ごめん
午前中の授業は全く頭に残らなかった。
ただただ、鞄の中の手紙とみりあの囁きが頭の中をぐるぐるしていた。
いきなり恋愛イベントが二連続とかやめてほしい。
まあ、手紙はアタシ宛てじゃないし?
……でもみりあのお相手はアタシ in 倉崎くんなんだよなぁ。
休み時間も何もする気がしなかった。
みりあは近づいてこない。
自分の席でずっと突っ伏している。
ああしてたら心配する子以外は話しかけてこないもんね。
その心配するアタシは今日は休みだ。
みりあと倉崎くんかぁ……。
親友の恋愛をジャマする気はさらさらない。さらさらないんだけど、ほぼ確実にここ数日の倉崎くんに惚れたのなら、それは違うと言わないといけない。
いや、もしかしたら案外上手くいくのかもしれない。
普段から暴力ふるったり目立つようなことをするのって、それはそれで反感を買いそうだし。
元に戻って大人しいいつもの倉崎くんに戻っても、『でも彼はいざという時には頼りになるの(はーと)』となる可能性も高いのだ。
みりあとのイベントは今日の放課後。時間がない。
倉崎くんに連絡を取りたくても学校内ではスマホ利用は禁止だ。
……トイレで連絡するか?
バレたらスマホ没収されてしまう(放課後返却)し、親にも連絡がいくが、背に腹は変えられない。
アタシが一人で解決出来る話ではないのだ。
そう決断したのはお昼休みに入ってからだった。
「あれ、今日は倉崎一人なんだね」
すぐにでもトイレに行こうとスマホを隠し持って立ち上がると、百合好きなぽっちゃりくんが話しかけてきた。
でもごめん、時間がないんだ。
「ごめん、お腹の調子が悪くて。また後で」
「おう」
アタシがお腹を押さえると彼はすぐに引き下がってくれた。
「でも本当にトイレ使うなら職員室近くのトイレだぞ」
「え?」
「教室近くのトイレはみんな長いぞ」
そう言って電源の入っていないスマホをポケットから取り出して振る。
「そうだった、ありがとう」
アタシは内心舌打ちをしながらも、でも目の前の彼にはちゃんとお礼を言う。
舌打ちをしたのは個室に籠もってスマホ使ってる男子たちに向けてだ(アタシもそのつもりだったんだけど)。
女子は個室しか使わないから、トイレの時間なんてある程度分かる。長く使ってると『大なの?』みたいに嫌な噂になる。
アタシの知る限り便所飯をしている女子はいないので、スマホ利用のために長くトイレを使ってると最悪先生にチクられる。
その点男子は個室自体を使うことがあまりないせいか、個室は隠れスマホ利用の巣窟となっているようだ。
利用者のほぼ全員が共犯者であるため、お互い先生には黙っているんだろうね。
だからスマホ利用が出来ないような職員室近くの個室が本当にお腹が痛い男子にとっては聖域なのだろう。
さて。
アタシはどうしよう。
お腹が痛いと目の前の彼に言ってしまった以上、近くの男子トイレで個室の空きを待っている姿を見られるわけにはいかない。
かと言って職員室近くのトイレに行ってはスマホ利用なんて本当に短い時間しか出来ない。
短い時間で相談するには難しい内容だ。
仕方ない。
アタシは職員室近くのトイレの個室に入ると便座に座り、『みりあに告白された、倉崎くんはどうしたい?』とだけメッセージを送ったのだった。
授業中はスマホの電源をオフにしなければならない。
もちろん休み時間に電源を入れるのもダメだ。
だからアタシは午後の授業が終わるたびに男子トイレの個室に駆け込んで倉崎くんからの返信を待った。
だけれどもSNSは既読すらつかない。
おそらく鎮痛剤を飲んで寝ているのだろう。
寝て生理をやり過ごせるなら喜ばしいことだ。倉崎くんも心身ともに休まる時間だろう。
だけど今はヤバいんだよ!!
スマホを見れるのもあと一回。
倉崎くんの反応を見るのが精一杯だ。
つまり、結局アタシが心を決めるしかない。
一番いいのは現状維持、つまりみりあの告白を断ることだろう。
みりあには辛い想いをさせてしまうが、告白を受けてしまえばアタシとの関係も倉崎くんとの関係もおかしくなってしまう。
アタシと倉崎くんが元に戻ったら、その時にはもう一度みりあに決めてもらえばいい。
もし倉崎くんがその気なら、倉崎くんから告白してもらえばいい。
それは今日でもいいかもしれないけど、それには倉崎くんの了解が必要だ。
次の一回で倉崎くんから良い返事が貰えたら……アタシはみりあを倉崎くんに渡すことになる。
いやだ。
「違う」
頭の中の想いを声に出して否定する。
アタシとみりあは女同士だ。
いくら親友とはいえ、いつかはお互い心惹かれる異性とくっつくのが幸せ。そんな幸せを祝福出来るのが親友だと思う。
同性愛というのもあるらしいけど、アタシはよく分からない。
アタシはまだ子供だから、恋愛が分からない。
だからみりあを手放したくない。それだけなんだ。
でもアタシはみりあじゃない。
みりあにはみりあの考えや気持ちがある。
アタシにはみりあの気持ちや考えを変える権利は、ない。
(倉崎くん……返事ちょうだい!)
最後の確認。
アタシはスマホの電源を入れる。
(!!)
メッセージは既読になっていた。
だけど……返信はなかった。
「倉崎くん、ごめんね。呼び出しちゃって」
「ううん」
時間は止まらない。
放課後。
アタシは重い足取りで校舎裏に辿り着いていた。
だけど顔には見せない。
告白されるだろう場面で暗い顔で登場だなんて、あまりにも相手に対して失礼だと思ったからだ。
出来るだけ普通の顔で。
アタシは人気の少ない校舎裏の目立たない場所に立つみりあの顔をしっかりと見つめた。
みりあの顔はすでに紅潮している。
はた目には分からないがアタシには分かる。みりあはめちゃくちゃ緊張している。
両手の指はくるくるくるくる回ってる。
みりあと恋愛関連の話をしたことはない。
だからみりあも告白なんて初めてなのかもしれない。
アタシだって初めてだ。
みりあが相手だって言うのに、断ろうってもう決めているのに、心臓がバクバクしているのが分かる。
「……」
「……」
アタシからかけられる言葉が見つからない。
『この状況ってことは……告白?』
倉崎くんにしては軽薄すぎる。
『何の用事かな?』
分からないわけないだろ!!!
だからアタシは黙るしか選択肢が思いつかない。
みりあもそんなアタシを見て何も言わない。
ただ見つめ合う二人。
このまま時が止まってしまえばいいのに―――
「倉崎くん。あなたのことが好きです」
だけどみりあは勇気を振り絞り、一歩を踏み出した。
「圭織のためにケンカしたり助けてくれたりした倉崎くんはとてもかっこよかった」
「私は圭織と違って目立たない女だけど……でもあなたが好きな気持ちは誰よりもあります」
「私をあなたの彼女にしてくれませんか」
みりあが両手を胸の前で組みながら、まるで懺悔のように、神への告白のように、まっすぐアタシを見つめながら言う。
しっかりとした言葉。だけど組んだその手は震えている。
瞳だって潤んでいて、今にも涙が溢れ落ちそうだ。
怖い。
逃げ出したくなる。
こんなにも激しくて温かい誰かの想いをぶつけられたのは生まれて初めてだ。
でも逃げるわけにはいかない。
みりあは勇気を振り絞った。
そんな健気で愛しい子の告白に応えないわけにはいかない。
だけど……っ!!!
「ごめん」
たった三文字を言葉にするだけでアタシの口はすっかりからからになってしまった。
だけどアタシは断ると決めていたから。
アタシも勇気を振り絞った。
「あ、はは……だよね。いきなりすぎるもんね。バカだなぁ私。ありがとうね倉崎くん。ちゃんと返事をくれて」
みりあは大きく見開いた目から涙をポロポロ零しつつ泣き笑いの表情を浮かべる。
両手は力なく垂れ下がり、足もがくがく震えている。
「……!」
見ていられなくなってついにアタシは顔をそむける。
こんなみりあの姿は見たくなかった。
アタシのみりあをこんなに悲しませるやつは許せない。
そう、アタシだ。
アタシはアタシが許せない。
でもこれはアタシが決めたこと。
アタシのワガママで決めたことなんだ。
アタシの顔を殴ったって傷つけるのは倉崎くんの体。
だからアタシはじっと耐えるしかない。
それがアタシへの罰だ。
両の拳を強く強く握り締める。
「それじゃあねっ。……さよなら」
みりあはそう言ってアタシの横を通り抜ける。
顔は見れない。
アタシはみりあが立ち去った後もしばらくその場に立ち尽くしていた。