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セイギノミカタ!  作者: 間形 昌史
6/12

第6話 正義のヒーローの条件 ~この世に正義が無いならば~

 雨の中、賢は目を覚ました。

 ここはどこかの橋の下。詳しい場所は賢にもよくわかってはいない。

 結局あの後、適当にバイクを乗り回していた。何も考えず走り続けていたから遠いところかもしれないし、似たような景色を見ていたから同じ所をグルグル回っていて近くなのかもしれない。周りの風景は見たことが有るような無いような、曖昧だ。

 んでもって、途中雨が降ってきて雨宿りしていたらそのまま寝ていたらしい。風邪でもひきそうだな、と思う。でも、体に異常は全く無い。

 不思議に思ったが、すぐに答えがわかる。自分の体にはカジノドライブが埋まっているのだ。超回復の応用で、健康体を維持することもできるらしい。

 その皮肉さに、賢は苦笑する。自分にヒーローの資格なんて無いのに、ヒーローになるための力は自分を助けている。そんなことをしたところで、自分はもう終わっているのに。

 賢は立ち上がる。雨は小降りになっていた。空腹を感じていたので、食事が欲しかった。コンビニでも行こう。

 バイクに乗り、近くのコンビニを探す。案外すぐに見付かった。バイクに乗るまでも無かったかもしれない。

 まずは、とペットボトルの飲み物を取りに行った。途中時計が目に入るが、どうやら午後三時らしく、ずいぶん寝ていたのだなと思う。いろんなことが頭に有り過ぎて、疲れていたのかもしれない。

 適当にお茶を選んで手に取った。

「あのさー、さっき、怪人に会っちゃったんだよねえ。」

 そんな女性の声がして、賢は体をこわばらせる。

「えー、危なかったじゃん。どうなったの?」

「それがさあ、逃げ遅れちゃって。目の前に怪人が来て、本気で焦った。」

 後ろから聞こえる、女性たちの会話が耳に焼き付く。

「でも大丈夫だったよ。そこにヒーローが現れてさ、」

 聞きたくない。だけど意識を逸らせない。

「怪人を、あっさり倒しちゃったからさ。」

 賢の体に力が入った。持っていたペットボトルを握りつぶしてしまう。大きな音とともに、そこから時間が動き出したように、賢の頭も冷静に戻った。

 店員が、何が有ったかと様子を見に来る。それに対し照れ笑いをしながら状況を説明し、二つ買ったことにしてと棚から新しいペットボトルを取り出した。店員は怪訝そうな表情をしながらも対応してくれた。

 お茶の他にパンをいくつか買ってコンビニを出る。そして、さっきの女性たちの会話を思い出す。

 怪人が倒された。それはすなわち、また一人殺されたということだ。

 それは、忌むべきこと。何もできない自分が悔しかった。

 胸に穴が開いたような心のまま、賢は夜までを過ごした。


 JRAの幹部たちが集まっていた。これから会議が始まる。

「お集まりいただきありがとうございます。議題は、このたび脱走したヒーローの処遇について。」

 司会が話し始める。

「すでにご存じだと思いますが、昨日の戦闘で二人出動したヒーローのうち、片方が帰還せずに逃走。そのまま現在も逃亡中です。この処遇をどうするかと。」

「無論、しかるべき隊員を送り込み、抹殺するべきでしょう。」

 司会の話の中、とある幹部が言い出す。

「過去には、同様に脱走したヒーローが、数年後にJRAのヒーローを倒した例も有ります。今回も、いずれ敵にならないとは限らない。今のうちに始末するべきです。」

 その幹部はそう続ける。

「なるほど、四人しか見付かっていないヒーローのうち一人がそれだからのう。」

 局長である老人がそう相槌を打つ。

「しかし、それが良いことかもしれませんよ。何しろ、その時倒されたヒーローは、それがきっかけでいかがわしい企業との癒着が判明して、ヒーローの権利を剥奪されたのですから。」

 しかし、別の若い幹部からはそういう声が出る。いまいちまとめきれない様子だ。

「ふむ、ヒーローの現在は、以前脱走した者、それに倒されて権利をはく奪された者、いまだ戦い続ける者、そして今回の者、か。それがどう出るか。いまいち判断に困るところだが。

 そうじゃのう。それでは、現場に近いものは、どう考えておるかじゃ。」

 局長はそう言って話を振る。目線の先には、愛がいた。

「研究者としては、監視をしたうえで、手を出さずに様子を見るべきだと思います。」

 愛は、はっきりとそう答える。会議室の中がざわめく。

「理由は?」

「現状では、彼と我々は対立していません。害になるとは思えないのが一つ。

 むしろ、我々に現状以上の得を与える可能性が有る。その可能性に賭けたい、というのがもう一つです。」

 局長の問いに、愛はそう答えた。局長の鋭い視線が浴びせられるが、動じない。

「得の可能性、とはいかなるものか。」

 局長はさらに問いを重ねる。

「以前脱走したヒーローは、正義を信じていませんでした。それに倒された、現在権利が無いヒーローも、話を聞くとそうだったようです。そして、現在戦っている英進之介も同様。

 しかし、今回の彼、勝俣賢は違います。揺らいではいるものの、完全に否定してはいません。ならば、ヒーローに一石を投じる可能性は有るかと。」

 愛はそう答える。局長がふむ、と考えだす。

「しかし、一つ問題が。我々は、正義の味方だったかね?」

「現状は違うかもしれません。しかし、そうあるべきかと。」

 局長の問いに、愛が表情を変えず述べた。局長が面白そうな顔をして、表情を崩した。

「なるほど。穴は有りそうだが、賭けてみる価値もなかなか。

 よろしい。では、今のところは様子見としよう。状況が変わったら、また会議を開こう。それに異議は?」

 局長が言うと、途端にざわめきはおさまった。異議は無し。局長の意見で決まった。

 議事が終わり、愛はすぐに会議室を出る。そしてトイレに入って、その個室でようやく表情を緩めた。正直緊張で一杯だった。それを悟らせまいと一杯一杯だったのだ。

「まったく、これだけ手をかけさせたんだから、答えは出しなさいよ、ウインガー。」

 空に向かって、愛はそう言う。


 バイクを走らせていると、ふと気になる景色を見付けた。近くの駐輪場にバイクを止めて、賢はそこに行ってみる。

 それは、以前通ったことが有る場所だった。それは最近のようで、ずいぶん前のことにも思える。

 その時は一大決心だったのになあ、と賢は苦笑する。それは、初めてハローワークに行こうと思った日。そして、賢がヒーローになったあの日だ。

 そうだ、この道を通ったんだ。賢は思い出しながら歩く。ここに来たへんで自分はビームに撃ち抜かれて、一旦死んだのか。そして…

 賢は体がこわばるのを感じていた。そう、このあたりで、怪人が一人殺されたのだ。そりゃ、確かに自分を殺すくらいには狂暴だったのかもしれない。それでも人だ。人が死んだのだ。それを思うと悲しみが襲ってくる。

 あの時自分は力を手に入れた。だけど、その力で俺は人を守らなかった。何をしていたんだろうと、自嘲するしかない。

 馬鹿らしくなる。何もできない自分に。嫌な気分になり、この場所を離れようと振り向き歩き出す。

 その瞬間。破壊音がした。

「怪人が出たぞー!」

 あたりの人が騒ぎ出す。賢は愕然とした。ダブる。あまりにもあの時と重なり過ぎる。

 ならば最後は。怪人は。死ぬ。殺されるのだ。

 気が付くと周りの人は全員逃げてしまったようで、一人だけ置き去りになっていた。

 怪人は、悠々と賢の方へ近付いてくる。手頃な獲物にしか見えていないのだろう。

「逃げろ!」

 賢は怪人に叫ぶ。怪人は気付かない様子で、近付いてくる。

「逃げろ! お前だ、お前!」

 賢はなおも叫ぶ。ようやく怪人が気付き、怪訝な顔をする。

「早く逃げろ! 殺されるぞ!」

 賢はさらに叫ぶ。理解した怪人が、真面目な顔をしていた。

「俺を案じるか。ありがたいが、それは無用だ。俺はヒーローを倒す。それが無理でも、俺のデータは仲間に託せる。無駄死にはしない。」

 怪人はそう答える。賢は声を失う。すでに怪人からは攻撃の意思が消えていた。

 …バイクの音が近付いてくる。近くで止まる。怪人と賢はその方を見る。そこにいたのは黄色いヒーロー。剣を携えた死神。マスターガイアがそこにいた。

「下がっていろ。巻き添えを食うぞ。」

 怪人はそう言って前に出る。賢は硬直して動けなかった。

 怪人が駆け出す。その瞬間、

「剣斬。」

 あっさりと死神は剣を振り下ろした。一閃。怪人は真っ二つになり、爆発して果てる。

 賢は愕然として、嗚咽を漏らした。何でだよ、いい奴だったじゃないかよ。何で、当たり前に人を殺すんだよ。

 それをマスターガイアは一瞥して、何も無かったかのように帰っていった。

 憎い。無力が憎い。こんな時に何もできない自分が憎い。握り拳を見つめて、

 ふと、本当に何もできないのかと気付いた。持っている。自分は力を持っている。こんな時に、人を守れるだけの力が。

 ならば、やる。賢は決意する。俺は人を守る。そのために力を振るう。

 ほんの少しだけ、やりたいことが見えてきた。


 次の日、賢はバイクに待機し続けた。このバイクは特別製で、通信機器が搭載されている。それはJRA内での通信用。だから、ちょっといじれば、今でもJRAの通信は傍受できるのだ。

 賢は待つ。その時を。

 そして、通信機が怪人の出現を告げる。場所を確認。今いるところよりもJRA本部の方が近い。少ししくじった。だが間に合わせる。初動が早ければ、間に合うはずだ。

 賢はバイクを走らせる。法定速度など無視。ただただ間に合わせるために。

 目的地が近付く。怪人はマスターガイアと既に戦っている。怪人が現状では不利。いや、それどころかマスターガイアはとどめを狙っている。

 だけど。間に合わせる。アクセルを全力で回す。怪人が、新たなバイクの出現に戸惑い、こちらを見る。その隙にマスターガイアが狙う。

「剣斬。」

「させるかぁぁぁぁぁぁ!」

 斬り付けようとするマスターガイアに全速力でバイクごと体当たりする。マスターガイアは剣で防ぐが、大きく吹き飛ばした。それを確認してバイクを降り、変身する。

 マスターガイアが、ウインガーを睨む。

「何のつもりだ? 悪人に肩入れしたか?」

 マスターガイアが皮肉るように言う。

「悪だとか、善だとか、どうでもいい。俺は人を殺させない。人を助ける。それだけだ!」

 それに対し、ウインガーは宣言する。

「それこそどうでも良い。阻むものは全て斬り捨てるだけだ。」

「俺はやられない。こんなところで負けるわけにはいかないんだ!」

 言い放つマスターガイアに、激しく叫びかかるウインガー。二人は間合いを取って見合う。

 リーチに差は有るが、その分速く動く。それで何とかする。ウインガーは、飛びかかるタイミングを計る。そして、足に力を入れる。

 その瞬間、後ろから衝撃が襲った。転がりながら見ると、怪人が電柱を振り回していた。どうやらそれで殴られたらしい。

「仲間割れしているなら今が勝機だ!」

 怪人は叫ぶ。ウインガーは悔しむ。お前を守るために俺は戦うつもりだったのに、このままでは…

「剣斬。」

 冷静な閃光が、怪人を切り裂いた。マスターガイアの一撃。怪人は爆発して果てる。

「さて、次はお前をどうするかだが…。?」

 マスターガイアの声色がいぶかしむものに変わっていた。ウインガーは爆発の隙に、すでにバイクに飛び乗っていたのだった。

「今は逃げる。俺はここで負けるわけにはいかない。今足りないならば、明日足らすだけだ。」

 ウインガーはそう言って、バイクを発進させた。

 最後に見たマスターガイアの表情を思い出す。それは戸惑い。進之介がわずかに揺らいでいた。

 賢は確信している。確かに自分は足りない。だけど、明日は前に進めているはずだ。

 大事なのは肉体の鍛錬ではない。カジノドライブは心を見い出す。だから、研ぎ澄ますべきは、心。

 賢は考える。自分に必要な心。それは、


「奴の処遇はどうなった?」

 愛がJRAのお偉いさんとの会議から帰ると、進之介が汗を拭きながら待ちかねたとばかりに聞いてくる。

「現状維持。まだ様子見よ。」

 愛は答える。進之介は意外そうな顔で見つめてくる。

「なんだと? お偉方は何を考えている。奴は明らかに敵に回ったのだぞ。それを野放しにするというのか?」

「お偉様もそこまで馬鹿じゃないわよ。ほぼ全員が即時始末させるべき、と息巻いていたわよ。私がそれを無理矢理とどめただけ。支持してくれたのは局長一人だったし。こういう時は鶴の一声ってありがたいわねえ。」

 進之介の言葉に、愛はへらへら笑ってそう答える。すると進之介は呆れたような、むしろ軽蔑するような視線を浴びせてきた。

「馬鹿な。色惚けたか。」

「否定しきれないわね、それは。惚れたからひいき目で見てるのは事実。冷静に考えるとろくでもないのは、その通りよ。」

 進之介のきつい言葉にも、愛は飄々とそう答える。

「ならばなぜ、」

「可能性よ。」

 進之介のさらなる問いを遮って、愛は語りだす。

「ウインガーには可能性が有る。今までには無い、新しい正義の答えを出す可能性が。」

 愛はそう言い切った。進之介は憮然とした表情にわずかに戸惑いを見せる。

「そんなものは必要無い。俺たちは正義の味方じゃない。この世は戦場で、生きるか死ぬかしか無くて、俺は生きるために、少しでも多くを生き残らせるために敵を殺す。それが、答えだ。すでに分かりきっている、答えだ。」

 進之介はどこか遠くを見てそう言い、汗を拭く。

「時間の無駄だった。トレーニングに戻る。」

 進之介は、そう言い残して去っていく。愛はその後を真面目な目で追ってから、溜め息をつく。

「回復しない体力。すでに無理が来ているあなたにこそ、必要じゃないかしら。新しい正義の答えが。」

 愛はそうつぶやいて、それから首を振って、研究室に向かって去っていった。


 二日後、進之介はまた怪人と戦うためにバイクを走らせる。こないだは馬鹿が邪魔したが、奴は今回どう出てくるか。邪魔をするなら、その時は、今度こそ殺そう。

 そう決意する。現場に着いた。筋骨隆々の怪人が、建物を破壊して回っていた。こちらを認識すると、すぐさまこちらに標的を移してくる。

 進之介はバイクを降り、変身した。剣が手の中に有る。今日も殺すだけだ。何一つ迷うこと無く、殺意を膨れ上がらせる。

 その時だった。バイクの音がした。そのバイクは近くまで来て、すでに変身しているウインガーがそれから降りた。

 厄介だな、と進之介は舌打ちする。複数の敵を相手にするのは得策ではない。相手同士がつながってないのがまだマシだが。

 三者にらみ合う形になった。だが、ウインガーは腕組みをして、じっと止まったままである。マスターガイアも怪人も、いぶかしんで動かない。

「俺は手を出さない。」

 そんな中、ウインガーは言い出した。

「何をもって信じろと?」

「信じろとは言わない。だけど、今は俺は手を出さない。俺は、時が来るのを待つ。今がその時なら、今動く。だけど、まだだ。だから待つ。」

 マスターガイアの問いに、ウインガーはそう答える。

「何をしたい?」

「示したいものが有る。」

 マスターガイアの再びの問いに、ウインガーはそう答える。

「示したいものとは、何だ?」

 マスターガイアはさらに問う。ウインガーは一つも表情を変えず、

「正義。」

 そう答えた。

 その瞬間、怒りを顔ににじませて、マスターガイアは怪人に突撃する。正義など無い。それを証明しなければ気が済まなかった。

 怪人に近付く。それに対して、怪人も突撃してきた。肩からぶつかってくるショルダータックル。奇襲に近いそれを、マスターガイアはまともに食らってしまった。

 しまった。だが、立て直す。吹き飛ばされながらも、体勢を立て直そうとした。

 しかし、怪人はタックルのままぴったりと体を寄せてくる。何? 考える暇も無く、怪人はマスターガイアをしっかりつかむ。

 そしてそのまま、後方に投げて地面に叩き付けた。レスリングのような技。投げ技は、前にウインガーがやられていたのに。それから学べていない自分が悔しい。

 怪人は再度距離を取ってきた。冷静に前回を思い出す。近付いての投げが有るなら…近付く前に倒せばよい。少なくとも前回はそうやったのだ。だから、最速の剣を放つつもりで構える。

 怪人が突撃してくる。肩からの突進。それを斬ろうとして、刀が届かなかった。速い! さっきが成功したのは、奇襲だからではなかった。ただ、速い、それだけだった。

 マスターガイアは再び吹き飛ばされる。怪人はついてこない。そのまま吹き飛ばされて、建物にめり込んだ。

 マスターガイアは動こうとする。しかし、体は動かない。ダメージが、カジノドライブの回復量を凌駕していた。想像もできないほどの力の差が有った。もはや自分は死ぬ。そう確信していた。

 三たび、怪人は構える。そして、肩からの突撃。やはり速い。見るだけでも一苦労だった。

 ぶつかる。砕ける音がする。しかし、それは自分の体ではない。砕けたのは、自分のすぐそばの建物。その衝撃で運よくマスターガイアは建物から抜けられた。

 怪人の突撃は、わずかに逸れた。いや、逸らされたのだ、横からの攻撃に。それをしたのは、もちろんウインガーに他ならなかった。

「なぜ…。」

 マスターガイアは力無くつぶやく。

「おいおい、手を出さないんじゃなかったのか?」

 怪人がウインガーを睨み付けながら言う。

「時が来るまでは。今その時が来た。それだけだ。」

 ウインガーは言い放つ。怪人は、それに対して不機嫌そうに怒る。

「だったら、殺してやるよ! お前も、そのつもりだろう?」

 怪人が挑発する。しかし、

 ウインガーは当たり前のように首を横に振った。

 怪人とマスターガイアは思わず凍りつく。

「そっちが殺すつもりなら、そうすればいい。だけど、俺はお前を殺さない。」

「なぜだ! なぜそんなことが言える!」

 ウインガーの言葉に噛み付いたのはマスターガイアだった。それに対しウインガーはマスク越しに晴れ晴れした表情を浮かべる。

「そうだ。この世は戦場だ。シンチャンの言う通りきっとこの世に正義なんて無いんだろう。

 だけど。だったら、答えは実に簡単なことだったんだよ。

 この世に正義が無いならば、俺が正義になればいい。俺は正義の味方だ。正義は人を殺さない。だから怪人も殺さない。それだけだ。」

 ウインガーは、はっきりとそう言いきったのだった。

 ウインガーは笑う。怪人は嘲笑う。マスターガイアは茫然とする。そんな中、ウインガーと怪人は見合う。

 そして、怪人は突進をかます。ウインガーも前に走り、拳をぶつける。

 しかし、ウインガーはあっさり吹き飛ばされる。拳を出していた分反発で離れたが、それでも吹き飛ばされたことに変わりは無い。

 怪人は掴みにはいかない。それよりも確実な攻撃に行く。つまり、再度の突撃。怪人は構え、ウインガーが着地するより早く体をぶちかました。

 ウインガーは吹き飛ぶ。建物にぶち当たり、その壁を壊して止まった。ウインガーは瓦礫の中だ。

「力が違う! 今のお前では倒せない!」

「そうだね。今のままだったらシンチャンにも劣る。倒せないだろうよ。」

 マスターガイアの叫びに応えながら、ウインガーは瓦礫の中立ち上がる。そしてしっかりと前に歩き出した。

「だから良かった。これくらいの差で良かった。これなら、超えられる。俺は、絶望して、立ち直って、その先が見えた。」

 ウインガーが前に進みながら言う。それに不審なものを感じのだろう、怪人が再び構え、突進する。

「今がその先を、俺の正義を見せる時だ。ウインガー01、アップグレード!」

 ウインガーは叫ぶ。その瞬間ウインガーが光に包まれる。それでも怪人は狙いを外さずにウインガーにタックルをかます。

 しかしそれを、ウインガーはあっさり受け止めた。その姿は、二対の羽根を背中に持つ、エメラルドグリーンの戦士。ウインガーは進化したのだ。

「ウインガー01・セカンドフォーム!」

 ウインガーは高らかに名乗りを上げる。

 怪人は距離を取る。そして突撃をやめ、受ける構えを取っていた。

 それに対して、ウインガーは確かに笑っていた。

「確かにお前は強い。だけど、音速の速さを受け止められるかな。」

 ウインガーは言う。その意味をマスターガイアは理解していなかった。おそらく怪人もそうだろう。

 次の瞬間、ウインガーは一瞬で怪人に突撃していた。そして拳を放つ。

「ソリッドプラチナム!」

 ウインガーの拳は白く光る軌跡を描いて、怪人を吹き飛ばす。怪人は勢いで建物に突き刺さり、衝撃で建物すべて壊れてしまった。あまりの速さで空気の塵を燃やして白い輝きを残す。まさに純粋な白金の名にふさわしい技だった。

「あちゃあ、ちょっと威力が強すぎたな。正義の味方が建物壊しちゃ、世話無いよなあ。」

 ウインガーは口笛でも歌いだしそうな気楽さでそう言うのだった。

「シンチャン、大丈夫か?」

 ウインガーはそう言い出してマスターガイアに手を差し伸べてきた。マスターガイアは疎ましく思い、手を振り払おうとして、自分の体が動くことに気付く。

「いい。ようやくカジノドライブが働いたようだ。自分で立てる。」

 マスターガイアはそう言って立ち上がる。

「そうか、残念。」

 ウインガーはあっけらかんとそう言う。マスターガイアが殺す気だったのが嘘のようだ。戸惑うしかない。

 そこに、瓦礫が崩れる音がする。そちらを見ると、怪人がやっとという体で立ち上がっていた。

「俺の負けだ。とどめでも何でもさすがいい。」

 怪人は言う。

「いや、そんなことはいい。どこでも勝手に帰ってくれ。」

 ウインガーは、あっさりとそう答えた。怪人が驚く。

「な、なぜだ! 俺は悪の怪人だぞ! 倒さなくていいのか?」

「いや別に。お前はそれでも人だろう。さっきも言っただろう、俺は正義の味方だ。正義は人を殺さない。」

 怪人の言葉に、ウインガーはいとも簡単にそう言う。そして。怪人が涙を漏らした。そして、嗚咽し始める。

「おお、なんと優しきことだ! それでは頼みが有る! 俺を保護してくれ!

 いくら志が同じと言えども、相手は秘密結社! 俺が戻ったら新手の生体実験の実験台にでもされるだろう! 結局は命を落とすだろう!

 だから頼む! 俺を保護してくれ!」

 怪人は泣きながらそう言う。ウインガーがそれを頼もうとマスターガイアの方を見るのがわかった。

「了解した。と言っても幾ばくかの情報を探ることになる。それさえ承知してくれたなら、おそらく、いや、俺の力を使って何としても飲ませる。だから、承知してくれ。」

 だから、その前にマスターガイアは言った。

「ああ、そのくらいなら大丈夫だ。命が助かるなら。」

 怪人はそう言って、マスターガイアの手を取る。隣でウインガーが笑っているのがわかる。

「どうかしたか?」

「いや、シンチャンにしては力が入ってるってね。」

 マスターガイアの問いに、ウインガーは笑いを隠さずに言う。

「一応捕縛する形だからな。問題無い。」

「じゃあ、そういうことにしておくよ。」

 マスターガイアの答えに、ウインガーは笑いながら言う。マスターガイアも笑いを隠さなかった。

 今、歴史は確実に動いている。進之介はそう感じていた。

 だから笑う。さっきまでの自分たちが、ひどく滑稽だったなと。


 悪の秘密結社ネオユニヴァースの本拠地内、一番奥に有る総帥室。文字通り総帥の執務室である。立派な机に向かう豪奢な椅子に、冷たい表情をした若い男が座っている。彼こそ総帥・銀河音雄(ぎんがねお)その人である。

「怪人962号がJRAの手に落ちたようだな。」

「ええ。JRA本部の敷地内に入っていきました。このままではここの情報を知られるのも時間の問題かと。」

 音雄の言葉に、そばに控える知的な女性、近藤貴喜(こんどうきき)が答える。

「早々に始末しなければならんでしょうなあ。」

 机の前にしっかりした姿勢で立つ、腰に刀を下げた老人、林勘助(はやしかんすけ)が言う。

「しかしそれも難しいのではないでしょうかね。さすがに例外を除いて敵本拠地を襲撃できる怪人は未完成ですからね。」

 ニヤついた表情を崩さない白衣を着た小男、橋口最高(はしぐちさいこう)が言い加える。音雄は難しい顔をする。

「ならば、怪人でなくてもかまわんだろう。」

 そこに、扉を開けて登場した、黒いコートを羽織った筋骨隆々の大男、善野忍(ぜんのしのぶ)がそう言い出した。

「俺が行ってこよう。何、殺せば良いのだろう? それなら簡単だ。」

「しかし…」

 忍の言葉に貴喜が反論しようとする。しかし、それを無視して忍は向き直し、歩き出す。

「最近出番が無くて体が鈍っているところだ。ここは無理にでも行かせてもらうぞ。」

 忍はそう言い残して出ていった。

「いいのでしょうか?」

「かまわんさ。」

 貴喜の言葉に、音雄はそう答える。

「確かに善野の言う通り殺すのが手っ取り早い。馬鹿とハサミは使いようと言うのでな。今回は奴で構わんだろう。」

 音雄はそう言う。表情は変えずに。


 例の怪人は、JRAのとある部屋に入れられていた。一応捕虜を監禁するための部屋だそうだ。

 怪人は腕に付けられた腕輪を見る。それには、あからさまに発信機がついていた。一応念のため、と言われた。だが。

 このくらい、軽く壊せるのだがな。

 怪人は、発信機の両脇を摘み、壊す。すっぽりと発信機を取り外すことができた。それを、軽く拳に握ったまま、周りを見る。

 壁は、当たり前の鉄筋コンクリート製。壊そうと思えば、怪人なら壊せるだろう。

 …信頼されたものだな。怪人はそう思う。おそらく、JRAにはもっと堅固な場所が有るだろう。少なくとも、身内にヒーローがいるのだ、その力以上に耐えられる設計の部屋が有ってもおかしくない。少なくとも資格を剥奪された者もいるという話を聞く。ならば、身内からの反乱くらいは計算に入れているはずだ。

 しかし、この部屋は普通の監禁室だ。ヒーローでも力技で出られるその作りに入れたのは、おそらく怪人が本心から保護を求めたと認めた、信頼の証だろう。ならば、その信頼に応えたい。怪人は、そう思うようになっていた。

 だが、心配が一つ。あの悪の秘密結社が、怪人をそのままにするのかということ。下手すると始末しにくる恐れがある。ヒーローの治療・検査が先と待たされているのがもどかしい。

 怪人は考える。さすがにJRAは警備も厚い。その中を超えてこれる怪人は、さすがにいないだろう。

 だが。知っているだけで一人いる。怪人の全てを超えた規格外の人間が。

 そして、何かが崩れる音が聞こえ、さらに非常ベルが鳴りだす。…来てしまったか。怪人は恐れる。

 崩れる音は近付いてくる。真っ直ぐこちらへと。そして、とうとうこの部屋の壁が崩れた。

 そこに現れたのは、黒いコートを羽織った筋骨隆々の男。生身で怪人を、おそらくはヒーローすらも超える、人類最強の男。

「善野忍か…。」

 怪人はつぶやく。忍はそれに応じるようにニヤァと嗤う。ネオユニヴァース四天王の一人、善野忍がそこにいた。

「さあ、殺させてもらうぞ。楽しみで楽しみで仕方無かったぞ。久しぶりに人が殺せる。」

 忍はそう言って嗤う。

 怪人は覚悟した。こうなったらできることは一つ。己の緩く握った拳を見る。これを仕掛けるしかない。怪人は、構える。

 そして、拳を放つ。

 拳は、忍の腹、コートのポケットの上に当たる。しかし、動かず。忍は、何一つダメージを受けずにそのまま立っていた。

「もう終わりか?」

「ああ。抗うだけは抗った。悔いは無い。」

 忍の言葉に怪人は答える。それに応じるように、忍は怪人の頭をつかんだ。

 ……

 賢、進之介、愛の三人が到着したのはそれから一分後だった。中に入った瞬間、破裂したように頭が無くなった怪人の死体が出迎えた。賢は愕然とする。

「ちくしょう、せっかく助けたのに、これかよ! …ちくしょう…!」

 賢はそう叫びを漏らした。

 そんな中、愛はじっと怪人の手首を見ていた。

「どうかしたか?」

 進之介がそれに気付いて問う。

「無いわ。」

 愛が言い出す。

「腕に付けていた発信機が無い。単に壊しただけ?」

 愛はそう言いながら、考え始めた。そこに、別の研究員が来た。

「発信機の位置が、変なんです。」

 その研究員は言い出す。それにハッとなって、愛は聞く。

「もしかして、移動している? 場所はどこ?」

「はい、移動しています。富士の樹海に向かって、樹海の真っただ中で消えました。」

 愛の質問に、研究員はそう答えた。愛は得心した表情になる。

「消えた詳しい場所を割り出して。おそらくは、この怪人は、最後の最後に、発信機を襲撃してきた敵に取り付けたんだわ。だから、割り出したらきっとそこが敵本拠地よ!」

 愛はそう力を込めて言う。研究員が、真面目な顔になって、足早に戻っていく。

「本拠地が、わかるのか?」

「ええ、おそらくは。私の推測だけど。」

 進之介の言葉に、愛は答える。それに、賢が顔を上げた。

「なら、これで戦いを終わらせてやる。もう二度と、誰も殺させない。最後の戦いだ!」

 賢が力を込めて叫ぶ。進之介と愛は、しっかりと頷いた。

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