え? じゃあ可愛くないのか?
「なあ多村今日クラスのみんなと数人でカラオケ行くんだよ」
さて、バイトの翌日の授業を終えた放課後。
俺に話しかけてきたのは中学の頃からの友達で中島だ。
「お前も来るか?」
一応俺にもカラオケに誘ってくれる友達くらいはいるわけだ。
「いや、俺はパスでいいよ」
今日はバイトがあるので断ったのだが————。
「やっぱ来ねえか、お前いっつも一人カラオケだもんな」
そう少しバカにしたように言う。
「おいお前今一人カラオケをバカにしたか?」
少し強めに言ったつもりだったのだが中島は全く気にしてない様子で……。
「いーや、何でもねえよ。じゃ一人カラオケ楽しんでこいよ!」
と言って走っていった。
今すぐ追いかけて首根っこを掴んで一人カラオケの凄さを教えてやりたかったが、
まあどうせ意味が無いのでやめておくことにする。
そんなことを考えながらスマホをいじり駅前に着く。
そこから少し歩けばすぐにバイト先に行けるわけだ。
昨日教えてもらった従業員入り口から店に入る。
店の制服に着替えるとバックルームから出て受付へ向かう。
そこには立花さん(もちろん営業フォーム)がいるわけで、
「あ! 多村君来てくれた!」
まあ今日シフト入ってたからな。
というかシフト表に山城さんって言う人が居たけどどんな人なんだろ?
「私はドリンクバーの調整してるから多村君受け付けお願いね」
そう言い残して立花さんは店の奥へと消えてしまった。
ドリンクバー出なくなったのかな? そんなことを考えながら受付に立つ。
そういえばこのお店って人居るのか? えーと、今は……。
お! 意外と入ってるふーん、潰れはしなそうだな。
なーんてことを考えていると自動ドアが開く。
「いらっしゃいま————ぇ⁈」
ちょ、ちょっと待とうか、えーと色々とツッコミたいんだけどまずその服装何⁈
店に入って来たのは俺よりも二歳ほど年上に見える女性客だったわけだがその服装が俺の脳裏をぶち壊した。
「いらっしゃいましたぁ! って聞きなれない声だね」
まあいわゆるコスプレというやつなんだろうけど、まあとりあえず説明をするか。
髪を金髪に染めてツインテールにしている。
そして上半身は全体的に黒で統一されている。その上黒のマントっぽいのを羽織っているわけだが今時マントを羽織って街中を歩くって結構な度胸がいるよな。
しかもスカートもえげつないほど短い上に上半身からはかなり二の腕が出ている。
まあ端的に言うとかなり扇情的な服装な訳で平凡な男子高校生にとっては目のやり場に困る光景だ。
何よりも気になるのはその人が右手に持ってるブツ。
かなり長く斧のようになっており先っぽには刃が付いている。
めちゃくちゃ危ないよね!
そんなマントと扇情的な服装と武器でよく歩いてこれたよねこの人!
警察に通報されなかったのかな⁈
「君! 誰かな? 私は知らないけど、まさか強盗? だったら容赦しないよ」
待って待って! そのごつい武器をこっちに向けないでよ! 危ないから!
というかこの状況を見た人は全員がそっちが怪しいって言うよ!
「えーと、昨日からバイトで入ったんですけど」
「聞いてないけどね」
そりゃあまあそうでしょ。
「お、お客様ですか?」
とにかく俺の顔にその武器を向けないで欲しいんだけど。
「……やっぱり君、バイトじゃないでしょ?」
え? 否定したって事かな? とするとこの人が、山城さんってこと⁈
「えーと、山城さんですか?」
なんか違ったら首元のごつい武器を振り下ろされそうだな。
「まあ、いかにもそうだけど」
この人バイト仲間かよ!
本当にヤバい人達しかいないんだなここ!
「す、すごい格好ですね」
とにかく穏便に事を済ませ————。
「君、バカにしてる?」
何でそうなる!
「い、いえ。全くしてませんよ」
「挙動が怪しいな」
何でそんな所で鋭いんだよ!
「まさか、強盗だったか!」
「だからバイトでって————」
目の前をごつい武器が襲い尻餅をつく。
「む、むしろあなたが不審者ですよ!」
「この後に及んで見苦しい!」
山城が受付を乗り越えて襲いかかる。
「覚悟しろ強盗!」
葵さんといい山城さんといいこの店の人は長い物が好きなのかな?
なんて呑気な事を考えながら目を瞑る……がなかなか一撃は来ない。
「大丈夫か! 我が盟友!」
目を開けるとごつい武器を箒で葵が止めていた。
「葵ちゃん! お前、そいつ強盗だぞ!」
側から見たらお前が強盗だよ!
「ふっ、病魔死露こいつは我が盟友の舵霧羅だ」
いや、その紹介はどうかと思う。
というか相変わらず凄いな! 少し前のヤンキーかよ! 字の話だからねこれ!
「え、葵ちゃんの盟友なの?」
それで通じるのかよ!
「嗚呼、我と共に今世に蔓延る闇の書の呪縛を解くプロミスを誓った」
「誓ってませんから!」
というか何言ってんだよ!
「そ、そう。悪かったわね強盗って言って舵霧羅君って言うの?」
そこを信じるなよ病魔死露さん!
「多村ですから!」
「そう、突然斬りかかってごめんね」
うん、意外と話せばわかるね。
でも何で俺は地面に腰をつきながらなかなか扇情的な服装をしたコスプレイヤーになだめられてるんだろ?
これなかなかカオスだよね!
「ちょ! 多村君かなり大きい音がしたけどどうしたの?」
この爽やかな声は山岸さん! と地味に柳葉さんもいる⁈
「くっ、我が魔眼が疼く」
唐突だな! 急に汗疹が痒くなったのかな⁈
「————来たか伝説の怪物リブァイアサン」
いやリブァイアサンて、
というか葵さんの言ってる人ってやっぱり柳葉さんなのかな?
柳葉さんに箒を向けてるけど……柳葉さん困ってるよね。
「えっと」
柳葉さんが言葉を発した、だと!
「くぅっ! 何という威嚇、我が心臓を撃ち抜くのか、だがこんな物には負けん!」
うわー、俺もなかなか大変だけど柳葉さんもめっちゃ大変だな。
「あれ? 山城さんじゃないですか! ————ってその格好!」
山岸さんもなんかまたテンションが上がってるし。
「お! 山岸君、これに気づくとはさすがだね」
あれ? なんか意思疎通してる?
「はい! 僕大好きで、魔法少女マジカルソードのマーイちゃんですよね!」
ごめん全く知らないんだが!
何でそんなにテンション上がってるのか全く理解出来ない!
「フォートンサンダーのポーズ取ってください!」
「コスプレイヤーとしてファンにサービスするのは当然の事さ!」
この人やっぱりコスプレイヤーなんだ。
で、そのポーズを山岸さんが興奮しながら取ってるわけだけど……ここ店内だからね!
店内で撮影会しないでよ!
「くっ! 止めろリブァイアサンこれ以上近づくな!」
「え」
柳葉さんナチュラルにショック受けてる! 可哀想。
「多村くーん、賑やかだけどどうしたの?」
「まあ何と言うか、こんな感じです」
俺の手には追えない状況だよ。
「うわ、凄いね多村君」
立花さん営業フォームだとやっぱり可愛い、俺あんまりヤンキーとか好きじゃないからずっとこのままでいて欲しいんだけど。
「うぉぉぉぉ! そこで右手上げ————」
「ねえ、静かにしてくれないかな?」
立花さんの圧力凄えな。
関係ない俺も結構ビビりそうなくらいだよ。
「あっと、ごめんなさい」
あんなに血気盛んに俺に襲いかかってきた山城さんが謝ってる!
「うん。山城さん、シフトだよね?」
「はいっ! 仕事します!」
す、凄い、山城さんが接客に戻った!
……というかコスプレしたままで行っちゃったけどそこは怒らないのか⁈
にしても凄い圧力だなぁ。全員仕事に戻ったよ、さすがヤンキーだな。
「くっ! やっと目覚めたかハーデース! 今日こそ我が狩る!」
え? ちょ葵さん! 箒持って立花さんに何を————まさか殴るの⁈
「葵ちゃん、暴力は良くないよ」
え? ちょ立花さん避けないの? そのままじゃ……あれ?
素手で箒を掴んで折った?
「葵ちゃん、仕事」
「は、はい」
素直に従わせた!
というか片手で箒って折れるものなの⁈ というか箒折っちゃダメだろ!
「もしまたうるさくなったら私に言ってね」
この人、営業フォームでも暴力振るうんだ。
このお店の店員さんかなりやばいけど立花さんが纏めてるんだね。
なんというか、俺生き残れるかな?
「えーと、立花さんってヤンキーだったんですか?」
「元よ。元」
そう言いながらいつか見た頭にコツンとやるポーズを取るわけだけど、可愛くないから!
あなたの素を見た後だと恐怖しか覚えないよ!
その時自動ドアが開く。
「いらっしゃいませー」
そう言って見た先には……中島達がいた。
「お前、何してんの?」
その質問はおかしいぞ! ここにいてバイト以外だったら何だよ!
「まさか、強盗————」
「バイトだよ!」
そのくだり今さっきやったんだよ!
「で、その隣の可愛い人は?」
お前考える脳ないのかよ! どう考えても店員だろうが!
「いえ、そんな可愛くないですよ」
そして立花さんも可愛いって言われて謙遜すんなよ!
「いえ、かなり可愛いですよ」
グイグイ行くなあ中島!
「おい多村、お前俺らに隠して彼女を————」
「彼女じゃねえよ! バイトの先輩だよ!」
何でそうなったんだよ! 思考回路バグってんのか?
「第一、見た目は可愛くても中身が————」
俺は元ヤンは恋愛対象外だっつう……の?
あ、あれ? なんか立花さんの近くの床にヒビが入ってるような…………。
「お、おい多村、どうしたんだ? 急に黙って」
た、立花さん、目、目が怖いですよ!
「中身が、どうしたの? 多村君」
やばい、目が据わってる!
「えっと、良い人です」
こ、殺される!
「うん、ならよし。お客様、利用時間は何時間になさいますか?」
「え、あ、はい!」
うわ、中島背筋ピンとしてる! 中島、お前も気づいたか。
俺の命をかけたようなものだが伝わったならよかった、俺と同じ道を歩むなよ。
とまあそんな事を考えながら立花さんの受付を眺める。
受付が終わり中島が俺を呼ぶ。
「お、おい多村」
「なんだよ?」
「ちょっと耳かせ」
急にどうしたんだこのバカは。
「やだよ、気持ち悪い」
「そう言うなって! なあ————」
何が楽しくて俺は中島と耳打ちをしなきゃならん! 普通に言えよ。
「立花さん、めっちゃタイプだわ」
え?
「お、お前」
中島が俺から離れる。
「どうした?」
「目と脳腐ってんだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「急に叫ぶなよ!」
つまり俺の命を賭けた行為は通じなかったってことか、俺はその場に一気に崩れたとさ。