第2話 愛を叫ぶ!
夜のJRA研究所。今田愛はにんまりとモニターをチェックしている。
「楽しそうですね。何か発見有りました?」
そこに横から男性研究員が声をかけてくる。
「まあね。ほら、カジノドライブとの同調性を見てちょうだい。賢は不安定、反対に進之介は安定している。
けどね、その分爆発力は賢の方が有るの。一瞬だけ、賢の総合力が進之介に追いつく時が有る。そんな時は決まって互角になるのよ。
ああ、昼のトレーニングの時からモニター結果をチェックするのが楽しみだったけど、予想以上の面白い結果だったわ。トレーニングでこれなら実戦だとどうなのか、今度じっくり調べたいわね。」
愛は答えながら目を輝かせる。実に研究が楽しいと言わんばかりに。
「はは、本当に研究が好きなんですね。
ところで、研究に打ち込むのもいいですけど、たまには食事でも行きませんか? いい店知ってるんですよ。おごりますので一緒に行きましょうよ。」
研究員がそう返すので、愛は彼の方を向く。
「何? もしかして口説いてるの?」
「ええ、一応は。」
愛の問いに研究員は恥ずかしそうに言う。しかし愛はそっぽを向いてしまう。
「悪いけど、断らせてもらうわ。賢すぎる男って、好きじゃないの。」
「これは手厳しい。頭は悪い方が好みでしたか。」
愛の答えに研究員はそう苦笑いする。しかし愛は首を横に振る。
「それもノーね。馬鹿もそれはそれで嫌い。適度にそこそこ頭良いのが好みなの。我ながら贅沢な好みだけど。
それに今は研究が楽しいしー。付き合うとかは二の次かな。それこそ、全てまとめてぶち開けてくれる人でも出ない限り。」
愛はそう苦笑する。
「そうですか。高いハードルですね。
それじゃあ、誘いも断られたことですし、僕は帰りますね。」
「はい、お疲れ様。」
研究員の言葉に、愛はそう返す。研究員は去っていった。愛はモニターに視線を戻す。
「やっぱり、実戦でのデータも欲しいわよね。次は賢の後方支援に行くべきかしらね。」
愛は一人そう言って楽しそうに笑う。どこまでも研究が好きなのだった。
スパーリングの休憩中、賢は荒い息を吐く。
「くそ、今日は、一発も当てられなかった…。」
賢はつぶやく。本日から進之介は竹刀を使い始めた。本来の戦い方ができる進之介に、賢はまだまだ敵わない。
「はい、お疲れ様ー。これどうぞ。体力回復に効くわよ。」
愛がそう言いながらレモンのハチミツ漬けを差し出す。賢はありがたく一切れいただいた。甘みとさわやかな酸っぱさが身に染みた。
「本当に愛っていい女だよなー。気が利くし、明るいし。」
賢はそんなことを言い出す。愛は首を傾げる。
「何それ、口説いてるの?」
「そんなつもりは無かったけど、いいなそれ。ぜひとも俺と付き合ってくれ。」
愛の問いに賢はそう憧れをぶちまけた。愛は苦笑いを返してきた。
「いいわね、なかなかに大胆で。だけど答えはノー! 単純な熱血馬鹿は好きじゃないのよ。残念でした。」
「ちぇ、どうせ俺は単純な熱血馬鹿だよ!」
愛が笑いながら答えると、賢はふてくされて大の字になる。
「まあ、素直なのはいいんだけれどね。私は賢すぎず馬鹿過ぎず適度な賢さがいいのよ。」
愛はそう言ってまた笑う。
「そうするとシンチャンとかどうなの?」
賢は何気無く言ってみる。愛は吹き出し笑いをする。
「賢さはいいけど、ちょっとひねくれすぎかな。」
「あは、やっぱそうだよねえ。」
「お前ら、斬られたいか?」
愛と賢が笑い合うのを進之介が不機嫌そうに突っ込んだ。
「そうね、賢と進之介のいいとこ取りがいたら気に入るかもしれないけどね。」
愛はそう言って話を広げる。
「いいとこ取りねえ。ってどうした、シンチャン?」
賢はそこで進之介に話を振る。彼は顎に手をやりながら首を傾げていたのだ。
「いや、いいとこ取りと言っても、お前に何のいいところが有ったかと思ってな。話の流れ的に素直さが一つだが、それ以上何が有るかと。」
「シンチャン? スパーリングじゃなくてマジ喧嘩したいのか?」
進之介の言葉に今度は賢が青筋立てながら突っ込んだ。愛はそれを聞いて爆笑するのだった。
「さて、そろそろ再開しましょうか…」
そう愛が言った時。非常ベルが鳴りだす。怪人出現の報であった。愛がすぐに通信機器に取り付き、指示を受ける。それに二言三言話して、方針が決まったのか通信を切り、賢たちの方に歩いて来た。
「怪人出現よ。二人で出撃してちょうだい。」
「二人出る必要は無かろう。俺一人で充分だと思うが。」
愛の言葉に進之介が異議を唱える。
「いや、そこは是非二人で。カジノドライブの反応をモニタリングしたいのよ。二人一緒の方が都合が良いわけ。まあ、つまりは研究の都合。拒否はさせないから、さっさと出撃しましょう。私もついてくから、早めにね。」
愛はそう説明する。反論は無駄と悟ったか、進之介はそれに従うようだった。なので賢も動くことにする。
賢と進之介、二人のバイクを先頭に、後ろに研究員用の支援車両、さらに後ろに一般戦闘隊用の車両が続いていた。二人はナビゲートに従って進んでいく。急ぐバイクは、特別製のおかげか仲間の支援車両すら引き離していく。
現場まで近付いたころ、ナビゲートに異音が混じった。
『敵襲だ! 支援車両が狙われた!』
それは愛と一緒に支援車両に乗った男性研究員の声。ヒーローが倒せないからって支援の研究員を狙うか! 賢は思わずバイクを止める。
しかし、進之介はかまわず行ってしまう。
「おい、シンチャン、どうするんだよ!」
賢は叫びかかる。そこに進之介から通信が入る。
『決まっている。一般人を守るのが先決だ。こちらは戦闘隊もつれている。そちらを優先するわけにはいかない。』
「だけど、仲間がやられているんだぜ! 愛もやられるかもしれない! 戦闘隊をつれているったって、怪人相手に勝った実績なんて無いじゃないか! 怪人が来ていたら、みんなどうなっちまうと思っているんだ!」
進之介の言葉に、賢は反論する。
『それでも一般人が優先だ。行きたいならば一人で行け。俺は先に進む。』
進之介は言う。それに、賢は手を叩いた。
「それだ! シンチャンは先に行って、俺は戻ればいい。両方倒せばいい、それだけだ。」
賢は一人で納得して、バイクの向きを変える。
『…単純馬鹿が。』
進之介の皮肉も、賢の耳には入らなかった。賢は急ぐ。手遅れになる前に。
「敵襲だ! 支援車両が狙われた!」
隣の研究員が慌てて通信に割り込むのを、愛は茫然と見ていた。研究員が座っている、運転席側の外。そこに怪人がべっとり張り付いていた。これまで支援側が狙われたことは無かった。すっかり油断しきってしまっていたのだ。
研究員は振り落とそうと車を左右に蛇行させる。しかし怪人は離れない。それを見て、研究員は考えを変えたようだ。車は進路を変え、怪人ごと街路樹にぶつかっていった。
エアバッグが作動する。衝撃のおかげで怪人は離れたらしい。その代わり、研究員は気絶してしまったのか動かない。愛は慌てて車を降り動向を探る。
怪人は、支援車両から離れた後方にいた。その周りを取り囲まれている。JRAの一般戦闘隊員達だった。
「今までは煮え湯を飲まされてきたが、今回は違うぞ! 放て!」
隊長の号令とともに、戦闘隊員たちは一斉に射撃を始める。しかし、怪人は涼しい顔だった。
「馬鹿な! 最新の装備が、全く効いていないだと?」
隊長は、驚嘆の声をあげる。
「そうとも。こっちも、最新の怪人なんでね。」
怪人が、そう言って手を前に出す。その手のひらには、穴が開いていた。腕が脈動して、その穴から丸い物が生み出される。怪人はその物体を地面に叩き付けた。
その瞬間、爆発が起こる。周りにいた戦闘隊員たちはまとめて吹き飛ばされた。
爆弾を生み出す、怪人。その怪人が、愛の方を向いた。
「今田愛だな? 貴様には死んでもらう。」
「私を殺して、何の得が有ると?」
怪人の言葉に愛は問い返す。
「我々はヒーローを殺せない。ならば、その支援をする者を殺せば良い。貴様は、誰よりもカジノドライブについて知っている。殺せばJRAは大打撃だ。だから殺す。」
怪人はそう答える。全てわかった上か。愛は納得し、覚悟する。賢も進之介も先に行ってしまった。戻ってくるには時間がかかり過ぎる。おそらく助かるすべはないだろう。
だけど、体が震える。覚悟したつもりだった。それでも、恐怖を消すことはできなかった。傍目にもわかるくらいに、愛は震える。
それを笑いながら、怪人は爆弾を生み出す。そして、真っ直ぐにそれを愛に投げ付けてしまう。終わったな。愛は目を閉じ受け入れる。
爆音が鳴り響いた。
…しかし、愛は無事だった。わけもわからないまま、愛は目を開ける。
そこには、愛の前に立ち塞がり爆発を受けたものがいた。羽根の生えた緑のヒーロー。ウインガー01がそこにいた。
「賢…?」
「悪い、ギリギリになっちまって。俺は、君を助けに来た。」
戸惑う愛に賢は言う。
「絶対に君を守る。憧れの女も守れなきゃ、正義の味方を名乗れないからな!」
賢は、そう声高に叫ぶ。
「ほう、なかなか面白い話だな。それができるか見せてもらおうじゃないか。」
怪人は楽しそうに手を叩く。賢は怪人と見合う。激しい戦いが始まる。確かに純粋な戦いでは怪人はヒーローに勝ったことは無い。しかし、誰かを守り抜くのが勝利条件なら。・・・勝負はわからない。
怪人の腕が脈動する。怪人は生み出した爆弾を愛に向けて投げ付ける。
それを防ぐため、ウインガーは愛を抱きかかえ走り出す。
「って、ちょ、何を?」
愛は思わず照れてしまう。しかし、そういう場合じゃないことを愛は思い出す。
爆発が有った。ウインガーの体がわずかに揺れる。さっきの爆発をまともに受けたのだ、ダメージが有ることに、愛はようやく気付いた。ヒーローの防御は強化されているとは言え、万能ではない。
爆弾が投げ付けられる。ウインガーはかわす。街路樹に追い込められた。爆弾が投げ付けられる。しかしウインガーは、愛を抱えながらも街路樹を駆け上がった。爆発を尻目にウインガーは木を蹴り飛び上がる。そして、愛の抱き方を変えながら、羽根を使って抵抗を作り出し、捻りを加えて、ウインガーたちの着地点を狙った爆弾をかわした。まるでサーカスのようだが、守ってもらっている愛には文句は言えない。
「ほう、なかなかやるようだな。ならば、これはどうだ?」
怪人は、そう言って爆弾を生み出し、そしてそのまま自分の足元に叩き付けた。爆発が起こる。ウインガーが呆気に取られる。愛は考え、すぐに気付く。
「ウインガー、来るわ!」
愛の言葉に、ウインガーが反応した。爆炎を突っ切って突撃してくる怪人の一撃。ウインガーはとっさに体勢を変えて、背中で受けた。
ウインガーと愛は吹き飛ばされる。それでもウインガーは何とか体勢を整え、着地する。怪人が楽しそうに手を打ち、ウインガーが歯をきしませる音が聞こえた。
しかし、愛は確信する。自分にこそ勝機は有るのだと。
愛は口元に手をやる。そして、そのままささやくように言う。
「動かずに聞いて、ウインガー。一つだけ勝機が見付かったわ。」
愛の言葉に、ウインガーは荒い息をついている。あえて反応を隠している。聞こえている、と愛は判断した。
「相手は表面は爆弾に対する耐性が堅い。だけど、おそらく中からのダメージは想定していない。爆弾を出す直前で詰まらせれば、ダメージは与えられるはず。できる?」
「たぶん。挑戦する価値は、十二分だ。」
愛の言葉に、ウインガーも小さな声で答えた。決まった。ウインガーは愛を下ろす。愛は歩いてウインガーの後ろに隠れる。
「どうした、やけっぱちか!」
怪人は、斜め上に向けて腕を掲げる。その瞬間、ウインガーは飛び上がった。そして、回転を始める。
「ギャラントアロー!」
ウインガーは、脈動する怪人の腕の穴目がけて、真っ直ぐに突っ込んだ。はたして、爆弾は外に出ること無く爆発する。ウインガーは吹き飛ぶ。
「だが、甘い!」
そこに、片方の腕を無くした怪人が飛び上がった。しかし、ウインガーの足は真っ直ぐ怪人の胸元を向いていた。
「!」
「真っ直ぐ襲いかかって来るなら、動きは読める。」
驚く怪人に、ウインガーは声を浴びせる。
「ギャラントアロー!」
ウインガーが、回転をかけ蹴りを放つ。その蹴りは怪人の胸を貫いた。怪人は爆発して果てた。
ウインガーは着地して、変身を解き愛の方を向き直した。
「大丈夫か、愛! 怪我は無いか!」
そして愛に駆け寄る。それを愛は頭を小突いて返した。
「大丈夫か、はこっちの台詞よ! あなた、明らかにダメージ受けてたじゃない! 心配したんだから!」
愛はそう叫び返した。
「え? 心配してくれてたのか?」
しかし、賢は真面目な口調で聞き返す。愛の顔が真っ赤になった。
「って、顔赤いぞ、愛。熱でも有るのか?」
続けてそう言う賢の腹に、愛は拳を叩き付ける。
「あ、愛、何を…」
「何をじゃないわよ! この鈍感男! あー、一線をぶち開けたのがこんな奴だなんて! 納得いかないー!」
悶絶する賢をよそに愛は叫ぶ。賢の方はいまだ顔にハテナマークを浮かべていた。
「…何をやっているんだ。」
そこにバイクで通りかかった進之介がぼやく。賢の目は進之介に向けられた。
「あ、シンチャン! そっちはどうだった?」
「軽く仕留めた。人的被害は無い。お前の分もしっかり働いてきたぞ。」
賢の言葉に、進之介は皮肉で答えた。
「それは良かった。それより愛が変なんだけれど、何かわからないか?」
そう笑顔で返す賢に対し、進之介は溜め息で返した。
「変の方がマシだな。馬鹿には返す言葉すら見付からない。」
進之介はそう言ってバイクを飛ばし去っていく。賢は茫然とする。
「…一体何なんだ?」
そう首を傾げる賢の脇で。
「ナンデコンナノニ…ナンデコンナノニ…」
愛は言い続けるのであった。
何でこんなのに惚れたのだろうかと。
怪人は倒れた。今日も平和は守られた。




