第5話 ヒーローの条件 ~この世に正義が有るものか~
今日も訓練が始まる。まずは長距離走から。賢はいつも通りの気持ちで挑む。適度に速く。今日は昨日よりほんの少し強くなる。いくらカジノドライブが有るとはいえ、それが理想である。
スタートした。すると、進之介はいきなり全速力で走り始める。何だぁ? 賢は驚くしかない。
どんどん突き放されているが、賢は気にしない。いくらなんでもバテるだろう。結局はこっちが早いはずだ。
しかし、進之介のスピードは落ちない。十周を越えてもそのまま走り続けていた。
そうすると、賢の負けず嫌いの気が騒ぎ出す。シンチャンができるなら、俺だって。賢は進之介に追い越されそうになった瞬間、並んで全速力を出し始める。
並ぶ、走る。三周が過ぎたころ、賢の筋肉が悲鳴を上げ始めた。それでも粘るが、さらに半周ほどで遅れ始める。
それでも賢は全力を続ける。結果、賢は完全に立ち止まってしまった。息が苦しい、立っているのが辛い。そんな賢の横を、進之介はまだ全速力で走り続けていた。
どこからそんな力が? 賢の不安をよそに、進之介は最後までそのペースで走り続けた。荒い息をしながら。
「シンチャンは、どうなってるんだ?」
訓練途中の休憩中に、賢は愛に聞く。さすがに今日の進之介の様子はおかしい。筋トレでも今まで試したことが無いほどの重さをあっさり持ち上げたりしている。能力のリミッターが外れたかのような数字。有り得ないことが起きている。
愛は、それに渋い顔をしながら考える。
「そうね。心が体を凌駕している。そんな状況とも言えるんじゃないかしらね。
とりあえず、身体的な能力はカジノドライブが極限までサポートしている。なのでいつも以上の筋力が出せている。そんな状態だけど。
それでもカジノドライブが本来そこまでの力を平時に出すはずは無い。だから、進之介の無茶な心に応えている、とは言えそうだけど。」
愛はそう言って首を傾げる。
「何か問題でも有るのか?」
賢は聞いてみる。
「まあね。それにしてはカジノドライブの数値がおかしい。運動している時にはシンクロ率が急上昇しているのに、いったん止まると通常以下の数値に減るの。だから、回復力はいつも以上に減っているわ。」
愛は言う。賢は進之介の様子を思い出す。荒い息がほとんどおさまっていなかった。確かにいつもとは違う、どこかちぐはぐな様子だった。
「そうね。あれは言うなら…意思に対して手を貸す気は有っても、それは実際は本意ではない、みたいな。カジノドライブも複雑な気持ちみたいね。」
愛はそう付け加える。それを聞いてどこか納得した。カジノドライブは意思を持つ石。だから宿主とカジノドライブの意思が噛み合わない、そういうことも有るのだろう。賢は複雑な気持ちで下を向く。
「それよりも、問題はその心よ。どうしてあんな無茶を試すようになったのか。そっちの方が問題だわ。ウインガー、心当たりは?」
愛はそう聞き返してくる。賢は一層心が沈む。
「シンチャンは、強くなろうとしているんだと思う。こないだ、怪人に街を壊させたこと、直接対決でも敵わなかったこと、それを悔いていたようだった。だから、誰にも負けないように強くなろうとしているんだと思う。」
賢はそう答える。それを聞いて愛は考え込む仕草をする。
「しかし、回復力を貸さないということは、カジノドライブにはその意思が無い。
うーん、難題ね。進之介は平和を守るのが、何よりも全ての人を守るのが一番に思っている。だけど、そのために力は貸さない。あのカジノドライブはそこを見い出したと思っていたけど、違うのかしら。…それとも、それ以前に何かが必要なのか。」
愛は、つぶやきながら首を捻る。
その瞬間、非常ベルが鳴った。敵が来たのだ。
愛が手近な通信機を手に取る。その間に進之介が近寄ってきていた。指示を待つのだろう。
「ふむ、戦闘員だけ。だそうよ。なのでウインガーだけ出動。異論は?」
通信機を片手に愛はそう言ってくる。賢は頷いた。
「ならいい。その間はトレーニングに当てる。下手な雑魚を相手にするよりは良い訓練だ。」
進之介もそう言って帰っていく。賢はその背中を目で追ってしまう。
「うん、良かったわ。正直今の進之介を戦いの場に送るのは危なっかしくて怖かったのよ。納得してくれて本当に良かったわ。」
愛はそう言って安堵の表情を見せた。
賢は現場へ向かう。正直進之介の様子が、まだ気になっていた。
賢は唖然としていた。目の前の光景はそれだけのものが有った。
何と言うか、敵は戦闘員だけなのだが、それがとてつもなく多いのだ。
いつもは二十人くらいで、テレビのヒーローたちもこのくらいだったか、ちょっと多目かもな、程度だったのだが。
今日は、確実に百人以上いる。
賢は、変身どころかバイクを降りるよりも先に呆気に取られてしまった。
さて、賢はバイクで堂々と近付いたので、もちろん向こうも気付く。そして少しずつ、確実にこちらを向いてきていた。そして百人以上が全員こちらを向く。
危険を感じて、賢はすぐにバイクを降りて変身した。終わった直後に、先頭の奴が襲いかかってきた。
「くそっ、名乗りを上げる暇すらねえ!」
ウインガーは独りごちながら、撃退を始める。
襲いかかってくる、まとめて撃退する。次が来る。まとめて撃退する。さらに次が…来た頃には、さすがに相手にしきれないとウインガーも気付いていた。後ろに下がってかわす。
支援車両はどこだ? とりあえず見える範囲にいないことを確認すると、ウインガーは早足で逃げ始める。戦闘員達は追ってくる。全力は出さない。振り切るのが目的じゃないからだ。
ウインガーは路地に逃げ込む。戦闘員達は追いかけてくる。奥までいったところで、ウインガーは反転し、飛び上がった。
「ギャラントアロー!」
ウインガーはすかさず必殺技を出す。戦闘員は群れごと吹き飛ばされていく。
しかし、吹き飛ばしたことがあだとなった。半数ほどは気絶させたが、残りが素早く回収して撤退を始める。何とか追い返すことができたが、正直奇策に走らねばならない危ない橋だった。悪の秘密結社ネオユニヴァース。その底力を思い知らされた。
帰るためにバイクへ戻ると、支援車両が近くに来ていて、愛が顔を出していた。
「お疲れさま、ウインガー。数を見た時はどうなるかと思ったけれど、何とかしたわね。」
愛はそう言って苦笑いを浮かべる。賢は変身を解いて渋い顔を返す。
「本当に何とかだよ。何だよあの数は。悪の秘密結社なんてのに、何であんなに人が入るんだか。」
賢はそうぼやく。
「何で、ね。直接聞いたことは無いから、本当のところはわからないけど、たぶん各人にそれぞれの理由が有るんでしょうね。そんなこと言ったら、何でウインガーはJRAにいるの? って話になっちゃう。JRAに入った人間と同じだけの理由が有って、ネオユニヴァースにも入るんでしょうね。」
愛はそう答える。
賢は考える。自分は職にあぶれて、他に行く道が無く、成り行きでJRAに入った。そんな奴が、悪の秘密結社にはいるのだろうかと。
翌日、訓練中に非常ベルが鳴る。賢と進之介は指示を待った。通信機で状況を聞いた愛がこちらに来る。
「怪人が出たわ。ウインガー、出なさい。」
愛がそう指示を出す。すると進之介は愛を睨み付けた。
「なぜ俺が出ない! 実力は俺の方が上のはずだ!」
進之介はそう叫びかかる。
「だからこそよ。進之介は支援車両で待機。ウインガーが敵わない時の奥の手よ。」
愛は平然とそう答える。途中、一瞬だけ賢の方を見た。それで賢は理解する。愛はまだ進之介の様子を危惧しているのだと。
「ふん、まあいい。ならば待つだけだ。こいつが負けていれば、有無を言わさず俺が出る。それで異論は無いな。」
「ええ。問題無いわ。そういうわけで、頼んだわよ、ウインガー。」
いきり立つ進之介に愛がそう返す。賢はそれに頷いて答えた。今のシンチャンを出してはいけない。賢も同じ考えだった。
賢はバイクにまたがって出発する。
目的地はわりと近くだった。そこに到着するが、何も壊れたような跡は無い。ただ一人、怪人が腕組みして待っているだけだった。
怪人は、賢を見付けるとにやりと笑う。
「来たか、ヒーロー! さあ、やっつけてやるから覚悟しなよ!」
怪人は軽い調子でそう言う。賢は、バイクを降りて変身する。
「風の戦士、ウインガー01、参上!」
ウインガーはそう名乗りを上げる。そして、怪人を見る。特徴は手の甲に付いた爪。イメージできるのは虎や獅子。猫科の肉食獣、それが持つ鋭い爪のようだ。
まずは牽制を入れなければいけない。そう思った瞬間、怪人の姿が消えた。
まずい。直感でそう感じ、ウインガーはとっさに後ろに飛んだ。一閃。爪が風を切る鋭い音が目の前を通り過ぎていった。
速い。ウインガーは冷や汗をかく。想像以上に速過ぎる。かわせたのは勘だけだ。
「なかなかやるねえ。次はこれだ。」
怪人が笑いながら飛んでくる。否、それすら予感。気が付いた時にはすでに目の前にいた。
怪人が爪を振るう。とっさに腕を十字に組んで受け止めようとした。しかし、鋭い爪が食い込んでくる。慌てて後ろに飛ぶ。そして着地して瞬間さらに後ろに飛ぶ。怪人の追撃が再び空を切っていた。
何とか体勢を立て直す。半分ほど切れた腕は、すぐにカジノドライブの超回復で修復された。
「なるほど、さすがヒーロー。それでこそ…倒し甲斐が有る。」
怪人はニヤリと笑って、再び消えた。
しかし、ウインガーもやられてばかりはいない。攻撃の回数はわずかだが、すでにウインガーは癖を感じ取っていた。相手は真正面に立ちたがる。そして、爪が腕の先に有る以上、攻撃の空白地点は有る。すなわち至近距離。
ウインガーは、怪人が見えた瞬間に前に突進した。なりふり構わぬ頭突き。能力差は歴然、ならば格下なりの戦い方を。それゆえの奇襲。
その、はずだった。
その頭突きは、真正面から受け止められた。ぶつけた額を額で。全くひとかけらのダメージすら与えられていない。
そして、それに愕然する暇すらない。ウインガーの直感が気付く。ここは危険だ!
しかし、遠ざかる暇も無く、怪人はウインガーの両肩をつかむ。そして、柔道の大外刈りの要領で、足を刈り取られ、背中を強く叩き付けられてしまった。肺の中の酸素全てを吐き出してしまう。それほどの衝撃だった。
その隙に怪人はウインガーに馬乗りになる。怪人がニヤリと笑う。怪人が爪を振り上げ、それをウインガーの胸に突き刺そうとしてくる。
まずいな。ウインガーは思った。自分がやられることではない。と言うより、やられることは無いだろう。本当にまずいのは。
爪がウインガーに届く前に、ウインガーの目の前を風が通り過ぎた。怪人がとっさに後ずさり、構え直す。
ウインガーが怪人の目線を追う。その先には剣を構えたマスターガイアがいた。
「なるほど、真打ち登場か。お前もこの爪で…」
そういう怪人の顔が驚愕に変わっていた。なにしろ、自分が構えた腕の先、自慢の爪は、全て折れていたからだ。
「まさか! あの一瞬で?」
怪人の声に、マスターガイアは答えない。ただ闘気を漂わせているだけ。
怪人の表情が変わる。瞬間、怪人が消える。次の瞬間、マスターガイアの左斜め前に出現した。さっきまでとは変化を加えた位置からの攻撃。
しかし、爪は全く届かない。剣を使うことすら不要と、マスターガイアは左手で怪人の顔面をつかみ、後頭部から地面に叩き付けた。怪人は悶絶し、マスターガイアはかかってこいと指で示し、挑発する。
怪人はそれどころじゃなく悶絶して、否、それは演技、一瞬の内に立ち上がって残る爪で攻撃した。マスターガイアはそれに真っ向から剣を叩き付ける。残った爪全てが切り取られた。
マスターガイアは、怪人の首筋に剣を突きつける。怪人の顔には諦観が浮かんでいた。
「はっ、世界を変えるべく戦ったが、全く及ばずだったか。無念だ。」
怪人はそうぼやく。その言葉が引っ掛かり、ウインガーは思わず口を出す。
「なぜ、世界を変えたいと思ったんだ? 悪の秘密結社にまで入って?」
ウインガーが問うと、怪人はマスターガイアの存在を忘れたかのように睨んできた。その瞳には、あまりに大きすぎる感情がこもっていて、ウインガーは寒気すらした。これは怒り。怪人は激しい憤怒をウインガーに叩き付けてくる。
「なぜ、だと? この世界にそう思われない理由が有るのか?
俺は、とある町の工場で仕事していたよ。辺鄙な町ではあったけど、かなり大きな会社の工場だった。給料もそんなに高くなかったけど、それでも俺はちゃんと生きていけるんだと安心して生きていたんだよ。
だけどな、俺らは突然解雇されたんだよ。不況が理由でな。俺らは当然抗議したよ。でも覆らなかった。どうしてか? それはこの世界が肯定したからだよ! この世界は一般人の言葉を無視して、一部の権力者の声しか聞かない仕組みになってるんだよ!
その結果、俺は職が無くなった。他の会社も首切りを進めてて、新しい職なんか望むべくもない。金が稼げないから、生きていけない。俺はのたれ死ぬ寸前だった。
そんな時、ネオユニヴァースに誘われた。俺を生かしてくれて、世界も変えるという。それに賛同して、何が悪いって言うんだ?
何度だって言う。この世界に、変えたいと思われない理由が有るのか?」
怪人は叫ぶ。今までとは違う重い言葉で叫ぶ。それを理解した時、ウインガーは恐怖した。耐えがたいほど吐き気が止まらない。
この怪人、彼は人間だ。まごうこと無き人間だ。普通に生きて、普通に生活していた、普通の人間。それが職にあぶれ、生きていけなくなって、他に道が無くて悪の秘密結社に入った。まるでボタンを掛け違えただけの自分のような、そんな普通の人間だ。
だからこそ、恐怖する。彼が人間だということは、これまで自分が殺してきた怪人たちは、みな全て、人間だったのだ。その重みに、恐怖する。歯が震えて噛み合わない。両足が、両手が、彼らを貫き血を受けた全てが地面にめり込みそうなほど重い。
「言いたいことはそれだけか?」
だが、マスターガイアはそれを気にした素振りが無く言う。あれだけ熱を込めて叫んだ怪人が、再び諦観の表情を浮かべる。無感情。マスターガイアに染められたように、怪人は、熱を無くす。
「待て、シンチャン、待て、待つんだ!」
ウインガーは叫ぶ。
「剣斬。」
しかし、マスターガイアはそれを全く聞かず、剣を振るった。怪人が胴で真っ二つになる。そして怪人は、爆発して跡形も無くなってしまった。
ウインガーは咆哮する。恐怖が有った。怒りが有った。もはや何の感情を込めたのか自分でも理解できないほどいろいろな感情がないまぜになった、そんな叫びをあげていた。
しかし、その中をマスターガイアはあっさりと帰ろうとする。何事も無かったかのように。ウインガーはその腕をつかんだ。
「何でだ! 何で殺したんだ、シンチャン! あの人は人間だった! 俺らが守るべき、普通の人間だったじゃないのかよ!」
ウインガーは叫びかかる。それに返ってくるのは、マスターガイアの無感情、いや、それは少し違う。
理解できない。そんな感情がこもった目を、マスターガイアは返してきた。
「何でだよ、何でそんなに簡単に、人間を…。俺らは、正義の味方じゃないのかよ! 正義って、…正義って何なんだよ!」
「何を言っている?」
ウインガーの叫びに、そう冷たい声が返ってくる。理解不能の目をして。
「俺らは正義じゃない。この世は戦場だ。戦場に正義も悪も無い。戦場に有るのは生きるか死ぬかだけ。俺らが殺さなければ、俺らは殺される。だから俺らは敵を殺す。生き延びるために。この世界は、それだけだろう。」
マスターガイアは、当たり前のようにそう答えた。それが答え。ウインガーよりもはるかに多く、「戦場」を駆け抜けてきた男の答えだった。
ウインガーは壊れたように何かを叫びながら、駆け出した。わけがわからない。拒絶した。だけど、否定の仕方がわからない。何もかもがわからない。だからウインガーは飛び出す。そのままバイクに飛び乗ると、目的も決めずに発進させて、駆けていった。
「まったく、面倒臭いことにしてくれたわね。」
支援車両に戻ってくる進之介を、愛はそう皮肉を言って出迎えた。
「別に大したことじゃないだろう。元から足を引っ張っていた奴がいなくなった。それだけだ。」
進之介は平然とそう言って、ワゴンのドアを開け、乗り込んだ。
愛は溜め息をついた後で、自分もドアの方に向かい、
乗り込む前に一瞬、真剣な顔を賢が去っていった方に向け、それから車に乗り込んだ。