状況の再整理
「何者かが。怨嗟の呪術を仕掛けたのでは無いかと、大葉さんはその時そうお感じになった。そういう事なのですか?」
「ただな、あんな感触の魔法を素人が発動出来るわけが無い。それに結界がまたいかにも素人臭い感じでな。……但しそれに呼応して魔力の波動が一気に消えた」
「特化封印、隠遁結界……。いずれにしろとても素人が組めるロジックでは無く、しかもその後反応が消えた。となれば……、封印自体を時限断裂に落とした?」
屈指の結界師、と言えば実は華ちゃんだってそうなのである。
こう言う話をしてるときは、いつもの天然帰国子女では無くなる。
「そこまで行けば結界師で無くて時空のエレメンタラーの仕事だ。高位の時空使いが国内に何人居ると思ってる? 特化封印から始まって、多重結界、時空貫通、次元断層操作。そして位相転移、空間保存。そこまで行けばもう、ひとりでできるってんなら、お前以外ならアイリスくらいなもんだぜ?」
華ちゃんがノートの取り方を覚えたように、私も魔法については多少理解が進んだ。
結界師は時空を操る人の総称であるが、エレメンタラーと呼べるほどに技に精通している人間は極端に数が少ない。
華ちゃんは国内最高峰の時空のエレメンタラーでもあり、彼女の上にはアイリスさんが一人居るのみ。驚いた事にこの二人、世界ランクでも五指に入るのだという。
公園で彼女が作って、私が入り込んだ結界も、実は違う次元に空間自体をずらす、と言う異常に高度な技を使ったもので、普通の人がもし近づいても結界に気が付かず素通り出来てしまう、と言う代物だった。
よしんば気が付いたとしても生身で入り込むどころか触ること事自体、理論的には不可能、そしてどうにかして結界に触れても、本来はそれだけで体が粉々に吹き飛んで即死、と言うか存在したという記録や他人の記憶までもが、世界から雲散霧消してしまう。
それ程に複雑で強力なものだったらしい。
結界に気が付いたうえ、自分のみならず仁史を連れたまま生身で結界を通過、更にはその結界の中で時間と空間をねじ曲げ、しかも副作用として吐くだけで済んでしまった私は、だから要監視人物なのだ。
「流石に私ではそこまでのことはできません」
そして、そんな華ちゃんでさえできないと言う魔法。
ならばいったい、なにがどうなってるのか。
「アイリスさんであっても一カ所に、そこまで多重発動をかけるのは難しいでしょうね。術同士の干渉を計算しきれなくなってしまうのではないかしら。……確かにエレメンタラークラスの力を持った結界師で未知の存在、と言うのは考えづらいのですけれど」
「結界師で、しかもエレメンタラークラスになれば絶対、野良ってわけはねぇ。独自勢力だろうと反政府組織だろうと当然面は割れてる。教師や職員の線も疑ってはみたが、校内に居るなら俺やアヤメちゃんから姿を隠し続ける。と言うのは難しいとは俺も思うがよ」
「魔法の杖とか、あと魔法陣? そう言ったものを使うとかダメなんすか?」
日に日に豪華になる重箱弁当、
今日からついに、三段重ねになったそれを食べながら仁史が言う。
「魔法陣ならただ結界を張るくらいであればあり得なくも無いんだが、何しろ次元断裂を使っている可能性があるからな。次元の落とし穴を仕掛けて暗殺する、なんて言うのも意外とよく使われる手ではあるんだが、その手を使っちまうとエレメンタラーであろうが落としたものがなんであれ、回収はほぼ不可能。せっかく発動した呪いの呪術をそのまま捨てっちまう、ってのは考え辛いだろ?」
「なら途中で怖くなった、とか」
「仁史君、最終的に魔力の発動は術者の意思。実際に発動するほどの意思を乗せることができるなら、投げ出すよりは開き直って解放するはず。発動した魔法を収束させるのは、発動の数倍手間がかかるし、失敗したら即暴走の危険性も高いの」
「なぁサフラン。じゃ、勿体ないから一旦停止して後に取っておく、ってのは?」
「発動した魔法。これをスリープ状態で維持すると言うのはとんでもない負担になるし、気を抜いたら意図しない形で暴発してしまう。長く維持はできない、半日が良いところ」
「クロッカスの言う通りだ。だから発動直前、若しくは何らかの理由で力が発動してしまったアイテムか人物、それをどうにかして発動待機では無く、封印したのでは無いかと考えてんだが」
「再び現れた時は大災害、ってことですか?」
「どうだかな。それにクロッカスも言ったが、魔法使い的にはせっかく発動したものをわざわざしまい込むって意味が、どうにもわからん」
「問題はいったい何をどういう形で発動させたか、なのですけれどもね。そして何故それを隠す必要があったのか。何よりどうして学校だったのか」
「魔法のエネルギーは、発動場所近隣の人の意思。学校は、そう言う意味ではほんの半径1キロちょっとに千人以上の未成年がひしめき合ってる。エネルギーを吸い上げるには都合が良い。一昨年の大山田商業の件がそうだった。高校生辺りの思念はエネルギーとして特に純度が高いからな」
「魔法ってそう言う仕組みなんですか……」
「あれ、クロッカスは説明してなかったか? だから誰も居ないところでは魔法は発動しないんだ。俺達は誰かに見てて貰わないと、何もする気にならないかまってちゃん。ってこったな」
「でもでも大葉さん。それで力を吸われちゃったら、副作用とか無いんですか?」
「吸われる、か。そう言う表現は中々凄いものがあるな。ま、ほぼ無害だよ。大規模魔法で影響が出たとしてもせいぜい、集中して勉強してる時に背伸びをしたくなる程度だ。――悪意を持って特定の個人から強引に吸い上げる。と言う術式も、もちろんあるにはあるんだが。今回はそう言うのはまた別な話。ってことでいいだろうな」
学食のBセット。お盆の上に乗ったうどんとカレー。そのカレーの最後の一口を口に放り込む大葉さんに続ける。
「何処かの商業高校ではそれをやられちゃった、と?」
「そういう事。内緒にしとこうと思ったのに良く分かったな。……ま、事前に潰したんだけどな。但しあのときゃ、結界を仕掛けたのは学校の外だ。校舎と使ってない道路が近接してたから、そこを突かれたんだが」
コップの水を一気に空にして大葉さんが続ける。
注いでこようか? と言う華ちゃんのジェスチャーに大葉さんは、――悪ぃな。と言った。




