第9話 決戦、四天王! ~三人目、超人善野忍~
ウインガーは奥へと進む。途中、道が二つに分かれていた。方向から推測するに、片方はマスターガイアが進んだ道の奥から繋がっていると思われる。ならば、もう一つの道が、奥への道か。ウインガーはそちらへ進んでいく。
突き当り、電動式のドアが有った。スイッチを押し、開ける。
その瞬間、後ろ向きのマスターガイアが飛び込んできた。否、吹き飛ばされたのだろう。巻き込まれて飛びながら、ウインガーは理解する。
「シンチャン、どうした?」
ウインガーは聞く。マスターガイアは起き上がりながら、舌打ちをする。
「この中だ。なかなかに手ごわい。」
マスターガイアは答える。ウインガーは部屋の中を見る。そこには一人の男が立っていた。黒いコートを着た、一人の男。背は高いようだが、パッと見そうは思えなかった。なぜなら、その体がコート越しにわかるほどに筋骨隆々で、横に太い印象だったからだ。
「ネオユニヴァース四天王、善野忍。お前らを殺す者だ。」
その男、善野忍はそう名乗った。それに相対しながら、ウインガーとマスターガイアは部屋の中に入る。
部屋の中は半球形になっていた。その真ん中に忍が待ち構える。忍はニヤリと笑いながらこちらが仕掛けるのを待っているようだった。
「息を抜いていられないようだな。全力で行く。アップグレード!」
ウインガーはそう宣言する。体が光に包まれ、エメラルドグリーンのヒーローの登場だ。
ウインガーはしっかり忍を見据える。そして、突撃を始める。全速力で前へ。
間合いに入る瞬間、小手調べの左拳を放つ。音速に達する速い拳。それを、忍は自分の腕で弾いた。驚いたことに速度は互角。
ならば、とウインガーは連撃を仕掛ける。すぐさまワンツーの要領で右拳を。しかし、それをも腕で弾かれる。
しかし、まだこちらの攻撃は終わらない。前蹴りを狙う。両腕はこちらの拳を弾くために外に振っている。体の正面は空いているはずだ。
それに対して、忍は蹴りで返してきた。ウインガーの蹴り足を巻き込んで蹴り上げる。こちらは完全に体勢を崩された。厳しい状況だ。
だが行ける。ウインガーはそう見ていた。なぜなら、忍の後ろからマスターガイアが忍び寄っていたからだ。構えていた剣を振り下ろす。
しかし、忍もやられない。ウインガーの攻撃をしのいだ蹴りの振りを利用し、そのまま回し蹴りでマスターガイアの剣を弾いた。
さらに、だ。忍はマスターガイアの腕をつかんで、そのままさらに半回転し、マスターガイアを投げ飛ばした。それはそのままウインガーにぶつかり、二人とも大きく弾き飛ばされてしまった。
「速い。音速の俺らと互角に戦えるのか?」
ウインガーが立ち上がりながらつぶやく。それを聞いて忍が笑った。
「おうとも。俺は元々の強さが半端じゃない。生身で音速の速さが出せる唯一の人間。それが俺、善野忍だ。」
忍はそう言って誇ると、指を一本示してみせた。
「そして一つ間違いが有る。」
そう言いながら忍は指を横に振る。
「互角ではない。同じスピードなら立ち回りが上手い方が勝つ。つまりは、俺が優位ということだ。」
忍はそう宣言する。ウインガーはさっきのことを思いだす。二人がかりでかかって、上手くあしらわれたのだ。あながち妄言ではない。
ウインガーは構える。たとえどちらが優位だろうと、勝たねばならない。だから、仕掛けていく。
ウインガーは駆け出す。最速の速さを出せる、小細工抜きの最大の攻撃を。
「ソリッドプラチナム!」
ウインガーは全速力で突撃し、最速の拳を放った。
それに対し、忍はニヤリと笑う。動きを読み切ったかのように、ウインガーの拳の軌跡から、わずかに頭をよけた。そして、ウインガーの顔目がけて、真っ向からクロスカウンターをかます。威力は全て衝撃に変わる。ウインガーは突撃以上の速さで弾き返され、壁に激突した。一瞬、あまりのダメージに体が動かなくなった。
その間に、再び後ろからマスターガイアが狙う。こちらも最速の、シンプルな突き。
それを、忍はほんのわずか横に飛び、かわす。そして、次の瞬間には裏拳を放つ。攻撃に全身全霊を賭けていたマスターガイアに直撃する。マスターガイアは大きく横に吹き飛んだ。
強い。ウインガーは何とか立ち上がり、構えながら回復を待つ。カジノドライブの超回復ですら十数秒の時間がかかる。音速の凌ぎ合いの中では大きな隙になってしまう。マスターガイアの方も回復が追い付いていないらしく、次の攻撃にすぐには移れないでいる。
圧倒的優位に立つ忍は、勝ち誇ったかのように笑う。
「ふむ。正義の味方というのはこの程度か。聞いていたほどではないな。」
忍はそう言い始める。少し考えた後、
「そうだな、その腑抜けにちょっとは気合を入れてやろう。しょせん人殺しの楽しみをわからぬ奴らには、俺に勝てるはずが無い、と言ったらどうする。」
忍はそう言う。ウインガーは、理解が追い付いていない。構えて、立ったままだ。
「殺すのは、楽しい。それが俺の真情だ。俺はこれまでたくさんの人間を殺してきた。それは全て、楽しみのためだ。後悔もしない。反省もしない。必要無い。なぜなら、殺すことは何よりも楽しみ。それを最優先して、何が悪いというのだ?」
忍が語る。それに対して、ウインガーは真っ直ぐに視線を向ける。
「殺すのが楽しみ、か。」
ウインガーは言い始める。
「…だったら、いくらでも殺すことを試みればいい。何度だって俺は阻止する。それだけだ。」
ウインガーは、言い終わる。表情は変わらない。相手に向ける闘志は、今のままで充分だと。
忍は、がっかりしていた。
しっかりと挑発していたつもりだった。相手はこれでもっと発奮するに違いない。そう思っていたのだ。
なのに。相手は全く変わった様子を見せない。人を守るのが信条なら、人を殺すのを楽しむ俺は憎むべき相手じゃないのか。より一層のやりがいのある殺しを求めていた忍にとっては物足りないことこの上無かった。
ならば、さっさと殺そう。思えば、ネオユニヴァースに入っても、疎まれてばかりだった。悪の秘密結社とは言っても、手段は殺しだけではない。だから、殺すことだけを求める忍とは、折り合いは悪かった。総帥の音雄などには、死んでほしいと思われていたようだった。わざと危険な任務を任されることすらあったほどだ。この世の最大の不要物。それが自分だ。
だが、それでも俺は生きている。あまつさえ、ネオユニヴァース最大の悲願とも言うべき、ヒーローの抹殺をできる位置にいる。皮肉だな。むしろ、この世はそうなのかもしれない。疎まれるものほど、良い結果を出す。そういう仕組みなのかもしれない。この世の最大の不要物が、神に最も愛されているとはな。皮肉にもほどが有る。
「シンチャン、ここは俺が行く。」
その間にも、ウインガーはマスターガイアと打ち合わせている。さて、殺しに集中しようか。忍は意識を前に向けた。
その瞬間、ウインガーが忍の周りを回りだした。マスターガイアはその反対側を、同じスピードで回っている。
かく乱のつもりか。小賢しいな。そのくらいはいなせる。自分が行く、というウインガーの言葉が意味深だが、どちらが先に来ても対応できる。
そして、ウインガーが回転を止め、飛びかかってくる。忍は瞬時にそちらを向く。腰を落とした、低空のタックル。だが、それを届かせない。拳を、上から振り下ろして、相手の後頭部を痛打。ウインガーはその場に倒れ込んだ。
そして、瞬時に振り向く。襲いかかってこようとしたマスターガイアの動きが止まった。
「おとりは効かない。それごと潰すからな。」
忍はそう言い放つ。マスターガイアは構えたままその場を動かない。敵わないと思ったら今度は待ちか? 数秒待った。動かない。揺さぶるためわずかに前に出ようとする。
その瞬間に、マスターガイアは動いた。だが、横に。そのままグルグルと忍の周りを回り始める。様子を見る。来ない。結局は待ちだ。心底がっかりする。
ならば、こちらから動く。一歩目を、踏み込む。
! 顎に衝撃が走った。何が有ったか、すぐには理解できない。天井に叩き付けられ、衝撃で下を向く形になった。そして見る。ウインガーが、拳を振り上げていた。
一瞬考えた。そして、ようやく思い出す。超回復。ヒーローにはそれが有ったのだ。確かに、忍の攻撃だと十数秒は回復できていない様子だった。しかし、それは逆に言うと、十数秒さえ稼げれば、回復できるということだ。
それと同時に得心する。俺が行く、とは自分が決めるという意味だったかと。おとりではなく、それに見せかけることが目的。見事に揺さぶられていたのだな。
さて。忍は頭から降下する。そしてその先。ウインガーが拳を構えている。忍が目の前に来た瞬間、ウインガーは拳を放った。忍は腕を交差させ受ける。
しかし、それも無駄。衝撃を急所に直撃させないだけで、受けることには変わりない。超高速で、忍は後ろに吹き飛ぶ。壁に打ち付けられる。後頭部を打ち脳が揺れる。背中を叩き付け息が飛び出す。そして、地面に落ちる。
それでも、忍は立った。そして向き直し、ウインガーたちの方に一歩、二歩とよろめきながら歩いていく。
しかし、それが限界。忍は、そこで後ろに倒れ込んでしまった。こちらは、超回復など無い。数十秒待ったところで、戦うところまでは戻らないだろう。敗北。見事だった。清々しい気持ちすら浮かんできていた。
「俺の負けだ。さあ、とどめをさせ。」
忍はそう言う。だが。
「なあシンチャン、奥に行くにはどうすればいいと思う?」
「この壁がわずかに色が違うのが気になっていてな。む、正解だ。スイッチが隠れていた。」
ウインガーとマスターガイアはそれを気にせずそう話していた。
「お前ら、待て!」
忍は叫ぶ。ドアを開けた二人は、こちらに気を戻したようだ。
「なぜ俺を殺さん!」
忍は叫ぶ。それに対して、疑問の声が返ってきた。
「何を言う? 俺たちは人を殺さない。」
ウインガーはそう言う。そのあまりの暢気さに怒りさえわいてくる。
「俺は人を殺すのを楽しむのだぞ! 人間にとって害悪だと思わないのか?」
忍はそう叫ぶ。それに得心したように、されどウインガーは、
「でも、人だろう。俺達は人を殺さない。」
そう言った。
「お前が人を殺すのが好きでも。それでも人だ。いろんな人間がいるのは当たり前だからな。その一人を殺すつもりは無い。
その代わり、お前が何度殺すことを試みたって、俺は何度でも阻止してやる。さっき言っただろう。」
ウインガーはそう言う。
「お前は何を勘違いしてるかわからないけどな。お前も人だ。だから、生きていてもいいんだよ。」
ウインガーは、最後にそう言った。そして、反応が返ってこないことを確認すると、マスターガイアとともに奥へ進んでいった。
彼らが去っていってから。忍は涙を流した。泣きながら笑っていた。
「俺は、この世の最大の不要物だ。仲間からも疎まれていた。殺したいと思われていた。生きていいはずなんて無かった。」
忍はつぶやく。
「だけど、いいっていうんだな。お前は生きていていいというんだな。この俺が。
…そんなことを言われたのは、生まれてきてから初めてだ。」
忍はそう言って涙を流して、拭ってはまた流した。しばらく嬉し泣きを続けていた。




