八つ当たり
スマホの着信音が鳴る。
しばらく鳴り続けて……止まる。
間も置かずまた着信音が部屋に鳴り響く。
しんどい。
うるさい。
あ……。
「あっ!!」
アタシはベッドから飛び起きてスマホを探す。
どうやって帰ってきたのか全然覚えてないけど、ここは倉崎くんの部屋だった。
いつの間にか外は日が落ちていて、部屋の中は真っ暗。
「いてっ!」
スマホの音を頼りに探しているうちにベッドから転げ落ちてしまった。
スマホは鞄と一緒に床に放り投げられていた。
まだ着信音は鳴っている。
相手を見ると、倉崎くんだった。
「……っ」
ほんの一瞬落胆する。
アタシは慌てて浮かび上がったみりあの顔をかき消す。
さっきの今でみりあがかけて来るわけがない。
「もしもし」
「四枝さん、大丈夫?」
開口一番、倉崎くんはアタシの心配をしてくれた。
「何度も電話したのに全然出ないから……」
そうか、それはそうだ。
「みりあとデート中だったらどうするのさ」
「えっ!? 告白受け入れたの!?」
心配してくれたアタシに対してつい重い軽口をぶつけてしまう。倉崎くんはあからさまに動揺する。
するわけないじゃん。
本来倉崎くんとみりあの話なんだから。
「んーん、してないよ。断ったよ。みりあ泣かしてきた」
言いたくないのについ嫌な言葉をぶつけてしまう。
心のもやもやが膨れ上がって止まらない。
「大変だったね……。上浜さんには悪いことしたね」
「……倉崎くんのせいじゃないから。アタシが調子乗って人の目気にせず男子してたからね。アタシが惚れさせちゃったんだ」
「そう、だね。……四枝さんはとても格好良い男の子だと思うよ」
自嘲気味に呟くアタシの言葉を倉崎くんはつかえながらも肯定する。
「倉崎くんも可愛い女子してるよ。……アタシたちこのままの方がいいのかもね」
「それは……。でも僕より男の子であることは確かだね」
ついに言ってしまった入れ替わりの肯定。
それに対して倉崎くんもやんわりと続く。
しばし沈黙。
「あ……」
不意に思い出した。
鞄にしまった大切な手紙。
これはちゃんと話さないと。
「話変わ……らないかもしれないんだけど、倉崎くんは通学バスで気になる女子いる?」
「それは答えなきゃダメ?」
「ダメ」
「今日の四枝さんは意地悪だね。……いるよ」
「私立の子?」
「何かしたの?」
アタシの追求についに倉崎くんの堪忍袋の緒も切れかけたようだ。
何かしたの? って全部アタシが悪いみたいじゃん?
「してないよ。倉崎くんも失礼だね。―――彼女からラブレター貰ったよ」
「え?」
「おめでとう」
しばらく返事がなかった。
「もしもし?」
「……」
「もしもーし」
「そっかぁ……そっか……」
ようやく聞こえた声は一瞬喜んだ後沈んだ声になった。
「まだ開けてないからちゃんと確認しないとダメだからね。外から見たら完全にラブレターってだけだから」
「それもさ」
倉崎くんの声は沈んだままだ。
「四枝さんが貰ったものだよ。おめでとう」
「は?」
カチン。
カチンときた。
「アンタねぇ! アタシは何もしてないよ! ずーーっとアンタにラブレター渡したくて渡せなかったのを今日!受け取っただけだよバカ!!」
大声で叫んでしまった。
『何叫んでるの!』
下から倉崎くんのお母さんが怒鳴ってくる。
「バカはアンタだよ圭織」
気付けば電話の相手が変わっていた。
「黙って横で聞いてれば。八つ当たりしないの」
お姉ちゃんだった。
「みりあちゃんをフったショックとストレスを倉崎くんにぶつけてただけじゃん。それにつられた倉崎くんも悪いけど、まずはアンタが謝りなさい」
「ごめんなさい」
アタシはすぐに謝る。
分かってる。
みりあを泣かせた自分が許せなくてやるせなくて、話し相手にぶつけただけだ。
みりあ以外なら誰でもよかった。
「ごめんなさい」
倉崎くんも謝る。
「はい、終わり。みりあちゃんの話は倉崎くんが学校に行けるようになってからかな。ラブレターは倉崎くんが受け取って自分で見てみたらいいわね」
お姉ちゃんがまとめる。
第三者がいて良かった。お姉ちゃんがいて良かった。
けど、結局アタシが出来ることは何もない。
明日以降も倉崎くんが来るまで、みりあとの間に辛い雰囲気が残ることになる。
「倉崎くん、みりあのケアよろしくね」
「頑張ってみる」
その声に自信は感じられない。
失恋した女の子のケアはアタシも自信がない。
本当はアタシがケアしたい。
でも今のアタシでは出来るわけがない。振った本人が何をどうケアするというのだ。
「倉崎くん、身体はどう?」
言いながらようやくアタシは自分に余裕がなかったことに気付いた。
朝あんなに生理に苦しむ倉崎くんの声を聞いていたじゃないか。
「なんとか」
「ごめん、アタシ余裕なかった。……告白を断るのってこんなに辛いんだね」
「みりあちゃんだからでしょ」
「上浜さんだからだよ」
電話の向こうからほぼ同時に同じ内容が聞こえてきた。
「親友だからね、確かにそうかも」
アタシはそう納得した。
だけどどうしてか何か心にしこりが残った気がした。
「ようやく雨が降ってきたね。天気予報も適当だね」
翌日。
今までの晴れが嘘のように土砂降りの大雨だった。
倉崎くんのお母さんがテレビの天気予報を見ながら言う。
「これは傘を差していても濡れそうだな」
倉崎くんのお父さんがしかめ面でリビングを出て行く。
アタシも続いてリビングを出る。
「今日は早いな?」
「雨で湿気が多いバス、人が多いのはイヤだからね」
アタシはそう言って肩をすくめる。
「いってらっしゃい」
送り出す声を背中に受けて、傘を手に取りドアを開けると
ざあああああ
一層雨音が強く聞こえてきた。
これには思わず足が止まる。が学校に行かないわけにはいかない。
「いってきますっ」
傘を差して家を出て急いで走り出す。今日は歩いてなんかいられない。
数分もしないうちに靴の中が濡れてきた。
替えの靴下を持ってきていて良かった。
雨足に負けないようにバス停までノンストップで走って辿り着くとバスがちょうど着いたところだった。
「はぁはぁ」
腕時計を見る。普段よりもずいぶん早い。
この時間のバスは普段より人も少なく感じる。
相変わらず人は多いがぎゅうぎゅう詰めにはならなかった。
そして。
「いないか……」
やはり少女はこのバスには乗っていなかった。
おそらく倉崎くんとあの子は待ち合わせるでもなく、ただ同じバスに乗り合わせて少しずつ想いを膨らませていったのだろう。
(ごめんね)
心の中で少女に詫びる。
ただ、昨日走り去った少女と返事を持たずに顔を合わせるのは心苦しかったので、少しだけ安堵したのも事実だった。
「上浜は今日は欠席だ」
朝のホームルームにみりあは現れなかった。
出欠で先生はアタシたちにそう告げた。
倉崎くんは今日も休みだ。朝のうちに連絡は取り合っている。
アタシはみりあの席を見る。
誰も座っていない席。
ただそれだけなのにアタシの胸はきつく締め付けられた。