夕闇の美少女
「……大葉さん? 何処に行ったの? 早く捕縛して下さい!」
「俺まで殺す気か! この莫迦娘はっ!」
「意外にも。私の事を一応、女だと思ってくれているんですね。……両方死なないように加減はしてます。――さて」
まだ残る爆風の余韻。
その風に、ブレザーの裾とスカートをなびかせながら。
その彼女がこちらを振り返る。
多分165は超えている背丈、整った目鼻立ち、ショートにまとめたサンドベージュの髪。少し吊り目がちな、青みがかった大きな瞳。
頭からごく自然に長い首が繋がり、繊細なカーブが肩から胸のラインを作り、さらに一筆書きで引き締まった胴体、長い手足へとつながっていく。
多分八頭身。ここまで等身の高い人、始めて見たよ……。
くびれたウェスト、スカートから見える健康的な太ももと締まったふくらはぎ。
陸上でもやっているのか、すこし色黒なんだけど、そこまで含めて全体で完璧にバランスしている。むしろ白い肌ってダメなんじゃないか? なんて思ってしまう。
これはもう。女子の私から見ても美少女。としか言い様が無い。
おっぱいは、大きさだけなら。もしかするとちょっとだけ、私の勝ちかも知れないけれど。でも、そこだけ勝っても全く意味は無い、とは自分でわかる。
むしろ、この大きさだからこそ全てが美しいのだ。
トータルパッケージで完璧な美少女。
何、この子。モデルとかアイドル的な何か?
でもどうしてウチの学校の制服を。しかも蝶ネクタイの色は私と同じ一年生!?
普通科以外だとしても、あんな子が居るなら、……知らないわけ無い!
「捕縛、簡易封緘……完了! 身体も魔法も拘束した。……クロッカス?」
「了解、大葉さん、もらいます。次元還移……完了。――オーケィ、バリアアウト」
彼女が無表情でパチン、と指を鳴らすと、そこら中のおかしい感じが霧消する。
「これで携帯は通じるはず。報告を。人払いはこの付近だけ張り直して下さいね」
「わかった」
いや、またおかしな感じが戻ってきたけれど。
強烈な、頭がどうにかなりそうな、あのおかしさは綺麗に無くなった。
「……それと、もう一台、今日は総務のアルファードがあるはずだ、なけりゃフィールダーで良いからこっちに急いで回してくれ。――わかった、あとでな?」
男の人は電話を無造作にポケットに突っ込むと、クロッカスに話しかける。
「なぁ、クロッカス。彼氏の方は結界師じゃないか? あのファイアボールを正面から受けきった。かなりの威力だったろ? あれ」
「もしそうならバリアマイト・グレード3を超える、と言う事になります。それはそれで野良で居るなら大問題、……けれど」
その彼女は話しながら私に近づいてくる。
「それよりもっと問題なのは彼女の方です。――改めてこんにちわ、非道い目にあいましたね。私はクロッカスと言うの……。あなた、名前は?」
「か、神代。一年B組の神代桜です」
「桜さん、ね。……よろしく」
彼女の制服は、コスプレなの?
「おい、クロッカス。――そのお嬢さんの何処が問題だ。記憶処理だけで良いんじゃねぇか?」
男を縛り上げながら、男性がクロッカスと名乗った少女に尋ねる。
チノパンにノータイ、ジャケットを羽織ったラフな服装。
「うん、……こっちはもう大丈夫だ」
「……リリース」
ばさぁ。彼女がそう呟くと砂の三日月は形を失い、学生風の男は砂まみれになる。
クロッカスと名乗った彼女は、両膝をつく私をのぞき込むようにかがむ。
そうしてアップになったら、美少女ぶりがさらに際立つ。
見ただけでわかるきめの細かい肌、触ってみたくなるサラサラの髪。ハーフなんだろうか、吸い込まれそうな瞳は深い藍色を湛えている。
近くで見ても一切の破綻無し、なんと言う完璧な美少女っぷり。
しかも今まで大立ち回りをしていたはずなのに、汗のにおいひとつしない。
むしろなんか良い匂いする。……これが美少女の匂い?
一方こちらは、顔だけでなく体中ゲロまみれ。
ニオイとすれば、口の中まで酸っぱい感じ。
勝負しようなんて気も起こらないけれど、これ。勝てる要素ゼロだ……。
初めから。彼女と容姿で何かを競おうという方が間違ってるとは思うけど。
と、彼女がタオル地で白の、飾り気の無いハンカチを差し出す。
「可愛い顔が台無し、――ううん、洗濯とかそう言うのは良いから使って。……立てるようになったら口もゆすいだ方が良い。リップも持っているから、もし使うなら言って?」
「ありがとう、……ございます」
「気にしないで。私の作った次元結界だもの、当然わかる。あなたは私の結界を完全に見破った上で身代わり陣も杖も使わず、アイテム無し、小細工無し、生身でそこの彼を連れたまま何事も無く突破した。――そもそも、その前に。あなたがあっさり無視した人払いも、本来、国内最高クラス」
何のことやら全く理解が出来ない。何の話してるの、この人……
「その上、ファイアボールを喰らう直前。時空を歪めた。端的に言ってこの私の結界の中で、更に空間を引き延ばし、あまつさえ表面上だけど、時間の経過までをも遅くした。だからその彼が、力を相殺する時間的余裕が出来た」
「なにぃ!? ちょっと待てクロッカス!! ――次元結界内部で、空間操作や時間制御が意図して出来るなんて、そんなヤツは世界でも10人居ないぞ!」
「そう言っています。――大葉さん。……そんな人が野良魔法使いなんて、あります?」
「お前。……見えたのか?」
「見えたし、わかった。一応、時空のエレメンタラーでもある以上、事象の感知くらいはできるし、みえる。――そうでしょう? 桜さん。……今のところ。あなたに危害を加えるつもりは全くないし、私では勝てないのかも知れないけれど」
そう言うと、クロッカス。と呼ばれた少女は、私と目を合わせたまま立ち上がる。
「そうなるというなら、勝てないなりにこちらも抵抗はするし。でも、できればそれは避けたい。――正直に答えて。あなたは、……何処の人?」
私のことをなにか聞きたいんだろう。と言う所まではわかった。
それはわかったんだけど……。
何をどう答えたら彼女に納得してもらえるものなのか。
そこがさっぱりわからない。
「実法学院、うつくしヶ丘高等学校普通課一年です、……え? あの、う、うちは学校の近所のアパートで。……えーと、自宅は中聖市です」
同級生なのになんで敬語を使う、私……。
完全にビビってる。わかってる、わかってるけどコレはもうどうしようもない。
しかもなんか涙目になってるし。
今は私がひっくり返ってる仁史を守らなきゃいけないのに。
でも、なんか勘違いされて。
さっきみたいにわけわかんない戦闘みたいなことになったら。
私が勝てる可能性って、何処かにあるの?
「え? 本当に野良、……なの? ……あの、ちなみにその男の子は誰? 桜さんの彼氏さん、で良い。の?」
ほんの少しだけ体をずらして。
ほんの少しだけクロッカスの視線から仁史を隠す。
身を挺してまで守ってくれたのに、私はコレで精一杯。……ホント、情けない。
「い、従兄弟。……です。同じく普通課一年B組、南高仁史です」
――うん、怖がらなくて良いわ。桜さん。クロッカスはそう言うと、自分の後ろに来ていた男の人に振り返る。
「但し。状況から言って、どう考えても一度、一緒に来て貰わなくてはいけないでしょうね。野良なら良し、となる話ではないもの。――状況はどうですか?」
「あぁ、事務所からもう一台車を呼んだ。あと五分もあれば着くだろう」
「桜さん、私達と一緒に来て貰っても良いかしら? 二人共、換えの服だって必要でしょうし、ね? ――さて、迎えが来る前に水飲み場に行って簡単に服と顔を流した方が良い。立てる? 手を貸すから。……あぁ。別に汚くなんかない。それこそ洗えば済む話、でしょ?」
「でも、あの……」
「私だって、お腹の中にはだいたい同じものが入っているはず。出てきちゃったらきっと同じ。……さ、手を出して?」
完璧な美少女は、再度屈み込んで超至近距離でそう言うと、右手をこちらに差し出してにっこりと微笑んだ。
顔が熱くなるのがわかる。……女の子相手になにしてる、私。
「上着だけでなく、ブラウスとスカートも。簡単に流しましょう。一度脱いでしまったほうが早……。そうか。――うん。どうして、とか説明するのは面倒臭いのだけれど、大丈夫。ここには誰もこないから」
そう言ってクロッカスは後ろを振り返る。
「人払いはそのまま継続して下さい。それと、暫く向こう、むいてて下さい。……良いと言うまでこちらを向いたら。私、大葉さんのこと一生、軽蔑しますから」
「が、ガキの下着姿になんか興味あるか! ――人をロリコン呼ばわりして暇があったら早くしろ、迎えが来ちまう!」
いずれにしろこの時の私には。
頷いて、汚れた右手で陶器のようなクロッカスの右手を掴む。
それ以外の選択肢はなかった。




