楽しい水泳!
先生はロングホームルーム後だったため、すぐに駆けつけてくれた。
クラスのみんなは倉崎くんに好意的だった。
アタシが囲まれたのをみんな見ていたし、1対5という数で相手が暴力を振るっていた、先に手を出したのも相手。そうちゃんと報告してくれた。
普段の倉崎くんはとても信用されているようだ。
倉崎くんの信用に甘えてしまった。
だからアタシは職員室での先生方のお説教が終わってすぐに教室に戻って倉崎くんに謝りに行った。
「四枝さんごめんね」
アタシたちが職員室に連行されて半分くらいの生徒はすでに帰っていたが、倉崎くんとみりあは待ってくれていた。
アタシは倉崎くんに勢いよく頭を下げる。
「どうして倉崎くんが謝るの? あ、アタシの悪口聞こえてきたから。アタシこそありがとう」
「うんうん! 倉崎くん圭織のためにありがとう!!! 圭織と付き合うの許すよ!!!」
「いやいや」
感動したみりあが感極まったようにお礼とついでにバカなことを言う。
「あ、トイレ」
絡まれてから約30分。
厄介サル共はまだ説教を受けてる最中だが、アタシは早めに解放されていた。
ずっと倉崎くんに謝ることしか考えてなかったので途中トイレに寄ることも忘れてた。
結構我慢出来るんだ、男の子。
最高!
「はいこれ。今日のお礼だよ」
学校からほど近い公園。
アタシたち3人はコンビニで買い物したあと、ここに立ち寄っていた。
「ありがとう上浜さん」
みりあからペットボトルのコーラを受け取る。
倉崎くんとみりあも各々好きな飲み物を持って木陰のベンチに座る。
倉崎くんも学習したらしく、ちゃんとスカートをおしりの下に敷いて座っていた。
「倉崎くん、ケガ大丈夫?」
倉崎くんがアタシの顔を心配そうに見つめてくる。
まあ自分の顔だものね、ごめん。
「大丈夫だよ。さすがに色々言われて頭に来たんだ」
「普段バカな圭織が、今日はもっとすごいバカになっちゃってたから、倉崎くんに助けてもらってたのに。なんか巻き込んじゃったね」
「もういいよ。済んだことだし」
倉崎くんの向こうに腰掛けたみりあが少ししょんぼりした様子で話す。
「でも倉崎くん格好良かったよ」
「え?」
みりあからとんでもない言葉が飛び出した!?
「いやホントホント。絡まれて言われ放題、そういうのがいつもだし。みんなそんな感じだし。倉崎くんが暴力振るったの、圭織のためだけじゃないかもしれないけど、私は格好良かったって思う」
「て、照れるなぁ」
みりあの言葉に顔が赤くなるのを感じる。
みりあ、女から見てもいい子だけど、改めて男として見るとこんな可愛い子いないなぁ。
背はアタシより少し高め。なのに体重はすっごく軽い。これはアタシの胸の贅肉とみりあの慎ましい胸の差に違いない。言うといつも笑顔でアタシの胸をちぎらんばかりに引っ張るから絶対言わないけど。
顔立ちも少し幼いながらいつもニコニコで周囲を明るい感じにしてくれる。
いつもアタシのことをバカバカ言う割には気を使ってくれて、アタシのイヤな気持ちを吹き飛ばしてくれる。
全体的に子どもと大人の境界線上にいる少女の美しさを感じさせられる。
この体だったらみりあをぎゅっと抱きしめたらすっぽり収まりそうだ。
いやぁ、アタシが男だったらみりあを彼女にしたいね!
「倉崎くん、いつもと違ってとても格好良かった」
倉崎くんが背中を丸めつつ、手の中のペットボトルを転がしながら、視線は足元を見つめながら言う。
倉崎くんには微妙な事態だったろう。
自分じゃない自分がこうして評価されるのは。
自分じゃない自分が成果を上げて、それを自分が誉めるのは。
今日の倉崎くんは傍目から見ても散々だった。
朝の隙だらけの格好に始まり、トイレもなかなか行けず、胸は机の上に放り出し(重いから置きたくなるのは分かるしラクだけどそれは教室ではやっちゃダメだ)、男子や先生の無遠慮な視線に怯え、歩けば足元が見えないから何もないところでつまづいて。
……女の体はそんなに扱いにくいのだろうか。
いや、扱いにくい!
胸が邪魔すぎて背中曲がるし、男共はいやらしい目線をアタシらの体にぶつけてくるし。
……倉崎くんお疲れ様。
アタシは心の中で彼を労うと
「四枝さんも早く調子が良くなるといいね」
とにっこり笑ったのだった。
しばらく公園で他愛のない会話を楽しんだあと、歩いて帰る二人と別れて、アタシはバス停に向かった。
「んー」
今朝降りたバス停は公園の近くにあるが、普段倉崎くんが使うバス停に向かうと途中で学校の前を通る。
アタシは何の気なしに、いや、少し期待を持って学校へと引き返した。
ビンゴ!
案の定、今日もサッカー部は校庭で練習していた。
この界隈ではそこそこ強い野球部はかなり遠いグラウンドで練習しているが、うちのサッカー部は弱小のため、校庭にゴールポストを置いて適当に練習をしていた。
ほら。
また下手くその蹴ったボールがとんちんかんな方向、つまりはアタシの元へと転がってきた。
「すみませーん!こっちに下さーい!!」
「……」
無言でアタシは手に持ったカバンをそこらに放り投げる。
右足で受け止めたボールを左足の踵で蹴り上げると頭越しに前に戻ってきたボールを太ももで受け止め、何回かリフティングをした。
倉崎くんの体は素直だ。
鍛えられてはいないけど筋がしっかりと伸びる。
これなら毎日運動したらすごくいい筋肉が付きそうだ。
アタシは漫然と下手くそに向かってドリブルを始める。
下手くそもアタシにおちょくられていることに気が付いたのか、アタシの進行方向に立ちふさがる。
アタシたちの距離が縮まる。
ドリブルしながらアタシはグッと左に重心をかける。釣られて下手くそもアタシの進路を塞ぐように動きかける。
「!!?」
次の瞬間にはスピードを上げ、下手くその左を抜き去っていた。
さて次は。
アタシはドリブルの進路を90°直角に曲げ、下手くその相手をしていたサッカー倶楽部の顔なじみの元へ向かう。
「……」
事態を黙って見ていた彼もアタシの意図に気づき、ゆっくりとアタシを迎え撃つ体制をとる。
でもその前に。
斜め後ろからスライディングしてきた下手くそを軽くジャンプしてかわす。
危ないなぁ。
「クソっ!」
その後もしつこくまとわりつくが、下手くそはアタシからボールを奪えない。
1対2かぁ。
まずは下手くそをそろそろ引き剥がそう。
顔なじみの彼が手出し出来ない距離でまず直角に曲がりドリブルのスピードを上げる。
途中他のサッカー部員の前を通るが、彼らは面白がって足を出してこない。
さすがのアタシでもここにいるサッカー部員全員と戦う気はないので助かった。
運動量の差か、下手くそも体力だけはあるらしく、アタシになんとか喰らいついてはいる。
ほんじゃ皆さんの力お借りしますか。
何人目かのサッカー部員の前を通り抜けた時、アタシは自分と下手くその間にサッカー部員が来るような状況を作り出した。
「うわあッ!!?」
サッカー部員の背後で進路を変えたアタシについて来ようとするも、目の前のサッカー部員にぶつかって倒れてしまった。
さあ勝負だッ!!!
アタシは一気にドリブルのスピードを上げ、顔なじみに迫る。
彼もスピードを上げアタシに迫ってきた。
勝負は一瞬!!
アタシの股抜きがキレイに決まった。
アタシはドリブルの足を止め、こちらを驚いたように振り返る顔なじみにボールを蹴ってよこした。
「すんません」
頭を下げてアタシはそう謝ると、大きく深呼吸する。
気分がハイになって気づかなかったが、改めて落ち着いてみると普段使わないであろう足の筋肉ががくがくと震えていた。
「ふざけんなよ、テメー。……でもやるじゃないか」
両膝に手をついて肩で大きく息をするアタシに、彼は怒気のはらんだ声で悪態をついたあと、あっけらかんと素直にアタシを認めてくれた。
うんうん、彼はこういう奴だ。
まとめて切り捨てるのではなく、良いところは良いと認めてくれる。
……コイツともっとコンビを組みたかったな。
その後、周りのサッカー部員から入部を進められたが、アタシは丁重に断った。
全力で男の体を動かしたかっただけ、なんて本音を言ったら彼らからも囲まれてしまうに違いない。
カバンを拾って帰ろうとするとズボンのポケットの中が震えた。
見るとスマホのSNSアプリにメッセージの受信が届いた。
校内ではスマホの利用が禁止されているので、ひとまずバス停まで早足で歩く。
バス停でメッセージを確認する。
『帰り着きました。色々相談したいです』
倉崎くんからだった。
本当は放課後って話だったけど、アタシは男になれたのに浮かれていていつも一緒に行動するみりあのことをコロッと忘れていた。
『まだ帰り着いてません。家に帰ったら連絡します』
そう返信してスマホをポケットに突っ込む。
ちょーっと今日は暴れすぎたかもしれない。
でも気分は爽快だ。
男ってステキだ!!!
「ただいまー」
家に帰り着き、アタシは倉崎くんの家を我が物顔でのし歩く。
倉崎くんのお母さんはパートに出かけていることは事前に聞いているので、誰もいなくても問題はない。
冷蔵庫を開けて麦茶を一杯、コップに注ぐと一気にあおる。
「ぷはー!」
やっぱり夏は(まだ夏じゃないけど)麦茶に限る!
くんくん。
今日は倉崎くんにしては派手に動きすぎたか。
かなり汗をかいたし汗臭い。
ちょっとシャワーでも浴びようか!
倉崎くんの部屋に行ってシャワーの準備をする。
制服はここで脱いでもいいだろう。家の中だし下着姿でも問題ないはず。
制服は軽くはたいて形が崩れないようにして、ズボンも折り目に合わせて……と。
タンスから、男物の下着を取り出す。
倉崎くんはトランクス派らしい。ほほぉ。
今履いてるのもトランクスだし、ブリーフはないのかな、残念。いや、男の下着にそこまで興味があるわけじゃないけど、見れるものなら見たかった。
下着姿で洗面所に行くとぽいぽい下着を脱いで洗濯カゴに入れていく。
アタシはあっという間に生まれたままの姿だ。
風呂場に入ってシャワーを出す。
じめじめした季節とはいえ、さすがに水シャワーは辛そうだ。
暖かい温度に合わせてシャワーを全身にかける。
「ふー」
頭からシャワーをかぶっておでこから後頭部まで両手をやる。
ああ気持ちいい!
シャワーをひっかけ、両手が自由になると。
「……」
視線が自然と股間のアレにいく。
ここらでこのアレの全力を見ておきたい気がする。
えーと、えーと。
股間に力を入れても大きくなる様子はない。
「確か…」
今朝バスの中で見たラッキースケベを思い出す。
あの貧相な胸板についていた不自然なほどに柔らかそうなおっぱい。
白いブラに包まれてはいたが少し隙間があって―――
「おおっ!?」
ムクリムクリ。
瞬く間にアレが大きくなった。
「わぁ♪」
これが男の象徴かぁ……。
固くなったアレは反り返っていておへそにひっつきそうだ。
触るととても固くて熱くて、こんな人体のパーツなんてさわったことがない。
これが自分の股間に欲しかった。
鏡に映った倉崎くんには力強さ、雄々しさを感じる。
「たしか男の場合は……」
オカズはアタシの脳内に山ほどある。
アタシは自分を慰め始めた。
『遅くなりました』
『お帰りなさい』
お風呂場で欲望を発散させたアタシはシャワーも浴びてスッキリした気持ちで倉崎くんとのSNSをつないだ。
『僕の体であんまり無茶しないでね?』
ごめん倉崎くん。平穏なオタク生活とはかけ離れた1日を過ごさせていただきました。
『心配をおかけします』
アタシはこう返すしかない。
慰めちゃいました。
好奇心で舐めちゃいました。
……まずかったけどドキドキしました!
『そっちは大丈夫?やっていけそう?』
アタシよりも倉崎くんだ。
やはり気楽な男に比べると女生活は辛そうだ。
アタシの体で発散してくれれば、おあいこでアタシとしても気が楽になるんだけど…。
『女の子って大変だね』
倉崎くんは文章を打ち始めた。
『胸はとても重いし、男のいやらしい視線がとても気持ち悪かった。身長も縮んで見る世界が変わって怖かった。女の子のあられもない姿をマンガやアニメで見るのは好きだけど、自分がなってみてキツかった』
『朝はまだ平静を保てたけどなんかすごく不安ですぐ泣きたくなってくる。朝は上浜さんに上手く話しかけられなくて、四枝さんに声かけてもらえて本当に嬉しかった。上浜さんに抱きしめられて嬉しかったけど申し訳なかった。中身は僕なのに』
倉崎くんからの文字がとめどなく流れてくる。
そのスピードから本当に不安がっている様子が伝わってくる。
『マンガやライトノベルだと女体化っていうジャンルがあってニッチな人気があるらしいけど、僕には合わなかったみたい』
性別変化なんかは少女マンガなんかでもよくあった。
アタシは男の子になることに憧れていたものだけど、合う合わないはどうしてもある。
落ち込んだアタシを慰める方法……。
学校ならみりあがすぐに声をかけてきてくれるが、家ではさてどうしたものだろう。
倉崎くんのこの調子では女の体での自慰を勧めるのは逆効果になりそうだ。
『とりあえずベッドにサッカーボール型のクッションがあるでしょ?それを思いっきり抱きしめてみて』
アタシは泣きたい時いつもやっていることを提案する。
うう、こういうの1人でやってる事人に話すのめちゃくちゃ恥ずかしいな……。
『うん』
そう文字が流れてきたっきり、しばらく会話が途絶える。
これで落ち着いてくれるといいなぁ。
だってこの入れ替わりがいつまで続くか分からないのだから。
最悪一生このままかもしれない。
アタシは気楽にこのままでもいいなんて思っているけど、だからって倉崎くんがどうなってもいいなんてこれっぽっちも思っていない。
神様もどうせならアタシだけ男体化してくれれば良かったのに……。
しばらく倉崎くんから返信がないのでアタシは彼の部屋の探索を始めることにした。
年頃の男の子の部屋なんて初めて入る。
朝は目が覚めたらここにいたわけで。
やっぱりえっちな本とかあったりするんだろうか?
でも今時本なんて目立つし管理も面倒くさい。
スマホの中だろう。
朝確認したとおり、同じメーカーの同じスマホだったので操作はすぐに分かる。
日本じゃほとんどみんなこのスマホだろう。
画像フォルダはすぐに見つかったがやはりというかロックがかかっていた。
さすがに倉崎くんの体でもパスワードは覚えていない。
アタシはつまんなくなって本棚に興味を移した。
本棚にはアタシでも知ってる人気マンガのコミックスがずらりと並んでいた。
小学校の頃はまだ男友達がいてその子から雑誌を借りて読んでいたけど、中学生になってからは男友達がいなくなり、結局途中までしか読んでいなかった。
これで時間を潰しますか。
結局倉崎くんのお母さんにご飯を呼ばれるまでマンガを読んでいたが、倉崎くんから連絡はなかった。
『ごめん、すっかり寝てた』
そう連絡があったのはアタシが倉崎くんのお父さんも交えて晩ご飯を食べ終えたあとだった。
倉崎くんの家は3人家族らしい。
『落ち着けたんならいいんじゃない?』
アタシがそう返すと
『すごくよく眠れた』
とすぐに返ってきた。
今日は本当に疲れたんだろう。
『お疲れ様』
と返すとすぐに
『ありがとう』
と帰ってきた。
『これから注意しないといけないことなんだけど』
彼には悪いがアタシに比べるとイベントがてんこ盛りだ。
『明日はプールがあります』
そう。
女体化を全く楽しめていない彼にとって地獄かもしれないイベントだ。
でも待てよ?
『合法的にクラスの女子のハダカが見られるイベントは楽しめそう?』
彼だって中学2年の健全な男子。
自分がスクール水着に着替えるのがイヤでも、クラスに好きな女子の1人か2人はいるかもしれない。
『正直に言うとドキドキするけど、やっぱり申し訳ないよ』
『男の子なら楽しめ!』
『四枝さんはホント潔いというかなんていうか…』
『でもみりあのハダカ見たら許さない』
『努力します』
無理だろうなぁ。
今日の不調があって明日も不調ではみりあは間違いなくお節介をやいてくる。
タオル1枚まとっただけのみりあのセクシーな姿が…。
そうそう。
『みりあの胸小さいって言ったら胸もがれるから気をつけて』
『言わないよ』
『あと』
これも伝えておかないといけない。
知識として知ってくれているはずなんだけど……。
『アタシもうすぐ生理が始まるかも』
しばらく待ったが倉崎くんからの返信はない。なのでどんどん書き込む。
『机の横にポーチがあって、そこに一式入ってるよ』
『アタシすごく重いから辛くなったら一緒に入ってる薬飲んでね。あとみりあはアタシが重いの知ってるから助けてもらって』
『保健室の山下はアタシの症状知ってるから任せていい』
『生理用品の使い方分かる?分からないよね』
『今とりあえずポーチの中身机に出しちゃおう。部屋に鍵かけて?』
ここまで書いて返信を待つ。
さすがにあそこまで胸の大きい女が「生理分かりません」はシャレにもならない。
みりあに下の世話を任せるわけにもいかないし、倉崎くんの格好をしたアタシが手伝えるわけもない。
アタシの体の生理の世話は、倉崎くんにやってもらうしかないのだ。
情けなくて涙も出てこない。
『鍵かけた。ポーチの中身広げた』
ややあってようやく倉崎くんから返信がきた。
その日は女のプールの作法と生理についての勉強会で会話は終わったのだった。
「おかしい」
3日連続の晴れ模様。
朝のテレビでもようやく異常気象がどうとかっていう話が聞こえてくる。
「本当におかしいわね。どこかで災害とか起きなきゃいいけど」
倉崎くんのお母さんが洗い物をしながらそう言う。
お父さんはもっと早い時間に出ているそうで、すでにいない。
昨日学校から乱闘の件で倉崎くんのお母さんに電話があったらしいけど、晩ご飯の時2人の前で「女の子がバカにされて許せなかった」と話したら、「よくやった、それでいい」と倉崎くんのお父さんに大きく頷かれてしまった。
ああスッキリする。
「今日はプールか」
アタシは男子用スクール水着が入った防水バッグを学校指定のリュックに入れる。
男子用スクール水着といってもただの短パンだ。サポーターは縫い付けてないみたいだけど、ブラがない分荷物も明確に分かるくらいに軽い。
非力なオンナノコに厚手のワンピース水着。日焼け止めとかお題目はあるけれどアタシ的には見せないためのラッシュガード。
重いですよ!
「いってきまーす!」
元気に挨拶してアタシは外へ飛び出した。
「……」
そしてバスの中。
アタシは身じろぎもせずじっとしていた。
理由は明確ただ1つ。
昨日の女子学生とまた会ったのだ。
顔こそ見ていないが、雰囲気で昨日の子だと分かる。
「……」
昨日は彼女の背中越しだったが、今日は何故か向かい合っている。どうして彼女がこっちを向いているのか意味が分からない。
彼女はただ黙って俯いてアタシの方を向いて立っている。
「……」
つむじの上から彼女を観察する。
アタシよりも少し高く、みりあと同じくらいかもしれない。
みりあが153cmくらいだからそこまで高くはない。
髪はしっかりと手入れされ、サイドを編み込んだ、アタシから見るととても手の込んだ髪型をしている。
顔は見えない。
昨日は背中越しだったし、今日は向かい合ってはいるけど身長差があるし、向こうは俯いている。
「……」
お互い微妙な緊張感を漂わせたままバスに揺られる。
今朝は幸い道中昨日のような急ブレーキもなく、アタシは学校近くの停留所で降りると大きく息を吐くのだった。
教室に入ると少し空気が変わったのを感じた。
「……」
教室の後ろを見やると昨日の厄介サル共がいつものおふざけを止めてこちらを見ていた。
先に視線を外したのはアタシのほうだった。
サル共と同じ土俵でケンカするのはアホらしい。
そう考えたからだ。
昨日は男の腕力の小手調べ的な意味合いもあった。
所詮数が頼りのおサルさん、昨日で大体実力差は分かっている。
くくく、昨日からアタシはトレーニングを始めている。
覚えてろよ♪
サル共の視線を気にすることなくアタシが席に着いたことで緊張も切れ、いつものざわめきがクラスに戻ってきた。
そろそろ倉崎くんの擬態もしないとね。
ワイルド倉崎ばかりでは、元に戻った時倉崎くんが苦労してしまう。
机の中をまさぐるとカバーのかかった文庫本が出てきた。
これでも読んで時間を潰しますか。
最初のページをめくると、そこにはハダカの女の子のイラストがこれでもかとばかりに描かれていた。
「―――――!!!?」
肌色の不意打ちにアタシは面食らってしまった。
すぐに文庫本を閉じると机の中に投げるようにして放り込んだ。
はー。はー。
学校にこんなの持ち込むな!こんなの読むな!!
アタシは真っ赤になりながら心の中で倉崎くんにツッコミを入れまくった。
「倉崎くんおはよう!」
「倉崎くんおはよう」
「……上浜さん、四枝さんおはよう」
2人は10分ほどしてやってきた。
元気なみりあにニッコリ笑顔を返すと、みりあはぷいッ!と横を向いてしまった。あれー?
と、それどころではない。
「四枝さん?」
アタシとしてはみりあに向けたのと同じような笑顔を向けたつもりだったが倉崎くんはビクリ!と体を震わせた。
「学校で本読むのは楽しいよ。四枝さんも読んでみる?」
そう言ってアタシは机の中のえっちな文庫本を彼に手渡した。
「ん?」
目をぱちくりさせて気を取り直したらしい倉崎くんが文庫本を受け取り、ぱらぱらと目を通――
「ッ!!?」
ぼんっ!と音が聞こえたと想えるほど真っ赤になった倉崎くんはあたふたと文庫本をカバンの中にしまい込んだ。
「え?なになに?どうしたの?」
何も知らないみりあがアタシたちの顔をキョロキョロと眺める。
今の反応からするとあの文庫本は倉崎くんのものではないらしい。
ではどういうことかと周囲に気を配っていると、右斜め前のオタクくんたちが集まって座っている席辺りがばたばた反応しているのが目に入った。
彼らのか。
貸す約束か何かでもしてたのだろうか。
倉崎くんも四枝さんのカバンに仕舞い込むんじゃない。あとで返してもらうか。
そうこうしてるうちにホームルームを告げる鐘の音が響き渡った。
プールだー!!!
アタシは意気揚々と防水バッグを取り出す。
隣を見ると青い顔をした倉崎くんの顔が目に入る。
そんなにイヤなものなのだろうか。
女子中学生のハダカ見放題なのに。
中学生男子なんてサルなんだから喜ぶはずなんだけどなぁ。
まあアタシの顔でグヘヘとエロオヤジの顔をされても困るわけだけども。
昨日のアレを思い出すに男性が好きって訳でもなさそうだし。
やはりそう単純なものではないのか?
「圭織?顔色悪いけど大丈夫?」
倉崎くんの席に来たみりあが青い顔した倉崎くんを見て心配そうに声をかける。
そうだ!
「上浜さん。四枝さん気分が悪そうだから保健室連れていこうと思うんだけど、いいかな?」
もう保健室で休んでもらおう。
どうせもうすぐ生理だ。
少し早まったと言ってもバレないはず。
「え?あ、んーと」
みりあは言葉を濁す。
みりあも倉崎くんの不調を生理かも?と考えているようだ。
その場合男の子であるアタシに任せるのはどうなのか、考えている。
「四枝さん大丈夫?」
倉崎くんに言葉を向ける。気づけ!
「うん…。倉崎くん助けてもらっていいかな?
みりあごめん。アタシ保健室行ってくる」
通じた!
みりあに本当にすまなさそうに謝る倉崎くん。
「圭織がそれで良いなら……。倉崎くんごめん、圭織よろしくね? 先生にはちゃんと言っておくから」
みりあはそう言ってこちらを心配げに見つめつつもバッグを持って教室を出て行く。
「立てる?」
アタシはそう言ってそっと倉崎くんの手を握る。
アタシの手は小さくて柔らかくて、倉崎くんの手にすっぽりと収まった。
自分の体だというのにまるでお姫様のように繊細に感じた。
これが男の子から見る女の子なのか……。
アタシですら可憐に見えるなんて。
「ありがとう…」
「おっぱい女今日も生理か?」
「やめとけ」
「さすがにあんな青い顔してる四枝を煽ってもつまらないぞ」
「騎士様もいるしな」
「……」
倉崎くんを連れて教室を出て保健室に行こうとすると、まだ残っていたサル共が騒いできたが、無視だ無視。
さすがに奴らもついてこようとはせず、アタシたちはまだざわめきが残る廊下に出た。
アタシが倉崎くんを支えて移動する姿は周囲の注目の的だ。
でも気にしない。
助ける力があって助けられないなら力なんて意味がない。
「四枝さんごめんね。色々考えてたら怖くなっちゃった」
「いいよいいよ。倉崎くんが良くも悪くもマトモな人っていうのは分かったから」
小声で謝る倉崎くんを同じく小声で制するアタシ。
倉崎くんがもし初めから女の子だったら、とてもお淑やかな子だったんだろうなって思う。
そう考えたら倉崎くんも案外可愛いなとアタシは思うのだった。
「山下先生いますか?」
保健室の扉を申し訳程度にノックして中に入る。
クーラーの冷気が気持ちいい。
「あら……四枝さん、どうしたの?」
でっぷり太ったおばさん先生の山下が椅子を回転させてこちらを向く。
「彼女辛そうだったので連れてきました」
「あらありがとう。助かるわ。あとは私が診るからあなたは教室に戻りなさい」
「はい」
倉崎くんをベッドまで連れて行き座らせると、アタシは山下に頭を下げ、保健室を出た。
「倉崎くんありがとうね……」
倉崎くんのお礼はしっかりと聞こえた。
アタシは担任の先生に教室を開けてもらって防水バッグを手に取ると急いでプールへと向かった。
「倉崎!話は聞いてる!さっさと着替えてこい!」
「はい!」
プールに行くとアタシを発見した体育教師が体をプールに向けて仁王立ちしたまま、首だけアタシのほうを向いて怒鳴ってくる。
男子更衣室はコッチ!
ここで間違えて女子更衣室に入ってしまおうものなら、倉崎くんの今後は真っ暗だ。
アタシは指差し確認をして男子更衣室に飛び込む。
間違っていなかった。
男子更衣室の中は全体的に青で配色されていて、ピンクな女子更衣室とは大違いだった。
空いてる棚を見つけてさっさと着替える。
誰もいないのですっぽんぽんになって水着を着る。
は、早い…。
女でも早く着替えているとは思ったが、男には胸やしりを水着にしまう作業がない。
男子更衣室は施錠もされてなかった。
プールの授業に貴重品を持ってくるバカはいないので当然だ。
その分教室には貴重品が置いてあるので、担任の先生が施錠管理するルールになっている。
うちの女子更衣室は全員が出ると体育教師が施錠し、授業が終わったらまた体育教師が開錠するルールだ。
女子も別に貴重品を持ち込んでいる訳じゃないのに。
しかも男子更衣室には窓があるのに女子更衣室には窓はない。換気扇が付いてるだけ。
当然盗難・盗撮対策である。
ああ、女は面倒だね!
「遅れました!」
「準備運動をしろ!終わったら適当な列の後ろに並べ!」
「はい!」
体育教師はいつも怒鳴っていて怖がる女子は多いが、アタシは全然怖くない。
彼はダラダラされるのがキライなだけだ。
的確に指示は出すのだからちゃんと従えば何も怖くない。
怖がる女子はダラダラしているだけだ。
おかしいこと言うときはこっちもしっかり言えば良いだけ。
大人でも男でも、体育教師なら尊敬出来るのかも。
楽しかった!!!!!
女だった時は胸の抵抗で速く泳げなかったが、今日はいつもよりすごく速く泳ぐことが出来た!!!
速すぎて前を泳いでいる男子にぶつかってしまったので、もっと速く泳いでいるレーンに回されてしまったが、そこでも楽しく泳ぐことが出来た。
「倉崎、君なんか変わったね」
男子更衣室で体を拭いていると、ぽっちゃりした男子が話しかけてきた。
朝のオタクくんだ。
「そうかな?」
「うん。昨日は乱闘したし、今朝は貸して欲しいって頼まれてた萌え牧を四枝さんに渡すし」
「あーごめん。四枝さん興味があるみたいだったんで」
「四枝さんオタク嫌いでしょ?それはないよ」
アタシはオタクを嫌ってるわけではなく、興味がないだけなんだけどな。
このぽっちゃりオタクくんとも話したことないし、なんなら名前も知らないし。
「四枝さん昨日から大人しいというか元気がないというか」
「心配してるの?」
オタクくんがアタシの心配をしてくれてるとは思ってもみなかったのでつい聞いてしまう。
「上浜さんと四枝さんが明るく楽しく話をしているのを見るのが僕の幸せだからね」
ん?
なんか斜め上の回答が返ってきたぞ??
「だからその2人の間に入る倉崎、許されないぞ?」
「……善処します? とりあえず上浜さんにも四枝さんのこと頼まれてるから、しばらくは許してくれ」
「ぐぬぬ」
つ、疲れる……。いや、まあ倉崎くんの交友関係に文句は言わないけどね?