出発
「さっちゃんって妹いたっけ……なんだか記憶がごちゃごちゃになってて腑に落ちないような……」
普段鈍感なリューくんが妹と化したキルケーちゃんをみて頭を抱えていた。そもそもキルケーちゃんと最初に出逢ったのはリューくんだ、そのあたりの記憶と大きく矛盾しているのだろう。
リューくんとクーちゃんにはキルケーちゃんの魔法によるものだと説明することにした。
「キルケーちゃんが家族が欲しいって言うから、妹のように接してあげると約束したつもりが魔法で本当の妹になっちゃって……」
「キルケー……あなた何やってるのよ……」
「お姉ちゃんがいいって言ったの!僕悪くないもん!」
「いや、妹みたいに可愛がるっていう例えだからね?家族構成を変えていいとまでは流石に……」
「やっぱり妹だめ……?お姉ちゃん……?」
涙を溜めながらすがりついてくる、こんなことをされると駄目とはとても言えなかった。
抱き締めて頭を撫でながらあやしてあげると、キルケーちゃんが満面の笑みで私を見る。
「お姉ちゃん大好き」
髪と目の色以外、ほぼクーちゃんなので倒錯的な感覚に陥る。まるでクーちゃんに甘えられているようだ、自然と顔が綻ぶ。
「その顔やめなさいよサニア。……あなたもカーミラみたいになってきたわね」
心外だった。
ともあれ、事情のいくつかは話した。ただ肝心の宝探しについては内緒だ。大金を持ち帰ってびっくりさせたいし、地味な私が注目されるには必要な演出と思えたからだ。
その夜、私達は幾ばくかの食料と水、少々のお金、こっそり借りたリューくんの短剣を持って家をでた。ひとまず旅の街から出て、高原の大樹へと向かう。ここでゾンビになったんだっけ、あの時から私の旅が始まったんだ。そして今、新たな私だけの冒険がここから始まる。
「そろそろいい?転移魔法唱えるよ」
「うん、山賊のアジトの南にある廃村までお願いね」
「サニアちゃん、キルケー。大丈夫だとは思うけど一応用心しようね?宝の番をしてる山賊の残党がいるかもしれないし」
「そのときはキルケーちゃんが魔法でババーン!とやっつけてくれるんだよね?」
「僕、殺生はしないの。一応亜神族だし、そんなことをしたら天罰覿面なの」
「動けなくするだけでいいからね、その間にお宝を頂いて街まで戻ってこようね」
「わかったの。全身の筋肉を破壊するの」
それをやると死ぬんじゃないだろうか……神族の倫理観はよくわからない。
「じゃあ開くの。皆準備はいい?」
「あっ、ちょっと待って……いきなり落とされると心臓に悪いから、飛び込む形でいいかな?そこに転移穴開いて」
私は程なく離れた場所を指差し、転移穴を開いてもらう。さて……そう言ったものの、いざ飛び込もうとすると怖い。よく見ると穴の先が全く見えない、どこまでも深い闇が広がっている。
「お姉ちゃんいかないの?深淵を覗くとき、深淵を覗いているのだ……?」
「キルケー、それただ深淵をジロジロみてるだけよ」
「深淵もまたこちらを覗いているのだ、ね。深い意味はないんだけど、ただ怖くて」
「何回も落ちてるの、今更なの」
そう言ってキルケーちゃんが私にしがみついたまま穴に飛び込んだ。
「ちょっ!ちょっと!心中みたいで怖いよ!」
「大丈夫、生まれ変わってもまた姉妹なの」
「余計に心中っぽいこと言わないで!あああああああ!!」
「大袈裟ねぇ……」
どこまで落ちていくんじゃないか、そんな気がし始めたころ、私達は見慣れぬ野原に座り込んでいた。目の前には朽ちた家々が建ち並んでいて、見るからに不穏な空気が漂っている。
「ここがお宝のある廃村?割と生々しいね、つい最近まで誰か居たみたいな雰囲気……」
カーミラさんの言う通り、確かに何だか生活感がうっすら残っているような感じがする。以前海の街への道中に立ち寄った廃村のような完全に朽ち果てたような気配ではない。
少なくともお宝を隠すという目的で滅ぼしたのなら、この村が廃村となったのは最近ではなく、それなりに過去のことなのではないかと思う。ごく最近お宝を隠そうと思い立ったのだろうか……ちょっと考えにくいが。
目的地にはついたが、若干怪しい気配が漂う廃村を前に私達は二の足を踏んでいた。いよいよ探索が始まる、私は勇気をもって最初の一歩を踏み出した。