理解不能の戦い
「クロッカスっ! 結界内に侵入者!」
「この感覚はやはりそうなの……? 次元結界ですよ! どういう事!」
「お前が知らなきゃ誰がわかる!? ……お前の真後ろ、うつくしヶ丘の生徒二名!」
「考えるのはあと! 取りあえず彼らの保護を最優先。流れ弾が当たらないように……」
「“ここ”じゃ俺は腕力以外、ほぼ無力だ!」
「そうだった……!」
「俺が廻るまで何とかしてくれっ!」
目の前には私と同じ制服を着た少女の後ろ姿。
そしてその向こう側、年の頃なら一〇代後半、学生風の男性が一人対峙しており、更にその後ろにもう一人、彼女と話していた人が居る。そちらは20代中盤か。
「はは……、さらにお仲間を呼ぶのとかさ。……お前のせいで、到着早々いきなり黒焦げだ。良心が痛むとか、ないのか?」
大学生風はそう言うと、私を見ながら右手を高々と挙げる。
そしてその手の上には火が吹き上がり、徐々に丸くなっていく。
「正義には力が必要だ!」
「止めろ! 彼らは部外者! 無関係だっ!!」
「通常空間から隔離しておいて、――有り得るか!!」
じりじりと位置を変えていた少女は、彼が腕を振り下ろすと同時に、突如逆方向へと横っ飛びに身体を投げ出す。
「見切った! させないっ!!」
「……クロッカス、死ぬ気か!?」
火炎の来る方向を見きってジャンプした彼女だったが。
体ごと止めようとした彼女の身体の前で、カクン。と冗談の様に方向を変えた火の玉は、改めてこちらへ向かってくる。
「へ、……そう簡単じゃ無いさ」
「しまった、……後ろにっ!」
私の正面に火の玉が迫る。……顔が火傷で判別できない死体になるのは、ヤだな。
――いつの間にか、横から仁史が飛び出していた。
「――ぐわぁああああ!……」
「莫迦っ!」
火の玉と人間の体がぶつかったとは思えない、金属同士がぶつかって、太い木材が折れ、ガラスが粉々に砕けたような、形容しがたい音と共に一瞬周りが光であふれて見えなくなる。
……仁史っ!
だが次の瞬間、わたしの前で仁史は両手を顔の前で交差して立っていた。
「……っつう、さ、桜。……だい、じょうぶ。だったか?」
「うん、私はぜんぜんっ! ……それより仁史っ!?」
「俺は、良い……。はやく、こっから…………にげ、ろ」
仁史はそのままゆっくりと膝から崩れてうつぶせに倒れ込んだ。何かの焦げる匂い。
仁史の制服からは所どころ黒い煙が上がる。
「相殺された、……だと? なんの魔法を使った……!」
いったい今のは何?
どうなったの?
と思うまもなくまたしても猛烈に吐いて、その上自分の吐瀉物で手を滑らせて、その上に派手に転んだ。
もう出すものは胃袋ぐらいしか残っていないはずなのに、ますます激しくなる嘔吐。
いったい何が起こってるの?
……私の体はいったいどうなったの?
「クラスレスの野良魔法使い風情が、この私の目の前で。よくも部外者に手を出してくれたわね……。もう、我慢できない。ただでは済ませない、絶対に許さない! ――叩き潰して、踏みにじって、切り裂いて、燃やし尽くしてやる!!」
「ファイヤボールを相殺しただろ! そいつだって魔法使い……」
「口を閉じろ、野良っ! 手加減していればいい気になってつけ上がる……! 力で潰される恐怖を教えてあげるから感謝しなさいっ!」
ピン! 彼女の制服の襟、ボランティアか何かのバッジだと思っていたものが彼女の言葉と共にはじけ飛び粉々になって、文字通りに虚空に消える。
「ちょっとまてクロッカス、封印切ったのか!? ……つーか、この莫迦! この距離じゃ俺まで巻き込まれんだろっ!」
「逃げろとは言わないけど、距離は取って。……あと、後ろの二人はお願いします」
「お前ぇえ! 段取り無視してその言い草はねぇだろうが! ――冗談じゃねぇっ!!」
彼女の周りの空気が揺らぎ、まるで陽炎の中に立っているよう。
火を放った学生風の後ろに位置していた人は、逃げ始めたようにも見えたが。
大回りで全力疾走しながら、こちらに向かってきてるらしい。
「何をしようが風属性のお前には、俺はどうにも出来んぞ! ファイヤウォール!」
「火は風で勢いづく。……確かに風対火では風は不利だけど、それは実力差が十倍強迄の話でしょ? それに私が水を使えないなんて。……誰が言ったの?」
彼女の胸の前にテニスボール位の水のかたまりが出来上がっていく。
「水は炎をかき消す。故に火が相手なら水が有利、……で、良かったかしら?」
「ま、マルチエレメンタラーってヤツか……」
「野良のくせに良く知っているわね。水と火は使える程度でエレメンタラーとまでは行かないからダブルエレメンタラーってところ。――特に水はね、私は一番苦手なの。だからね、相殺してみると良いわ。……これ、見た通りのウォーターボールね。――はい」
大学生が展開した文字通りの炎の壁、そこに水のボールが、いかにものんびりと突入して。
ズドォーン!
と聞いたことがないような大音声と共に大爆発が起こり、あたりは水蒸気で真っ白になる。
轟音と共に火の壁は消し飛び、静かな公園の中に台風のような風が巻き起こる。
但し水蒸気も、飛び散る水も。全ては対峙する男の方へと向かう。
「ひ、ひぃ……、いったい、なにが……」
爆風に吹き飛ばされて、着て居る服のあちこちがズタズタになって、ずぶ濡れになった男はそれでも四つん這いで這いずりながらその場を離れようとする。
「爆発と爆水切断を正面から喰らったはずなのに、まだ動くつもりがあるの。元気ね……。さ、今度はお待ちかねの風の魔法よ、無効化しなさい? できるのでしょう? ――いいえ、しなさいっ!!」
「なんだ、お前!」
「……圧搾烈気!」
彼女が手を降りあげ、見えるほどに密度の上がった空気のかたまりが、倒れ込んだ男の方へと飛ぶが。
――これハズレだ。頭の上、抜けるよ。
その彼が、手元に私達に投げつけたのと同じ火の玉を作った瞬間。
彼の体を飛び越えるかと思われた空気のナイフはその火の玉へとカクン、と冗談の様に方向を変えて落ちる。
そしてまた、爆発。
学生風がまたも正面から爆風を喰らって、五m以上吹き飛び、さらには一〇m以上転がってようやく止まる。
どうやら手足が動くので、生きては居るらしいが……。
「身の程を知りなさい。火のエレメンタラーなら、水蒸気爆発程度は制御出来て当然。それと、炎使いなら無効化出来るはずの空気と炎との融合で何故、爆発が起こったのか。多少でも考えてみた? その頭は飾りなの?」
可愛い顔をして淡々と台詞を紡ぐとスゴく怖い。
「どうせなにも考えられない頭なら。要らないだろうし、私が今この場で、もいであげる。イヤなら魔力抵抗、してみたら? それに気が付かなかったようだけれど、私は本来、土のエレメンタラー。火と土は相性五分五分、どっちが力持ちかしらね?」
すぅ。彼女はゆっくりと右手を上げる。
「ちょ! まっ……」
「力こそ正義、そう言ったわね? あなたの正義が私のそれより正しいと言うならば。楽勝。でしょ?」
そう言ってあげていた手を軽く振り下ろした。
「土の三日月……!」
「ひぃ!」
二度の爆発で吹き飛ばされた学生風は仰向けにひっくり返って動けない。
彼に向かって飛んだ砂のブーメランは、途中に突然立ち上がった火の壁を通過するついでに消し飛ばし、そして今度もいきなり向きを変え彼の首を捉えた。
……様に見えたが、三日月の両の先端を地面に突き刺し、首を押さえただけで止まった。
「触ったら本当に首が落ちるから。……動かない方が多分、良い」
その、台詞の方がざくざく切れそうな彼女の言葉は多分届かなかっただろう。
砂のブーメランが地面に刺さったところで男は大きくビクンと痙攣すると、止まった。
どうやら気絶してしまったようだ。




