生理とラブレターと呼び出しと
「痛い……だるい……死ぬ……」
「死なないから」
「病院行きたい……こんな痛み初めてだよ……」
「生理痛くらいで病院は止めて。薬あるでしょ? あと電気毛布がベッドの横のチェストの一番下に入ってるからそれ使って。気持ち楽になるから」
翌朝。
これで四日連続の晴れが続く通学路。
倉崎くんから地の底から響くような震える声で嘆きの電話がかかってきた。
普段よりちょっと早い生理のご来場。
入れ替わって生活リズムもがくんと変わっただろうから、バイオリズム?が狂ったらしい。
でもまあ予測範囲ではある。
アタシの生理は腰回りや下半身に痛みやだるさが出て、吐き気がするほど辛い。というか吐く。
あとそこそこ長く続く。
死ぬことはない。ただ死ぬほど辛いだけだ。
これが人生の半分近く、毎月毎月来るんだから女は損だ。
やっぱり男は楽だ。ズルすぎる。
「あ、そうだ。ねえねえ」
アタシは話を変えようとふとした思い付きを聞いてみる。
男女が分かり合えない永遠の論争。
「金玉蹴られるのと生理、どっちが痛い?」
聞いちゃった。
「……」
小声でぼそぼそと何言ってるか聞こえにくいが、おそらく呪いの言葉だろう。
あの温厚な倉崎くんですら苛つかせる生理。恐ろしい。
それでも面と向かって言って来ないあたり、倉崎くんは優しすぎる。
「……四枝さんも蹴られたらいいんだ」
う。
正論返された。
アタシもわざわざ痛い思いはしたくないから、聞いたのに。
「今日学校……休む。ごめん」
「アタシの欠席なんて気にしなくていいから」
「女の子すごい……」
「そうだよー。せめて倉崎くんだけでも女子に優しくしてね」
「耐えられない……」
「お姉ちゃんに存分に甘えて。昨日バレて良かったね。それじゃあそろそろバス停だから。がんばれ」
なお話し続けようとする倉崎くんにそう言って電話を切った。
倉崎くんは一人で寝てるのが辛くて辛くて、自分の登校時間に電話かけてきたんだろうけど、もうバス停が目の前だ。すでに人も並んでいる。
ここには彼と顔なじみの人もいるかもしれない。
そんな場所で朝から生理の話をしているのはさすがにヤバい。
倉崎くん、君の名誉のためなんだ。うん。
バス停の列の後ろにつくとすぐバスがやってきた。
人が詰まったバスに乗り込みながらアタシはある予感があった。
今日もあの女子に会う気がする。
「……」
ほらね。
やっぱりいた。
しかも今日は一昨日や昨日とは違う、後ろの方に乗り込んだんだけど、彼女は人ごみの中をするすると通り抜けてアタシの横にちょこんと並んだのだ。
これはちょっとドキドキしますね!
そっと彼女の横顔を見ていることがバレない程度に覗き込む。
「!」
「!」
同じくこっちを覗き込んでいた彼女とバッチリ目が合ってしまった。
慌てて目を逸らす。
ヤバい。可愛い。
一昨日は股間に気を取られていて、余計な情報は入れないようにしていた。
声は聞いていた。とても女の子らしい、みりあが出すおねだり声より自然で可愛らしい声だった。
真っ黒な髪を綺麗に編み込んで後ろで纏めていて。
小さな顔にパッチリとした大きな瞳。
彼女には少し大きいセーラー服の奥にはあの柔らかそうな―――
そこまで思いが連鎖してしまったのを必至にかき消す。
立っているアタシの目の前で座って寝ているのはバーコード頭のおじさん。
これを見て心を落ち着かせよう。
結局その後は彼女のほうを見ることもなく。
ただ視界の端に彼女の柔らかそうな真っ赤な頬が時々写りこんでいた。
そしてバスを降りようとして。
「あの……っ!」
小さな震える声。でも何かを秘めた声で彼女は話しかけてきた。
「これ……!」
そう言ってアタシの制服のポケットに白い何かを詰め込んだ。
「急ぎませんっ」
呆気に取られるアタシを残して彼女はするすると前に行って……あ、降りた。え? ここ違うよね?
そう思っていたら彼女はバタバタとバスの進行方向へ走り始めた。あれは女子の全力だね。全然遅いけど。
「……あ、降りないと」
我に返ったアタシは急いでバスを降りた。
うちの学生はこのバスにたくさん乗っていたけど今のやり取りは誰にも見られていなかったようだ。
ええー。
そんなことある?
教室に向かう前に男子トイレに行き、個室に入ってカギをかけた。
「んー」
ポケットから彼女が突っ込んだ薄い白いものを取り出す。
それは白い洋封筒だった。
「ですよねー……」
裏返すと星の形をしたシールで封がされている。名前は書かれていない。
よく見るとところどころ握った跡がある。
……封をしてどれくらい持っていたのだろう。
これはもしかしなくてもラブレター、というやつでは……。
ちなみにアタシは渡したことも貰ったこともない。
渡すには男全般嫌いだし、貰うにはがさつすぎる。自覚はある。
こういう見ているだけで体がむずむずするイベントは遠目に見るもので、アタシには縁がないものと思っていた。
「まあアタシ宛てではないんだけどね」
自分に言い聞かせるように小声で呟く。
これは倉崎くんに宛てたラブレターだ。
中身がとてもとても気になるが、アタシにこれを開封する権利はない。
「この事知ったら倉崎くん痛みも吹っ飛ぶかもね」
大切なお手紙を鞄の奥にしまうと、アタシは適当に水を流してトイレを出た。
「圭織今日は休みみたい」
「そうなんだ」
席に着くとみりあがとてとてとやって来た。
「昨日も具合が悪そうだったし。でも圭織が休むのは珍しいんだよ」
「そうなんだ。早く良くなるといいね」
「うん」
おそらく女のみりあは倉崎くんが休んだ理由は見当が付いているだろう。
だけどさすがに男子であるアタシにはそれを全く気取らせようともしない。
女子が隠し事上手いのはこういうのもあるんだろうなあ。
欠席理由を知ってるアタシたちがお互いそれと気付かせない、話を膨らませない。
どうでもいい雑談に花が咲く。
「でね、昨日のテレビで~」
アタシがアタシとバレないよう会話しているからなのか、アタシは不意にみりあの変調に気付いた。
口調はいつも通りだけど、みりあの指。さっきから忙しなく動かしている。
とは言っても注視しなければ気付かない、普段から観察してないと分からない、アタシだけが知ってるみりあのクセ。
何か大事な話がある。
みりあにはそのクセのことを教えてない。
だって見てて可愛いから。
だけどアタシは今この瞬間、みりあにとても教えてあげたくなった。
何かヤバい。
黙らせないと。
だけど倉崎くんの体ではそれは言えない。
「ホームルームを始めるぞ」
助かった。先生が来た。
「上浜さ」
上浜さん、またね。
そう言おうとしたアタシの言葉をみりあが押し留め、
「―――放課後校舎裏に来て。待ってるから」
アタシの気が緩んだスキ、なのかどうかは分からない。けれどみりあはそれだけをアタシの耳元で囁くと、普段通りのステップで自分の席に戻っていった。
アタシは椅子に座ったままずっと呆けていた。
先生が何をしゃべったのか、いつ先生が教室を出て行ったのかも分からない。
少女コミックとかでよく見る展開。
この先は知ってる。むしろ全ての人類が知っているんじゃなかろうか。
昨日ちょっとからかったのがいけなかったのか。
みりあが倉崎くんのことを……なんて全然知らなかった。
みりあと話してても恋愛の話にはほとんどならなかった。
確かに倉崎くんは顔は悪くない。
背もそこそこあるし力だってある。
でもそんな惚れるようなことなん、て―――
「……」
アタシは倉崎くんになってからの言動をなるべく客観的に思い出す。
四枝さん(アタシ)の悪口を言われて戦う。
『でも倉崎くん格好良かったよ』
気分の悪い四枝さん(アタシ)を支えて保健室に連れていく。
『二人もしかしてつ、付き合ってる!?』
『そっかぁ。そっかそっか』
顔が真っ青になるほど思い当たる節がある。
最後のなんてもう最終確認じゃん!!?
ちらり、と机に掛けた鞄を見る。
ちらり、と前に座っているみりあを見る。
みりあは机に突っ伏したままだ。
四枝さん(アタシ)がいないから自然な光景、のはずだ。
でもアタシには真っ赤な顔をひたすら隠すみりあの顔が見たように思い描けるのだった。