第4話 応えろ、声援!
「へ? 社会見学?」
賢は素っ頓狂な声をあげた。と言うのも。
「そう、社会見学。小学校の生徒を呼んでJRAの中を見てもらうの。ヒーローはともかく、一般隊員は人手が欲しいからね。少しでも興味を持って欲しいって、そういう考えよ。」
愛はそう説明する。その光景を考えると、賢はむず痒く思ってしまう。
「それは、俺らも子供達に見られるのか?」
「まあね。ヒーローは子供たちの憧れだもの。いい客寄せになるのよね、夢の無いことを言うと。
まあ、実際新しいカジノドライブが見付かったら隊員から先に適性を調べるし、近道には変わりないけど。新しいカジノドライブが見付かる可能性は低そうだから本当の意味で客寄せでしょうけどね。」
賢の問いに愛が答える。その言葉の内からはあまり気乗りしない様子が見て取れたが、賢はそれどころではなかった。
正直違和感が有るのだ。こないだまで職を探していた人間が、いきなり子供達の憧れになって。子供達から、あれが正義の味方だ! みたいなキラキラした瞳を向けられると思うと、頭は混乱してしまう。
「うわ、凄く緊張してきた…。俺は何をすればいいんだ。」
「変わったことはしなくていいのよ。いつも通りを見せてくれれば。」
賢のつぶやきに愛はそう答えて苦笑した。
「まあ、あれがいいか悪いかはどうかわからないけれど、あれみたいにしてればいいってだけよ。」
愛はそう言って進之介を指差す。その先では話を聞いていないかのように進之介が腕立て伏せをしていた。賢は少しばかり呆れる。
「シンチャン、緊張しないのか?」
「何がだ? 邪魔が入らないか憂うことこそ有れ、他人の目など気にする価値を感じん。」
賢が聞くと、進之介は平然とそう答える。その心臓の強さに感心するしかない。
「まあ、何とかなる。いや、する。それだけだ。」
賢はそう言うと、気合を入れるように頬を叩いた。それでも緊張は残っていた。
当日がやって来た。どうやら一般隊員のところを先に回るらしく、最初は誰もいない。気楽にトレーニングに入れそうだった。
いつも通り運動場百周を始める。八十五周を過ぎたころ、ざわついた声が聞こえてきた。どうやら小学生の一行がやって来たようだった。いざ運動している途中に来ると、動く方に気持ちが入っているので案外緊張しなかった。
『ええと、ここではヒーローたちが持久走をしています。四百メートルのトラックを百周。計四十キロを走ります。マラソンに近い距離ですね。今九十周を回るところです。』
愛がマイクで解説する声が聞こえてくる。子供たちは驚きの声をあげた。
賢は、ギャラリーの登場にむしろ気合が入っていた。少しくらいはかっこいいところを見せてやりたい。
九十九周目を終えるころに、賢はちらりと進之介の方を見た。そして、一気に短距離の走り方でスパートをかける。どうせならぶっちぎってやるつもりだ。
しかし、進之介はしっかりと反応していた。ほぼ同時にスパートして、並んでいる。
走る、走る、走る。最後まで並走してゴールだった。
「ちっ、出し抜こうとしたんだけどなあ。」
「何かする気配はわかったからな。やらせはしない。」
賢と進之介は荒い息でそう言い合った。
『百周のタイムは、マラソンで世界記録が出た時の四十キロ通過タイムと、三十五秒しか違いません。ラスト一周は四百メートルリレーの世界記録と同タイム。この優れた身体能力がヒーローの特徴ですね。』
愛が解説する。子供達は感嘆の声をあげる。
その間に、賢と進之介は息を整え終わっていた。次のトレーニングへと向かう。その様子に、子供達がさらに驚きの声をあげる。
『ヒーローの特徴のもう一つは、回復力です。運動してもすぐに平然に戻ります。また、筋肉痛にもならず筋肉がすぐに復活するので、一般人では無茶なトレーニング方法でも効率的に筋肉をつけることができるのです。』
愛がすかさず解説を入れる。子供達は感心の声をあげた。
その後も賢は軽く百五十キロのベンチプレスをしてみせたりして、大いに子供達を喜ばせた。
最後に、子供達からヒーローたちへの質問会を催すことになった。賢は緊張しながらも、少し楽しみだった。進之介の方はトレーニングの時間を奪われるのが気に入らないのか、不機嫌である。
質問は、「トレーニングは辛くないですか?」みたいなことから、「好きな食べ物は何ですか?」というあまりヒーローに関係ないものまで様々だった。ちなみに好きな食べ物については進之介が卵巻きと答え、その意外な答えに子供たちは大いに騒ぎ、進之介はますます不機嫌になり、非常に微笑ましかった。
最後の質問になる。賢達は、非常にキラキラした目で見られていた。想像以上にむず痒い。
「どうやったら正義の味方になれますか!」
その子はそう尋ねた。どうやらヒーローになりたいらしい。意識してなったわけではない賢はどう答えようか迷って苦笑いした。
その瞬間だった。進之介は目の前の机に拳を叩き付けた。皆が驚き、無言で進之介を睨む。進之介は怒っている様子だった。
「…俺達は正義の味方じゃない。正義の味方になりたいならJRAには来るな。JRAはそんなものを欲してはいない。」
進之介はそれだけを言って、立ち上がった。そして歩いて去ろうとする。
「おいシンチャン、どこ行くんだよ!」
賢はそう叫びかかる。進之介は立ち止まる。
「時間の無駄だ。トレーニングに戻る。」
進之介は振り向かずにそう言うと、再び歩いて去ってしまった。あたりにしらけるような静けさが漂った。
「…あー、そうだねえ、俺は一般人だったところを、カジノドライブが反応したって言われてヒーローになったんでさ、なり方は良くわからないんだよね。何だろうね、愛。」
賢は場を取り繕うようにそう言った。引きつった作り笑いで言ったので、雰囲気を変えきれていなかった。
「そうですね、カジノドライブは心を見い出す、と言われていますので、必要なのは心ではないでしょうか。何をすればいいか、ではなく何をしたいか。正義の味方に本当になりたいと願うのなら、思い続ける。そうすれば、ヒーローになるかどうかはわかりませんが、その人は本物の正義の味方になるでしょう。そう思います。」
愛はそう語った。その言葉が本当に真面目なものだということに、賢は気付いていなかった。
翌日、また怪人が現れた。ウインガーとマスターガイアは同時に出撃する。多面攻撃の恐れは依然として有ったが、近日の怪人の能力上昇を考えると、一人では苦戦する可能性が有った。なので、全力を一点に注ぐ方に方針転換したのだった。
街の中を進んでいく。そこには凄惨な光景が有った。建物は粉々に切り刻まれていた。砕くではなくまさしく切る。鋭い刃を幾重にも重ねた結果が、破片になった、そんな状況だった。
当然、人も無事ではない。そこら中に、赤い色が飛び散っていた。人の原型は見られない。全て、切り刻まれてぐちゃぐちゃだった。
ウインガーは心の中で間に合わなかったことを詫びる。それと同時に、怪人に対する怒りが湧いてきた。絶対に倒す。いつも以上の気合が有った。
進んでいく。ようやく、怪人の後姿を見付けた。しかし、その進んでいく方向を見て、ウインガーはぎょっとした。怪人は、小学校の門を切り裂き、中に入っていったのだ。
「くそっ、間に合うか!」
『間に合わせるしかない!』
ウインガーの叫びに、マスターガイアも応じる。
門に飛び込む。幸運なことに手前は校庭だった。その真ん中で刀を構える怪人を見付ける。
ウインガーはすかさず飛び上がる。
「ギャラントアロー!」
ウインガーは必殺技を放つ。それに怪人が気付き、振り向く。
怪人はあっさりかわす。ウインガーはすれ違い着地した。怪人の方を向き直す。怪人は意図を理解し、笑っていた。
「なるほど。無理矢理割って入ったか。」
怪人はそう言う。怪人の言う通り、ウインガーは怪人と小学校の校舎の間にいた。技を当てるつもりは無い。元々間に入ることだけが目的だ。
そのやり取りの間に、マスターガイアもウインガーに並ぶ。少なくとも小学校は守れる。ウインガーはそう確信していた。
だが。怪人は笑い続ける。その調子がただの笑いとは違うことにウインガーは気付く。これは嘲笑だ。こいつは俺たちを見下している。ウインガーは無意識に少し怯んでいた。
「何がおかしい?」
ウインガーは思わず問う。怪人は笑い続ける。
「何がも何も。たった二人で勝てると思っているのがおかしいに決まってるじゃないか。」
怪人は笑いながらそう答える。その自信がどこから来ているのかわからず、ウインガーは気味悪く感じた。
「戯言を!」
マスターガイアはそう言って走り出した。ウインガーもそれに続いて駆け出す。
それに対して怪人は、まだ近付かないうちから刀を横に薙いだ。何をしている? ウインガーは不思議に思う。
次の瞬間、刀の軌跡から衝撃波が生じた。鋭い切れ味を持っているのがわかる。ウインガーとマスターガイアはそれをまともに食らった。装甲で和らいだものの、それでも腹が切れていく。
それと同時に、吹き飛ばされていた。威力は半端なかった。このままでは、校舎に激突する。そうなると、校舎はひとたまりも無いだろう。そして、子供達も馬事ではいられない。
だから、ウインガー達は足を地面につけて、踏ん張った。そうすると、衝撃波をさらに強く受けるが、子供達を守るにはそれしか無い。
校舎すれすれで、ウインガーたちは止まった。何とか踏みとどまった。しかし、その代わりに腹に深い傷を負っている。いくらカジノドライブの力と言っても、戦いながらではすぐには治りそうもない。
しかし、敵は待ってはくれない。怪人は、マスターガイアの方向へ刀を振り下ろす。衝撃波がマスターガイアを直撃した。剣で受けるが、押さえつけられている。
「シンチャン!」
ウインガーは思わず叫ぶ。
「どこを見ておる!」
しかしそこに、怪人が近付いていた。怪人は直接刀をウインガーに振り下ろしてくる。ウインガーは両手でガードする。しかし、物凄い圧力が、切れ味が、耐え切れない力が襲いかかってくる。
ウインガーは膝をつく。そんな中、何とか拳を振るうが、あっさりかわして怪人は後退する。前に進まないのは、余裕、いや、遊びだ。いつでも校舎も子供達も壊せるから、先にウインガー達を痛めつける。そんな気持ちの表れだろう。
ウインガーは何とか立ち上がる。マスターガイアも剣を杖にして立っているのがギリギリらしい。戦力差は予想以上だった。圧倒的に追い込まれていた。
怪人が刀を振りかぶる。ウインガーは終わりを覚悟した。
しかし、それが中断される。校舎の方から辞書が投げ込まれて、予想していなかった怪人の頭に当たったのだ。ウインガーは思わず振り向き見上げる。
そこには、辞書を投げたであろう少年が顔を出していた。いや、一人だけではない。窓からたくさんの子供達が身を乗り出していた。
「危ない! 後ろに下がって…」
「負けんじゃねえよ、正義の味方!」
ウインガーの声を遮って、辞書を投げた少年が叫んだ。ウインガーは思わず固まってしまう。
「そうだそうだ、絶対勝て!」
「悪い怪人なんかに負けないで!」
「絶対に勝てるって信じてる!」
「僕らの平和を守って!」
子供達は口々に叫ぶ。ウインガーたちへの声援を。
『がんばれ! 正義の味方!』
子供達は、声をそろえて言った。ウインガーは、黙って怪人の方を向き直す。うっすらと、笑いながら。
「何がおかしい!」
怪人は、そう叫んで刀を振るう。衝撃波が、ウインガー目がけて飛んでくる。
ウインガーは、ただ掌を前に突き出した。衝撃波が当たった瞬間、ウインガーはそれを受け止めていた。怪人が驚愕の声をあげた。
ウインガーはそのまま前に一歩出る。衝撃波は、霧散した。
「馬鹿な、有り得ない!」
怪人は刀を振るってくる。今度はウインガーは前に駆け出す。衝撃波に対し、拳を叩き付ける。衝撃波が砕け散った。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! お前にそんな力は無いはずだ!」
「そうだ。俺だけの力じゃない。俺の後ろには、たくさんの人がいる! 子供達がいる!
だから俺は、全力以上を使える! そうだ! 子供達の声に応えられなきゃ、正義の味方って言わねえんだよ!」
壊れたように叫ぶ怪人に、ウインガーは叫び返す。もはや距離は無い。ウインガーは右拳で怪人の頬を殴りつける。
怪人はあらぬ方向に首を曲げて、吹っ飛んでいく。そして、爆発して果てた。後ろから歓声が上がる。ウインガーはそっちを向いて、拳を振り上げた。さらに大きな歓声が上がった。
全ては終わった。ウインガーは子供達に向かって手を振って答える。
「いい気なものだな。」
それに向かって、マスターガイアが言ってきた。
「何だよ、無事に済んだんならいいじゃないか。」
「子供の声に応えた、と言うと格好いいだろうがな。子供の声が無ければ、お前は負けていた。それで平和が守れるのか?」
ウインガーの言葉に、マスターガイアはそう返した。
「何だよ、子供達は守っただろう。」
「子供達は、な。」
ウインガーが答えると、マスターガイアはそう言って、校門の外を見る。
「だが、この先の光景を、子供達に見せられるのか?」
マスターガイアはそう言った。ウインガーは答えに窮し、固まってしまった。この外。そこには、粉々に砕けた風景と血の色が広がっている。
「それが、子供の声が無い時のお前の力だ。それで平和が守れるのか?」
マスターガイアは続ける。とてつもない皮肉な口調で。
「…そんなこと言ったら、シンチャンだって守れていない。むしろ子供達すら。」
「そうだな。俺も力不足だった。」
ウインガーが言い返すと、マスターガイアは自嘲するようにそう返す。
「だが、俺は前に進むよ。お前は立ち止まったままだろうよ。子供の声が無ければ何も守れないまま。そして、大切なものを無くして、後悔でもすればいいさ。」
マスターガイアはそうつぶやいて、去っていった。ウインガーは憮然とするしかない。
子供達がまだ歓声をあげていたので、ウインガーは再びそれに応え手を振り始めた。それでも心は晴れない。
R-15にした主要因です。血みどろに書きすぎたか。