第3話 決めろ! 合体攻撃!
ウインガーは拳を振るう。敵は吹っ飛んでいく。
しかし戦いは終わらない。後ろから敵が迫ってくる。振り向きざま回し蹴りで吹っ飛ばす。
そこにまた敵が襲いかかってくる。それを肘で吹き飛ばしながら、また次の敵を見据える。
まだいるのか。ウインガーは荒い息をしながら思う。敵はまだ、そこら中にいた。
今回の敵は、怪人ではなく、戦闘員と呼ばれる、量産型の改造人間の群れだった。強さは怪人ほどではない。だが、数が多いのはなかなかきつい。
さらに、素早さに特化したグループである戦闘員達には、一撃必殺の攻撃は効かない。必殺技は、弱って足が鈍った相手にしか当たらない。戦闘員は、個々は平凡な一撃で倒せたとしても、集団としては生き続ける。ゆえに撲滅はできないのである。
ウインガーは、焦れて飛び上がる。
「ギャラントアロー!」
ウインガーは必殺技を放つ。しかし、戦闘員たちはよける。ウインガーが巻き起こした風によって何人か吹き飛ばされたが、直撃はしない。
「撤収! 撤収!」
戦闘員たちから合図が起こる。戦闘員たちは倒れた仲間を抱え、次々と撤退していった。
ウインガーは息を切らす。
「…ひょっとして、怪人より厄介かもな…。」
ウインガーは思わずそうつぶやいていた。
「お疲れ様ー。」
後方の支援車両から、愛が声をかけてくる。
「悪い。一人も捕えられなかった。」
ウインガーはうなだれながら言った。
「別にいいわよ。そりゃ誰かを捕獲して敵の情報が手に入れば御の字だけど、生け捕りは過去に成功した奴はいないからね。誰も責めることはできないわよ。」
「そうなのか? 意外だな、シンチャンでも苦労するのか。」
愛の言葉に、ウインガーはそう返す。一瞬、愛の顔が固くなった。
「まあね。生け捕りは難しいのよ。だから気を落とさないようにね。」
愛はそう答える。その顔はいつもの通り、からかうように笑っていた。違和感を覚えたが、ウインガーは気のせいと思うことにした。
「しかしそれなら、シンチャンと二人で出た方がいいんじゃないか? 少しでも戦力差を無くすために。」
「戦略的にはそれは却下ね。こないだみたいな多面攻撃が有り得る以上、戦力を集中するのはお勧めできないわ。そのためにはより強い戦力である進之介を温存すべき。まあ、データを取ってないウインガーの方を多く使いたいってのも有るけどね。」
ウインガーの提案に愛はあっさりそう答える。その笑顔が堅いような気がして、ウインガーはまた違和感を覚え、首を傾げる。
何か、シンチャンが戦闘員と戦うと悪いことでも有るのかねえ?
何と無くそう思ったが、ウインガーは口には出さずに帰ることにした。
その後六日連続で戦闘員たちを逃し、賢は頭を抱えていた。さすがにここまでできないのはまずい。次回が有るならその時は、と思うが、データはだいぶ取り終わっているらしく、本当に出番が有るかわからない。
そんな時、敵の出現を知らせる非常ベルが鳴る。賢は緊張する。出現したのは戦闘員。そして、迎撃に当たるのは、ウインガーが命じられた。賢は奮い立つ。今度こそは!
急いでバイクに乗り込み、出撃する。気は充分に高ぶっている。やれる、そう思った。
現場に着く。賢が変身する間も無く、二人が襲いかかってきた。それを両の拳で振り払い、一瞬の間に変身する。
「風の戦士、ウインガ…」
しかしウインガーの名乗りは飛びかかってきた戦闘員に邪魔された。それをハイキックで迎撃しながら、ウインガーは舌打ちした。様式美すら許してはくれないか! 考えてみれば当然、相手も必死なのだ。
だからこそウインガーは宣言することにした。
「お前ら、今回は全員倒してやる! 覚悟しろよ!」
ウインガーの言葉に、戦闘員たちは一瞬たじろいだ。ウインガーは単純に全員倒せば生け捕りにできると考えているが、彼らにはそれ以上が有るかのように。
それに気付かず、ウインガーは駆け出す。
「先手必勝!」
ウインガーは飛び蹴りを放ち、手近な一人を吹き飛ばした。それに対し、戦闘員達はわらわらと密集しながら迫ってくる。
ウインガーは回し蹴りを放つ。三人吹き飛ばした。勢いに任せて、蹴り足を軸足に代え後ろ回し蹴りを放つ。さらに五人吹き飛ぶ。
しかし、その瞬間後ろからつかまれた。そして、そのまま抱え込んでくる。しかも、二人、三人と人数が増える。戦闘員達は数に物を言い、押し潰すようにウインガーを押さえつけてきた。
厳しい、重い。それでもウインガーは力を振り絞り、立ち上がる。戦闘員達から驚愕の声が漏れた。
ウインガーは力任せに暴れ回る。悲鳴を上げながら戦闘員達が吹き飛ばされていく。彼らは半数近く、その勢いで気を失っていた。
いける。ウインガーがそう思った瞬間、戦闘員たちは目配せをして、撤収し始める。
「待て!」
ウインガーが叫びながら飛び蹴りを放つ。しかし、勢いが良すぎて、食らった戦闘員は相手側に飛んでいってしまった。戦闘員たちは飛ばされた奴、巻き込まれた奴双方を両腕に抱え、去っていった。
「くそ、早すぎる!」
ウインガーは思わず叫んでしまう。また駄目だった。ウインガーはとぼとぼとバイクへと戻った。
そこに通信が入る。
「悪い、また駄目だった。」
ウインガーはそう通信機に向かって言う。叱責が返ってくると思った。しかし、通信機の向こう側からは少し戸惑うような間が有った。
『それはいいわ。今はそれをどうこう言ってる暇は無いみたい。怪人が現れたわ。すぐに向かってちょうだい。』
愛の声で、そう通信が入った。ウインガーは、少し驚いた。
「怪人が出たのか? 最近戦闘員だけだったのに。」
『そうなのよ。おそらくは揺動だわ。戦闘員に注意を引き付けて、怪人で本命を襲うって。』
ウインガーの言葉に、愛はそう返す。
「そうか。しかし残念だったな。こっちはシンチャンを温存していたからな。」
ウインガーは何気無く言う。しかしそれに、愛が一瞬言葉に詰まった。
『…進之介はすでに現地に到着してるわ。だけど、それから結構経ってる。苦戦してるわ。…私嫌な予感がするの。揺動の意味。もしかしたら、本当の狙いは、ヒーローを一人で出させること。』
「って待て、怪人がヒーローを倒せるっていうのか?」
愛の言葉に、ウインガーは聞き返す。少なくとも、これまでヒーローが倒されたことは無いはずだ。だが、愛は一瞬の沈黙でもって答える。ウインガーの背に悪寒が走った。
『…可能性は。少なくとも、こないだは確実に差を縮めていた。その時から時間は有る。逆転された可能性は。』
「わかった。すぐ向かう。ナビゲートしてくれ。」
愛が言い終わる前に、ウインガーはバイクに飛び乗った。急げ。手遅れになるその前に。
その少し前。出撃した進之介は、怪人がいると報告された場所に着いた。現場は全く荒れていない。怪人はそこで、瞑想するように槍を手に座禅を組んで目をつぶっていた。まるで修行僧のようだ。
進之介はバイクを降り、近付く。
「来たか、ヒーロー。」
すると、怪人はそう言って一瞬で立ち上がる。そして、槍を向けてきた。進之介はもう一歩だけ前に出て、止まる。鋭い気配が肌にまとわりつく。
「ふむ、気配が違うな。」
「そうとも。私は強い。ヒーローを倒せるくらいにはな。」
進之介のつぶやきに怪人が答える。それを全く気にせず、進之介は変身する。
「そうだ、かかってこい、返り討ちに…」
怪人の言葉は、途中で途切れた。マスターガイアが剣を振り下ろしていた。
しかし、怪人もしっかりと槍で受け止めていた。奇襲に近いそれを。確実に簡単にはやらせてくれない、そんな感覚が有った。
「前戯は無用か。ならば、やられてばかりはいない。」
怪人も、槍を振り下ろしてきた。それをマスターガイアは剣で受け止める。速い。マスターガイアは舌打ちをする。
激しい戦いが続く。剣で斬り付けると槍で防がれ、すぐに突きを返してきたのを体を捻って避ける。次の瞬間には薙ぎ払いが襲ってき、それを剣で受けるとともに、剣を滑らせて斬り付ける。しかし、後ろに下がってかわされる。
速さも互角。腕力も互角。技術も互角。心すらも互角。だから、戦局は明らかだった。マスターガイアが不利。全てが互角なら、獲物の長さの差が出る。剣と槍なら、槍が明らかに長い。故にマスターガイアは不利だった。
かすり傷とは言え、そこら中に怪我を負ったマスターガイアは、傷自体は治っていくが、肩で息をしている。怪人は、まだ平然としている。身体以上に、緊張による消耗が大きかった。
それでもマスターガイアは負けるつもりは無い。今一度踏み込んで、剣を振り下ろす。
当たり前のように槍で防がれた。そして、次の瞬間、怪人は踏み込んできた。
しまった! 声に出すより早く、マスターガイアは体当たりで吹き飛ばされた。武器に気を取られ過ぎたがゆえの失敗。
このままでは建物にぶつかる。マスターガイアは無念を思う。
しかし、その寸前、誰かに受け止められて止まった。寄りかかりながら、マスターガイアはそれが何者か目を向けた。
ウインガーがそこにいた。マスクの奥から、ホッとしたような視線が見えたような気がする。
「危なかったな。だけど間に合った。お待たせ、シンチャン。風の戦士ウインガー01、ここに参上!」
ウインガーは名乗りを上げた。
マスターガイアは、それを無視して立ち上がり、前に進もうとする。そして、それを追おうとしたウインガーに剣を向ける。
「何するんだシンチャン! 危ないだろ!」
ウインガーが抗議する。しかしマスターガイアは、それを睨み付けた。
「邪魔をするな。ここは俺一人でやる。俺一人でできる。卑怯な真似をしなくても、俺は勝てる。だから、邪魔をするな。」
マスターガイアはそう言って、再び怪人の方に歩み出す。ウインガーは何かを言いたそうなまま、一瞬止まった。
その瞬間、怪人の槍がマスターガイアを襲う。剣で受ける、しかし剣を弾き落とされた。怪人の笑いが見える。再び振りかざした槍の薙ぎ払いが、マスターガイアに襲いかかる。死を覚悟した。
しかし、それを再び割って入ったウインガーが受け止めた。
何をする! マスターガイアは睨む。しかし、ウインガーは笑ったような気配でそれに向き返した。
「シンチャン、群れるのは決して恥じゃない。卑怯でもない。力が弱ければ、力を合わせるのは当然のことだ。俺たちは決して負けることが許されない。絶対に勝たなきゃいけない。だったら、一人で勝てなきゃ、力を合わせる。当然だろう。」
ウインガーはそう言い切る。マスターガイアは、怪人の方を向き直した。
「なるほど。わかった。不本意だが、力を合わせよう。だが、一つ言いたいことが有る。」
「何だ、シンチャン?」
マスターガイアの言葉に、ウインガーは尋ねる。
「俺は決して弱くない。訂正しろ。」
そのマスターガイアの言葉に、ウインガーは苦笑いしたようだった。
「わかった。たとえ強くても、それ以上の者に対しては、でどうかな?」
「気にいらんが了承しよう。」
ウインガーの答えに、マスターガイアはそう返す。ウインガーのはっきりした苦笑いが聞こえてきた。
「和気あいあいと話してる場合ではないぞ!」
怪人がその叫び声とともに槍を突き出してくる。ウインガーはわずかによけるとともに、その槍を横から抱え込んだ。怪人の顔色が変わる。
そう、これなら、怪人は槍を使えない。槍にこだわるなら身動きすら取れない。マスターガイアは素早く足元の剣を拾い上げ、怪人に斬りかかった。
怪人は、素早く槍を手放し、後退しギリギリのところでかわした。そしてその瞬間、マスターガイアに向けられた左手から槍が飛び出してきた。マスターガイアは、とっさに弾き返し、後ろに退いた。
怪人は、右手からも槍を出し、両手に構えた。マスターガイアとウインガーは息を整える。そして、息を合わせ、同時に攻撃を仕掛ける。
怪人の粘りは見事だった。両手で槍を操り、どちらとも互角に争ってみせた。しかし、攻撃は二人には当たらない。一方で、二人の攻撃も怪人には当たっていなかった。本当の意味で拮抗状態。二人は怪人から距離を取った。
「どうする? あいつ、なかなか手ごわいぜ。」
ウインガーは息を整えながらそう言う。マスターガイアは少し考え、結論を出した。
「一人の速さでは当たらない。ならば、本当の意味で力を合わせるべきだ。俺の剣に乗れ。」
「…なるほど。それに賭けよう。こっちが合わせる、シンチャンは全力を出すことを。任せたぞ。」
マスターガイアの言葉に、ウインガーが答える。それで頷き合う。決まった。
マスターガイアは剣を持ち替え、峰打ちの形で振り上げる。それにウインガーが飛び上がり、乗っかった。ウインガーの羽根はいつもと逆向きに構えている。
「行くぞ、剣斬!」
マスターガイアは全力で剣を振り抜いた。そして、その最高速のところでウインガーは飛び立つ。
「ギャラントアロー!」
ウインガーは回転しながら、頭から怪人に突っ込んでいく。怪人は反応し、槍で弾こうとした、ようだった。
しかし、マスターガイアとウインガー、二人の最速を合わせた攻撃には反応が追い付かなかった。ウインガーが胸を突き破って着地する。
「私でも敵わぬか…無念…。」
怪人はそう言って、爆発して果てた。
進之介と賢は変身を解除する。賢が掌を頭の上に構えて近寄ってきたので、思いっきり拳を叩きつけてやった。
「いてっ! シンチャン、ここはハイタッチだろうが!」
「知るか! 馬鹿のやる事など!」
賢の叫びに、進之介は叫び返し、バイクへと向かう。
その途中で、進之介は立ち止まった。
「だが、お前がいなければ勝てなかった。悪くはない。」
進之介は小さめの声でそう言った。顔は向けられない。照れて赤くなった顔など、向けられない。
後ろから、賢が無邪気に笑う声がした。それを放っといて、進之介は前に進む。
怪人は倒れた。今日も平和は守られた。