、とりあえず俺が急いで行くか。
「お待たせいたしました、お客様っ——」
立花さん(営業フォルム)いつの間に!
あの人も以外とプロだよね、さて早速俺も仕事に戻るか。
と、受付に入ろうとしたとき……そこには……
多村に向かって倒れこんでくる立花さんがいた。
「ん? 立花さん?! ちょ、ちょっと待ってコール!」
豪快な衝撃音とともに、多村の声は虚しく消えた。