魔法使いクロッカスの逆鱗
「ヒイラギ、良くやったぜ。ててっ……約束通り。あたしからアイリスに、明日にでもクラスD申請、しといてやるぞ」
血で濡れた脇腹を押さえながらカキツバタさん。
「ありがとうございます、……って師匠。そんな事より大丈夫なんですか? 本当に」
「全部躱したつもり、だったんだが、……お前にばっかり言えないなぁ。久々に……くっ、一発、良いのを貰っちまった。ま、大丈夫、心配には及ばない。内臓は無事だ、死にやしないさ」
OL風の見た目を全く裏切って台詞がいちいち男らしいカキツバタさんだ。
「よぉ、クロッカス。お姉様のお説教は終わりか? ――はっ。アヤメごときに言いくるめられて、お優しいこったぜ。……ちょっと見ない間にすっかり女子高生っぽい、てて……、カッコだけでなく雰囲気も、なんかいいじゃんか。おまえはそのほーが絶対良いって前から……。ん? ……その彼女が、桜ちゃんな?」
「はい」
「いつもクロッカスが世話になってる、済まないな。――でも、たいしたもんだ。あの魔法戦のただ中で萎縮もせずに考え続け、答えにたどり着いた。アイテムクラフタ、確かにな。お前の言うのはわかる。……彼女、魔法使いじゃ無いんだろ?」
「はい、でも私のバディです!」
華ちゃんはそう言い切ると満面の笑みを浮かべる。
「そうか、大場君が聞いたら泣くんじゃ無いか? はっはっは。いでで……。 ――おい、ヒイラギ。改めて挨拶しろ。アヤメとはこないだあってるだろうが、クロッカスは振興会じゃ初めてだろ?」
言われて彼は、おずおずと。と言う感じで華ちゃんの前へと足を運ぶ。
「あの、カキツバタさんに師事しておりますヒイラギです。どうも」
「私は執行部統括のクロッカスです。以降よろ、し、……く? …………あぁあ! あ、あ、あなたは!」
突如として華ちゃんの声に怒気がこもり、それに呼応して彼女の周りにぶわっ、と巻き上がった砂や土埃が、まるで怒りを表すオーラのよう。
……華ちゃん、電池切れだったんじゃ。
「ひぃ、……あ、あの。色々ものを知らなかったもんだから、ごめんっ!」
「まさか表面上の謝罪の言葉くらいで、何かが許されるなどと。甘いことを考えているのではないでしょうねっ!?」
チャキ。いつの間にか華ちゃんが一mを超える大剣を両手で握っている。
……あれって、ホントに砂で出来てんだよね?
さっきの。いかにも砂で出来た剣とは、見た目も大きさも明らかに違うんだけど。
華ちゃんが位置を微調整しつつ刀を構え直すと、刃先がギラリ。と光る。
ホントに砂で、出来てんだよね……?
「良く平然と私の前に顔を出す気になったね。……その勇気はだけは褒めてあげる」
腰を下ろすと巨大な剣を正面に構える。だから電池切れ、どうしたのっ!
「けれど、それを世の人は蛮勇と言う。目の前に自ら出てきた以上、覚悟は出来ている、と言うことで良いのね……!」
その剣だって、どう見ても勇者とか英雄みたいな人達が持ってるような、魔王とかドラゴン的なものを退治する為の、伝説の剣みたいにしか見えないし。
なんか鉄骨とかコンクリートでも。普通にスッパリいけそうなんだけど、それ。
それに華ちゃんに呼応して、ジリジリと位置を変えるヒイラギさん。見たことあると思ったら。
公園の時の野良魔法使いじゃないかっ!
まぁ、華ちゃんが怒るのも無理ないわな。
形の上では処分無しになったとは言え、あの件で私を巻き込んで仁史に怪我をさせた上、封印をトバして必要以上に魔力を使ったということで査問会にかけらたんだから。
危うく魔法使いランクが降格しかけた上、執行部統括の肩書きまで取り上げられそうになった。
振興会における立ち位置だけが自分を確認する手段。
当時の華ちゃんは自己評価をそれでしか認識できなかった。
当然焦っただろうし、それは今でも怒ってるはず。
気持ちはわからないでは無いんだよなぁ。
ついでにあのときも仁史がテリヤキになってるしね、そう言えば。
それを思い出して、更に怒り倍増ってトコか。
……それについては、私だって殺されそうにはなったんだけど。
――でもまぁ、助っ人にきてくれたんだしさ。
「華ちゃん、良いじゃ無い。許してあげなよ。振興会に居るなら改心したんでしょ?」
「も、勿論だよ、そうで無ければ僕は……」
「黙りなさい! あなたとは話していないっ!」
大ぶりの剣を鼻先に突きつけられ、――ごめんなさい!
そう言ってヒイラギさんは小さくなる。
「もう、“形の上でのお説教”も終わりで良いんじゃない? ……実際には捕まえた時点でもう、華ちゃん的には許してたんでしょ? ホント、心が広くて優しすぎるくらいだよ。私じゃ絶対無理だな、そういうのはさぁ」
……と言う感じで持ち上げておかないと。
表情は普段からあまり変わらない、クールビューティな華ちゃんなのだけれど。
うん、あの声。本気で怒ってる。どころか完全にキレてる。間違い無く。
ヒイラギさんも泥人形にされて骨の二、三本は持って行かれかねないからなぁ。
フォローしとかないと、一応味方なのにあの男より、もっと非道い目に遭いかねない。
「あのときだってかなり力押さえて、なるべく怪我しないようにしてたもんね」
「いや、その。よ、容疑者を無駄に傷つけるのは、それは認められていなくて……」
特に。封印を飛ばさざるを得なくなって査問会になった件については、今でも根に持ってるクサいし。
と言うか。それについては絶対、間違いなく根に持ってる。
「あのときも私も仁史も結果的に無事だったしぃ、今日だって助けに来てくれたんだしさぁ? それに一応ほら、制服。――そう、ネクタイの色、みてみ? 先輩なわけだし」
三年生なんだよね、制服がホンモノなら。
華ちゃんは最近、学校内での自分の立場。と言うものを気にし始めている。効くんじゃないかなぁ。
「ま、まぁ。実際に非道い目にあった桜が、それで良いというのなら。確かに、今更私から何かを言うところでは、無いのだけれど……」
……良かった。効いた。
――リリース。そう言うとギラリと輝く大きな剣は、サラサラと少しずつ。かたちを無くして風に舞っていく。
マジで砂だったのか……、それ。
「ね、助けて貰ったんだしさ? ――うん、握手。……ほら」
「では、あの。……改めてよろしく。執行部のクロッカス、…………いや、えーと……。もとい、普通課一年B組、華・サフランです。その、先輩」
「ど、どうも、僕は普通課3年A組の柊長介だ」
ふぅ、収まった。とは言え。
うわぁ……、怖い怖い、超怖い!
私がなまじ、和やかムードを演出しちゃったから、なお怖い!
なんて険悪な握手だろう。真ん中に入ったから華ちゃんの表情しか見えないんだけど。
その顔は仲直りした人の顔じゃ無い! これから決闘しに行く人の顔だよ!
華ちゃん、ホントに今現状、柊先輩に魔法使ってないよね?




