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おばあちゃん

おばあちゃんの口調は適当です。

 HRはすぐに終わり放課後。

 雨は今まで降らなかった分を吐き出すように土砂降りだ。

 家までどれほど濡れるのかと、憂鬱な気分で帰り支度をしていると、カバンの中のスマホが音を立てず振動した。

 学校の中ではスマホの利用は禁止されているのでマナーモードにしてある。

 倉崎くんかな、と考えながら帰り支度をしていると、だけれどもスマホの振動が止まる気配が一向にない。

 知っている人ならそれこそ1回鳴らして履歴を残せば事足りる。



 ……。



 嫌な予感がした。


 アタシはさっとカバンの中のスマホを覗き込む。震えながら表示されているのは数字の羅列。このスマホには登録されていない電話番号だ。

 だけどアタシは知っている。

 この番号はお姉ちゃんの電話番号だ!


 アタシはすぐにカバンを抱え込むと脇目もふらず教室を飛び出した。

 後ろからいくつか声が聞こえるが今のアタシには理解できない。

 飛ぶように昇降口に着いて靴を履き替える。ああもどかしい。

 真っ正面を見据えると土砂降りの雨の向こうにお姉ちゃんの車が校門を塞ぐように止まっていた。


 アタシは傘をさすことなく校庭を突っ切りそのままお姉ちゃんの車に滑り込む。

 いつも「泥だらけにしないでよね」が口癖のお姉ちゃんも今は「シートベルトして」とだけ言う。


 アタシはびしょ濡れの体で助手席のシートベルトを締める、と同時に車が走り出す。

 そっと後部座席から手渡されたタオルで乱暴に髪と顔を拭く。


「おばあちゃん危篤だって」

 お姉ちゃんが前を見たままため息とともに吐き出す。


 やっぱり。

 アタシの不安は的中してしまった。

 でも……


「アタシこの格好で会えるのかな?」


 びしょ濡れの学ラン姿のことじゃない。

 この倉崎くんの姿のことだ。

 アタシの本来の体は後部座席でお姉ちゃんのにゃんこクッションでお腹を押さえながら真っ青な顔をしている。


「二人で会いに行きなさい、倉崎くんは圭織の彼氏ってことで」


「「えっ」」


 二人して声をあげてしまうが


「みんなが納得いく説明なんて私思いつかなった! 圭織を迎えに行くだけでもやっとだったの!!」


 珍しく声を荒げるお姉ちゃんの姿に黙ってしまう。

 お姉ちゃんの言う通り、倉崎くんの姿のアタシを迎えに行く理由はない。どうやってアタシを迎えに来たんだろうか。


「お姉さんは僕の具合が悪いことを理由におじさんたちを先に行かせたんだよ」


 そんなアタシの疑問に気付いたのか、倉崎くんが答えてくれる。


 アタシと倉崎くんが恋人。


 これは優しい嘘だ。

 おばあちゃんにはアタシの姿が必要。

 アタシはどんな姿であろうとおばあちゃんに会いたい。


 一瞬みりあの悲しそうな顔がよぎるが頭を振る。

 アタシだってこんな状況で良い案なんて何も思いつかない。


「倉崎くんごめん」


「こんなときだから……でも、あ、僕は大丈夫」


 何かに気付いた倉崎くんは、だけど言葉を飲み込んだ。



 それきり車内の会話は途絶えてしまった。


 お姉ちゃんは焦ってはいるけど、しっかり交通ルールを守っている。「ちっ」 信号に引っかかってつい舌打ちが出るお姉ちゃん。普段の丁寧な運転とは大違いだ。

 倉崎くんは生理の真っ最中。会話がなくなった今は楽な姿勢を取って大きく息をしている。



 おばあちゃん。

 アタシが小さい頃はよく遊んでもらっていた。

 大きなシャボン玉を作るのが得意でアタシはそれを追いかけてはしゃいだものだ。

 でも数年前に足を骨折してからはあっという間に弱ってしまった。

 アタシはそんな姿のおばあちゃんを見たくなくて、あまりお見舞いに行けてなかった。


 アタシのバカ!!!

 今になって後悔するなんて!!!


 助手席で何も出来ないアタシは後部座席から渡されるタオルやバスタオルで体の水分を取るだけしか出来なかった。







「あなた達は先に行って。307号室よ」


 病院の受付でお姉ちゃんは受付表を記入しながらアタシたちに先を促す。

 頷いたアタシはふらつく倉崎くんの手を取ってエレベーターに向かう。


「倉崎くん、アタシの代わりにおばあちゃんの手を取って励ましてあげてね」


「うん……」


 アタシの今の姿は倉崎くんだ。

 アタシの姿をした倉崎くんを差し置いておばあちゃんにすがりつくなんてできない。そう、できないんだ。


 3階に着くとアタシは倉崎くんの手を引いて独特の匂いが充満する廊下を歩く。

 307号室にはすぐに着いた。


「失礼します」


 そう言ってアタシは四枝家に飛び込む。

 パパやママ。一週間ぶりだろうか。

 普段会わない親戚の人たち。

 広いとはいえない病室に居合わせた人たちがいっせいにアタシを見る。


「部屋をお間違いではないですか」


 憔悴しきったパパが他人を見るような目と口調でアタシに告げる。


「あ、アタシの彼氏、おばあちゃんに会ってほしくて」


 倉崎くんが一世一代の芝居をうつ。


「圭織!?」


 ママが驚くが倉崎くんは黙って首をふるふると横に振る。


「アタシの手を引いてここまで連れてきてくれたの、だから何も言わないで」


「おばあちゃん!」


 そこにお姉ちゃんが入ってきてアタシの存在はうやむやになる。


「おばあちゃんの様態は?」


「今は昏睡状態よ。でもだんだんと血圧が弱くなってて……」


 倉崎くんの問いにママが泣きながらおばあちゃんの現状を伝える。



 迫り来る死の気配。



 ううう、こんなのヤダ!!!



 何も出来ない歯がゆさに知らず腰の横でこぶしを強く握りしめる。


「あなた達もおばあちゃんを応援してあげてくれないかしら?」


 今の今までおばあちゃんの手を握っていた親戚のおばちゃんが気を利かせてくれたのか、倉崎くんとアタシの場所を空けてくれる。

 そしておばあちゃんの手を二人でそっと握る。


 血色の感じられない肌。

 やせ細った腕。

 細い指。

 あれだけおばちゃんが握っていたのにひんやりとした手。


 おばあちゃん……


「おばあちゃん!」


 アタシは両手を使って倉崎くんの手ごと包み込む。


「頑張って!頑張って!!」


「おばあちゃん、アタシだよ……圭織だよ……」





 そのとき。





「なんじゃこりゃあ」


 そう言っておばあちゃんはアタシたち二人をアタシたちに負けないくらい目をまん丸にして声を出したのだった。







「母さん、一生のお願いと言われても」


「頼むよ、あの子たちと三人だけにしてくれ」


 目を覚ましたおばあちゃんは今までの昏睡状態がまるでなかったかのようにはきはきとお父さんと話していた。


「一刻を争うことがあるとしたらそれはあたしじゃないんだよ」


 お医者さんが言うにはまだ危ない状態から完全に抜け出してはいないらしい。

 ただ少し時間が出来たということで、遠距離から駆けつけた親戚の皆さんは今夜泊まる場所の確保や今後介抱に必要になるもの、手続きなどに散っていった。


 アタシと倉崎くんはおばあちゃんから話があるみたいで、倉崎くんは椅子に座ってぐったりしていた。


「わかった、わかったよ母さん。したいことはちゃんとしてくれ」


「ありがとうなぁ」


 最後までおばあちゃんと話していたお父さんも出て行って、ついさっきまで大勢の人がいた病室に三人きりとなった。


「おばあちゃん目を覚ましてくれて良かったよ」


 三人きりになって倉崎くんが椅子をベッドに近付けて微笑む。


 が


「あんたらおかしなことになっとるな」


 とおばあちゃんが倉崎くんの姿をしたアタシを見据えて言った。


「圭織の魂がそっちの彼氏に入っちょるな」


 そしてずばり今のアタシたちの状態を言い当てた。


「どうしてわかったの??」


 アタシは倉崎くんをやめておばあちゃんに尋ねる。


「あたしは昔からそういうのは強いんだよ。小さい頃は巫女をやっとったしの」





 おばあちゃんの話をまとめるとこうだった。


 おばあちゃんの家系は元々不思議な力を授かる一族で、山奥に神社もあるらしい。

 ただ不思議な力もどんどん衰えていって、おばあちゃんは感じる程度、お父さんは何も分からないみたい。

 お父さんが小さい頃に山奥から出て来て、お父さんはそう言った話は何も聞いていないらしい。


 アタシだって不思議な力があります!とだけ聞いたら鼻で笑っていただろう。体験しているからこそ納得出来る。





「あまりにも長い間肉体と魂が離れているとな、その結びつきが薄れてな、元に戻れなくなるんや」


「あたしが目を覚ますことが出来たのは圭織、あんたの力が流れてきよったんや、二人の体からな」


「だから気付けたんよ」


「それでおばあさん」


 倉崎くんがおばあちゃんの目を真っ直ぐに見つめる。


「どうやったら僕たちは元に戻れますか?」


 本題。

 おばあちゃんは言っていた。

 一刻を争うことがあるとしたら、と。

 それはこのことだろう。


 おばあちゃんも倉崎くんの目を見据えて告げた。




「まぐわうしかなかろうて」




 それってセッ「……」

 アタシより一足早く意味を理解した倉崎くんの体からすっと力が抜けるとそのまま椅子から転げ落ちた。


「どうした!?」


 大きな物音にお父さんが飛び込んでくる。

 そして気を失った倉崎くんを見るやいなやすぐさま抱えて病室を出て行った。


「あの子はおぼこいねぇ」


 おばあちゃんは微笑みながらそう言うと、そしてその後小さくアタシに聞こえるように呟いた。



「裸で抱き合うだけで十分やね」



 おばあちゃんはそう言って大きく息をするとまた目を閉じた。

 お母さんが言っていた血圧もあのときよりは高い。

 胸元を見るとかすかにだが上下している。


 イタズラ好きなおばあちゃんの姿を久しぶりに見て、アタシはようやく大きく息を、文字通り一息ついたのだった。




 おばあちゃん、アタシそれもキツいと思うなぁ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久々の更新嬉しいです。 シリアスだと思ったらおばあちゃんは意外と元気みたい。しかも言ったのは本当? 秘密がバレる人がどんどん増えてきて心強いですね。
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