地味
リューくん達との山賊退治から一カ月が過ぎた。街道も平和になり危険らしい危険もなくなったせいか、最近になって旅人が益々増えたように感じる。私の故郷であるこの旅の街は今までにない賑わいを見せていた。
私達はと言うとあれから特に進展がない、リューくんは相変わらず積極的とは言えないし、クーちゃんは仕事に夢中、カーミラさんやキルケーちゃんは私達への寵愛で忙しいようで何の役にも立たない食客と化していた。
もしかすると恋愛で浮かれているのは私だけなのでは……という不安が過る。リューくんとクーちゃんはもう夫婦然としていて自然な関係になりつつある。私だけが目立たず如何にも地味な存在だ。由々しき事態である。
「サニアちゃんには初めての彼氏だものね、ママがパパにするみたいに甘えてみたらどうかしら?」
「いや……パパ時々瞼切ったりしてるし……どう甘えたらそうなるの?」
パパとママの夫婦仲は模範的とも言える程良好だ。時々パパがぐったりしていたりアグレッシブな甘え方のせいで怪我をしたりすることを除けばだが。私もママのように甘えたらいいのだろうか……確かにママと同じ遺伝子が私にもあるのだから真似ようと思えば出来るはずだ。
ゾンビというアイデンティティを失ってから、いまいちキャラ立ちしていない地味な私を変えるために一念発起するときだろう。まずはママの意見を参考に頑張ってみよう……
仕事から戻ったリューくんに早速ママ流の甘え方を試してみることにした私は玄関で待ちに待った。
「ただいまぁ」
「リューくんおかえり!!」
駆け出してリューくんに飛び付こうとしたはずが、目測を誤り飛び込んだ勢いのまま彼の顔面に頭突きをしてしまった。鼻や口からドクドクと血を流したままリューくんが起き上がらない……振り返るとパパが難しい顔をしながらウンウンと頷いていた。
「何やってるのよサニア……」
何やってるんでしょうね私……
結局、最初の挑戦は失敗に終わった。まだ諦めるわけにはいかない……それから数日、私はママ流の甘え方を極めるべく果敢に挑戦を続けた。
「リューくん!」
「さっちゃん……」
静かに私の名を呼び三戦の構えをとるリューくん、守りの型だ。視界の端でパパが難しい顔をしたままリューくんを見つめてウンウンと頷いている。
挑戦を始めて数日、リューくんが守りの型を取ると持久戦になりがちだ。流石に隙がなく私も攻め倦ねる。ただひとつ、決定的に私に有利の点がある、それは持久力だ。ゾンビでなくなったことで無限とは言えないが、リューくんが虚弱すぎるおかげで体力では負ける気がしない。フェイントを織り交ぜながら煽っていくだけで彼の足元が震えてきた。
「リューくん!!覚悟!!」
私は飛び込みざまにしゃがみ込み、勢いを活かしたまま足払いをかけると彼の両足は宙へと跳ね上げられ無様に地面へと転げた。
「フフ……リューくん、私の勝ちだね。もう少し体力を付けないとせっかくの構えも台無しだよ?」
「さっちゃん……これって何事なの……毎日なぜ……」
何やってるんでしょうね私
「いやぁ……惜しかったなぁリュウ。そうだ、私とジョギングでもするかね?体力があればまだやりようはあるぞ」
「パパさんの日課でしたっけ……」
「そうそう、いや家内がああだろう?私なりに妻を受け止めるための努力を続けているんだよ……今のリュウを見ていると昔の私を見ているようでな、明日から走るぞ?リュウ」
「パパさん……わかりました!」
隔世の友情を育む二人、置いてけぼりの私。どうしてこうなったの……
「サニアちゃん、リュウくんに構ってほしいの?」
「あ、カーミラさん……」
一応この人はリューくんのお母さんを自称してるんだっけ……都合よく従姉になったりするみたいだけど、リューくんを私以上に観察してきたこの人なら、もっと良い案が浮かぶのかもしれない。
そうして私は道を踏み外していく……